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近江八景 | ||
大江敬香 |
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堅田落雁比良雪, 湖上風光此處收。 煙罩歸帆矢橋渡, 風吹嵐翠粟津洲。 夜寒唐崎松間雨, 月冷石山堂外秋。 三井晩鐘瀬田夕, 征人容易惹鄕愁。 |
堅田 の落雁 比良 の雪,
湖上の風光此 の處 に收 まる。
煙は歸帆 を罩 む矢橋 の渡 ,
風は嵐翠 を吹く粟津 の洲 。
夜 は寒し唐崎 松間 の雨,
月は冷 なり石山 堂外 の秋。
三井 の晩鐘 瀬田 の夕 ,
征人 容易に鄕愁 を惹 く。
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◎ 私感註釈
大江敬香:明治、大正時代の漢詩人。安政四年(1857年)~大正五年(1916年)。徳島藩士の長男として江戸八丁堀で生まれる。名は孝之。字は子琴。幼名は小太郎。号は敬香、楓山、愛琴等。明治五年、藩命を以て慶応義塾に入り、後、外国語学校を経て、東京大学文学部に入学する。後に、冀北学舎に入り、英漢学を講じた。後、新聞社主筆を経て東京府に出仕した。
※近江八景:近江国(現・滋賀県)にみられる八箇所の優れた風景。北宋の 『瀟湘八景圖』に準(なぞら)えて、琵琶湖の南部を瀟湘に見立てて選んだもの。「石山 の秋月 」(石山寺)、「瀬田 の夕照 」(瀬田の唐橋)、「粟津 の晴嵐 」(粟津原)、「矢橋 の帰帆 」(矢橋)、「三井 の晩鐘 」(三井寺 (園城寺 ))、「唐崎 の夜雨 」(唐崎神社)、「堅田 の落雁 」(浮御堂)、「比良 の暮雪 」(比良山)(以上、現代仮名遣いによる表記)の八箇所のこと。
※堅田落雁比良雪:「堅田 の落雁 」に、比良の雪(「比良 の暮雪 」)。 ・堅田落雁:「堅田 の落雁 」を謂う。 ・比良雪:「比良 の暮雪 」を謂う。 ・堅田:滋賀県大津市の地名。琵琶湖南西岸にあり、湖上に浮御堂 がある。湖上交通の要地。 ・落雁:空から下りてくる雁。隋・薛道衡の『人日思歸』に「入春纔七日,離家已二年。人歸落雁後,思發在花前。」とある。 ・比良:比良山のこと。滋賀県中西部、琵琶湖西岸の山地。
※湖上風光此処収:湖のほとりの風光は、ここのところに収まっている。 ・湖上:湖畔。湖のほとり。 ・-上:ほとり。場所を指す。この用例には、金・完顏亮の『呉山』「萬里車書盡混同,江南豈有別疆封。提兵百萬西湖上,立馬呉山第一峰。」や盛唐・岑參の『與高適薛據同登慈恩寺浮圖』「塔勢如湧出,孤高聳天宮。登臨出世界,磴道盤虚空。突兀壓神州,崢嶸如鬼工。四角礙白日,七層摩蒼穹。下窺指高鳥,俯聽聞驚風。連山若波濤,奔走似朝東。靑松夾馳道,宮觀何玲瓏。秋色從西來,蒼然滿關中。五陵北原上,萬古靑濛濛。淨理了可悟,勝因夙所宗。誓將挂冠去,覺道資無窮。」
や中唐・白居易の『送春』「三月三十日,春歸日復暮。惆悵問春風,明朝應不住。送春曲江上,拳拳東西顧。但見撲水花,紛紛不知數。人生似行客,兩足無停歩。日日進前程,前程幾多路。兵刃與水火,盡可違之去。唯有老到來,人間無避處。感時良爲已,獨倚池南樹。今日送春心,心如別親故。」
や中唐・張籍の『征婦怨』「九月匈奴殺邊將,漢軍全沒遼水上。萬里無人收白骨,家家城下招魂葬。婦人依倚子與夫,同居貧賤心亦舒。夫死戰場子在腹,妾身雖存如晝燭。」
や元・楊維楨の『西湖竹枝歌』「蘇小門前花滿株,蘇公堤上女當?。南官北使須到此,江南西湖天下無。」
がある。現代でも張寒暉の『松花江上』「我的家在東北松花江上,那裡有森林煤鑛,還有那滿山遍野的大豆高粱。我的家在東北松花江上,那裡有我的同胞,還有衰老的爹娘。」
がある。 ・風光:景色。また、すぐれたおもむき。草木が風に揺られて光ること。ここは、前者の意。 ・此処:このところ。清初・呉偉業の『虞兮』に「千夫辟易楚重瞳,仁謹居然百戰中。博得美人心肯死,項王此處是英雄。」
とある。 ・収:集める。入れる。おさめる。 *「収」は韻脚のため使われたという面もあり、意味がやや不明確になっている。
※煙罩帰帆矢橋渡:靄(もや)がたちこめる「矢橋 の帰帆 」の渡し場に。 ・煙:靄(もや)やかすみ。 ・罩:〔たう;zhao4●〕(霧などが)たちこめる。軽く覆(おお)う。こむ(こめる)。 ・帰帆矢橋:「矢橋 の帰帆 」を謂う。 ・帰帆:帰途につく帆船。港に帰る船。ここでは、夕暮れの中を、船が一斉に港に戻る風景を謂う。 ・矢橋:やばせ。滋賀県草津市の地名。琵琶湖南東岸の旧港町。 ・渡:渡し場。港。
※風吹嵐翠粟津洲:風が、青々とした靄(もや)を「粟津 の砂洲に吹き(寄せ)てくる。 ・嵐翠:山にじっとりと靄(もや)が立ちこめ、木々の緑の鮮やかなこと。蛇足になるが、「嵐」には「あらし」の意は無く、山に立ちこめる青々とした靄(もや)のこと。なお、「晴嵐」は、春や秋の霞。 ・嵐翠粟津:「粟津 の晴嵐 」を謂う。 ・粟津:滋賀県大津市南部の地名。瀬田川と琵琶湖南西岸に面し、古くから交通の要地。 ・洲:なぎさ。しま。粟津は島ではないので、なぎさ、砂洲。「洲」は、ここでは韻脚のための使用でもあろう。
※夜寒唐崎松間雨:夜は、「唐崎の松の間に降る雨」(のため)に寒々しく。 ・夜寒唐崎松間雨:「唐崎 の夜雨 」を謂う。 ・唐崎:滋賀県大津市北西部、琵琶湖岸の地名。唐崎神社がある。『万葉集』に「左散難弥乃 思賀乃辛碕 雖幸有 大宮人之 船麻知兼津」(楽浪 の 志賀の唐崎幸 くあれど 大宮人の 船待ちかねつ)がある。
※月冷石山堂外秋:月は、「石山(寺の)堂外の秋」(の気配)に冷やかである。 ・月冷石山:「石山 の秋月 」を謂う。 ・石山:滋賀県大津市南部の地名。琵琶湖南岸にある。石山寺がある。
※三井晩鐘瀬田夕:「三井 の晩鐘 」に「瀬田 の夕照 」は。 ・三井晩鐘:「三井 の晩鐘 」を謂う。 ・三井:三井寺のことで、正式名称は園城寺。滋賀県大津市園城寺町にある天台宗寺門派の総本山。山号は長等山。七世紀頃の創建。 ・晩鐘:夕ぐれの鐘の音。いりあいの鐘。暮鐘。 ・瀬田夕:「瀬田 の夕照 」を謂う。 ・瀬田:せた(勢多)。滋賀県大津市内の地名。琵琶湖南端、瀬田川への流出口東岸にある。瀬田の唐橋(からはし)で西岸と連絡。 ・夕:ここでは「夕照 」を謂い、夕陽に照らされた景色と、夕陽が反射した輝く水面との光景。
※征人容易惹郷愁:旅人に、たやすく、しみじみと故郷を懐かしむ気持ちを引き起こ(させる)。 *「征人容易惹郷愁」を「使人容易惹郷愁」として解した。 ・征人:旅人。また、出征する人。ここは、前者の意。 ・容易:たやすく。たやすい。 ・惹:引き起こす。抱かせる。 ・郷愁:しみじみと故郷を懐かしむ気持ち。
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◎ 構成について
韻式は、「AAAA」。韻脚は、「收洲秋愁」。平水韻下平十一尤。この作品の平仄は、次の通り。
○○●●●○●,
○●○○●●○。(韻)
○●○○●○●,
○○○●●○○。(韻)
●○○●○○●,
●●●○○●○。(韻)
○●●○●○●,
○○○●●○○。(韻)
平成27.1.8 1.9 |
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