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       河井蒼龍窟

                       三島中洲

王臣何敢敵王師,
呼賊呼忠彼一時。
惜矣東洋多事日,
黄泉難起大男兒。

わたしの今のふるさと


******

河井蒼龍窟

王臣 何ぞ敢へて  王師に 敵せん,
賊と呼び 忠と呼ぶ  彼も一時。
惜しきかな 東洋 多事の日,
黄泉 起こし難し  大男兒。

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◎ 私感註釈

※三島中洲:明治期の漢学者。1830年(天保元年)〜1919年(大正八年)。名は毅。字は遠叔。通称貞一郎。備中の人。河井継之助とともに山田方谷に師事し、陽明学を修める。後、昌平黌に学び、やがて明治十年に、漢学塾・二松学舎を設立。この作品は同門であった河井継之助の英霊を弔ったもの。

※河井蒼竜窟:河井継之助のこと。幕末の越後長岡藩の執政。1827年(文政十年)〜1868年(明治元年)。名は秋義。蒼龍窟は号になる。若くして江戸に学び、斎藤拙堂、古賀茶溪に師事する。やがて、備中松山の山田方谷の教えを受け、横浜、長崎などに遊学して世界の動きを見聞し、実態を把握していたために開国論を唱えた。戊辰戦争に際しては、藩の中立を説いたが、官軍に拒まれて、終に寡勢を以て官軍の大敵に当たる。

※王臣何敢敵王師:王臣である河井継之助は、どうして皇軍(すめらみいくさ)に敵対するということがあろうか。 *天皇の臣下である河井継之助は、藩の執政として、成り行き上、薩長軍と対峙しなければならなくなっただけのことである。 ・王臣:帝王の臣下。幕末では、藩侯の臣下であるとともに、天子の臣下でもあるという思想潮流があった。 ・何敢:〔かかん;he2gan3○●〕どうして…をあえてしよう。決して…しない。 ・敵:敵対する。動詞。 ・王師:帝王の軍隊。皇師。南宋・陸游の『秋夜將曉出籬門迎涼有感』に「三萬里河東入海,五千仞嶽上摩天。遺民涙盡胡塵裏,南望
王師又一年。」とあり、同・陸游の『示兒』「死去元知萬事空,但悲不見九州同。王師北定中原日,家祭無忘告乃翁。」や、辛棄疾『木蘭花慢』席上呈張仲固帥興元「漢中開漢業,問此地、是耶非。想劍指三秦,君王得意,一戰東歸。追亡事、今不見,但山川滿目涙沾衣。落日胡塵未斷,西風塞馬空肥。   一編書是帝王師。小試去征西。更草草離筵,怱怱去路,愁滿旌旗。君思我、回首處,正江涵秋影雁初飛。安得車輪四角,不堪帶減腰圍。」とある。

※呼賊呼忠彼一時:叛逆者と呼ぼうが、忠臣と呼ぼうが勝手に言わせておこう。それは、ひとときのことである。 *その折の世間からの風評は、その時だけのことであって、歴史的な評価ではない。 ・呼賊呼忠:乱臣賊子と評価するのも、忠臣義士と評価するのも勝手に言わせておく。 ・呼A呼B:Aと呼ぼうが、Bと呼ぼうが勝手に言わせておく。ほめようとくさそうと勝手に言わせておく。 *桜田門外の変の桜田門十八士・黒澤忠三郎の『絶命詞』「
任他評,幾歳妖雲一旦晴。正是櫻花好時節,櫻田門外血如櫻。」に基づく。 ・彼一時:それもひとときのことである。現代語の成語にも“彼一時此一時”が同義の用法である。「あれもひととき、これもひととき」「昔は昔、今は今」。 ・彼:〔ひ;bi3●〕あの。その。かの。ここは、人称代名詞ではない。

※惜矣東洋多事日:惜しいことであるなあ、東アジアで風雲が急を告げる時に。 ・惜矣:惜しいことだなあ。残念なことだなあ。惜しきかな」。伝統的に「惜しむべし」と読み下している。「可惜」では、そのように読む。 ・矣:〔い;yi3●〕ここの用法は、感嘆を表す文語語気助詞になる。〔一字形容詞+矣〕の形が多い。 ・東洋:東アジア。アジアの諸国の総称。蛇足になるが、現代中国語では、日本を指す。 ・多事:多くの事変が起こり、世間が穏やかでないこと。

※黄泉難起大男兒:黄泉路(よみじ)より、開明の英傑(である河井継之助)を呼び起こしたいものであるが、それは難しいことだ。 ・黄泉:よみじ。死後の世界。本来は黄土大地の地下の泉の意。 ・難起:(黄泉の客を)起こすことは難しい。 ・大男兒:立派な男。英雄。英傑。




◎ 構成について

韻式は「AAA」。韻脚は「師時兒」で、平水韻上平四支。次の平仄は、この作品のもの。

○○○●●○○,(韻)
○●○○●●○。(韻)
●●○○○●●,
○○○●●○○。(韻)
平成17.5.28完
平成28.9.12補



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