決然去國向天涯, 生別又兼死別時。 弟妹不知阿兄志, 慇懃牽袖問歸期。 ![]() ![]() |
決然 國を 去りて 天涯に 向かふ,
生別 又た 兼ぬ 死別の時。
弟妹は 知らず 阿兄の志,
慇懃に 袖を 牽(ひ)きて 歸期を 問ふ。
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◎ 私感註釈
※佐野竹之助:佐野光明。幕末の水戸の勤王の浪士十七名の一。桜田門外の変で、大老井伊直弼を襲い、これを倒す。桜田門十八士の一(其の中、一名は薩摩藩浪士)。この頃の時代の流れは①外国船舶が屡々我が国の沿岸を脅かし、アヘン戦争の結果の香港割譲に対して衝撃を受ける。②国際、国家観の変容。国防の強化。水戸学の隆盛と沸騰。③ペリー率いる米海軍の圧迫の下での開国の条約(日米修好通商条約)締結。③批判続出。④安政の大獄で、反対意見(攘夷論)を弾圧。⑤桜田門外で、水戸や薩摩の浪士が大老井伊直弼を襲い、これを殺す(桜田門外の変)。こういった激動の時代である。その行為の是非は他日の評に任せるとして、一つの時代が動いた時、主体的に生きた男の詩である。それでいて、哀しみと人間味溢れる作品である。なお、同時に立ち上がった同志の黒沢忠三郎の『絶命詞』「呼狂呼賊任他評,幾歳妖雲一旦晴。正是櫻花好時節,櫻田門外血如櫻。」
も残されている。
※出郷作:郷里を出立する際の決別の詩作。
※決然去國向天涯:思い切って郷里水戸を去って、遙かなところへ向かうことになった。 ・決然:思い切ってするさま。断乎。「決然として」と読むべきところ。 ・去國:郷里(水戸)を去る。 ・向:むかう。動詞。 ・天涯:空の果て。遙かなところ。それは、江戸の地であり、あの世である。
※生別又兼死別時:生きたままの訣別は、同時に、今生の別れでもある。 ・生別:生き別れ。生訣。 ・又:また。 ・兼:かねる。 ・死別:死に別れ。生きて再びは、還ってこないということ。燕の壮士荊軻に『易水歌』「風蕭蕭兮易水寒,壯士一去兮不復還。」がある。『史記』・刺客列傳では、次のようになっている。戦国七雄の一、燕の太子丹より、強大になってきた秦国を抑えるため、秦王政(後の統一秦の始皇帝)の暗殺を命じられた荊軻は、匕首を授かり秦に向かって旅立つ。決死の旅ゆえ、太子をはじめ皆は白の喪服に身を包んで、燕の国境である易水のほとりまで見送り、惜別に際して、高漸離が筑を奏で、荊軻がそれに合わせて歌ったのがこれ「風 蕭蕭として易水 寒く,壯士 一たび去りて 復た 還らず。」である。これを聞いた皆は瞑目し、髪は逆立って冠を突いたという。『史記』卷八十六・刺客列傳第二十六
には、その場面を次のように記している:「太子及賓客知其事者,皆白衣冠以送之。至易水之上,既祖,取道,高漸離撃筑,荊軻和而歌,爲變徴之聲,士皆垂涙涕。又前而爲歌曰:『風蕭蕭兮易水寒,壯士一去兮不復還!』復爲羽聲慷慨,士皆瞑目,髮盡上指冠。於是荊軻就車而去,終已不顧。」(羽声:音楽用語。五音の一。)
※弟妹不知阿兄志:幼い兄弟たちは、蹶起の大義を理解することができないので。 ・弟妹:年下の兄弟たち。幼い兄弟たち。 ・不知:分からない。 ・阿兄:お兄さん。 ・阿-:〔あ;a1●多音字≒両韻〕人を呼ぶ時に親しみを表すために附ける接頭辞。魯迅の「阿Q」は有名。 ・志:ここでは、攘夷の魁となる志のことになる。頼山陽の『源廷尉』に「寶刀跨海斬鯨鯢,貝錦歸郷忽斐萋。阿兄不識肥家策,枉煮同根牝鶏。」がある。
※慇懃牽袖問歸期:慕わしげに袖を引っ張りながら、いつ頃帰ってくるのか、と問いかけてくる。 *唐・杜牧の『歸家』(趙嘏の『到家』)に「稚子牽衣問,歸來何太遲。共誰爭歳月,贏得鬢邊絲。」とある。 ・慇懃:ねんごろに。 ・牽袖:袖を引っ張って。幼児の可愛らしい動作。 ・問:問いかける。 ・歸期:還ってくる時期。 ・問歸期:「『いつ帰ってくるのか』と聞く」。幼い弟妹の問いかけに、どのように答えたらよいのか、作者の心中を推し量ると、胸が熱くなってくる。複雑な感情を通常の語彙を以ての表現は、大したものであり、作者の豊かな感情を伴った人間性とともに、当時の水戸の学問の水準がよく分かる佳篇である。
◎ 構成について
韻式は「AAA」。韻脚は「涯時期」で、平水韻上平四支。次の平仄はこの作品のもの。
●○●●●○○,(韻)
○●●○●●○。(韻)
●●●○●○●,平起での転句の標準は「●●○○○●●」であるが、「●●○○●○●」も可。ここは、後者の例。
○○○●●○○。(韻)
平成16. 3.31 4. 1 4. 2完 5.21輔 平成29. 8.16 平成30.10.31 |
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