吉村寅太郎吉村黄庵舟到由良港日本漢詩選詩詞世界　碇豊長の詩詞漢詩Ribengushi

　
　           　　　
       舟到由良港

　　　　　　　　　　　　　         　吉村寅太郎

囘首蒼茫浪速城，
篷窗又聽杜鵑聲。
丹心一片人知否，
不夢家鄕夢帝京。

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舟　由良の港に到る　

首（かうべ）を囘（めぐ）らせば　蒼茫（さうばう）たり　　浪速（なには）の城，
篷窗（ほうさう）　又た聽く　　杜鵑（とけん）の聲。
丹心　一片　　人　知るや否（いな）や，
家鄕を　夢みず　　帝京を　夢む。

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◎　私感註釈

※吉村寅太郎：天保八年（１８３７年）～文久三年（１８６３年）は、幕末の尊皇攘夷派の志士。土佐藩士。虎太郎とも書く。名は重郷。号は黄庵。土佐の庄屋の家に生まれ、勤王党に加盟し、国事に奔走。捕らえられて土佐に送還される。これはその際の詩。やがて、天誅組を組織して討幕の兵をあげるが、敗死した。辞世は：
吉野山風にみだるるもみぢ葉は我が打つ太刀の血煙と見よ

※舟到由良港：舟が由良に寄港した。　*遠ざかる本州に対しての感懐を詠う。　・舟：こぶね。　・到：〔たう；dao4●〕（…に）いたる。（…に歩んで）着く。場所に歩みおよぶ。蛇足になるが、「至」〔し；zhi4●〕は、（物事や）場所につく。達する。動詞。また、介詞。二者同義だが、「到」の方が明確に目的語（地名）をとり、「至」よりも口語的な動詞とも謂える。　・由良：（ゆら）。淡路島東南部にある洲本市東岸の港。大阪と四国東部との中間点になる。作者が土佐に送還される際の所感。

※囘首蒼茫浪速城：ふりかえれは、大阪城（或いは大阪の街）は、はてしなく広々とした（彼方になってしまった）。　・囘首：ふりかえる。振り向く。　・蒼茫：〔さうばう；cang1mang2○○〕（空、海、平原などの）広々として、はてしのないさま。見わたす限り青々として広いさま。また、目のとどく限りうす暗くひろいさま。なお、「蒼茫」は〔さうばう（まう）；cang1mang2○○平声平声〕で、「蒼莽」は〔さうまう（ばう）；cang(1)mang3●●（上声上声）〕となる。「蒼」は多音字。　・浪速城：大阪城。錦城。漢語の用語としてみれば、大阪の街、の意になる。　・浪速：大阪市の古称。なにわ（なには）。なみはや。『古事記』では「難波（なには）」と表す。浪華、浪花。四国に船旅をする際の起点。

※篷窗又聽杜鵑聲：舟の窓からは、またもや杜鵑（ホトトギス）の（帝に思いを致して、血を吐くような強い哀しみを込めた）鳴き声に、耳をすます。　・篷窗：〔ほうさう；peng2chuang2○○〕舟の窓。とまを掛けた舟の窓。頼山陽の『泊天草洋』に「雲耶山耶呉耶越，水天髣髴靑一髮。萬里泊舟天草洋，烟橫篷日漸沒。瞥見大魚波閒跳。太白當船明似月。」とある。　・又：またもや。またしても。蛇足になるが、「亦」字は、…もまた。…も（また）。やはり、の意。　・聽：聞こうとして聞く。よく聞く。耳をすまして聴く。自分から積極的に聞こうとする態度がある表現。蛇足になるが、「聞」字は、聞こえる。耳に入る。　・杜鵑：〔とけん；du4juan1●○〕ホトトギス。蜀王・杜宇（望帝）の魂が化してこの鳥となったという。「杜鵑」は、その鳴き声から、血を吐くような強い哀しみの表現として、宋詞では悲痛な思いの描写に使われるが、帝王の魂に思いを致す意にも使われる。ここも後出「帝京」と倶に使われている。杜甫の『杜鵑』「我昔遊錦城，結廬錦水邊。有竹一頃餘，喬木上參天。杜鵑暮春至，哀哀叫其間。我見常再拜，重是古帝魂。」や、『杜鵑行』「君不見昔日蜀天子，化作杜鵑似老烏。寄巣生子不自啄，群鳥至今與哺雛。」や、南宋・文天祥の『江月』和友驛中言別「乾坤能大，算蛟龍、元不是池中物。風雨牢愁無著處，那更寒蟲四壁。橫槊題詩，登樓作賦，萬事空中雪。江流如此，方來還有英傑。　　　堪笑一葉漂零，重來淮水，正涼風新發。鏡裏朱顏都變盡，只有丹心難滅。去去龍沙，江山回首，一綫青如髮。故人應念，杜鵑枝上殘月。」や、清・康有為の『戊戌八月國變紀事』「歴歴維新夢，分明百日中。莊嚴對宣室，哀痛起桐宮。禍水滔中夏，堯臺悼聖躬。小臣東海涙，望帝杜鵑紅。」の用法に同じ｡

※丹心一片人知否：（尊皇の）赤誠が満腔にあることを（他の）人は分かっているのだろうか。　・丹心：〔たんしん；dan1xin1○○〕まごころ。赤心。赤誠。丹情。丹誠。ここでは､尊皇思想のことになる｡宋・包拯の『拒壽禮』「鐵面無私丹心忠，做官不可念叨功。操勞本是内事，拒禮爲開廉潔風。」や、陸游の『金錯刀行』「黄金錯刀白玉裝，夜穿窗扉出光芒。丈夫五十功未立，提刀獨立顧八荒。京華結交盡奇士，意氣相期共生死。千年史冊恥無名，一片丹心報天子。爾來從軍天漢濱，南山曉雪玉。嗚呼，楚雖三戸能亡秦，豈有堂堂中國空無人。」、宋末・文天祥の『過零丁洋』「辛苦遭逢起一經，干戈寥落四周星。山河破碎風飄絮，身世浮沈雨打萍。惶恐灘頭説惶恐，零丁洋裏歎零丁。人生自古誰無死，留取丹心照汗靑。」、前出・文天祥『江月』の「鏡裏朱顏都變盡，只有丹心難滅。去去龍沙，江山回首，一綫青如髮。」がある。　・一片：満腔の。胸一杯の。また、一面（の）。ひとしきり。ここでは、前者の意。前出・陸游の『金錯刀行』「千年史冊恥無名，一片丹心報天子。」や、唐・王之煥の『涼州詞』に「黄河遠上白雲間，一片孤城萬仞山。羌笛何須怨楊柳，春風不度玉門關。」や、李白の『子夜呉歌』に「長安一片月，萬戸擣衣聲。秋風吹不盡，總是玉關情。何日平胡虜，良人罷遠征。」とある。ここは、前者の用例に合致する。　・否：〔ひ；fou3●〕…かどうか。…（する）や、いなや。文末に附き、疑問文にする働きがある。

※不夢家鄕夢帝京：（私事である）故郷のことを夢みることはないが、（王事を竭す対象である天子のいまします）帝都を夢にみている。　・家鄕：〔かきゃう；jia1xiang1○○〕故郷。郷里。　・夢：〔ぼう（む）；meng4●〕夢に見る。動詞。用例は『夢江南』などある。　・帝京：〔ていきゃう；di4jing1●○〕帝都。京都（けいと）。皇居のある都。ここでは､現・京都市（平安京）のことになる｡「帝京」という言葉は、「帝」「天子」「天皇」を指す象徴。後漢・梁鴻の『五噫歌』「陟彼北芒兮，噫！顧覽帝京兮，噫！宮室崔嵬兮，噫！民之劬勞兮，噫！遼遼未央兮，噫！」とある。

◎　構成について

韻式は「AAA」。韻脚は「城聲京」で、平水韻下平八庚。次の平仄はこの作品のもの。

○●○○●●○，（韻）
○○●◎●○○。（韻）
○○●●○○●，
●●○○●●○。（韻）