〜アオリイカ(あおりいか、水イカ、モイカ)は40代男の心を魅了する魔性の魚〜

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 *下記プロフィールは2006年書いたものになります
 
 釣歴(アオリイカエギング) 
約5年。現在はアオリイカエギング一本だが、釣歴自体は30年程になる

 釣人紹介
通称 : ヒデ。
血液型 AB型。

1965年古賀家次男として誕生。実母の里である長崎県南松浦郡新上五島町の青方という所へ幼稚園の時に
連れて行かれ(連れて行かれた日に一日だけ泣いたそうです)海のすばらしさを知る。

以後釣り、素潜り等に本当にどっぷりとはまり、幼稚園〜中学3年の10年間毎夏休みのほとんどを五島で過ご
し、登校日に一度も学校へ行った事がないという日々を送る。

その頃のヒデは、五島に行くのが楽しくて楽しくてしょうがなく、毎年夏休みが来るのが本当に待ち遠しかった。
ただ、夏休みが始まり五島へ行く時は良いが、佐世保に帰ってきた途端ベソをかき 「そんな事では五島へは
もう行かれんね」 とよくお袋に叱られたものだ。


そんなこんなで、確か小学校では、「漁師になりたい」というタイトルで作文まで書いた。


当時の五島はそこらの岸壁で、フナ虫(海岸にチョロチョロしているゴキブリみたいな虫)を餌にクロ(メジナ)が面白い様に釣れた。また、素潜りの方も、2〜3m位しか潜れなくてもサザエがこれまた面白いように獲れた。


もう時効であるから書くと、中学生の頃にはその釣った魚を肴にビールの味までしっかり覚えていた。
言い訳をすると、従兄弟が皆漁師で「お前ぐらいの年にはもう飲んでいた」と言ってビールを注がれるものだか
ら仕方なく?飲んでいた訳で、決してすすんでは飲んでいなかった・・・・はずだ
                 
今思えばヒデ持病の ”アル酎ハイマー” はこの頃からすでに発症の兆しを見せていたようだ。




高校は近くの普通校に行ったのだが、勉強漬けの毎日にすっかり嫌気がさし(と言えば聞こえが良いが、単に
ついていけなかっただけであるが)、2年生の頃には補修も受けたくないとゴネた事もある。

それでも何とか自分なりに踏みとどまり、結局は某大学の水産学部を目指し一生懸命勉強した。

そしていよいよ受験。
今では懐かしい共通1次試験の結果は志望大学を目指すには正直ぎりぎりのラインだった。

その高校では当時、生徒が志望してもクラスによっては安全圏の大学しか受験させない様な風潮があった。
要は生徒の志望より、クラスや学校の体面が重んじられていたのである。

本来受験は本人のためにするのであって、合格しようがしまいが生徒の意思が尊重されるべきである。

ところでヒデは、上記ぎりぎりのラインだったが、担任の先生はヒデに任せてくれた。
もう今では退官されたが、口うるさくて男勝りだが(ごっごめんなさい!)生徒想いの良い先生だった。

結局、ダメかもと半分諦めていたその大学へ神のお慈悲?により見事合格(本人的には超感激でした)。

2次試験面接での試験官の

「君は大学で何をしたいかね?」   という質問に迷わず   「船に乗りたいです」  と即答した。
                 
この一言のみで合格できたと今でも思っている。




大学では当然の事ながら勉学にはいそしまず、海と酒とソフトボールをこよなく愛する学生生活を送る(今に
なればこよなく愛する女性の1人でもいればよりすばらしかったかもしれないと思わなくもない)。
                 
入学後すぐにダイビングクラブに所属したのだが、上記の様に五島で小さい頃から潜っていたので、内心
自信はあった。
                                  
しかし、その自信は入部後すぐに音をたてて崩れていった。
 
中学の時に潜っていたといっても所詮子供のお遊び。初めて使用するフィン(足ひれ)に足がつり、シュノーケ
ルから入る海水を思い切り飲むわで最初は潜る所ではなかった。

そのクラブでは少し潜るのに慣れた頃に ”合宿” なるものがあるのだが、これが悲惨で先輩にしごかれる。

中でも最も嫌だったのが   ”マスククリア”  {水中でマスク(水中眼鏡)に入った水を、鼻から空気を出して
マスクの中の水を抜く行為} だった。

ダイビング経験者ならお分かりだろうが、スキューバでのマスククリアは簡単だが息継ぎできないスキンダイビ
ング(素潜り)でのマスククリアはつらいものがある。

そのクラブでのやり方というのは、まず水深5m位の海底に、マスク、フィン、ウエイト(腰に巻く重り)の3点
セットを沈める。そして海水パンツ一つの状態で海底まで潜り、ウエイトで体を浮かないように固定しフィンをつけマスクをつけ鼻から空気を出してマスククリアをして海面まで上がって来なけれならないのである。

これには本当に閉口した。
強要する先輩達が鬼に見えたのは言うまでもない(今では皆良い先輩達です)。
                
でもその合宿のおかげで、海に安全に潜れる技術というものをマスターできた。
                 
スキューバダイビングも近年人気があり、本当の素人さんが簡単な講習を受けインストラクターに付いていき
なり海に潜っているというような話も聞くが、はっきり言って危険極まりない。
事故防止のため、せめてスキンダイビングである程度潜れる様になってからにして欲しいと思う。

話しがそれたが、そのダイビングクラブで行った沖縄県座間味村阿嘉島のあの海の美しさは今でも脳裏に
焼きついている。

”白い砂浜”  ”どこまでも澄んだ海”  ”色とりどりの魚たち” 今でも目に浮かぶようである。

その阿嘉島だが、ヒデが卒業後すぐに安田成美主演の「マリリンに逢いたい」という映画の舞台となった
はずだ。

大学では上記水産学部であったため航海実習なるものがあり、”漁師になるべく?” 3年生の時には香港
まで行き、その他にも何度か航海実習を経験した。

”水平線から上り、水平線に沈む太陽”  ”海面をまるで滑る様に飛んでいくトビウオ” 本当にきれいだった。
中でも香港の港で、最初に船のデッキから見たあの100万ドルの夜景には絶句した。

大抵の人が悩まされる船酔いというのはヒデの場合たいした事はなかった。
しかし、小学校の作文にまで書いた「漁師になりたい」という夢はあっさり方向転換し、卒業後某水産系メー
カーに就職した。




最初の会社は結構大きな会社だったのだが、最終面接?でなぜか「酒は飲めますか?」という質問があった。

その場に10人程度居たのだが、皆「あまり」とか「付き合い程度なら」という答えばかりだった。
そして、確かヒデが一番最後だったと思うが、実際呑み助だったので「じゃー古賀君は?」との面接者問いに、
 
「焼酎でも、ビールでも、酒でも何でも任せて下さい!」  と思いっきり答えた。
                
この一言のみで入社できたと今でも思っている。

人間正直が一番。そしてヒデはなぜか、ここ一番の面接には強いのである。

新入社員にとって、卒業後すぐの職場の上司というのはその後のサラリーマン生活を送る上で重要かと思う。
良い上司であればまっすぐに伸びるが、そうでないと・・・。
                  
たまに、「近頃の若い者はなっとらん」みたいに発言されるご年配の姿をテレビなどで見かける。
確かに若者の一部にそういう人が見受けられるかもしれない。
しかしながら、例の「たかが、選手が!」のプロ野球問題の時のように、地位も権力も持ち合わせたご年配が
傍若無人に振舞う姿ほどみっともないものはない。
                  
その点ヒデは、新入社員の時良い上司に恵まれた。
よく一緒に飲みに行ったのだが、その上司は、決して愚痴を言わない楽しい酒だった。
                  
その上司が飲んだ時によく言っていた  ”為せば成るなさねばならぬ何事も、成らぬは人の為さぬなりけり”
という言葉は今でも覚えている。




結局色々あり3年程でその会社は退職し、同業他社に転職。
ヒデが退職後その元上司の方は他界されたという話を聞き、非常に残念だった。
                  
その後転職した会社で、まさに運命の出会い?があり終生の伴侶を得る。
                 
「一つ年上の女房は金のわらじを履いてでも探せ」  などという諺がありますが、ヒデとカミさんはまさに
その通りです。
冗談みたいな本当の話ですが、誕生日が同じです。

カミさんがちょうど一つ上です。 滅多にいないと思います・・・ハイ。  取材は喜んで受けます・・・。

言い寄る女性をちぎっては投げ、ちぎっては投げ・・・・じゃなく、ちぎっては投げられ続けた甲斐がありました。


その後、我が家の ”チビレンジャー” (腕白盛りの3人の子供)を授かるのだが、ヒデの独断と偏見により、
長男 ”鴻洋”、長女 ”彩海” 、次女 ”優海” と海に関係する名前で統一してしまった。

長男はまあ良しとして、娘達は本来なら ”彩美” ”優美” となるはずであった。

大きくなって娘達に、 ”美しい” という字がなかったから美人になれなかった等と言われたら?
その時は、カミさんのせいにしよう。コラー(怒)。

ああそれから結婚後10年以上経ちますが、一度もカミさんの誕生日を忘れた事はありません・・・チャンチャン




その転職した会社で6年程勤務後、地元佐世保に帰り建材店を設立現在に至っております
(会社に興味がある方はこの下の会社サイトをポチッと押して下さい)。

 住まい
長崎県佐世保市在住。

 職業
家族で建材店を経営しています。

 サイトについて・・・・
管理人ヒデは、個人の趣味である”アオリイカエギング”のページを作りたいとかねてより構想を練っていた。

2006年初頭、家族にはもちろん相談することなくついに会社サイトの中に個人の趣味のページを作ってしまう
という暴挙に出る。

自分で言うのもなんですが、上記の通りヒデの血液型は二重人格であるAB型です。
このため、几帳面なA型の自分に会社サイトを、B型の自分に趣味のサイトを運営させる事にしました。

これではB型の人がまるでずぼらな様な感じを受けますが、その通りです・・・。
じゃなくて独創的でマイペースと言っているだけです。コラー(怒)


一部会社のサイトをご覧になった方からどちらとも同じだというお叱りの声もありそうですが、防波堤からの
アオリイカエギングの楽しさを少しでも皆様に伝える事ができればと思っております。





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