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イクシーの書庫・過去ログ(2003年11月〜12月)

<オススメ度>の解説
 ※あくまで○にの主観に基づいたものです。
☆☆☆☆☆:絶対のお勧め品。必読!!☆☆:お金と時間に余裕があれば
☆☆☆☆:読んで損はありません:読むのはお金と時間のムダです
☆☆☆:まあまあの水準作:問題外(怒)


邪神帝国 (ホラー)
(朝松 健 / ハヤカワ文庫JA 1999)

ナチスとオカルトという関係は、歴史上も事実があったようですし、これまでもいろいろなホラーやミステリの題材にされて来ました。「聖槍」(J・ハーバート)とか「総統の頭蓋骨」(M・F・アンダースン)、「裏切りのノストラダムス」(J・ガードナー)とか。
ところが、朝松健さんは、ナチスとクトゥルー神話を結びつけてしまいました。さすが「黒魔団」時代からクトゥルーにとり憑かれていただけのことはあります。そうして作られた連作集が、この「邪神帝国」です(なぜ必ず「定刻」と変換される?(^^;)。
狂気の山脈ネタとか、ナイアルラトホテップネタとか、マニアならわくわくするような道具立てに加えて、切り裂きジャックネタとかドラキュラネタまであって、サービス満点です。
巻末に付されている「魔術的注釈」は、事実と虚構(ラヴクラフティアンが創った虚構と作者オリジナルの虚構がごっちゃ)がない交ぜになっていて、これを読み解くだけでも楽しいです。

<収録作品>「“伍長”の自画像」、「ヨス=トラゴンの仮面」、「狂気大陸」、「1889年4月20日」、「夜の子の宴」、「ギガントマキア1945」、「怒りの日」

オススメ度:☆☆☆

2003.11.2


フリーダムズ・チョイス ―選択― (SF)
(アン・マキャフリイ / ハヤカワ文庫SF 1999)

マキャフリイの宇宙SF、“キャテン”シリーズの第2作。
前巻
「フリーダムズ・ランディング」で、地球を侵略した宇宙人キャテン人の捕虜となり、未開惑星へ放擲された地球人グループ(他の異星人も何種類か含まれていますが、地球人が大多数)は、なんとか生き抜くための手段を講じ、ボタニーと名付けた惑星の開拓に乗り出しました。
本巻では、何回にも渡る放擲によって数千人規模に増えたボタニー社会は、キャテン人ザイナルやその恋人の地球人女性クリス、元海兵軍曹のミトフォードらを中心に確固たる社会を築き、反抗の機運をうかがっていました。そして、ついに訪れたキャテン人の宇宙船を強奪し、宇宙航行の手段を手に入れます。同時に、キャテン人を支配する残忍なエオス人(地球人の真の敵ですね)、ボタニーに謎の農耕機械を遺した“ファーマーズ”と呼ばれる異星人も正体を現します。第1巻が異星の謎を解く冒険サバイバルものだとすれば、今回は組織化されたレジスタンスものと言えばいいでしょうか。完結編の第3巻で、どのような逆襲が行われるのか、楽しみです。
エピソードのひとつとして、ボタニーにベビーブームが起こり、適齢期の女性は全員、子供をつくることという決まりができるのですが(人工授精も可)、生物学的に子供がつくれないザイナルを伴侶とするクリスが妊娠した理由が<酔った勢い>というのが、なんといいますか、へたに道徳的倫理的に理屈付けをするより納得できるなあと。作者も苦労したのでしょうね。

オススメ度:☆☆☆☆

2003.11.4


スカル・セッション―殺戮の脳(上・下) (ホラー)
(ダニエル・ヘクト / 徳間文庫 1999)

裏表紙の紹介文に「モダン・ホラーの傑作」と書いてあったので、眉につばをつけつつ(だって出版社が出版社だし)購入。
主人公ポールは、失業中のインテリア職人(年齢は明記されていませんが30代?)。遺伝性の神経障害を抱えながら恋人と同棲中で、別れた前妻との間で息子(実はこの息子にも神経障害が現れている)の監護権を争っています。
ある日、ポールは長年会っていなかった叔母のヴィヴィアンから連絡を受けます。彼女の屋敷が何者かに破壊されたので、補修してほしいという依頼でした。調査に赴くと、叔母の屋敷は完膚なきまでに荒らされ、人間離れした力の持ち主が暴れまわったように思えました。
一方、地元の警察官モーガンは、若者の失踪事件と付近で発見されたバラバラ死体の謎を捜査するうちに、ヴィヴィアンの屋敷が関係しているのではないかと気付きます。バラバラ死体は、検死した法医学者によると「超人ハルクとケンカしたみたい」に引きちぎられていました。
調査を進めるうちに、ポールはある医学理論に到達します。ハイパーキネシスまたはハイパーダイナミクスと呼ばれるそれは、脳内の異様な化学作用によって一時的に人間が途方もないパワーを発揮する(いわゆる「火事場のバカ力」)というものでした。
こうして書いてくると、おどろおどろしいスプラッターもののように思えますが、実際は心理サスペンスとミステリの融合というイメージで、物語は予想外に淡々と進みます。
登場人物がみなトラウマやストレスを溜め込んでいるためか、陰鬱な印象で、一応はハッピーエンドなのですが、読後感はいまいち。確かに“意外な犯人”ではあるのですが。

オススメ度:☆☆

2003.11.8


反世界のステーション (SF)
(H・G・エーヴェルス&クラーク・ダールトン / ハヤカワ文庫SF 2003)

ペリー・ローダン・シリーズの295巻です。
惑星アスポルクから宇宙へ飛び立った謎の隕石を追って、旧ミュータントたちは太陽系帝国の旗艦《マルコ・ポーロ》を乗っ取ります。しかし、巨艦を制御しきれず、乗っ取りは失敗し、アスポルクへ舞い戻ることに。
ですが、かれらを救うには隕石に残るPEW金属の謎を解くしかないという結論に達したローダンは、コマンドを率いて小惑星に着陸。そこに潜む知性体とのコンタクトに成功します。
前半のアスポルク地底で、謎めいた反物質宇宙の存在(アッカローリーと何か関係があるのか?)がちょこっと出てきたり、後半では恒星六角形やエルンスト・エラートなど懐かしい話題が出てきたり、興味しんしんですが、尻切れとんぼにならないといいなあ。
あと、公判で、宇宙嵐に遭遇してとある惑星に避難したクルーが出会った種族のエピソードは、本筋とは関係のないものですが、心に残ります。いかにもダールトンらしいというか。

<収録作品と作者>「反世界のステーション」(H・G・エーヴェルス)、「目的地は未知」(クラーク・ダールトン)

オススメ度:☆☆☆

2003.11.8


雨晴れて月は朦朧の夜 (怪奇)
(夢枕 獏 / 角川ホラー文庫 1999)

夢枕獏さんの自薦恐怖短編小説集です。初出は80年代のものが中心ですから、作者の初期の作品が多いです。
それだけに、原初的なエロチックでおどろおどろしいカラーのものが多く、ネタが途中で割れてしまうものがあったり、好みによって評価が分かれそうです。
ジャック・フイニイの短編を思わせる「1/60秒の女」がもっとも好きです。

<収録作品>「蛇淫」、「骨董屋」、「鳥葬の山」、「中有洞」、「ころぽっくりの鬼」、「おしゃぶりの秘密」、「あやかし」、「ふたりの雪」、「1/60秒の女」、「暗い優しいあな」

オススメ度:☆☆

2003.11.9


異常快楽殺人 (ノンフィクション)
(平山 夢明 / 角川ホラー文庫 1999)

タイトル通り、海外の猟奇殺人犯7人を中心とした犯罪実話です。
「サイコ」のモデルとなったエド・ゲイン、「子供たちは森に消えた」で有名なロシアのアンドレイ・チカチーロ、“殺人ピエロ”ことジョン・ウェイン・ゲイシーなど、有名どころ(?)がずらりと並んでいます。初めて読んだのはアーサー・シャウクロスくらいでしょうか。
かなり詳細に取材ができていて、同じ猟奇ノンフィクションを粗製濫造している某作家に比べれば、しっかり書かれています。しかし、描写は露骨で、一読、不快感を覚えます。まあ、あとがきで著者がコメントしているように、このどぎつい描き方は確信犯なのでしょう。こんなふうに扇情的に書かれた本を読んで「俺もやってみよう」と思う人が出ないことを願います。
あと、「幼い頃に虐待された人間が、このような殺人を犯す」と決め付けているのはいかがなものかと思います。

オススメ度:☆

2003.11.10


マーフィの呪い (ファンタジー)
(ピアズ・アンソニイ / ハヤカワ文庫FT 1999)

『魔法の国ザンス』シリーズ、第12巻です。
これは大ヒットです。とにかく面白いです。シャレが効いてます。
第10巻から新展開に入った本シリーズ、行方不明になった良き魔法使いハンフリーの探索が続きますが、今回の主人公は王女アイビイです。「王女とドラゴン」以来の主役〜♪
前巻「王子と二人の婚約者」の事件から3年。弟のドルフ王子がもたらした手がかりを頼りに、ハンフリーのところへ運んでくれるはずの“ヘブン・セント”を起動させますが、なんと彼女が送られた先はマンダニア(つまり魔法の通じない人間界)でした。
このシリーズの場合、ザンスとマンダニアは微妙な関係でつながっており、地理的にはアメリカのフロリダ半島にパラレルに存在しているようです。ザンスの人はマンダニアのことを知っていますが、マンダニアの住人は魔法やザンスの存在を信じていません。
アイビイは、マンダニアでしがない大学生グレイと出会います。魔法の世界と機械文明の世界を行き来するというパターンは古来よりいろいろありますが(A・ノートンの『ウィッチ・ワールド・シリーズ』とかB・ハンブリーの『ダールワス・サーガ』とか、ゼラズニイの『アンバー』シリーズとか)、アイビイと一緒にザンスに向かうグレイの反応が、いかにも現代的で笑えます。アミューズメントパークのアトラクションだと思って「すごい特殊効果だ」と納得してしまう(笑)。
まあ、17歳になったアイビイとグレイは旅を続けるうちに、お約束通りの展開になるわけですが、これも微笑ましくて。他のキャラもみな若く、健康的な色気も満点・・・いや、そういうお話じゃないですよ(汗)。
過去のシリーズ作品とのつながりも多く、タイトルにもなっている大昔にザンスを追放された邪悪な(?)魔法使いマーフィの呪いがじわじわと効果を発揮していくクライマックスは、逆転また逆転で途中で本を置くことができなくなります。
相変わらずのダジャレや言葉遊びも盛り沢山ですが、中でも笑えたのは、未来を知っている女神クレイオの書斎に並んでいた、将来書かれるべきザンス・シリーズのタイトル。『ザ・カラー・オブ・ハー・パンティー』って、どんな中身なのよ!?(こんな中身でした(^^;)

オススメ度:☆☆☆☆☆

2003.11.12


怪物晩餐会 (ホラー)
(井上 雅彦 / 角川ホラー文庫 1999)

井上雅彦さんのホラー短編集(“ホラー小説”より“怪奇小説”という名称の方がぴったり来る気がしますが)、角川ホラー文庫版の第3弾です。過去2冊にも増して分厚いです。
内容はと言えば、スプラッターから幻想小説までバラエティに富んでいます。ただ、この人の作品に共通するテイストは、50年代B級SF、昭和30年代怪獣映画、昭和40年代特撮テレビ番組(特に「ウルトラQ」と「怪奇大作戦」)、古典的怪奇小説(「フランケンシュタイン」や「吸血鬼ドラキュラ」)への郷愁と憧憬でしょう。もうひとつは、血まみれ内臓どろどろシーンが描かれていても不快感を覚えない不思議さ。
特撮マニアにはたまらない「パノラマ」、青春小説と怪物ホラーが融合した「殺人鬼の家」、凝らされた技巧と発想が秀逸な「怪鳥」、初期のクライブ・バーカー風味と原初の童話が結びついた「むかし、お城で」、タイトルを見ただけでわくわくする「吸血魔団」などがお気に入り。中には肌が合わないものもありますが、これだけ作品数が多ければそれも当然なことでしょう。

<収録作品>「夜を奪うもの」、「プレゼント」、「たたり」、「風が好き」、「青畳」、「パノラマ」、「龍は茜色」、「晩餐」、「模型」、「緑魔来る」、「D坂」、「怪鳥」、「海妖館」、「不在の蛇」、「キマイラ」、「スキヤポデス」、「トリフィド」、「ある有名な怪物」、「比喩のなかの幻獣園」、「空気獣」、「アムンゼン館」、「誘惑者たち」、「殺人鬼の家」、「むかし、お城で」、「沙漠のサンドリヨン」、「向こう側の生物」、「吸血魔団」

オススメ度:☆☆☆

2003.11.13


GOD (ホラー:アンソロジー)
(井上 雅彦:編 / 廣済堂文庫 1999)

テーマ別書き下ろしホラー・アンソロジー『異形コレクション』の第12弾。
今回のテーマはタイトルの通り「神様」です。
神というと、ユダヤ教系の唯一絶対神のイメージが強いんですけど、日本には八百万の神がいますし、ヒンズー神話にもギリシャ神話にも北欧神話にも数え切れない個性的な神々がいるわけで。もちろん善神だけではなく、太古の邪神たちも忘れるわけにはいきません。
このアンソロジーにも、そういう様々な神々ネタが盛り込まれています。そういえば北欧の神様はいなかったな。
ちょっと好みに合う作品とそうでない作品の落差が激しい気はしますが、これまでの『異形コレクション』全体を通じてもヒットの作品がいくつか。
ばかばかしいのに妙に説得力がある「大黒を探せ!」(大場 惑)、もっとも人間的な神様が登場する「遊神女」(横田順彌)、クライブ・バーカー風味が横溢の「下水道」(北原尚彦)、おぞましい光景を見たくないのにどうしても見ずにはいられない強烈な感覚が絶妙な「初恋」(田中哲弥)、神様テーマというより怪獣・変身テーマとして秀逸な「怪獣ジウス」(田中啓文)、そして極めつけが、クトゥルー神話と街金ピカレスクを融合させた「サラ金から参りました」(菊地秀行)。なんつっても主人公が勤めている街金の名前が“CDW金融”なんですから。ラヴクラフトファンなら、意味がわかりますよね(笑)。答えはチャールズ・デクスター・ウォードでしょ。
<収録作品と作者>「その夏のイフゲニア」(安土 萌)、「冷凍みかん」(恩田 陸)、「神様助けて」(笹山 量子)、「遊神女」(横田 順彌)、「神犬」(TOMO)、「神佑」(小中 千昭)、「茜村より」(倉阪 鬼一郎)、「シャッテンビルト伯爵」(小沢 章友)、「白の果ての扉」(竹本 健治)、「献身」(久美 沙織)、「冥きより」(速瀬 れい)、「奇蹟」(篠田 真由美)、「下水道」(北原 尚彦)、「大黒を探せ!」(大場 惑)、「DOG」(竹河 聖)、「バビロンの雨」(早見 裕司)、「ドギィダディ」(牧野 修)、「怪獣ジウス」(田中 啓文)、「Day And Night Do Not Love Each Other」(マーティン・エモンド)、「初恋」(田中 哲弥)、「ゼウスがくれた」(山下 定)、「生け贄」(ひかわ 玲子)、「小さな祠」(加門 七海)、「夢見る天国」(井上 雅彦)、「サラ金から参りました」(菊地 秀行)

オススメ度:☆☆☆

2003.11.15


図説 憑物呪法全書 (ノンフィクション)
(豊島 泰國 / 原書房 2002)

日本全国に言い伝えられている憑物に関する百科全書的な書物。
全体の6割以上が狐憑きの話で、あと犬神やら蛇やら猫やら狸やら(あ、狸も化かすだけじゃなくて憑くんだ)いろいろ。
ただ、この著者の常として(←何冊か読んでる)、集めた資料を列挙するだけで、わかりやすく解説しようというスタンスがあまり見受けられないのですね。ついて来られる読者だけついて来りゃいいよ、という感じで。
その意味では、読むのに努力が要る不親切な本です。

オススメ度:☆☆

2003.11.16


図書館警察 (ホラー)
(スティーヴン・キング / 文春文庫 1999)

「ランゴリアーズ」に続くキングの書き下ろし中篇集“Four Past Midnight”の後半。
今回も300ページ前後の作品2編から成っています。「ランゴリアーズ」はSF風味とサイコスリラー風味だったのに対して、こちらは超自然の怪物が登場するいかにもキングらしい仕上がりの2編です。
まずタイトルにもなっている「図書館警察」。主人公の保険屋サム(独身の30代?)は、ひょんなことから地元のロータリークラブで講演をしなければならなくなり、パートタイム秘書のナオミ(別に日本人じゃありませんよ)のアドバイスで参考書を探しに市立図書館へ行きます。図書館は不気味な雰囲気で、司書のアーデリアには「借りた本を期限内に返さないと図書館警察が出動しますよ」と脅されます。
ところが、自分の不注意からサムは借りた2冊の本をゴミに混ぜて出してしまい、期限内に返却することができませんでした。そして、サムは図書館警察(MIBみたいなおっさんです)の訪問を受けることになってしまいました。そして、図書館にはアーデリアなどという司書は存在していなかったのです。ナオミとゴミ収集屋のデイヴの協力で、アーデリアの恐るべき正体が明らかになり、サムは戦わなければならなくなります。アーデリアと、そして自分の過去と――。
キングにしては、かなりストレートな怪物ホラーです。登場人物がみなドラマを背負っていて、特に途中で挿入されるデイヴの過去のエピソードには泣かされます。キングには珍しく、読後感はさわやかです。
もうひとつの「サン・ドッグ」は、キング作品でおなじみの町キャッスルロック(「ニードフル・シングズ」ではえらいことになってしまいますが)が舞台です。少年ケヴィンが誕生日のプレゼントにもらったポラロイドカメラは、この世のものならぬものを写すカメラでした。写すたびに、そこには被写体の代わりに不気味な雰囲気の巨大な犬が写ります。そして、犬は徐々に動いているようでした。
この話を聞きつけた古道具屋(兼あくどい高利貸し)のポップ・メリルは、ケヴィン親子をだまして件のカメラを巻き上げますが、いつの間にか彼の精神はカメラに支配され、恐ろしい結末を迎えることになります。一方、夜毎の悪夢に悩まされるケヴィンは――。
古典的な因果応報譚かと思わせておいて、ラストでひとひねり効かせているのはいかにもキング。読後感は「クリスティーン」です。

<収録作品>「図書館警察」、「サン・ドッグ」

オススメ度:☆☆☆☆

2003.11.18


宇宙消失 (SF)
(グレッグ・イーガン / 創元SF文庫 1999)

SFというのは、ある意味ではホラ話という要素を色濃く持っているわけですが。
ホーガンの初期の長編とか、ロバート・J・ソウヤーとか。アシモフやクラークの短編にも多いですよね。
で、この「宇宙消失」、とんでもないアイディアの大ホラ話です。でもすごい。
2034年、太陽系は「バブル」と呼ばれる謎の黒い球体(大きさは冥王星軌道の倍!)に包まれ、外宇宙との接触を絶たれました。夜空に見えるのは月と惑星だけで、銀河も星座も消えうせてしまったのです。これがタイトルの由来。地球はパニックに陥り(このあたり、「夜来たる」の逆パターンですな)、価値観や宗教は激動しましたが、人類はしぶとくこの時代を乗り切っています。
その33年後、人類はしぶとく日々の暮らしを営んでいました。ナノテクが発達した結果、モッドと呼ばれるナノマシンを脳神経系に組み込み、様々な機能を持たせています。反射能力を高めたり、非常事態でもパニックを起こさないように精神を安定させたり、頭の中だけで情報検索したり、バーチャルなゲームを楽しんだり。組織への無意識の忠誠を誓わせるモッドまで存在しています。
元警官のニックは、病院から失踪したローラという女性患者の捜索を依頼されます。ローラは重度の先天性脳障害の患者で寝たきりのはずでした。ところが、捜査を進めるうちに、過去にローラが厳重に施錠された病室を2回も抜け出していたことが判明します。
ローラの行方を追ううちに、ニックはある秘密組織の存在を知り、ついには意に反してその組織の一員と成ることになります。その組織は、あるモッドを使うことにより、驚くべき量子論的実験を行っていました。
途中から、波動関数の収縮やら拡散やら、シュレディンガーの猫やら、多世界解釈やら、量子力学のテクニカルタームが続出して消化不良に陥りますが、これを乗り越えられれば、後半で人類が到達する恐るべきビジョンに圧倒されることになるでしょう。ネタバレになるので、これ以上は書けませんが。
一発勝負のアイディアストーリーなので、物語性は弱いです(序盤にかなり精密の描写されるカルト集団が尻切れトンボになってしまったり)が、こんなに知的興奮を味わえるSFは久しぶりです。

オススメ度:☆☆☆

2003.11.21


キリンヤガ (SF)
(マイク・レズニック / ハヤカワ文庫SF 1999)

ここ10年ほど、長編SFとしていちばん面白いと思っているのはレズニックの「サンティアゴ」(創元SF文庫)です。
で、レズニック久々の邦訳が、この「キリンヤガ」。
キリンヤガというのはアフリカ大陸第二の高山であるケニア山の現地名です(マサイ語らしい)。で、この作品の主な舞台となる人工の小惑星の名前でもあります。
つまり、ケニアの部族のひとつであるキクユ族の伝統と文化と生活様式を守ろうという一群の人々が、ケニアの自然環境とまったく同じにテラフォーミングされた惑星に移り住んで自らのユートピアを作り上げようとするお話です。プロローグ・エピローグを含めて10編の短編から成っていますが、通して読めば大河小説のような長編としても読めるという構成です。
全編を通じての主人公は、ムンドゥムグ(賢者にして呪い師という意味)のコリバです。彼は若くして欧米へ留学し、ケンブリッジ大学とイェール大学を卒業したエリートでありながら、初老にしてヨーロッパ式の生活を捨ててキリンヤガへの移住を選択します。彼は、キクユ族の絶対神ンガイの教えを遵守しながら部族の伝統を守るために奮闘します。
しかし、次第に彼のやり方は若者たちの反発を招き、部族の中で孤立を深めていくことになります。
ある人にとっての、ある時点での正義や大義が、他の人、他の時点ではそうではないという事実がすべての作品に底流として流れています。それだけに深みがあり、最初は万能のヒーローのように思えたコリバが、いつの間にか頑迷固陋な老人と化していることに、読み進んでいて愕然とすることになります。
中でも「空にふれた少女」は、小品ですが「冷たい方程式」にも匹敵する読後感を味わわせてくれました。

<収録作品>「もうしぶんのない朝を、ジャッカルとともに」、「キリンヤガ」、「空にふれた少女」、「ブワナ」、「マナモウキ」、「ドライ・リバーの歌」、「ロートスと槍」、「ささやかな知識」、「古き神々の死すとき」、「ノドの地」

オススメ度:☆☆☆☆

2003.11.22


ミネルヴァのふくろうは日暮れて飛び立つ (伝奇)
(ジョナサン・ラブ / 文春文庫 1999)

謎の古文書とか、古代から歴史の裏側で連綿と続く秘密組織とか、大好きです。
それもあまりメジャーでないやつが(笑)。だって今や、フリーメイソンもノストラダムスもシオンの議定書も東日流外三郡誌も、有名になりすぎて謎でも何でもなくなっちまってますし。
まあ、要するに伝奇小説が好きってことですね。
その点では本書「ミネルヴァのふくろうは日暮れて飛び立つ」(タイトル長いです)は、なかなかのもの。16世紀に書かれた、マキャヴェリの「君主論」をも凌駕するという政治書「至上権論」――この内容を実践すれば必ずや権力を握れるという究極の書です。そして、それを信奉する謎の集団が、胎動を始めていました。
アメリカ国務省の特殊機関の工作員で、過去の任務中に受けたトラウマから逃れられないサラは、命令を受けて、いわくつきの場所で射殺された少女が残した言葉「エンライヒ」の捜査を始めます。歴史政治学者アレクサンダーと協力して捜査を進めるサラの前に、美術館爆破、株式相場の暴落、外交官の暗殺といった、世界にカオスを現出させようとする組織の謎が少しずつ浮かび上がってきます。アメリカとヨーロッパ全土をまたにかけ、追いつ追われつの謎解きが始まります。
虚構の古文書を創作して、作品の中で使うというパターンはよくありますが、本書では16世紀の修道士が書き起こしたという「至上権論」の全文(60ページ以上)が、巻末に付されているのです。ここまで凝ったものは空前絶後でしょう。「至上権論」自体は読んでもあまり面白くないですが。これは、作者自身の本業が政治学者だからできたことでしょう。
とにかく、ストーリーがよく考えられていて、伏線も周到です(叙述トリックもかなりのもの)。脇役に至るまでキャラクターが生き生きしていて、中盤以降、展開がスピーディで(しかも燃える!)一気に読まされてしまいます。
本書が処女作だそうですが、他の作品は出ていないようです。残念。

オススメ度:☆☆☆☆

2003.11.25


地図のファンタジア (ノンフィクション)
(尾崎 幸男 / 河出文庫 1999)

国土地理院で測量と地図作成に人生を捧げた(と思う)著者が、専門分野について薀蓄を傾けた本です。
「歴史を変えた3つの誤測」とか「日本と違って外国では軍事機密に属するので地図の売買が難しい」とか、興味深い題材を扱っているにもかかわらず、なぜかトンデモ本の要素が多いのです(笑)。
中核となっている「第2部 地図のファンタジア」では、古今の文学作品に描かれている地図や測量方法についてツッコミを入れているのですが、これがどうにも笑えません。スティーヴンスンの「宝島」の海賊フリントの地図を作るには、本当は時間は1年、費用は4億7千万円かかったはずだと得意げに言われても、「だからどうしたんですか」としか言いようがありません。ポオの「黄金虫」で宝物のありかを測量で探す場面について「現実にはこんなことはありえない」と述べた後で「だからと言ってこの作品の価値が減じるわけではない」って、要するに何が言いたかったんですか。「小説にけちをつける必要はないが」と言いながら、十分にけちつけてるし。
あと、おもしろおかしく書いて読者の気を引こうとするのはわかりますが、真面目な記述の中にいきなりダジャレや親父ギャグを挿入するのはいかがなものかと思います。ほとんどが思いっきりすべってるし(笑)。地図を印刷する上で黒の使い方が大切な理由をアカデミックに述べた最後に「とくにクロはクロウする」なんて書かれたら、脱力しちゃいます。やたらと雑学に走って横道にそれるのもマイナス点。要は、自分はいろいろなことを知ってるんだぞ〜と自慢したいのね。あとがきで「『雑学』が筆者の基礎だ」と書いていますが、さもありなん。
もっと普通に書けば、より優れた読み物になったと思うんですけどね。

オススメ度:☆☆

2003.11.26


トンデモ怪書録 (ノンフィクション)
(唐沢 俊一 / 光文社文庫 1999)

世の中には、“脳天気本”というジャンルの本があるのだそうです。(ちなみに、国語的に正しい表記は“能天気”)
唐沢さんの定義によれば“トンデモ本”(著者の意図とは別の側面から楽しめる本)よりは“脳天気本”の方が範囲が広いらしいです。「(トンデモ本より)もっと幅広く、わけのわからん本、フツー一般とは違った価値観を持った本」のことだそうで。
そして、この“脳天気本”の数々を唐沢さんが紹介してくれます。唐沢なをきさん(俊一氏の実弟)のマンガ憑き・・・いやマンガ付き。
どれほどとんでもないかというと、いくつかタイトルを挙げれば想像できるかと思います。「臨床的獣姦学入門」「ゲテ食大全」「空飛ぶかくし芸」「怪力法」・・・。これ以外にも、タイトルはまともでもさわりを聞くと「しょーもねー!」と笑うしかない本の数々。
しかし、自分もかなりしょうもない本を読んできたと思っていましたが、なんとここで紹介された本は1冊として読んだことがありませんでした。「やっぱり俺は健全だったんだ!」と安堵するか、「なんでこんなすごい本たちを読み損なっていたんだ!」と地団太を踏むかで、読書指向がわかります。自分は明らかに後者でした(笑)。
冒頭の「読書は淫靡な楽しみである。それは余人の手を借りず、ひとりで静かにふける快楽の手段である。」とか、あとがきの「書棚にずらりと収められた本は、それだけで本好きに安らぎを与えてくれる。読書の楽しみというのは、実はこの、読み終わった後に本を書棚に置く、この楽しみが主なのである」という言葉には、まさに「同志!」と口走ってしまったのでありました。

オススメ度:☆☆☆

2003.11.27


蜃気楼の少女 (ヒロイック・ファンタジー)
(栗本 薫 / ハヤカワ文庫JA 1999)

『グイン・サーガ』の、これは外伝です。第16巻。
でも、外伝とは言っても、ここ6巻ほどは本編とずっと関連してる(いえこっちが実質的な本編か)ので、この巻も例にもれず・・・。
キタイを脱出したグイン一行がノスフェラスで出会った怪異のエピソードですが、その中身が非常に意味深です。
突然あらわれた蜃気楼の亡霊に導かれ、グインは三千年前に一夜にして滅びたという古代帝国カナンのありし日と、その滅亡の様子を垣間見ることになります。そこで演じられるのが、まさに「宇宙水爆戦」のメタルーナとゼイゴンの戦争のよう(こんな例、何人がわかるんだ?)です。これまで幾度も作品中でほのめかされてきた事実があらわにされるわけです。
でも、そういう場面よりも、ラストで本編5巻以来のセム族やラゴン族との再会の場面の方が心動かされます。作者もこちらのシーンを気合い入れて書いていると思うのは、こちらの勝手な思い込みでしょうか。

オススメ度:☆☆☆

2003.11.28


詳注版 月世界旅行 (SF)
(ジュール・ヴェルヌ W・J・ミラー:注 / ちくま文庫 1999)

実は、数ヶ月前に同じヴェルヌの「月世界へ行く」(創元SF文庫版)を読んでいまして、これはもしかしたら別々の出版社から出ている同一作品をダブって買ってしまったのか〜!? とおののいていました。
ですが、問題なし。
ヴェルヌの月世界旅行ネタ(巨大な大砲をぶっ放して、それに人間が乗り組んで月へ行く)の小説は2篇に分かれておりまして、本作は大砲をぶっ放すまでのお話で、創元版は大砲をぶっ放した後のお話だったのです。ですから、正しい読書の順番としては、こちらを先に読んで創元版をその後に読むべきです。創元版の序章であらすじが書かれている物語の詳細版がちくま版というわけですね。
で、このお話。微に入り細をうがった注釈を入れているミラーいわく、これまでの英訳版は歪曲や省略がひどく(日本のア●●ミー出版みたいなもの?)、ヴェルヌの真髄を伝えるものではなかったというのです。で、初めてきっちりと訳して注も加えた(なんと本文と注釈の比がほぼ1対1です)完璧版を出版したという次第。確かに、ギリシャ神話から科学史から細かく押さえた注釈は、興味をいや増してくれます。単純極まりないストーリーなのに、コクがあること。ミラーによる評論「ジュール・ヴェルヌの多面の世界」も併録されています。
でも文庫で1200円は高いよな(笑)。

オススメ度:☆☆☆

2003.12.1


魍魎の匣 (ミステリ)
(京極 夏彦 / 講談社文庫 1999)

「姑獲鳥の夏」に続く京極夏彦さんのデビュー第2作です。
文庫で1060ページ、厚さは4センチに及ぶ大作。にもかかわらず、複雑なプロットと的確に練り込まれたストーリーに引き込まれて、一気に読み進めさせられてしまいます。
まずは冒頭の3ページ。誰とも知れない語り手が電車の中で奇妙な匣を抱えた男と出会うシーン、開けられた匣の中から人形のような少女の胸から上だけが現れ、「ほう、」と声をもらす場面を読んだだけで、魍魎渦巻く小説世界に取り込まれてしまうのです。乱歩の「押絵と旅する男」に似通った――いや、乱歩じゃないな、夢野久作のカラーだ――幻想的な場面は、この後も作中に挿入され、いずれ事件の大きな鍵となります。
そして、いくつもの事件が起こります。
駅のホームから落ちて(自殺とも事故とも不明)重傷を負った中学生の少女。彼女が収容された相模湖近くの立方体の建物。そして誘拐予告の手紙が届き、彼女は衆人環視の病室から一瞬のうちに消失します。
一方、世間を震撼させる連続バラバラ殺人。少女のものと思われる手足だけが、木箱に詰められて発見されますが、首や胴体は見つかりません。
さらに、不幸をもたらす魍魎を祓うと称して信者を集める『御筥様』と呼ばれる修験者の暗躍――。
「姑獲鳥の夏」と同じ登場人物たち・・・作家の関口、私立探偵の榎木津、警視庁刑事の木場といった面々が、事件と関わりつつ、古書店主にして陰陽師の京極堂のもとに集い、かくて京極堂自身が「こんな偶然が続くなんてあったもんじゃない!」と自分でツッコミを入れるほどのめぐり合わせの中(でも説得力があるのでまったく無理がない)、すべての事件が絡み合っていきます。
これ以上語るとネタバレになってしまいますが、「そんなんありか?」とあっけにとられるほどの人間消失トリック。そして日本の小説史上に残るマッドサイエンティスト文学(そして●●●●●シュ●●ン・テーマ)の白眉でもあると思います。

オススメ度:☆☆☆☆☆

2003.12.6


ディープ・ブルー (ホラー)
(ダンカン・ケネディ、ドナ・パワーズ&ウェイン・パワーズ / 徳間文庫 1999)

99年秋に公開された(らしい)サメ・パニック映画「ディープ・ブルー」のノヴェライゼーション。
アルツハイマー病の特効薬を開発するために、アオザメの脳に人為的操作を加えている海洋研究所が舞台。ある嵐の夜、知能が驚異的に発達してしまった巨大なサメ3頭が、研究所の人々に牙をむきます。崩壊する研究所、次々にサメに襲われる犠牲者――とまあ、動物パニックものの王道というか、ステロタイプ。
どうしてサメが通常の倍以上に成長したのかとか、なぜ凶暴なアオザメを実験材料にしたのかというような説明はなく(おとなしいウバザメやジンベイザメを使ってればこんな惨劇は起こらなかったのに・・・と言ってしまっては物語自体が成立しません)、強引にストーリーは進んでいきます。
ところが、これって映画のストーリーをなぞっているだけで、何の深みもないんです。同じノヴェライゼーションでも、独自の味を加えて小説としての完成度を高めている「アビス」(O・S・カード)とか「ファンハウス」(D・クーンツ)とは比べ物になりません。
他に何もない時に、暇つぶしに読むならいいですが、それだけです。

オススメ度:☆☆

2003.12.7


パラドックス知性体 (SF)
(エルンスト・ヴルチェク / ハヤカワ文庫SF 2003)

ペリー・ローダン・シリーズの296巻。いよいよこのサイクルもラストスパート状態ですね。
今巻は珍しく、ヴルチェクさんがひとりで続けて書いてます。(解説:ローダン・シリーズは本国ドイツでは週刊で出ている2編を1冊にして、邦訳を出しています)
惑星アスポルコスを飛び立った謎の隕石宇宙船が、ミュータント8名を乗せたまま、ついに目的地に到着します。
ますます謎が深まったところで、待て
次巻――というクリフハンガー状態で終わります。

<収録作品>「パラドックス知性体」、「荒廃した世界」

オススメ度:☆☆☆

2003.12.8


ファイナルジェンダー(上・下) (SF)
(ジェイムズ・アラン・ガードナー / ハヤカワ文庫SF 1999)

いつぞや読んだ「プラネットハザード」の作者ガードナーの長編第2作。
主人公フリンは20歳のヴァイオリン弾き。友人のキャピーと共に、人生で最重要な儀式を明日に控えています。それは『最終性選択の日』というもの。
かれらが暮らすトバー入江は、20歳未満の者は全員、1年毎に性が入れ替わるという不思議な社会なのです(このような現象が起こるのはこの土地だけ)。子供たちは年に1回、神が住むと言われる神殿に送り込まれ、男は女に、女は男に変わって戻ってきます。そして、20歳になると、その後の一生を男女のどちらで過ごすか決定することになるのです。ところが実際には選択肢は3種類あって、残りのひとつは“中性”(肉体的には両性具有です)。しかし、中性を選んだ者はコミュニティから排斥され、村へ戻れば殺されるほど忌み嫌われています。
性選択前の最後の夜を過ごしていたフリンとキャピーは、沼地で中性の他所者と、強化プラスティックの鎧をまとった男に出会います。中性は昔トバー入江を追放された人物で、もうひとりは世界を支配する階級に属する科学者でした。
冒険SFのパターンから行くと、この出会いによってフリンは村を捨て、旅立つという展開を予想するのですが、その予想はまったく裏切られます。
お話としては、本当に地味です。たった一昼夜の物語ですし、場所も限定されています。でも、幾重にも重なったプロット、この地域に限定された性交代の謎など、読みどころはいっぱい。「星を継ぐもの」のようなSF的な謎解きの醍醐味も味わえます。

オススメ度:☆☆☆☆

2003.12.10


荒地(上・下) (ダーク・ファンタジー)
(スティーヴン・キング / 角川文庫 1999)

キングのライフワーク『暗黒の塔』シリーズの第3弾。
前巻
「ザ・スリー」で、主人公ローランドは次元の扉を通って20世紀のニューヨークから二人の協力者をパーティに加えます。元麻薬の運び屋エディと車椅子の黒人女性スザンナと共に、『暗黒の塔』を求めて荒地を放浪するローランドは、不思議な妄想に悩まされます。第1巻「ガンスリンガー」でローランドの世界に迷い込み、死んでいった少年ジェイクがまだニューヨークで生きているという記憶・・・。
そして、物語はニューヨークのジェイクと荒地のローランドたちのパーティと交互に進んでいきます。ジェイクは夢と幻影に突き動かされて中間世界への扉を探し、ローランドらも次元の扉を探索します。
そして、後半は太古に崩壊した都市での冒険が展開されます(ネタバレのため詳細は省略)。
序盤でリチャード・アダムズの小説のネタが出てくるのが嬉しかったです。巨大な熊型ロボットの名前が“シャーディック”で、それを知ったエディが「兎と関係がある」とコメントします。この兎というのはアダムズの「ウォーターシップダウンのうさぎたち」のことですね。まあ本筋とは(今のところ)関係がないようですが、キングのサービス精神でしょうか?
作者もあとがきで書いているように、中途半端な終わり方ですが、に期待。

オススメ度:☆☆☆

2003.12.14


イシュタルの子 (ファンタジー)
(篠田 真由美 / 廣済堂文庫 1999)

実は篠田真由美さんの長編を読むのは初めてです。『異形コレクション』ではいつも異国情緒あふれる短編を楽しませていただいてますが。代表シリーズの桜井京介ものは、購入済みだけど未読(汗)。
舞台は古代バビロニア、ネブカドネザル王の治世。豊穣の女神イシュタルの神殿には、聖なる獣と人間の交わりから産み落とされた半人半獣だと言われる子供たちがひそやかに暮らしています。その中でも異彩を放つ少女マヤと少年ムー。異国の王女の気まぐれから神殿を脱出することとなったふたりは、渦巻く権謀術数の中で翻弄されながら、次第におのれの秘めた能力と運命に気付いていきます。
虐げられて暮らすユダヤ人、王の後継争い、暗躍する神々、パピルスに記された謎のメッセージと、伝奇小説としての道具立ては十分なのですが、どうにも消化不良です。古代史や実在の神話伝説をモチーフにした話というのは、さじ加減が難しいのですね。そういや“マヤ”と“ムー”っていうネーミングもいささか安直だし。エキゾチックなネタをうまく料理している短編の切れ味が感じられません。せっかくいい題材なのに、風呂敷を広げすぎて処理し切れなかったようです。結末もありがちで中途半端ですし。・・・はっ、もしかして続編狙い?

オススメ度:☆☆

2003.12.16


俳優 (ホラー:アンソロジー)
(井上 雅彦:編 / 廣済堂文庫 1999)

テーマ別ホラーアンソロジー『異形コレクション』の第13巻(縁起のいい数字ですな)。
今回のテーマはタイトル通り“俳優”。映画や演劇、劇場と言ったら怪談話の宝庫ですが(ロンドンの劇場にはどこでも必ず幽霊が出るとか)、現代的にアニメの声優ネタまであったりします。他人を演じるということから“変身”テーマのバリエーションにもなりますね。
今回は、ちと好みに合う作品の数が少なかったですが、それでも読みでがあります。
作品紹介ではO・ヘンリ風味だと書かれていましたがこれは絶対にJ・フィニイ風味だと断言できる「飛胡蝶」(横田順彌)、ゾンビアンソロジー『死霊たちの宴』に収録されてもおかしくない「黄昏のゾンビ」(友成純一)、正統派幽霊譚「願う少女」(矢崎存美)と「タクシーの中」(新津きよみ)、都市伝説のような語り口が楽しい「楽屋で語られた四つの話」(北野勇作)あたりがお勧め。

<収録作品と作者>「遍歴譚」(五代 ゆう)、「君知るや南の国」(篠田 真由美)、「伝説のサラ」(小沢 章友)、「肉体の休暇」(森 真沙子)、「死体役者」(安土 萌)、「白い呪いの館」(倉阪 鬼一郎)、「佐代子」(飯野 文彦)、「楽屋で語られた四つの話」(北野 勇作)、「タクシーの中で」(新津 きよみ)、「月夜」(柴田 よしき)、「秀逸のメイク」(江坂 遊)、「哀夢」(毛利 元貞)、「俳優が来る」(本間 祐)、「願う少女」(矢崎 存美)、「柚累」(斉藤 肇)、「飛胡蝶」(横田 順彌)、「決定的な何か」(早見 裕司)、「新人審査」(北原 尚彦)、「小面曾我放下敵討」(朝松 健)、「死の谷を歩む女」(田中 文雄)、「陶人形」(竹河 聖)、「黄昏のゾンビ」(友成 純一)、「メイクアップ」(小中 千昭)、「怖い顔」(石田 一)、「劇薬」(井上 雅彦)、「化粧」(菊地 秀行)

オススメ度:☆☆☆

2003.12.19


宇宙航路2 猫柳ヨウレの冒険<激闘編> (SF)
(光瀬 龍 / ハルキ文庫 1999)

これは、タイトルからもおわかりの通り、続編です。
ですが、前作の「猫柳ヨウレの冒険 宇宙航路」(ハルキ文庫版のタイトルは「宇宙航路 猫柳ヨウレの冒険」と逆になってます)を徳間文庫版で読んだのは20年近く前です。ストーリーはおろか主人公の性別まで忘れ去ってました(笑)。猫柳ヨウレって、美少女だったんですね。登場人物は前作とかぶっていますが、特に未読でも問題なし。ストーリーも連続性はないですし。
今回はヨウレを始めとするいわくありげな一党が、ルナ・シティを始めとする太陽系各地で怪事件を解決するというドタバタ・ナンセンスSF連作。ちょっと時代的には古さを感じさせます。全部カタカナ言葉でしゃべるエイリアンは、レトロというか、読みにくい!(汗)
光瀬龍さんというと、「たそがれに還る」とか「喪われた都市の記録」とか叙情性あふれるシリアスSFのイメージが強いので、本作の作風はかなり意外でした。でもまあこれで720円は高いです。

<収録作品>「○・五の悲劇」、「ホットライン殺人事件」、「パンを召しませ」、「セロリの逆襲」、「アイアン・ウルスの復讐」、「ヒット・マン暁に死す」、「さいはての物語」

オススメ度:☆☆

2003.12.20


アラマタ図像館1 怪物 (図誌)
(荒俣 宏 / 小学館文庫 1999)

古今東西の華麗かつ妖異な図譜類の収集家としてはナンバーワンの荒俣さんが、テーマを決めてコレクション中の図版を公開し薀蓄を傾けてくれるという、好事家にとってはありがたくて涙が出そうな企画「アラマタ図像館」全6巻の始まり〜。
ということで、第1巻は「怪物」であります。
大航海時代に遠隔地からもたらされた怪異な生物を描いた博物誌から、中国は明代の怪物図譜、20世紀のパルプマガジンに至るまで、グロテスクかつ神秘的、しかも不思議な美を感じさせる怪物図がてんこもり。
特にゲスナーの「怪物誌」、邉景昭の「百獣図」はインパクトが強く出色。
ただ、各図譜の解題がやや物足りなかったです。ページを5割増にしてもいいから、もっと詳しく薀蓄を傾けてほしかったです。

オススメ度:☆☆☆

2003.12.21


豹頭将軍の帰還 (ヒロイック・ファンタジー)
(栗本 薫 / ハヤカワ文庫JA 1999)

『グイン・サーガ』の第68巻。
タイトル通り、メインはグインがケイロニアに帰還するお話(「パロへの帰還」に似てますな)です。とりあえず、おじいちゃんも初孫に対面できて、めでたしめでたし(笑)。ただ、あの人だけは宮廷が居心地悪そうで、ちょっとだけ先行き不安だけれどまずは平和なケイロニア風景。作者もあとがきで語っていらっしゃいますが、グインが出ていると、それだけで安心して読めるのですね。
一方、ゴーラではきなくさい動きが出てきました。過去の悪行(?)がバレそうになって告発されたイシュトヴァーン、危ないことをやらかさないといいのですが(カメロンがいくら止めても、絶対やらかすんだろうな、次の巻のタイトル
「修羅」ですし)・・・。

オススメ度:☆☆☆

2003.12.21


メディア9(上・下) (SF)
(栗本 薫 / ハルキ文庫 1999)

『グイン・サーガ』やら『魔界水滸伝』やらを読んでる割には、栗本さんのSFってこれまで読んだことがありませんでした。いや「エーリアン殺人事件」は読みましたけど、あれはSF的設定のスラップスティック・パロディですから(笑)。
で、この「メディア9」、設定はかなりシンプル。
未来の地球は完全福祉国家となり、市民は平等で平和な日々を謳歌しています。その中で、外宇宙を探索し、異星との交易で地球に様々な物資をもたらす特別な人たち――スペースマンがいました。一般市民が“フラスコ・ベイビー”と呼ばれる人工授精で生まれるのに対しスペースマンだけが母胎生殖を行い、本当の“ファミリー”を持っているのです。それは、宇宙に出かけた男たちを地球に戻ってこさせるための碇のようなものでした。
フォーマルハウトを探索に向かった外宇宙船メディア9が太陽系に帰還し、乗組員のひとりロイの息子リン(17歳)は、10年ぶりに父親に会えるのを楽しみにしていました。
ところが、帰還したメディア9は外部との連絡を断ち、乗組員も外へ出て来ようとしません。病原体に汚染されたか、侵略宇宙人の手先になったかとデマが飛び交い、一部過激派はこの事態に乗じてスペースマン抹殺を狙うテロを引き起こそうとします。
リンは母親のシーラを始めとする“ファミリー”のメンバーや恋人と協力して、なんとかメディア9と連絡を取ろうとします。
どこかハインラインのジュブナイルSFを思わせる青春小説にして成長小説。こういうキャラを描かせると本当に栗本さんは上手いです。
でも、結末が露骨にニューエイジっぽくなってしまったのが不満といえば不満ですが。まあ書かれた時代が時代ですし(80年代)、仕方がないのかも。

オススメ度:☆☆☆

2003.12.23


妖鳥 (ミステリ)
(山田 正紀 / 幻冬舎文庫 1999)

“妖鳥”と書いて“ハルピュイア”と読みます。ハルピュイアとは、もちろんギリシャ神話に出てくる女性と鳥のあいのこの怪物。別名ハーピーですな。
実は山田正樹さんの作品は大好きでいろいろと読んでいる(「崑崙遊撃隊」と「火神を盗め」は必読!)くせに、ミステリ作品を読むのは初めてでした。やっぱりSF・冒険小説のイメージが強かったですからね。
舞台は都下(三多摩地区)の病院。この病院には、死人が出る時には巨大な黒い鳥(ハルピュイア)が現れるという伝説があります。密室に閉じ込められた記憶喪失の女性の主観で描かれるパートと、その病院に入院した先輩刑事を見舞いに訪れたことで事件に介入することになる刑事のパートに分かれ、物語は進行します。
臨死体験の際に先輩刑事が目撃した看護師の謎の笑い。女は天使か悪魔かという命題。内側から目張りされた無菌室で縊死していた植物状態の患者。塔から落ちて即死したはずなのに、数十メートル離れた場所に倒れていた研修医。火の気のない場所で突然炎に包まれて死に、直後に死体が消えた看護師・・・。とまあ、謎は十分、わくわくするような設定なのですが、本格謎解きミステリと考えてはいけません。一応、謎は論理的に解明されるのですが、観念的・幻想的な雰囲気が色濃く漂います。この辺で好みが別れるところ。
う〜む、もう少し山田ミステリを読んでみよう。

オススメ度:☆☆☆

2003.12.25


龍臥亭事件(上・下) (ミステリ)
(島田 荘司 / 光文社文庫 1999)

上下巻併せて1100ページを越える大作。その名に恥じぬ大長編本格ミステリです。
岡山県北部の山の中の小さな村、そこは戦前“津山30人殺し”と呼ばれた大量殺人事件の舞台となった村でした(“津山30人殺し”自体は「八つ墓村」のモデルにもなった、実際に起こった事件です)。
相談に訪れた二宮佳世という若い女性と一緒に、その村へ赴くことになった作家の石岡和己は、『龍臥亭』という古びた旅館で連続殺人事件に巻き込まれます。頼りとしたい名探偵、御手洗潔は遠く北欧におり、手紙と電報で連絡が取れるのみ。密室で次々に射殺される女性、使われた弾丸は戦前のダムダム弾、盗まれた後におぞましい細工をされて再発見される死体、宿に跳梁する過去の亡霊――と、まさに横溝正史もかくやという因縁と怨念が渦巻く殺人絵巻が展開されます。
御手洗がいない場所で初めて探偵役を務める石岡の苦悩、次々と明かされる過去の猟奇殺人事件との暗合、解決の付け方はかなり強引ですが、そこまで蓄積された伏線と迫力に強引にねじ伏せられてしまいます。それも快感。
でも、途中で出てくる昭和の猟奇殺人の数々を、解説が出る前に全部「ああ、あれのことだな」とわかってしまった自分って(汗)。

オススメ度:☆☆☆☆

2003.12.29


修羅 (ヒロイック・ファンタジー)
(栗本 薫 / ハヤカワ文庫JA 1999)

『グイン・サーガ』の第69巻。
前巻が人情味あふれるほのぼの編だったのに対して、こちらは殺伐編。これもグインとイシュトヴァーンの性格――というよりも、全体的な運命によるものなのでしょうね。
かつてノスフェラスでモンゴール軍を罠に陥れ全滅させたという告発を受けたイシュトヴァーン、濡れ衣(ではまったくないのですが)を晴らすべく審問に臨みます。弁護するカメロンはまさに獅子奮迅の活躍ぶりで、ここはまさに法廷ミステリのクライマックスに匹敵する迫力。そういえば栗本さんの法廷ものって読んだことがあったっけ?と思いをめぐらしてみたり。
そして最後はついに、出たよ、アレがっ!!
まさに修羅です。いや修羅場です。ゴーラはこの後どうなるのでしょうか?
でも次巻はグインが主役のほのぼの編らしい・・・。

オススメ度:☆☆☆

2003.12.30


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