恐怖症 (ホラー:アンソロジー)
(井上 雅彦:編 / 光文社文庫 2002)
テーマ別書き下ろしホラー・アンソロジー『異形コレクション』の第22巻。
今回のテーマはそのものズバリ“恐怖”をもたらすもの。
たとえばアマゾンの毒グモが人を襲う映画「アラクノフォビア」(ノヴェライゼーションは光文社文庫から出ています)のタイトルを訳せば蜘蛛恐怖症。
何に対して恐怖をおぼえるのかは個人個人で様々で、なぜそれが怖いのか理由がわからないことも多いようです。それが一番怖かったり(笑)。
さて、本巻には様々な“恐怖症”が描かれます。自宅のドアが怖い「ドア」(中井紀夫)、相手がストーカーならずとも他人の視線が怖い「あのバスに」(深川 拓)、影が怖い「シルエット・ロマンス」(飛鳥部勝則)、つぶつぶしたものが怖い「つぶつぶ」(柴田よしき)、舞台に臨む際の緊張(失敗するんじゃないか)が怖い「夢の奈落」(速瀬れい)と「スタジオ・フライト」(早見裕司)、背後にあるかもしれない薄い布が怖い「布」(倉阪鬼一郎)、スパゲティーが怖い「スパゲッティー」(竹河 聖)、広い場所を恐れる「離宮の主」(井上 雅彦)、目の中に見える飛蚊症が世界を侵食していく「眼球の蚊」(瀬名秀明)、他人がもっとも恐怖するものが何かわかってしまう能力を持った人間が主人公の「斯くしてコワイモノシラズは誕生する」(牧野 修)、足利将軍義教の暗殺事件の裏に潜む恐怖を求める真理を掘り下げた「荒墟」(朝松 健)など。
<収録作品と作者>「ドア」(中井 紀夫)、「あのバスに」(深川 拓)、「シルエット・ロマンス」(飛鳥部 勝則)、「夜一夜」(石神 茉莉)、「つぶつぶ」(柴田 よしき)、「恐怖六面体」(本間 祐)、「夢の奈落」(速瀬 れい)、「侵食」(飯野 文彦)、「布」(倉阪 鬼一郎)、「恐怖病」(横田 順彌)、「眼球の蚊」(瀬名 秀明)、「荒墟」(朝松 健)、「斯くしてコワイモノシラズは誕生する」(牧野 修)、「遠い」(朝暮 三文)、「石の女」(奥田 哲也)、「黒い土の記憶」(安土 萌)、「怖いは狐」(北野 勇作)、「ヘリカル」(町井 登志夫)、「離宮の主」(井上 雅彦)、「最終楽章」(江坂 遊)、「スタジオ・フライト」(早見 裕司)、「白い影」(田中 文雄)、「スパゲッティー」(竹河 聖)、「6分の1」(菊地 秀行)
オススメ度:☆☆☆
2006.1.12
怪談部屋 (怪奇・冒険)
(山田 風太郎 / 光文社文庫 2002)
『山田風太郎ミステリー傑作選』の第8巻。
本来は『怪奇篇』ですが、この巻が最終配本だったこともあり、怪奇・SF味の濃い作品20篇のほか、「笑う肉仮面」に収録し切れなかったジュブナイル5篇、補逸篇「達磨峠の事件」(そのうち登場)の編集後に発見された作品2篇が収められています。
風太郎さん得意の医学ネタを生かした怪奇譚が多く、さる有名な奇形を題材とした「双頭の人」や「黒檜姉妹」、ありとあらゆるフリークスが大集合し現代では発禁必至の(なにせ現代では差別語とされている表現がてんこもり)「畸形国」、特異体質の少女に恋した男の悲劇「蝋人」の他、印象に残った作品を挙げれば、タイトルのインパクトもすごいですが発想もものすごい(似たようなぶっ飛びネタで書いたオベールの作品をもしのぐ)「うんこ殺人」、半世紀後の未来をアイロニカルな視点で描く「1999年」、第三次大戦勃発という極限状況で孤立した山村が舞台のドタバタ劇「臨時ニュースを申し上げます」、少女雑誌「なかよし」に連載されていたというジュブナイル・サスペンス「とびらをあけるな」など。
<収録作品>「蜃気楼」、「人間華」、「手相」、「雪女」、「笑う道化師」、「永劫回帰」、「まぼろし令嬢」、「うんこ殺人」、「万太郎の耳」、「双頭の人」、「呪恋の女」、「畸形国」、「黒檜姉妹」、「蝋人」、「万人坑」、「青銅の原人」、「二十世紀ノア」、「冬眠人間」、「臨時ニュースを申し上げます」、「1999年」、「あら海の少年」、「ぽっくりを買う話」、「びっこの七面鳥」、「エベレストの怪人」、「とびらをあけるな」、「無名氏の恋」、「私のえらんだ人」
オススメ度:☆☆☆
2006.1.14
「新趣味」傑作選 (ミステリ・伝奇:アンソロジー)
(ミステリー文学資料館:編 / 光文社文庫 2000)
『幻の探偵雑誌』シリーズ第7巻。第5巻が順番から抜けてしまっていますが、それは近日(笑)。
今回の「新趣味」は、大正11年に創刊されたものの、翌年の関東大震災のあおりで休刊してしまい、2年足らずの歴史しかありません。ただ、海外翻訳小説の紹介(コリンズの「月長石」を10回分載し、マッカレーの「地下鉄サム」やオルツィの「隅の老人」などのシリーズのほか、ポオ、ドイル、フリーマン、ガボリオらの作品を精力的に掲載しています)と懸賞公募による市井の探偵作家の発掘をふたつの柱としていたのが特徴です。
甲賀三郎や角田喜久雄といった大御所がデビューしている一方、現在では経歴もわからない無名の投稿家の作品もあり、双方がこの選集に収められています。
中でも国枝史郎が外国作品の翻訳という形で連載した長篇秘境冒険伝奇小説「沙漠の古都」は200ページにも及ぶ大作で、楽しく読めました。スペインの首都マドリードの夜を跳梁した燐光を放つ獣人の謎を発端として、タクラマカン砂漠の奥地に埋もれている太古の都に眠るという秘宝を求めるヨーロッパ探検隊に迫る謎のトルコ人美女と中国の熱血革命青年の恋、さらに北京から上海へと舞台を移し袁世凱の後継者を名乗る老人が支配する秘密結社の暗躍、ついにはボルネオのジャングルの奥地に存在するロストワールド(有尾人や恐竜が生き残っている)で物語は大団円を迎えます。はっきり言えば荒唐無稽ですが、でも楽しい(笑)。
<収録作品と作者>「真珠塔の秘密」(甲賀 三郎)、「毛皮の外套を着た男」(角田 喜久雄)、「噂と真相」(葛山 二郎)、「呪われた真珠」(本多 緒生)、「美の誘惑」(あわぢ生)、「誘拐者」(山下 利三郎)、「血染のバット」(呑海翁)、「国定画夫婦刷鷺娘」(蜘蛛手 緑)、「ベルの怪異」(石川 大策)、「沙漠の古都」(国枝 史郎)
オススメ度:☆☆☆
2006.1.21
ソーンダイク博士の事件簿2 (ミステリ)
(オースチン・フリーマン / 創元推理文庫 1999)
科学的犯罪捜査を初めて探偵小説に持ち込んだ、ソーンダイク博士を主人公とする短篇集その2。今回も、倒叙推理2篇を含む全9篇が収録されています。
本シリーズの特色である医学的な手掛かりと機械的トリックがふんだんに盛り込まれています。といいますか、死体に関するトリックが多いので、精緻な死体描写がかなり見られますが、決してスプラッターにはならず解剖学の教科書に近いです(笑)。
保険金目的の偽装自殺を暴く「パーシヴァル・ブランドの替玉」(死体に偽装を施すシーンはビジュアル的に想像するとかなりグロです)、“顔のない死体”トリックを倒叙スタイルで描いた「消えた金融業者」、同様のトリックを正面から扱った「焼死体の謎」、アリバイトリックをチェスタトン風にひねって処理した「ポンティング氏のアリバイ」、バラバラ死体を扱った「パンドラの箱」と「バラバラ死体は語る」、エジプトの象形文字にからんだ財宝探しの暗号もの「青い甲虫」、当時は斬新だった(現代の知識を持って読むとすぐわかりますが)「フィリス・アネズリーの受難」、ソーンダイクが名うての凶悪犯と対決する「ニュージャージー・スフィンクス」の9篇。
<収録作品>「パーシヴァル・ブランドの替玉」、「消えた金融業者」、「ポンティング氏のアリバイ」、「パンドラの箱」、「フィリス・アネズリーの受難」、「バラバラ死体は語る」、「青い甲虫」、「焼死体の謎」、「ニュージャージー・スフィンクス」
オススメ度:☆☆
2006.2.28