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DB in お江戸でござる

楽屋にて第一幕第二幕第三幕第四幕第五幕第六幕舞台挨拶


第一幕

「たいへん、たいへん」
 言葉とは裏腹に、ちっとも大変そうじゃない顔の人造人間八号が、のんびりと戸口から入って来た。
「よう、ハチ。何か事件か」
 女房と差し向かいで飯を食っていた悟空が、これまたのんびりと振り返る。彼は南町奉行配下の同心から十手を預かる岡っ引である。
「ピラフ一味が無銭飲食で逃げた」
「またあいつらか。しょーがねえなあ」
 悟空は十手と大小を腰に差し、恋女房を振り向いた。
「おう、おチチ、行ってくっぞ」
「おめえはまた! おらのこと『おチチ』って呼ぶなっていつも言ってるだべ!!」
「だってよ、おめえはチチだからおチチでいいんじゃねえか」
「おめえが無邪気な顔で言うと、なーんかひわいに響くんだべ」


 そこへ悟飯が「ただいま」と帰ってきた。とたんにおチチの表情が柔らかくなる。
「おかえり、悟飯。初めての寺子屋はどうだっただ? ゆっくり話を聞かせてけろや」
 悟飯はそわそわしながら風呂敷に包んだ文庫を箪笥の上に置くと、ぎこちなく笑いながら母を振り返った。
「す、すみません、お母さん。ボク、友達を待たせているので、またあとで」
「ごっ、悟飯。またあのビーデルとかいう娘っ子と会うんじゃねえだろな。あ、逢引なんて早すぎるだぞ!!」
「まあまあ、いいじゃねえか、おチチ。悟飯は今、青春まっさかさまなんだからよ」と、悟空が笑いながらとりなした。
 青春真っ盛り、あるいは、青春真っ只中と言いたいのだろうか……。ふと考えた悟飯だったが、父の迷言にツッコミを入れるのは、好意を無にするようで気が引けたのでやめた。
「しょうがねえだな」と、ぶつぶつ言いながら、おチチは戸棚から四星球と六星球を取りだしてきて、悟空と悟飯の背中に向かってカチカチとお清めの切り火をする。
「じゃ、気いつけて行って来るだぞ、悟飯。しっかり稼げよ、悟空さ」
 おチチは笑顔で夫と息子を送り出した。


 大川に花火見物の涼み舟が浮かんでいる。腹の底に響くような打ち上げ音から数拍遅れて、炸裂音と共に鮮やかな大輪の火の花が広がった。とたんにあちこちの屋根舟から「玉屋〜」「鍵屋〜」と、ひいきのかけ声がかかる。
「風流だねえ」
 垂れを上げた屋根舟の縁にもたれ、ひとりの武士が空を見上げてつぶやいた。
「ささ、ヤムチャ之介さま、おひとつ」
 辰巳芸者のランチが酌をしながら微笑むと、とたんに鼻の下を伸ばしてヤムチャ之介はランチを引き寄せた。
「ういやつじゃ、もそっと近う」
「あれ、ご無体な」
 その時、川面を渡る風がランチの鼻をくすぐった。「は……は……はっくしょん!」


「着きましたぜ、旦那」
 船頭のナッパが声をかけた。ボロボロになったヤムチャ之介がよろよろと立ち上がる。
「二度とオレにちょっかいだすんじゃねえぜ!」金髪のランチが火縄銃をぶっ放しながら気勢を上げた。「船頭! とっとと舟を日本橋へ向けやがれ。これから両替商を襲いに行くぜ!」
 ランチが点火薬を詰め直して火縄を交換している間に、ヤムチャ之介は泡を食って舟を降りた。桟橋に立って懐から出した宋十郎頭巾をかぶっている彼に、ナッパは声を落として訊いた。
「今夜もまたカプセルろうのブルマ太夫のところですかい」
「まあな」
 ナッパの目に暗い灯が宿る。
「知ってますかい、旦那。この頃うさんくさい男がブルマ太夫の周りをうろうろしてるって噂ですぜ」
「うさんくさい男?」
「人別帳にも載ってねえ無宿者らしいが……ベジー太とか」
「ベジー太……」ヤムチャ之介は顎に片手を当てて考え込んだ。



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