〈山田風太郎忍法帖短篇全集vol.1〉

山田風太郎
『かげろう忍法帖』 『野ざらし忍法帖』 『忍法破倭兵状』 『くノ一死ににゆく』 『姦の忍法帖』 『くノ一忍法勝負』



紹介

 全部で80数篇にも上る山田風太郎忍法帖の短編。それを網羅する全集が、ちくま文庫から刊行されました。『かげろう忍法帖』『野ざらし忍法帖』『忍法破倭兵状』『くノ一死ににゆく』『姦の忍法帖』『くノ一忍法勝負』『忍法関ヶ原』『武蔵忍法旅』『忍法聖千姫』『忍者六道銭』『お庭番地球を回る』『剣鬼喇嘛仏』の全12巻です。


かげろう忍法帖 山田風太郎忍法帖短篇全集1  山田風太郎
 2004年刊 (ちくま文庫 や22-16)ネタバレ感想
注意「忍者本多佐渡守」を読む前に、登場人物が一部共通する『銀河忍法帖』『忍びの卍』を読んでおくことをおすすめします。その方が、より楽しめると思いますので。
「忍者明智十兵衛」
 甲賀忍法を身につけて、朝倉家に知行を得た明智十兵衛は、“忍法人蟹”を披露した褒美として美女・沙羅を所望する。だが、兵法者・土岐弥平次に想いを寄せていた沙羅は、きっぱりとそれをはねつけた。諦めきれない十兵衛は、弥平次にある取引を持ちかけたのだが……。
 明智十兵衛、すなわち後の明智光秀を主役とした作品ですが、史実からは思いもよらない(それでいて史実に反するわけではない)意外な展開が見事です。明智十兵衛の人物像も、また“忍法人蟹”の不気味さも印象的。

「忍者石川五右衛門」
 念仏踊りの甲賀織部一座を城に呼び寄せて踊りを披露させつつ、笛吹きの美青年を寝所にひき入れて浮気にふける淀君。しかしそこに、淀君が隠し持つ秘宝“楊貴妃の鈴”を狙う、大盗賊・石川五右衛門の魔手が迫る。はたしてその目的は……?
 秘宝の争奪戦の裏に隠された企み、そして悲恋。忍法による戦いこそ控えめですが、これもまた風太郎忍法帖の真髄です。

「忍者向坂甚内」
 江戸の町を荒らし続ける奇怪な盗賊一味。その正体は、庄司甚内、鳶沢甚内、そして向坂甚内という、かつて北条氏に仕えた三人の忍者だった。庄司甚内と鳶沢甚内の二人はやがて服部半蔵の軍門に降るが、主家再興を夢見る向坂甚内は、あくまでも抵抗を続けようとする……。
 恐るべき忍法を操り、苛烈な気性の持ち主でありながら、意外な弱点を併せ持つ向坂甚内。それを捕らえようとする服部半蔵の作戦、そしてさりげなく描かれた衝撃的な結末に至るまで、非常によくできた作品です。

「忍者撫子甚五郎」
 天下分け目の関ヶ原の合戦。勝負の行方は、西軍の小早川秀秋が東軍に寝返るか否かにかかっていた。その真意を探るよう家康に命じられた服部半蔵は、同様に小早川秀秋に探りを入れようとする西軍側の伊賀忍者・波ノ平法眼に、敵味方共同の物見を提案する……。
 なかなか態度を決しない小早川秀秋の真意を探るという難題に対して、服部半蔵がひねり出した共同作戦という奇策がユニークです。しかし、呉越同舟の作戦行動がそのまますんなりと終わるはずもなく、物語にはさらにひねりが加えられていきます。情報戦の面白さが存分に楽しめる作品です。

「忍者本多佐渡守」
 家康の影として仕える本多佐渡守はある日、同じ徳川家の重鎮であり、常日頃ひきたてている土井大炊頭を呼び寄せた。幕臣としての自分のやり方をすべて、大炊頭に伝えようというのだ。家康の傍らにあって、時に奸物、佞臣ともそしられる佐渡守の手腕は……。
 「忍者明智十兵衛」などとは違って、本多佐渡守その人が忍者だったという作品ではありません。もちろん忍者が登場してはいるのですが、あくまでも中心となるのは本多佐渡守の凄みのある人物像です。そしてまた、その手腕をつぶさに目にする機会を得た土井大炊頭の姿も印象的です。

「忍者服部半蔵」
 三代目服部半蔵正重は、不肖の弟・京八郎の行く末に頭を悩ませていた。頭領の弟という立場でありながら、忍法の修行も放り出してしまったあげく、忍者を小馬鹿にするような言動を繰り返す京八郎。ついに半蔵が京八郎の処断を決めたその時……。
 厳しい掟に縛られた忍者たちの中にあって、一人気ままに振る舞い続けた結果、窮地に追い込まれてしまった京八郎。ところがそこで物語は一転して、思わぬ結末へとなだれ込んでいきます。その鮮やかな転換には脱帽。非情なラストも印象に残ります。

「『今昔物語集』の忍者」
 「今昔物語集」からいくつかの説話を紹介するエッセイ。やはり、最後に紹介されるエピソードのインパクトが強烈です。

「忍者帷子乙五郎」
 江戸城大奥につとめる伊賀者・帷子乙五郎は、この時代にしては珍しく、伊賀の鍔隠れで修行をして忍法を身につけていた。だが、その忍法を披露する機会もなく、御膳所に入りびたる毎日だった。そんな彼が、大奥に奉公する女・とねと恋に落ちて……。
 後にほぼそのままの形で長編『忍法忠臣蔵』の冒頭に組み込まれた、単行本初収録の作品です。凄惨な結末そのものは『忍法忠臣蔵』と変わりませんが、登場人物の言動が若干違っているため、意外に後味は悪くありません。

2004.04.23読了

野ざらし忍法帖 山田風太郎忍法帖短篇全集2  山田風太郎
 2004年刊 (ちくま文庫 や22-17)ネタバレ感想
「忍者車兵五郎」
 かつて兄妹のように育てられた人妻への横恋慕からその夫を殺し、江戸へと出奔した元尾張藩の忍者・車兵五郎。そこへ、殺した相手の親族が仇討ちにやってくる。一人、また一人と返り討ちにした兵五郎だったが、最後に現れたのは……。
 恋心と忍者としての業とが一体となった、救いようのない妄執にとらわれてしまった車兵五郎。その破滅は必定といえるでしょう。最後の対決の鮮烈なイメージが出色です。

「忍者仁木弾正」
 軍学者・由比正雪の道場に足繁く通いつつ、放蕩を繰り返す伊達家の若君。そして、陰ながらそれを監視する男の苦悩。一方、正雪は手飼いの忍者・仁木弾正を使って、主君に対して叛心を抱える者たちを探し出しつつあった……。
 由比正雪ら有名人が登場し、さらに後年の“伊達騒動”の萌芽が描かれるという、ある意味豪華な作品です。“叛心”というテーマに貫かれてはいるものの、物語としてはややまとまりを欠いているのが残念。

「忍者玉虫内膳」
 身体から血を流し、「上様お恨み」という自筆の書状を手に死んだ男たち。その妻や恋人は、いずれも大奥で将軍のお手つきとなっていた。側用人・柳沢吉保の命を受けて、恋する女を大奥へ差し出し、自らとなる忍者・玉虫内膳だったが……。
 発端は、長編『忍者月影抄』を連想させます。自ら囮となった玉虫内膳の非情さと、凄絶な忍法勝負が印象に残ります。ただし、玉虫内膳が使う忍法については、どうも問題があるように思えてしまいます。

「忍者傀儡歓兵衛」
 伊賀組に婿入りした花房宗八郎は、人形作りを内職とする同輩・久沓歓兵衛に、妻のお信の人形を作らせてほしいと頼まれる。忍法修行のため、という言葉に興味を抱き、裸で型を取ることもお信に了承させた宗八郎だったが、やがて完成した蝋人形は……。
 太平の世にあって、生活に窮し、日々内職に精を出す忍者たち。しかしその裏では、誇りとともに忍法がしっかりと受け継がれていることが表れた作品です。結末も見事。

「忍者枯葉塔九郎」
 妻のお圭とともに、仕官の口を求めて諸国を放浪してきた筧隼人は、お圭を騙して厄介払いしようとする。ところが、それを聞きつけた枯葉塔九郎と名乗る同宿の男が、お圭を譲ってくれるならば仕官のための御前試合に勝たせてやろうと持ちかけてきた……。
 男の身勝手さと、従順だったはずの女の変貌とが、鮮やかに対比された作品。中盤の“先客”には思わず笑ってしまいますが、終盤の脱出場面は壮絶です。

「忍者梟無左衛門」
 生まれた頃から面倒を見てきた娘・いさが、若年寄として権勢を振るう田沼山城守に目をつけられたことを知った梟無左衛門は、いさを窮地から救うために禁断の忍法“袋返し”を施す。やがて、無事に思い人のところへ輿入れしたいさだったが……。
 禁断の忍法が招いた悲劇。史実を知っていれば、物語の結末がどこへ向かうかは明らかですが、その裏に隠されたもう一つの結末が衝撃的です。主役たちの行動に感じられるエゴイズムが、どうしても気になってしまいます。

「忍者帷子万助」
 ふらりと戸祭藩に訪れた老博物学者・室賀人参斎と娘の三登利、そして弟子の帷子万助。彼らは実は、戸祭藩に探りを入れにきた公儀隠密だった。それに気づいた国家老は、役目を終えて立ち去る寸前の彼らに絶体絶命のを仕掛ける……。
 一行がいかにして窮地を脱するかについては、途中でだいたい予想ができるでしょう。しかしその後には、思わぬ結末が待ち受けています。

「忍者野晒銀四郎」
 五年にも及ぶ忍法修行から帰ってきた野晒銀四郎を待っていたのは、主君の愛妾となった上に、家老と組んでお家乗っ取りを企てる、かつての初恋の相手・おゆうだった。そのおゆうの頼みを受けて、銀四郎は伝馬町の牢屋敷へと潜り込む……。
 お家乗っ取りの企みを見抜きながらも、初恋の相手の頼みを引き受けて死地へと赴く野晒銀四郎の姿には、何ともいえない悲哀が感じられます。そして、凄絶な結末の迫力は圧倒的。傑作です。

「忍者枝垂七十郎」
 老舗の呉服店にして、公儀隠密の変装所という秘密を持つ大丸屋。その一人娘・お市が、密かに恋する御庭番から託されたのは、強大な敵である忍者・枝垂七十郎を捕らえることだった。やがて、教えられた通りの人相の男が大丸屋に現れて……。
 『魔天忍法帖』にも登場する大丸屋呉服店が舞台となった作品です。ごく普通の娘であるお市に、恐るべき忍者・枝垂七十郎を捕らえることができるのか。これだけでも十分に興味をひかれるところですが、作者の仕掛けは遙かにその上を行きます。トリッキーな異色の傑作。

「『甲子夜話』の忍者」
 “忍術の文献をほとんど読んだことがない”というところから始まり、松浦静山の「甲子夜話」に登場する、実際の忍術に関するエピソードを紹介するエッセイです。「甲子夜話」の内容ももちろんのこと、自身の創作に関する逸話もなかなか面白く書かれています。

「忍者鶉留五郎」
 貧乏暮らしに苦しむ忍者・鶉留五郎。たまった借金を返すためには、もはや娘を身売りさせるしかないのか。金貸しに追いつめられて絶体絶命のまさにその時、公儀御庭番としての密命が下された……!
 ショートショート。借金に苦しむ忍者というシチュエーションから笑えるオチに至るまで、非常によくできています。

「大いなる幻術」 (画:水木しげる)
 「忍者枯葉塔九郎」を漫画化したものですが、筧隼人が“水木茂之丞”に、また枯葉塔九郎が“山田風雲斎”にそれぞれ改名されているのに爆笑。絵柄のせいか、どことなくユーモラスな雰囲気が強調され、味わい深い作品になっています。

2004.05.16読了

忍法破倭兵状 山田風太郎忍法帖短篇全集3  山田風太郎
 2004年刊 (ちくま文庫 や22-18)ネタバレ感想
「忍法鞘飛脚」
 根来組の一党に生まれながら、長崎で蘭学を修めて医者となった山鳥竹膳。安乗志摩守の病を治療するという名目で、公儀隠密として内情を探るべく志摩藩へと送り込まれた彼は、その結果、目と耳と舌と四肢を失うことになってしまった……。
 “私はインテリ忍者である”という書き出しには唖然とさせられますが、続いて主役である山鳥竹膳の悲劇的な末路が示され、冒頭からものすごいインパクトです。その後も衝撃的な場面が続きますが、そこに紛れ込んだ伏線が、見事な結末(わかる人も多いかもしれませんが)へとつながっています。

「忍法肉太鼓」
 世継ぎのないまま、病に伏せる将軍家綱。その命が長くないとみた大老・酒井雅楽頭は、伊賀忍者・六波羅十蔵に密命を下した。密かに大奥に忍び込み、家綱の愛妾たちを妊娠させよというのだ。何とか障害を乗り越えて密命を果たした十蔵だったが……。
 雲の上の政治状況に翻弄される主人公・六波羅十蔵の悲哀。その過酷な運命と皮肉な結末には、言葉もありません。

「忍法花盗人」
 将軍家斉の恐るべき息女を押しつけられたせいで、女性恐怖症に陥ってしまった会津藩主・松平肥後守。お家断絶を恐れる家老たちは、選りすぐった三人の美女を御国御前とし、さらに芦名流忍法の使い手たちに藩主の交合を成功させることを命じる……。
 女性恐怖症の殿様といい、難題をユニークな形で解決しようとする忍法といい、前半はなかなか笑える状況です。しかし、忍者の哀れな末路はいずこも同じ、というところでしょうか。

「忍法しだれ桜」
 犬山藩に仕えつつ、江戸の将軍家と尾張徳川家に対して等しく忠誠を尽くすことを旨としてきた木曾根来組。だが、時の将軍吉宗と尾張大納言継友の深刻な対立が引き金となって、木曾根来組の中にも江戸派と尾張派の対立が生じてしまう。やがて……。
 “江戸と尾張のどちらにつくのか”――木曾根来組にとってはどちらも直接の君主ではないだけに、実利に基づく選択ではなくイデオロギーの問題となっているように思います。そしてそれゆえに、中立を保とうとする頭領の努力も虚しく、対立はどこまでもエスカレートしていきます。何ともやりきれない結末が、風太郎忍法帖の真骨頂といえるかもしれません。

「忍法おだまき」
 関白・豊臣秀次は、秀吉に嫡子が生まれたことが原因で荒んだ日々を送っていた。そこへ現れた果心居士は、より若い頃の自分に生まれ変わることができるという“忍法おだまき”を披露する。驚くべきその結果を目の当たりにした秀次は……。
 さすがは果心居士というべきか、非常に強力な忍法が登場します。とはいえ、それが役に立つかといえば……。

「忍法破倭兵状」
 豊臣秀吉の朝鮮出兵。日本軍を悩ませる名将・李舜臣を暗殺すべく、忍者たちが送り込まれた。その企みを寸前で阻止した、秀吉に恨みを持つ忍者・狐法馬と、将軍の弟・李竜将、奇怪な術を使う竜将の妻・鸚鵡の三人は、秀吉暗殺のために日本へ向かう……。
 朝鮮の忍者(?)を主役とした異色の1篇。史実の隙間に大胆に展開される虚構は見事で、特に秀吉暗殺計画の顛末が非常に秀逸です。

「忍法相伝64」
 現代に生きる伊賀忍者の末裔・伊賀大馬は、窮地に陥った愛する女性を救うために、売り飛ばして金に換えようと家伝の古文書を調べたところ、「忍法相伝書」と記された巻物を発見する。しかし、63番目までの忍法にはすべて×印が付されていた……。
 作者自身がABC順で“Pランク”と評価した長編『忍法相伝73』の原型となった作品です。『笑い陰陽師』にも通じるナンセンス・パロディ路線ですが、こちらはやはり出来がいいとはいえません。最大の問題は、「忍法肉太鼓」の中の「左様な忍法を、何につかう」という言葉がそのまま当てはまる無意味な忍法で、単に騒動を引き起こすだけにしか役立っていません。
 とはいえ、長編版も読んでみたい気はしますが……。

2004.06.13読了

くノ一死ににゆく 山田風太郎忍法帖短篇全集4  山田風太郎
 2004年刊 (ちくま文庫 や22-19)ネタバレ感想
「捧げつつ試合」
 深手を負った公儀隠密・甲賀大八は、自らの男根を切り落としてくノ一・おふうに託し、江戸へ届けるよう言い残して絶命する。女の手で暖め続ければそれは生き長らえ、子を残すこともできるというのだ。江戸へとひた走るおふうだったが、やがて追っ手が……。
 大八の奇怪な頼みと自らの想いとの板挟みになり、迷いを抱えながらも、託された男根を握って江戸へ走るおふう(←こう書くと、何だかものすごいですね)。片手がふさがっているというハンデを負ったまま、追っ手を撃退しようとするその姿は凄絶です。戦いの果てに待つ、哀しみの中に一抹の爽やかさの感じられる結末が見事。

「濡れ仏試合」
 老剣士・小野次郎右衛門は、孫娘のお志麻を将軍の妾とせよという柳沢吉保の要求をはねつけた。吉保の報復を恐れる次郎右衛門は、弟子の十五夜孫六にお志麻の護衛を頼むが、甲賀忍者である孫六は、お志麻を犯すよう吉保に命じられてしまった……。
 小野次郎右衛門と柳沢吉保の面子争いに巻き込まれたお志麻の悲哀、そして相反する義務を負った十五夜孫六の苦悩。進退窮まった孫六の決断もさることながら、それが招いた奇怪な結末が圧巻です。
 なお、次の「逆艪試合」でも言及されている神子上典膳と小野善鬼のエピソードは、『忍法剣士伝』にもう少し詳しく紹介されています。

「逆艪試合」
 異様な剣法“逆艪一刀流”の使い手・神子上背鬼に蹂躙された小野道場。小野家の娘・お琉は、婚約者の柳生釆女とこの背鬼とを戦わせることを思いつく。お琉の期待を裏切り、蔭間の絵太夫右近との衆道にうつつを抜かす釆女だったが、その実力は……?
 小野家と柳生家との確執に始まり、小野家の先祖・神子上典膳と神子上背鬼の先祖・小野善鬼との因縁も絡んだ作品ですが、物語は山田風太郎ならではともいうべき、とんでもない展開を見せます。鮮やかな結末がよくできています。

「膜試合」
 配下の処女に次々と手をつけるという所業で、大岡越前守に糾弾された伊賀組の頭領・八方斎。“忍法膜封印”の修行のためという申し開きに、越前守は八方斎の娘を使ってそれを披露することを命じる。かくして、二人の伊賀者が“膜封印”に挑むことに……。
 無茶苦茶な所業を大岡越前守に叱責された伊賀八方斎ですが、彼が口にした“忍法膜封印”の話は真実なのか、それとも苦しまぎれのはったりなのか。いずれにせよ、実験台となる立場をかけて争う二人の忍者は何とも気の毒です。二転三転する終盤の展開と、結末の奇妙な味が印象的。

「かまきり試合」
 道場の娘・おゆかは、乱暴な道場破りを簡単に叩き伏せた有馬作兵衛に次第に惹かれていく……。三絃の師匠・お蓮は、隣の裏店に越してきた美青年・文殊弥八郎に惚れてしまう……。だが、作兵衛と弥八郎は、ともに恐るべき秘密を抱えていたのだ……。
 ひたすらに壮絶な作品。風太郎忍法帖ではよくあるともいえるネタだけに、ある程度予想はできると思いますが、忍者とは無関係の女たちの視点で描かれていることで、結末の虚無感が際立っているように感じられます。

「麺棒試合」
 甲賀組と伊賀組に、奇怪な忍法を可能にする血統が伝えられていることを知った平賀源内は、彼らを互いにかけ合わせて新たな血統を生み出す交配の実験を田沼意次に進言する。しかし、望まぬ縁結びを強いられた甲賀の若き兄弟と伊賀の若き姉妹は……。
 この時代に流行した金魚の品種改良(ちなみに、同時期かどうかはわかりませんが、朝顔の品種改良が大流行したのも江戸時代です)から、忍者の品種改良へと発展させる発想が見事です。その発案者が平賀源内だというのも適役。不覚ながら、あまりにも奇想天外な結末は、何が何だか一瞬何わかりませんでした。

「つばくろ試合」
 明からの使者として来日した鄭春燕は、男と交わることで生命力を吹き込む回春の術を体得しているという。それが本当ならば、将軍・家光の病も癒えるのではないか。だが、陰謀を疑う松平伊豆守は、柳生兵助と陳元贇に使者の真贋を探るよう命じる……。
 柳生十兵衛の死に言及されていたり、おなじみの大物(?)が登場したりと、思わずニヤリとさせられる作品です。その中にあって、主役となる尾張柳生の若き剣士・柳生兵助と、その師にして中国拳法の使い手・陳元贇とのコンビネーションが、非常に魅力的。しかし、非情としかいいようのない結末は衝撃的です。

「摸牌試合」
 長男の秀康を疎んじ、また恐れる家康は、甲賀の老忍者・刺青銅八を送り込んだが、その銅八は秀康の男根に徳川鎮護の呪いを施したと言い残し、卒中で倒れてしまう。呪いがどんなものか興味をひかれた家康は、伊賀のくノ一たちに秘密を探らせるが……。
 刺青銅八老人のとぼけた味にまぎれている感はありますが、最初は家康と半蔵のちょっとした興味のために、そして後には意地のために、次々と秀康のもとへ送り込まれるくノ一たちの命の軽さが、何ともいえない悲哀を感じさせます。服部半蔵が案出した最後の手段はなかなか巧妙ですが、オチには思わず脱力。

「絵物語 忍者石川五右衛門」 (画:矢野 徳)
 『かげろう忍法帖』に収録された「忍者石川五右衛門」を絵物語に仕立てたもの。漫画とイラスト付き小説の中間のような、不思議な雰囲気です。

2004.07.08読了

姦の忍法帖 山田風太郎忍法帖短篇全集5  山田風太郎
 2004年刊 (ちくま文庫 や22-20)ネタバレ感想
「姦の忍法帖」
 「矛盾」の故事に想を得た将軍の命により、各藩秘蔵の武具を相争わせる武具競べが始まった。その勝負に介入したことを知られた甲賀兵四郎は、その武具をもって伊賀忍者と甲賀くノ一を対決させることを提案する。しかも、勝負の前に交合合戦をさせようというのだ……。
 本書の中では「〆の忍法帖」と並んでボリュームのある作品で、一風変わったトーナメント戦の様子が細かく描かれています。兵四郎の提案以降、武具そのものの勝負・使い手の(精神力)勝負・男女の(交合)勝負が重なり合い、何の勝負だかわからなくなっているところはご愛敬。そして結末にはただただ脱力。

「胎の忍法帖」
 織田信長に命じられて輪島一族を平定した針ヶ谷掃部だったが、降伏の条件として差し出された一族の長の娘・お炎がすでに身ごもっていたことで怒り心頭に発し、出産までの間お炎を寝具ににする。輪島一族の三人の忍者は、何とかお炎を救い出そうとするが……。
 “小信長”と評されるほどの苛烈さをみせる針ヶ谷掃部と、どこか淡々かつのんびりとした雰囲気の忍者たちとが、対比されるように交互に描かれていく中、お炎は臨月を迎えることで物語はクライマックスに達します。悪夢のような、それでいてナンセンスな結末は、強烈なインパクトがあります。

「笊の忍法帖」
 四百人近い女性と交わったと豪語する女好きの忍者・卯ノ花銅馬は、常日頃から堅物と馬鹿にしていた伯父の錫兵衛の、一度に大量の精汁を放出する忍法“春乳精”に圧倒される。そして、それを伝授してもらおうと、命じられるままに次々と奇怪な修行に臨むのだが……。
 そもそも忍法“春乳精”が何の役に立つのか、という疑問が浮かばないでもないのですが、そこはそれ。凄絶な修行の果てに待ち受ける、何とも情けないオチには思わず爆笑です。

「転の忍法帖」
 自分の後に同じ女と交わった男の男根が抜け落ちてしまうという、自分の精汁の特殊な効果に気づいた忍者・穴吹大器。やがて忍び組を辞した大器は、城下町で「性形外科」の看板を掲げ、客の男根を交換し、さらには男女を入れ換える忍法“陰陽変”を完成させた……。
 『笑い陰陽師』の果心堂を連想させる、妙に実験精神に富んだ主人公の造形が秀逸です。心身両面にわたる“性”の問題を、スラップスティックな雰囲気で包み込んだ怪作。

「牢の忍法帖」
 捕らえられたキリシタンの姉妹に感化され、おんな牢の女囚たちがキリシタンに染まってしまった。慌てた町奉行は、姉妹に棄教させようと手を尽くすがうまくいかず、牢屋敷で首斬役と打役をつとめていた二人の伊賀者に、姉妹の仕置きを任せるのだが……。
 全体的にシリアスとナンセンスが入り混じった本書の中にあって、唯一毛色の違う作品です。雰囲気はいいのですが、伊賀者の扱いに難があり、バランスやまとまりが悪くなっているのが残念です。結末もかなり唐突に感じられます。

「〆の忍法帖」
 吉野藩江戸家老の屋敷にて、忍法修行に明け暮れる弓削の道兵衛。美女の誘惑に耐え続け、また男根から水を吸い上げるという奇妙な修行の果てに、ついに完成した忍法“馬吸無{ばきゅうむ}。やがて迫るお家取りつぶしの危機に、道兵衛は大役を任されることになった……。
 忍法のネーミングこそふざけていますが、中身は結構シリアス……なようにも思えます。効果とは裏腹に、致命的な欠点を抱える忍法“馬吸無”のために、道兵衛は窮地に追い込まれることになりますが、それでもなお任務に邁進するストイックさが印象的です。また、まったく無駄のない構成が見事です。

「絵物語 忍者向坂甚内」 (画:矢野 徳)
 感想は省略。

2004.08.11読了

くノ一忍法勝負 山田風太郎忍法帖短篇全集6  山田風太郎
 2004年刊 (ちくま文庫 や22-21)ネタバレ感想
「倒の忍法帖」
 越後に封じられた家康の六男・松平忠輝は、藩下で恐るべき選民思想を実行する一方、身に着けた無刀の極意により、その命を狙う者たちを次々と撃退していく。忠輝の傲岸ぶりを看過できなくなった家康は、伊賀忍者とくノ一の精鋭を刺客として送り込むが……。
 主役である松平忠輝が兄の結城秀康に通じるところがあり、物語自体も「摸牌試合」『くノ一死ににゆく』収録)に似たような展開になっています。勝負の顛末もさることながら、その後に待ち受ける史実が何ともいえない印象を残します。

「叛の忍法帖」
 明智光秀の娘にして細川忠興の妻・玉は、明智屋敷にて難産に苦しんでいた。藁にもすがる思いで得体の知れない山伏医者・阿波谷図書に玉を託した光秀だったが、その奇怪な術により赤子は無事に生まれた。しかしその図書は、明智家の美しき侍女に手を……。
 明智光秀が本能寺の変に向かって突き進んでいくその裏で、密かに繰り広げられる忍法勝負が描かれた作品です。途中まで、物語がどこへ向かうのかまったく予想がつかないのですが、あれよあれよという間にたどり着く最後の凄絶な勝負が圧巻。

「虫の忍法帖」
 秀吉の不興を買って死を命じられた関白秀次は、甲賀のくノ一・お阿佐を呼び寄せた。体内に放たれた子種を十月の間生かし続け、次に交わった男にそれを送り込むこともできるという“虫壷の術”の使い手であるお阿佐に、秀次が告げた驚くべき企みとは……?
 何とも奇怪な忍法ですが、それを利用した秀次の最後の企みと、その奥に隠された真意が強く印象に残ります。そしてまた、(途中で見当がつくとはいえ)鮮やかなオチも。

「呂の忍法帖」
 忍者の一族でありながら西洋医学を学ぶことを望む京丸平太郎は、藩主の女性嫌いをめぐり、妖僧・赤法華輪天と対立していた。その輪天はついに治療法を完成させ、しかも平太郎と恋仲のお洋をそれに使うという。そうはさせじと平太郎は、急ぎ長崎へと旅立ったが……。
 唖然、呆然、そして脱力。描き出される光景は、実にシュールというべきか。風太郎忍法帖にしては珍しく、徹頭徹尾オフビートな怪作です。

「妻の忍法帖」
 伊賀組へと婿に入った服部紋三郎。当初の意気込みはどこへやら、忍法修行にもすっかり挫折してしまったあげく、浮気に走ろうとする始末。しかし、頭領が目を光らせているため、うかつには動けない。そんな中、妻のお半が奇妙な提案を持ちかけてきたのだが……。
 「奥様は忍者」という初出時の題名が笑えますが、中身は“奇妙な味”。結末はどう解釈すべきか。

「淫の忍法帖」
 断絶の危機にある有明藩では、密かに五人の藩士を選び出し、奥方や側室との間に子をなさせるという苦肉の策に出た。事がすめば懐胎が判明するまで禁欲させられる藩士たちに、その前の犠牲として差し出されたのは、忍者・からすき直八の許婚・お志摩だった……。
 何とも凄惨な発端ですが、それに対して中盤に披露される(現象そのものは)笑える忍法のギャップが強烈です。しかし、結末はこの上ない不条理。あまりにも哀しい運命に、言葉もありません。

「絵物語 忍者撫子甚五郎」 (画:矢野 徳)
 感想は省略。

2004.09.10読了

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