〈山田風太郎忍法帖短篇全集vol.2〉

山田風太郎
『忍法関ヶ原』 『武蔵忍法旅』 『忍法聖千姫』 『忍者六道銭』 『お庭番地球を回る』 『剣鬼喇嘛仏』



紹介

 全部で80数篇にも上る山田風太郎忍法帖の短編。それを網羅する全集が、ちくま文庫から刊行されました。『かげろう忍法帖』『野ざらし忍法帖』『忍法破倭兵状』『くノ一死ににゆく』『姦の忍法帖』『くノ一忍法勝負』『忍法関ヶ原』『武蔵忍法旅』『忍法聖千姫』『忍者六道銭』『お庭番地球を回る』『剣鬼喇嘛仏』の全12巻です。


忍法関ヶ原 山田風太郎忍法帖短篇全集7  山田風太郎
 2004年刊 (ちくま文庫 や22-22)ネタバレ感想
「忍法関ヶ原」
 天下分け目の決戦を前にした徳川家康は、石田三成が支配する国友村の鉄砲鍛冶を寝返らせるべく、十人の伊賀忍者を送り込んだ。三成配下の甲賀忍者との戦いで六人が命を落とし、残った男女四人の伊賀者は、村を牛耳る四人の鉄砲鍛冶を籠絡しようと死力を尽くす……。
 関ヶ原の戦いの裏に秘められた、無常感あふれる“もう一つの戦い”を題材にした作品です。序盤は伊賀忍者と甲賀忍者の奇怪な戦闘、そして中盤以降は生き残った伊賀忍者と四人の鉄砲鍛冶との凄絶な駆け引きが描かれています。その後に残るのは、忍者という立場の悲哀。何とも皮肉な結末が、それをさらに後押ししています。

「忍法天草灘」
 長崎では切支丹が数を増やし続け、その勢いに長崎奉行も手を焼いていた。当地に送り込まれた服部半蔵は、子飼いの忍者・斑鳩と鶯を使って、切支丹のうち主立った八人を転ばせようと企む。伊賀と甲賀に分かれながら許婚でもある斑鳩と鶯の、忍法争いの結末は……?
 一見すると、『甲賀忍法帖』を思わせる伊賀と甲賀の恋人たちによる忍法争いの構図ですが、実際には忍法vs忍法よりも忍法vs信仰が中心で、明らかに切支丹の方が主役になっています。異様なまでの迫力さえ感じられる壮絶な結末が見事です。

「忍法甲州路」
 麻耶藩江戸家老・石来監物は七人の浪人を雇い、お家乗っ取りの妨げとなる国家老と娘のお婉を襲わせたが、眠りを自在に操る麻耶藩の忍者・雨師三兄弟に四人までを倒され、お婉を討ちもらしてしまう。残った三人の浪人は、三兄弟に対抗すべく独自の剣法を編み出すが……。
 凄惨な割には人を喰った雰囲気の漂う奇妙な作品です。“眠りの忍法”に対して“眠りの剣法”というアイデアは非常によくできているのですが、浪人たちがそれを編み出したきっかけが何とも……。そして、緊迫したクライマックスの果てに待ち受ける結末がまた、脱力を誘います。とはいえ、面白い作品なのは間違いありません。

「忍法小塚ッ原」
 小塚ッ原の刑場で首切り役人をつとめる鉈打天兵衛は、その腕前を見込んで弟子入りした香月平馬に、自らが伊賀者の末裔であることを明かして奇怪な実験への協力を求める。切った体を再びつなぐことができる秘薬を用いて、切り落とした首を別人の胴につなげるというものだった……。
 風太郎忍法帖にしばしばみられる、実験精神に富んだ忍者を主役とした物語。首のすげ替えをめぐって、「転の忍法帖」『姦の忍法帖』収録)と似たような悲喜劇が繰り広げられますが、“首と胴のどちらが主体なのか?”という命題を追究するあまり、収拾のつかないところまでエスカレートしていくところが笑えます。しかし、急転直下のラストは面白くはあるものの、ややとってつけたように感じられるのは否めません。

「忍法と剣のふるさと」
 忍法帖を大ヒットさせた作者が、伊賀上野の里を訪れた様子を記したエッセイです。

2004.10.09読了

武蔵忍法旅 山田風太郎忍法帖短篇全集8  山田風太郎
 2004年刊 (ちくま文庫 や22-23)ネタバレ感想
「武蔵忍法旅」
 無敵の剣士・新免武蔵を倒すために服部屋敷で修行を積み、九州へ帰っていった佐々木小次郎。一方、仕官の野望ついえた武蔵は、小次郎の待つ九州へ向かう。だが、本多佐渡守は服部半蔵に武蔵暗殺を命じ、小次郎ゆかりの伊賀者とくノ一が追っ手として送り出された……。
 宮本武蔵と佐々木小次郎の、巌流島の戦いにつながる前日談を描いた一篇。ということは当然、忍者たちは武蔵を倒すことができないわけですが、ただそれだけでは終わらないのがすごいところ。凄絶にして皮肉な終盤の展開は圧巻です。

「おちゃちゃ忍法腹」
 対馬の海岸に、朝鮮の役で敗れた日本兵の死者が続々と打ち上げられる中、奇怪な術を使って死の淵から甦る朝鮮の男がいた。それに目を止めた石田三成は、その男・鴻天忠を召し抱え、通訳などとして重宝するが、やがて陣中で怪事件が起こり始めた……。
 奇怪な忍法もさることながら、鴻天忠・石田三成・淀君の三者三様の思惑が印象的です。そしてそれが絡み合った結果の、ある史実へとつながっていく結末もまた見事。

「刑部忍法陣」
 豊臣家の重鎮にして石田三成の友人でもある大谷刑部は、しかし、来るべき合戦にて徳川家康の側につこうとしていた。そこへ、刑部の娘婿である真田幸村が、忍者・猿飛佐助を送り込んでくる。佐助の役目は、刑部を石田方につかせることだったのだが……。
 関ヶ原の戦いの直前、石田三成と徳川家康のどちらに味方すべきか懊悩する大谷刑部の姿を描いた、歴史小説的な味わいの強い作品です。大谷刑部にスポットが当たる中、猿飛佐助の忍法も地味ながら重要な役割を果たしています。関ヶ原の戦いの顛末は比較的よく知られていると思いますが、その裏にこれだけの物語を作り上げる手腕は、さすがといわざるを得ません。

「近衛忍法暦」
 総理大臣・近衛文麿が蔵の中で発見した古文書。太政大臣をつとめた先祖・近衛前久が書き残したそれは、天皇家の危機に現れて近衛家の者に知恵を授けるという妖怪・ぬらりひょんが、関白・豊臣秀吉の野望を見事に防いだ顛末を伝えるものだった……。
 昭和のエピソードの方に重点が置かれた異色の作品。それを際立たせるために導入された忍法絡みの過去のエピソードは、それだけで面白いものではありますが、全体としてみると“ぬらりひょん”ととらえどころのない印象です。

「彦左衛門忍法盥」
 旗本奴たちが徒党を組み、怠惰な暮らしを送る泰平の世。戦国の生き残りである大久保彦左衛門は、ことあるごとに旗本奴に説教を繰り返すが、さして効果はない。しかし、それに目をつけた由比正雪と森宗意軒は、彦左衛門にとある忍法を仕掛ける……。
 忍法はかなり強引で無茶苦茶なのですが、その迫力ある描写に、ツッコミを入れる気も起きません。皮肉なラストには、大いに考えさせられます。にしても、この陰謀家コンビは八面六臂の大活躍ですね。

「ガリヴァー忍法島」
 江戸へ向かうオランダ甲比丹一行と同道することになった、赤穂藩の大名行列。異人の中に毛色の違う男たちがいるのに気づいた堀部安兵衛は、その中の一人、レミュエル・ガリヴァーという好奇心の強い男と言葉を交わすようになるが、やがて大事件が……。
 忍法帖としては異彩を放つ題名にふさわしく、内容も奇想の塊。『忠臣蔵』で名高い堀部安兵衛に“ガリヴァー氏”、さらにあの有名人も登場した上にとんでもない事件まで起こるという怪作です。最後の“あれ”が残念。

「“忍法小説”はなぜうけるか」
 忍法帖の人気の秘密を自ら分析したエッセイです。

2004.11.16読了

忍法聖千姫 山田風太郎忍法帖短篇全集9  山田風太郎
 2004年刊 (ちくま文庫 や22-24)ネタバレ感想
「忍法聖千姫」
 大坂城から救い出した千姫を妻に迎えるという約定を反故にされ、憤懣やるかたない坂崎出羽守。それをなだめるために形見の品をもらおうと、配下の三剣士が千姫のもとを訪れたのだが、その魅力に囚われ、護衛の柳生侍を倒して自分たちが千姫の護衛役に収まってしまった……。
 物語の中心となるのは、千姫のすさまじいまでの美貌。忍法も、恋も、フェティシズムもスカトロジーも、すべてその引き立て役でしかないように思えます。予想を裏切り続ける展開も見事。

「忍法ガラシヤの棺」
 織田信長を討った逆賊・明智光秀の娘にして、細川忠興の妻であるガラシヤ夫人。敬虔な切支丹の彼女は、石田三成の挙兵に伴う危機に際して、訪れたヴィンセンシオ神父に秘められた心情を吐露する。そこへ、鴫留盃堂と名乗る忍者が現れて……。
 ある海外古典文学(?)を元ネタにした作品で、それを匂わす“鴫留盃堂”というネーミングにはニヤリとさせられます。ガラシヤ夫人の告白は、作者のあるミステリ作品を連想させますが、そこにさらにひねりを加えた結末がよくできています。

「忍法とりかえばや」
 首領・服部万蔵の娘婿を決める忍者の選抜試験。茨木丈馬は最終候補に残ったものの、抜きん出たものを持たないために脱落し、参謀格の朝国甲太夫の後を継いで“忍法とりかえばや”の研究に勤しむことになった。だが、不満を抑えられない丈馬は……。
 題名から予想できる通り、山田風太郎お得意の“人体実験忍法帖”です。いくら総合点が高くとも、一芸の方が重視される忍者の世界。不合格となった丈馬はしかし、“忍法とりかえばや”を会得して望みをかなえようとするのですが……皮肉な結末はある意味予想通り。

「忍法幻羅吊り」
 仲間たちに性技を手ほどきするだけで自らは客を取らない謎の遊女・小式部。その彼女が、五人の遊女たちに奇怪な術を伝授する。それは吉原に広まる“月の恋占い”と同様、手洗で紙縒りに火を点けるというものだが、炎に照らされて浮かび上がるのは……。
 忍法帖もこれだけの数になると、どこかで見たような話が出てくるのは避けられないものか。プロットの骨格と最後のオチが、それぞれある作品によく似ています。とはいえ、この作品の見どころはやはり奇怪な術そのものと、それによって引き起こされる事態のバリエーションでしょう。

「忍法穴ひとつ」
 柳生家の娘婿候補となった宮本土佐は、宮本武蔵の子孫というだけあって剣の腕は十分ながら、破った相手に小便をかけるという悪癖を持っていた。伊賀組の頭領から、この怪剣士を斥けよという命令を受けた江袋平九郎は、ある奇策を仕掛けて……。
 やや短めの作品ですが、平九郎の周到な仕掛けなど、中身は非常に充実しています。思わぬ平九郎の野心の大きさに困惑する頭領と、それをしっかりと見抜いた孫娘・おあんの対照的な姿が印象的です。

「忍法瞳録」
 志摩藩の忍者に伝わる“瞳録の術”。死ぬ直前に見た光景を瞳に焼き付けるその術の秘密を探るため、服部半蔵は配下を送り込むが、術を編み出した忍者は妻と共に命を落とす。残された娘・お千也がを流す時、“瞳録の術”が発動するというのだが……。
 大半が服部半蔵の報告書という異色の構成が、独特の効果を上げています。特に、終盤のカタストロフと、淡々と書かれた最後の報告書との落差が、強く印象に残ります。“瞳録”というアイデアそのものはありがちですが、その使い方が秀逸です。

「忍法阿呆宮」
 紀州お庭番・扇谷源三郎は、密命を遂行する朋輩を監視し、いざという時にはその口を封じる忍者目付役だった。非情な任務による心の負担を抱える源三郎は、密かに思いを寄せる首領の娘の痛烈な一言をきっかけに、一切の苦楽を絶つ修行を始めた……。
 修行による源三郎の変化が明らかになってきた時点で、結末はある程度見えてきますが、そこへ至る展開が工夫されています。そして、最後の決め手となる一言が何ともいえません。非情な役目に徹しすぎたあまりの悲劇。

「首斬り浅右衛門」
 首斬り浅右衛門は、山田風太郎の○○だった……! というエッセイ。

2004.12.13読了

忍者六道銭 山田風太郎忍法帖短篇全集10  山田風太郎
 2005年刊 (ちくま文庫 や22-25)ネタバレ感想
「忍者六道銭」
 新たな領主として松本にやってきた戸田丹波守の前で、筑摩一族の鴨ノ内記と牛塔牛助が忍法“天風往来”を披露する。その驚くべき技を目にした丹波守の妹・奈々姫は、密かに二人を呼び寄せて、気に入らない花婿候補を何とかすることを命じるが……。
 まるで奇術のような“天風往来”と、あまりにもそのまんまな“さばおり”との落差が何ともいえません。また、無邪気といってもいい奈々姫の態度と、それに翻弄される二人の忍者の心にわだかまる思いも対照的です。壮絶にして哀しいラストも印象的。

「忍者死籤」
 薩摩藩への潜入という命がけの任務の報酬は、服部組頭領・服部千蔵の姪。配下の精鋭六名がを引くが、千蔵は当たった者に、ようやく一応の完成をみた人体の交換移植術によって、体の一部を形見として朋輩に残していくことを提案した……。
 籤引きによって死地に赴く者を決めるという状況はさほど奇異なものではないと思いますが、その中に籤引きの名人がいるというのがユニークです。繰り返される交換移植の結果、忍者たちは変貌を遂げていきますが……“それでいいのか?”とつっこみたくなるような物語は、意表を突いた結末を迎えます。

「くノ一地獄変」
 配下の甲賀忍者三人がそれぞれに抱える女に関する弱点を矯正しようと、三人の伊賀くノ一をつれてきた服部半蔵。男女一人ずつが組になって蔵の中にこもり、男たちはくノ一の技で女性観を覆される。やがて、三人の甲賀忍者に半蔵の命が下り……。
 三人の甲賀忍者の女性観の違いと、蔵の中で待ち受ける三者三様の体験が見どころの一つです。中盤以降は一転して、ある長編のサイドストーリーともいうべき展開。やや唐突な印象はぬぐえませんが、色々な意味で心に残る物語です。

「くノ一紅騎兵」
 京の傾城屋で密談中の、上杉家ゆかりの五人の武士。そこへ現れた美しい遊女が、曲者を一撃で倒す腕前を見せた後、上杉家の家老・直江山城守への仕官を願い出る。実はこの遊女、大山三十郎という名のれっきとしただというのだが……。
 忍法帖というよりは、怪奇(?)幻想譚の印象が強い作品。しかしそれが、関ヶ原の戦い直前の史実と見事に結びついているのがすごいところです。

「天明の判官」
 田安中納言の引き立てで北町奉行となった曲淵甲斐守に対して、滔々と自説をまくし立てる平賀源内。やがて、亡くなった田安中納言から七人のお庭番を預かった曲淵甲斐守は、当初の評判を覆す切れ者ぶりを存分に発揮していく……。
 日下三蔵氏による解題でも指摘されていますが、冒頭で平賀源内が本格ミステリを思わせるアイデアを披露しているのが興味深いところです。物語がどこへ向かうのかはなかなか読めませんが、その最終的に落ち着くところが明らかになると、思わず膝を打ちます。

「天明の隠密」
 江戸から十年ぶりに国許に帰ってきた白河藩士・天羽周助は、国境近くの旅籠で出会った女衒から、身売りした白河藩の女を買い戻し、家に引き取ることになった。主君・松平越中守の治政により、故郷はずいぶん豊かになっていたのだが、そんなある日……。
 冒頭、主人公が旅籠を訪れる場面を国木田独歩「忘れえぬ人々」から借用した異色の作品です。思わぬ事実を知らされた天羽周助の苦悩は切実ですが、それ以上に印象に残るのは見事な構成。かの名作「厨子家の悪霊」『眼中の悪魔<本格篇>』収録)ほどではありませんが、特に中盤以降の展開は全く予断を許しません。

「大いなる伊賀者」
 江戸に名だたる道場・兵原塾の平山子龍を訪ねてきた元師範代の下斗米秀之進は、頼み込んで道場を使わせてもらうことに。その間、暇をつぶそうと駕籠に乗って出かけた子龍は、なぜか黒装束の曲者十数人に襲われるが、難なくこれを斬り捨ててしまう……。
 これもまた前半はまったく忍法帖らしくない1篇。堅苦しい平山子龍とかなり砕けた感じの下斗米秀之進という、対照的な(元)師弟コンビが非常にいい味を出しています。しかし後半は、非情さの中に人間味を、またシリアスの中にナンセンスを包み込んだ忍法帖らしい(あるいは山田風太郎らしい)展開になっています。本書の中では最も気に入った作品です。

「TV忍法帖」
 テレビで活躍する芸能人たちを忍者に見立てて紹介するエッセイ。1964年に書かれたものだけに、恥ずかしながら名前さえ知らない人もいたりします。

2005.01.08読了

お庭番地球を回る 山田風太郎忍法帖短篇全集11  山田風太郎
 2005年刊 (ちくま文庫 や22-26)ネタバレ感想
「お庭番地球を回る」
 大老・井伊直弼から、条約交換のための遣米使節への参加を命じられた村垣淡路守。お庭番出身という特技を生かして、使節団の風紀を守れというのだ。かくして淡路守は、使節団とともにポーハタン号に乗り込み、遙かアメリカへの航海に出たのだが……。
 主にポーハタン号の乗組員・ショック大尉の視点を通じて、遣米使節団の珍道中を描いた作品です。ただでさえアメリカ人の目にはエキゾチック(?)に映るであろう使節団の中に、“オニワーヴァン”の村垣淡路守が加わることでさらに神秘性が増しています。外国奉行という地位にありながら外国人嫌い、大老の命により嫌々ながら使節団に加わったその村垣淡路守が、長い旅の間に少しずつ心を開いていくところも見どころです。
 ……しかし、ラストはやはり風太郎忍法帖。

「怪談厠鬼」
 大奥に召し抱えられることになった才女・香鳥は、側妾たちの嫌がらせがもとで、検分の席にて粗相をしてしまうという失態を犯し、自害して果てる。その嫌がらせに加担した三人の伊賀者の前に、香鳥の許婚だった旗本・塗戸漢学が現れ、復讐を宣言した……。
 学問だけが取り柄で武芸の修行などしたこともない塗戸漢学が、どうやって屈強な忍者たちを討つことができるのか。その答えは、香鳥の命を奪うことになった陰湿な嫌がらせに対する痛烈なしっぺ返しでした。色々な意味で凄惨な結末が印象的です。

「さまよえる忍者」
 伊賀組の客分として、やる気がないながらも、先祖代々伝わる幻眠の術を修行していた滝川右近は、偶然から新たな術――交合によって自らの魂が相手に乗り移る――を完成させた。しかし右近は、その忍法“傀儡精”を使って大騒動を引き起こす……。
 忍法“傀儡精”は、長編『忍びの卍』に登場した忍法を発展させた形といえます。忍者本来の役目とは無関係に忍法を使うことで、次々と騒動が起こりますが、その果てに待つのはSFさながらの結末。最後の作者の登場が味わいを深めています。

「読淫術」
 泰平の世にあって窮乏にあえぐ伊賀組と甲賀組。そこで首領の服部百蔵は、長年の研究の末に編み出したという“読淫術”を伝授し、内職の助けとさせる。それが思わぬ繁盛をみせる中、大老・酒井雅楽頭から“読淫術”を用いた隠密御用の指令が下り……。
 前半は『笑い陰陽師』を思わせるとぼけた味(様々な“読淫術”がユーモラス)、後半は一転して史実を絡めたシリアスかつ凄絶な展開となっていますが、最後のオチの破壊力が何ともいえません。

「忍法死のうは一定」
 炎に包まれる本能寺。織田信長を救おうと現れた果心居士は、幻法“女陰往生”で女の胎内に入って脱出することを提案する。再び産まれてくる間に未来も含めた全人生を体験するというその術は、かけられた者が自殺するか廃人となるのが常だったが……。
 “戦国のメフィストフェレス”と表現される果心居士ですが、かなり本気で信長のことを心配しているあたりは何だか憎めないものがあります。幻法“女陰往生”は一見すると忍法“魔界転生”(『魔界転生』)によく似ていますが、効果はある意味正反対。危険な幻法の結果がどうなるのか、大いに興味をそそります。やや微妙なところもありますが、なかなか面白い作品です。

「怪異二挺根銃」
 津軽藩と南部藩の確執を解消すべく、幕府は田安中納言の双子の娘・金姫と銀姫を両家に嫁入りさせようとする。だがそこに、剣名高い南部藩士・下斗米秀之進と、津軽藩の忍者の裔にして二本の男根の持ち主・恩名捨楽斎が絡んできたことで、事態は……。
 下斗米秀之進が登場していることでもわかるように、「大いなる伊賀者」『忍者六道銭』収録)の裏話といった感じの作品です。
 先祖の執念が結実した恩名捨楽斎の異形は、二本あったところで何の役に立つのかというこちらの予想を見事に裏切ってくれます。しかし、それに抗するための策がまた輪をかけて秀逸。そして、不要ではないかと思えた捨楽斎の先祖のエピソードが、実はラストにつながる見事な伏線だったことに驚かされます。

「忍法金メダル作戦」
 東京オリンピック直前、様々な忍法を駆使して日本人が金メダルを取るための作戦を披露するエッセイ。無茶苦茶です(笑)。

2005.02.14読了

剣鬼喇嘛仏 山田風太郎忍法帖短篇全集12  山田風太郎
 2005年刊 (ちくま文庫 や22-27)ネタバレ感想
「忍法女郎屋戦争」
 金儲けに才覚を発揮する若年寄・田沼意知は、吉原の繁盛に目をつけ、武士専用の公営遊郭を作ることを思いついた。取締役に服部組の頭領・服部億蔵を据えて幕を開けた赤坂遊郭は、田沼意知の目論見通り大盛況となる。だが、しばらくすると……。
 妻に頭が上がらず女遊びなどしたこともなかったところへ、よりによって遊郭の取締役を命じられてしまう服部億蔵の姿が、何ともいえないおかしみを感じさせてくれます。新旧遊郭の熾烈な競争の果てに待つ意外な真相と、これまたおかしみに満ちた結末がよくできています。

「伊賀の散歩者」
 藤堂高次が側妾として連れてきたおらんの弟・平井歩左衛門は、土蔵に閉じこもるかと思えば変装して夜中に出歩くなど、奇妙なふるまいをみせる。隠密ではないかと疑う大目付・河島仲之丞は、配下の無足人・猿の風忍斎にその身辺を探らせるが……。
 江戸川乱歩を題材にしたパロディという異色の作品です。乱歩はほとんど読んでいないので一部のネタしかわかりませんが、面白い作品に仕上がっていると思います。

「伊賀の聴恋器」
 怪しげな小道具の製作に才を発揮する元伊賀者・服部大陣は、柳生家の息女・お万に一目惚れするものの、剣技に優れた三人の恋敵には太刀打ちできず、歯ぎしりするばかり。そんな中、男女の相性を占う“聴恋器”を発明した大陣は、それを使って……。
 “聴恋器”という無茶苦茶な道具がなかなか笑えます。しかし、それを使って大陣自身とお万との相性がぴったりだということにするのかと思っていたら、まったく思わぬ展開に。最後のオチに至るまで、予想を裏切りつづける怪作です。

「羅妖の秀康」
 その剛勇と凶暴さゆえに、父である徳川家康から刺客が送り込まれるほどの猛将・結城秀康は、梅毒にかかってを失ってしまった。配下の忍者・鍋掛善九郎が人体の移植術を操ることを知った秀康は、自分の鼻を再生させる。その材料となったのは……。
 鼻を再生させるところまでは真っ当な(?)展開ですが、そこから先の暴走には唖然とさせられます。これもまた怪作。どこか滑稽にして壮絶な結末には、言葉もありません。

「剣鬼喇嘛仏」
 細川忠興の次男・長岡与五郎興秋は、その剣技を誇り、宮本武蔵との試合を切望していた。武蔵のいる大阪城へ旅立とうとする与五郎に、忠興は忍び組頭領の孫娘・お登世を娶せる。しかしそれは、与五郎の出奔を阻止しようとする忠興の企みだった……。
 本書はものすごい作品が続きますが、奇想という点ではやはりこれが頂点か。忍法による奇怪なイメージも強烈ですが、その後の与五郎らの行動には思わず絶句。強い喪失感の漂うラストも秀逸です。

「春夢兵」
 公儀隠密・間宮林蔵の依頼により、南部藩の不穏な動きを探ろうとする伊賀者たち。南部藩では、密かに恐るべき強兵政策がとられていたのだ。三人の伊賀者たちは、春画を武器にして、南部藩の規律を崩壊させようとするが……。
 「大いなる伊賀者」『忍者六道銭』収録)や「怪異二挺根銃」『お庭番地球を回る』収録)で重要な役割を演じている下斗米秀之進の弟、下斗米鉄之進が登場しています。現実を夢と化し、また夢を現実と化す奇怪な忍法が見どころですが、何とも人を食ったオチは作者ならでは。

「甲賀南蛮寺領」
 神父オルガンチーノが建立した南蛮寺に、織田信長は甲賀の土地を寄進する。だが、甲賀衆は邪宗門の宗徒となることを拒み、地に潜った頭領・甲賀織部と家老格の荒晒野雄太夫の二人が、納められる年貢を途中で奪い返すという作戦に出た……。
 甲賀衆と伴天連の凄絶な戦いも見応えがありますが、やはり何といっても、意表を突いた鮮烈なラストが光ります。

「筒なし呆兵衛」
 様々な悪事を繰り返してきた盗賊・大草履組の頭領である大鳥呆兵衛がついに捕らえられ、斬首されることになった。ところが、牢から引き出されてきた呆兵衛の全身に、奇妙な赤い筋が浮き上がっていたのだ。不審に思った奉行がよく見てみると……。
 大盗賊・大鳥呆兵衛の昔語りを中心とした異色の1篇。忍法は奇怪すぎて訳がわからなくなりますが、結末は鮮やか。そして、思わぬ形で史実に結びついていくところが見事です。

「開化の忍者」
 商人たちに大きな影響力を持つ英国人・ミラードは、人並み外れた好色漢だった。彼の元で、英国渡航を夢見ながら門番を勤める三人の元伊賀者たちは、生贄として連れてこられた女性を見て目を疑う。それは、彼らの思い人・お志保だったのだ……。
 それぞれに奇妙な忍法を身につけながら、なす術もなく明治維新を迎えた元伊賀者たち。彼らが、“何の役にもたたなかった”忍法を駆使して、愛する女性を守ろうとする姿が、悲哀を誘います。そして結末は、意外というか何というか……。

2005.03.12読了

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