ミステリ&SF感想vol.41

2002.07.12
『第四の扉』 『白鳥の歌』 『スター・ウィルス』 『鴉』 『救いの死』


第四の扉 La Quatrieme Porte  ポール・アルテ
 1987年発表 (平岡 敦訳 ハヤカワ・ミステリ1716)ネタバレ感想

[紹介]
 ダーンリー夫人が全身を切り刻まれて命を落としてから数年。屋敷の屋根裏部屋には、夜ごと夫人の幽霊が出現するという噂が囁かれていた。その屋敷に、霊能力を持つと称するラティマー夫妻が越してきたことから、事態はさらに不可解な様相を呈することになった。隣人の作家・アーサーが何者かに襲われると同時に、その息子ヘンリーは謎の失踪を遂げ、さらに彼の分身が出現する。そして、呪われた屋根裏部屋での交霊会の最中に、密室殺人が起こった……。犯罪研究家・ツイスト博士が解き明かした真相は……?

[感想]

 “フランスのディクスン・カー”という触れ込みで紹介されている作者ですが、少なくともこの作品に限っては、J.D.カーというよりも日本の新本格ミステリに近いように思えます。もちろん、交霊会や奇術趣味などいかにもカー好みの要素もありますが、カーのようなゴテゴテした部分はあまりありませんし、後半の意外な展開(探偵役のツイスト博士の登場も意外な形です)などは、黄金時代のミステリにひねりを加えた形といえるかもしれません。

 オカルトかとも思える不可能犯罪がツイスト博士によって合理的に解決されていく様子は非常に鮮やかですが、そこで新たな謎が生まれ、さらに予想外の“最後の一撃”が待ち受けています。比較的コンパクトな分量の中に作者の様々な企みが詰め込まれた傑作です。

2002.06.01読了  [ポール・アルテ]



白鳥の歌 Swan Song  エドマンド・クリスピン
 1947年発表 (滝口達也訳 国書刊行会 世界探偵小説全集29)ネタバレ感想

[紹介]
 ワーグナーの歌劇『ニュルンベルクのマイスタージンガー』の稽古中、歌手としては一流だが人間的に問題のある男・ショートハウスが、次々とトラブルを引き起こしていた。そして初日も間近に迫ったある夜、歌劇場の楽屋でショートハウスの首吊り死体が発見される。死亡推定時刻の前後には楽屋への出入りはなく、自殺かとも思われたが、殺人の動機を持った容疑者には事欠かなかった。友人の求めに応じてフェン教授が事件の解明に乗りだしたが、その後も怪事件が相次ぎ、初日を迎えた歌劇の最中……。

[感想]

 オペラの舞台裏を鮮やかに描いた佳作です。稽古から本番初日に至るまでとほぼ同時進行して、歌劇場周辺で次々と起こる事件。物語の進行に伴って複数のカップルができていくところも、どことなくオペラに通じるものがあるように思えます。オペラをテーマにしたミステリであると同時に、作曲家でもあった(らしい)作者クリスピンが、殺人事件をテーマとして作り上げたオペラともいえるのかもしれません。

 もちろん、ミステリとしてもよくできていると思います。密室などのトリックもさることながら、巧みなミスディレクションが秀逸です。そして、何ともいえない皮肉な真相が強く印象に残ります。

2002.06.05読了  [エドマンド・クリスピン]



スター・ウィルス The Star Virus  バリントン・J・ベイリー
 1970年発表 (大森 望訳 創元SF文庫697-03)

[紹介]
 黄金の銃を片手に宇宙を股にかける海賊ロドロン・チャンは、人類と銀河を二分する異星種族ストリールから、不思議なレンズを掠奪した。次から次へと様々な光景を映し出すレンズは、その使い方も効果も判然としなかったが、ストリールにとって何よりも貴重な物であることは間違いなかった。レンズを奪い返そうとするストリールに追われて宇宙を転々としながら、レンズの秘密を探ろうとするロドロン。そしてついに……。

[感想]

 ワイドスクリーン・バロックを代表する鬼才、B.J.ベイリーの処女長編です。さすがに『時間衝突』『カエアンの聖衣』のような後の作品と比べると荒削りに感じられますが、スペースオペラをベースに荒唐無稽なアイデアを注ぎ込んだベイリーらしい作風はすでに完成しているといっていいでしょう。科学と哲学を対比させた思考実験的な要素もベイリーならではといえるかもしれません。また、主人公ロドロンのアナーキーなキャラクターも後の作品に通じるものです。

 比較的シンプルなストーリーでありながら、ところどころやや散漫に感じられるのが弱点ともいえますが、レンズの秘密が明らかになるラストの壮大なスケールは印象的です。

2002.06.22読了  [バリントン・J・ベイリー]



  麻耶雄嵩
 1997年発表 (幻冬舎文庫 ま3-1)ネタバレ感想

[紹介]
 何者かに殺されてしまった弟・襾鈴{あべる}の死の謎を解くため、彼が死ぬ前の半年間身を寄せていた地図にない村にたどり着いた珂允{かいん}。外界から隔離されて村人たちが古風な生活を営むそこは、“大鏡”という現人神の支配する場所だった――到着早々に鴉の大群に襲われて傷ついた珂允は、村の小長に助けられて療養を続けながら、“外人”でありながらも大鏡の側近にまで取り立てられた弟のことを調べ始める。人を殺した者の手には大鏡による罰として醜い痣が生じるとされる中、やがて起きた連続殺人事件。巻き込まれた珂允の前に姿を現したのは、銘探偵・メルカトル鮎だった……。

[感想]

 1998年版「本格ミステリベスト10」の第1位に輝いた麻耶雄嵩の代表作の一つでありながら、長らく版元品切で入手困難となっていた不遇な作品。世評に違わぬ傑作であることは確かで、未読の方はぜひ手に取っていただきたいと思います。

 舞台となっているのは、地図にも載ることなく外界から隔絶された村。姿を見せない現人神“大鏡”を対象とした信仰が村人たちの心に深く根を下ろし、独自の文化と因習に支配された環境は“異世界”といっても過言ではなく、“神”に対抗するかのようにしばしば現れて災いをもたらす鴉の群れの禍々しさと相まって、物語全編に幻想的ともいえる雰囲気が漂っているのが大きな魅力です。

 因習に支配された閉鎖的な土地の常として、“外人”である主人公・珂允に向けられる視線の多くは冷ややかなものですが、村人たちの排他的な気質の槍玉に挙げられるのは“外人”ばかりではなく、“大鏡”の教えに背いて錬金術を極めんとする者、あるいは信仰の基盤を揺るがすとされる“鬼子”など、村人たちの中にも異端者として扱われる者が存在します。必ずしもネガティヴなものばかりではありませんが、このような異質な存在に対する感情の発露がどのような形を取るかが、本書のテーマの一つとなっています。

 その一方で、本書には珂允と襾鈴をはじめとして何組かの兄弟や姉妹が登場し、それぞれ互いに複雑な思いを抱いている様子が描かれています。このように、血縁のみならず年齢までも近しい存在に対する愛憎入り混じった感情もまた本書の重要な要素の一つで、“外人”であるとともに弟に対する葛藤を抱えた珂允、そして兄に対する幼い反発と“外”への無邪気な憧れを併せ持つ村の橘花少年を焦点として物語は進んでいきます。

 “大鏡”を頂点とする信仰、とりわけ殺人者の手には――すぐにとは限らないものの、いずれは――“大鏡”の力によって“痣”が浮かび上がるという強い信念が村人たちの間に行き渡っている中、やがて起こる連続殺人事件はいわゆる“特殊ルール本格”のようなユニークな性格を備えたものになっており、終盤まで読者の興味を引くに足る見事な謎といえるのではないでしょうか。

 その終盤、いかにも麻耶雄嵩らしいカタストロフが訪れる中で、(『夏と冬の奏鳴曲』ほどではないものの)さほど出番の多くなかった銘探偵・メルカトル鮎が最後に存在感を示す解決場面は圧巻。第2作『夏と冬の奏鳴曲』以降の長編で顕著な“麻耶雄嵩メソッド”――松尾芭蕉よろしく“言ひおほせて何かある”といわんばかりに、真相のすべてを説明し尽くすことなく、手がかりを示して読者に委ねる――が炸裂しており、困惑を覚えてしまう向きもあるかとは思いますが、わかりやすさと引き換えにした“世界が崩壊するような感覚”はやはり強烈で、麻耶雄嵩にしか書き得ない傑作となっています。

 なお、作中にデビュー作『翼ある闇』と関連する箇所――私見ではネタバレとまではいえず、どちらを先に読んでもかまわないように思います――がありますので、気になるという方は読む順序にご注意下さい。

2002.06.27再読了
2009.01.10再読了 (2009.01.15改稿)  [麻耶雄嵩]



救いの死 Death to the Rescue  ミルワード・ケネディ
 1931年発表 (横山啓明訳 国書刊行会 世界探偵小説全集30)ネタバレ感想

[紹介]
 グレイハースト村の名士・エイマー氏は、村人と打ち解けようとしない風変わりな隣人・モートン氏が、かつて華麗なアクロバットで有名だったボウ・ビーヴァーという映画俳優によく似ていることに気がついた。十数年前、人気絶頂の最中に突然引退を表明し、周囲を驚かせたビーヴァー。その謎に興味をかきたてられたエイマー氏は、金と暇にまかせて独自の調査を始める。やがて、女性秘書の襲撃事件や殺人事件の裁判などが浮かび上がり、俳優の秘められた過去が少しずつ明らかになっていく。しかし……。

[感想]

 ほとんどの部分が主人公の手記で構成されたミステリです。手記とはいっても、日記ではなく他人に読ませることを意識して書かれたもので、それなりに要領よくまとめられているといってもいいでしょう。ただ、発端となる謎、そしてその後の調査があまりにも地味なために、かなり退屈に感じられてしまいます。

 やがて、俳優の過去に隠された事件が浮かび上がってきますが、調査がほぼ完了したところでおもむろに、ある意味衝撃的な結末が待ち受けています。この趣向自体は面白いといえますが、正直なところ、あまり出来がいいとは感じられません。決して駄作ではないのですが、今ひとつ成功しなかった実験的な作品、といったところでしょうか。

 なお、解説でも触れられているように、この作品はA.バークリー『第二の銃声』を意識して書かれた節があるので(序文にもそれが表れています)、そちらを先に読んでおいた方がいいでしょう。

2002.07.02読了  [ミルワード・ケネディ]


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