ミステリ&SF感想vol.118

2006.01.22
『追いし者 追われし者』 『信長 あるいは戴冠せるアンドロギュヌス』 『さまよえる未亡人たち』 『霊能者狩り』 『骨と髪』



追いし者 追われし者  氷川 透
 2002年発表 (原書房 ミステリー・リーグ)ネタバレ感想

[紹介]
 印刷会社の営業マンである“おれ”は、同じ職場の同僚・香坂澄香に魅了され、彼女を追い回すストーカーとなった。密かに職場から彼女の個人情報を入手し、さらに一人暮らしの彼女のアパートに盗聴器を仕掛け、彼女を見張り続ける“おれ”だったが、電話の内容から彼女が「モトムラハルシゲ」という男に悩まされていることを知る。しかも、そこには彼女の弟が絡んでいるらしい。“おれ”は澄香の弟と接触してモトムラの情報を入手するために、休日を利用して彼女の出身地であるS市を訪れたのだが、そこで遭遇したのはモトムラの死体だった……。

[感想]
 まず、本書は作者と同名の探偵役“氷川透”が登場しない初めての作品であり、論理を重視したフーダニットを指向するそちらのシリーズとはだいぶ趣の違うものになっている、というところまでは紹介してもかまわないと思います。また、同じ原書房から刊行されている『密室は眠れないパズル』を先に読んでおくとより一層楽しめる、ということも。しかし、あとは予備知識なしで読んだ方が面白いと思いますので、(ネタバレなしの)感想も最小限にとどめておきます。

 正直なところ、読了直後の印象はあまりよくなかったのですが、読み返しているうちに作者の狙いらしきものがわかってくると、自分の中での評価は大幅に持ち直しました。メインにしてもよさそうなネタを“捨てトリック”(というべきでしょう)にしてしまう大胆な手法や、非常にユニークなミスディレクション、そして全体を生かすための特殊な構成など、なかなかよくできていると思います。論理を重視した“氷川透シリーズ”とはまったく違った路線ですが、同じように細かく考え抜かれた丁寧なネタ作りには感心させられます。

 残念なのはまず、その丁寧なネタ作りとなぜか同居する不用意さ。今までに読んだ他の作品もそうでしたが、細部まで神経が行き届いているようでいながら、ところどころで突然大雑把になってしまっているような印象を受けるのが、何とももったいないところです。さらに、それ以上にもったいなく感じられるのが仕掛けのアンバランスさで、シンプルで理解しやすい“捨てトリック”に対して、おそらくはメインであるはずのネタが地味でわかりにくいために、作者の狙いを理解するのがかなり難しくなっています。

 “ストーカー探偵”という奇抜な設定にはインパクトがありますし、それを中心に据えた物語の結末にはうならされます。それだけに、繰り返しになりますが、前述の不用意さとわかりにくさが本当にもったいないと思います。

2005.12.22読了  [氷川 透]



信長 あるいは戴冠せるアンドロギュヌス  宇月原晴明
 2002年発表 (新潮社)

[紹介]
 “ヘリオガバルス、それは男であり、女である”――阿片に溺れて退廃の日々を送る詩人アントナン・アルトーのもとに、一片のメモが届けられる。そこには、彼が長年興味を持ち続けてきたローマ皇帝ヘリオガバルスについての、どこにも発表していない彼自身の思索と同じ内容が記されていたのだ。やがてアルトーの前に姿を現したメモの送り主、日本人青年の総見寺龍彦は、織田信長を“もう一人のヘリオガバルス”と評した。アルトーは相手にしないが、総見寺家に伝わるという極秘の伝承を聞いて顔色を変える。曰く、“信長公は両性具有なり”と……

[感想]
 第11回日本ファンタジーノベル大賞を受賞した作品で、織田信長が両性具有だったという設定を詩人アントナン・アルトーの『ヘリオガバルス あるいは戴冠せるアナーキスト』と絡めた、異色の歴史伝奇小説です。

 物語は、第二次大戦直前のドイツで日本人青年の総見寺龍彦と出会ったアルトーが、ヘリオガバルスと信長との関連を追及していくパートと、信長その人の生き様を中心とした戦国時代のパートとが、交互に繰り返される構成になっています。ただし、どちらもはっきりしたストーリーというよりは、断片的なエピソードが積み重ねられていく形であるため、若干読みにくくなっているところもあります。

 戦国時代のパートは出色の出来。合戦そのものよりも、乱破・素破による諜報戦や呪術合戦に重点が置かれ、史実の裏側の魅力的な物語が存分に描かれています。また、信長と覇権を争う今川・武田・上杉といった武将たちも個性豊かで、歴史小説としての魅力も十分です。
 一方、アルトーのパートは今ひとつ。説明が過剰なところも難点ですし、結末もさほど予想を超えるものではなく、戦国時代のパートの破天荒さについていけていない印象です。

 全体のバランスやまとまりといった点では難がありますが、それでもインパクトは十分。受賞にも納得の意欲的な作品です。

2005.12.31読了  [宇月原晴明]



さまよえる未亡人たち The Wandering Widows  エリザベス・フェラーズ
 1962年発表 (中村有希訳 創元推理文庫159-19)ネタバレ感想

[紹介]
 休暇を利用してスコットランドのマル島を訪れた青年ロビンは、四人の個性的な“未亡人”たち――仕事や趣味に熱中する夫に放置されて暇を持て余す夫人たち――と知り合いになったのだが、ある日その“未亡人”の一人がを飲んで死んでしまう。その毒は、別の“未亡人”からもらった酔い止め薬に仕込まれていた。犯人は友人なのか、夫なのか、息子なのか、それとも……?

[感想]
 『猿来たりなば』などのユーモラスなミステリ〈トビー&ジョージ・シリーズ〉で知られる作者の、非シリーズの作品です。ユーモラスな雰囲気は控えめですが、くせのある登場人物たちは相変わらずで、味のある物語になっています。

 事件は決して派手ではありませんが、謎の作り方は非常に秀逸です。“誰が犯人なのか?”はもちろんのこと、“犯人が狙ったのは誰なのか?”までもが不明な状況であるために、事件の様相が複雑になって真相が見えにくくなっています。さらに、くせのある登場人物たちの言動が煙幕としても機能しており、まさに五里霧中といっても過言ではない状況です。

 主人公のロビンが中心となって展開する推理は幾度も覆され、登場人物たちの真意が明らかになっても、いやそれだからこそ事件は一層混迷を深める――そのような状況の中で、たった一つの手がかりから真相が導き出される終盤の展開は実に見事。事件を覆いつくしていた濃霧が一陣の風ですべて吹き飛ばされてしまうような鮮やかな解決は、爽快さを伴う驚きをもたらしてくれます。

 派手な事件でないこともあってやや短めの作品になっていますが、その中で思うさま読者を振り回し、おもむろに盲点を突いたシンプルな真相を取り出してみせるという、作者の巧みな手腕が堪能できる傑作です。

2006.01.04読了  [エリザベス・フェラーズ]



霊能者狩り Hidden Lake  T.J.マグレガー
 1987年発表 (公手成幸訳 創元推理文庫277-08・入手困難ネタバレ感想

[紹介]
 湖の畔にひっそりとたたずむ町・ヒドゥンレイク。全国から集まってきた霊能者が人口の1割を占めるこの町で、ある夜、一人の女性霊能者が惨殺されてしまった。たまたま霊能力の実験を行っていた別の霊能者が、殺人の場面を“透視”することができたが、犯人の持つ強い霊能力の妨害を受けてその正体まではわからない。殺人を犯した霊能者は、一体誰なのか? 町中が疑心暗鬼に陥る中、やがて第二の殺人が……。

[感想]
 犯人は霊能者、被害者も霊能者、そして謎を解くのも霊能者という、異色のオカルト・ミステリです。

 超能力や霊能力、あるいは魔術といったオカルト的な要素が導入されたミステリはいくつかありますが、その能力が完全に一個人の秘密(例えば西澤保彦の諸作品など)であるものを除けば、R.ギャレット〈ダーシー卿シリーズ〉や久住四季『トリックスターズ』のようにパラレルワールドが舞台になっていたり、あるいは半村良『魔境殺神事件』のように場所が限られているなど、オカルト世界と現実(日常)世界との境界線がはっきりしているものが多いと思います。しかし本書は、多数の霊能者が一般人に混じって暮らしているという設定であり、オカルト世界と非オカルト世界が完全に地続きになっているのが特徴です。

 実際、主人公の一人が刑事だということもあって、警察による通常の捜査と(非公式ながら)霊能力者による捜査が並行して描かれているところが、何ともいえない奇妙な味をかもし出しています。警察小説とサイキック・ホラーが同居した居心地の悪さといえばいいでしょうか。決して悪い意味ではなく、その居心地の悪さこそが本書の独特の魅力になっているように思います。

 物語は、霊能者たちを中心とする町の人々の人間模様や、主人公のロマンスなども織り交ぜながら進んでいきます。あれこれと盛り込みすぎているきらいがないでもないですが、さほど本筋から外れるわけでもなく、クライマックスに向けて着実に緊迫感が高まっていきます。ただし、最後の対決そのものはややありがちにも思えますが、これは致し方ないところでしょうか。本格ミステリ的な謎解きではありませんが、犯人はそれなりに意外で、まずまず楽しめる怪作です。

2005.01.08読了  [T.J.マグレガー]



骨と髪 A Bone and a Hank of Hair  レオ・ブルース
 1961年発表 (小林 晋訳 原書房)ネタバレ感想

[紹介]
 歴史教師にして素人探偵のキャロラス・ディーンは、校長夫人の親類にあたるチョーク夫人から調査の依頼を受ける。従妹のアンが行方不明となったのだが、実は夫のブライアム・ラスボーンに殺されたのではないかというのだ。ちょうど学校がクリスマス休暇ということもあって調査に乗り出したディーンだが、すぐに不可解な事実が明らかになる。ラスボーン夫妻は引っ越しを繰り返していたが、以前に住んでいた場所でもやはりアンが失踪し、夫が殺して逃げたのではないかと噂されていたのだ。しかも、近所の人々が語るアンの様子がどうもおかしい。果たしてその真相は……?

[感想]
 〈ビーフ巡査部長シリーズ〉で知られるレオ・ブルースの、もう一人のシリーズ探偵であるキャロラス・ディーン(『ジャックは絞首台に!』などで活躍)を主役とした作品です。こちらのシリーズの方が(準)レギュラーが多いようで、ユーモラスな雰囲気も強くなっているようです。

 本書は発端こそ失踪者探しという地味なものですが、ディーンの調査が進むにつれて次第に不可解な事件に発展していくという展開が見どころです。また、調査の過程で次々と登場する奇妙な人々も魅力的で、実に楽しく読める作品だと思います。

 ただし、残念ながらミステリとしては若干期待はずれの感があります。皮肉な真相そのものは面白いと思うのですが、いかんせんミスディレクションが不十分で、早い段階で真相の大部分が見通せてしまうのが難点です。“最後の一撃”に驚かされたのは確かですが、やや物足りなさが残るのは否めません。

2006.01.13読了  [レオ・ブルース]
【関連】 『死の扉』 『ミンコット荘に死す』 『ハイキャッスル屋敷の死』 『ジャックは絞首台に!』


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