……ような気がする。たとえば「聞きましょう」と発音するとき。 私が気に入って聞いている先生方は、きちんと「ききましょう」と発音されるが、 「きいましょう」に近くなっている先生もいる。 「聞きて」が「聞いて」に変化したんだから当然の変化とも言えるが、 いまのところ「聞きましょう」なんだから、そう言ったほうが気持ちがいい。
2008-01-24 (4) 02:40:22 +0900
これだけ短い文の中に、ヘブライ語、ラテン語、英語、それに日本語が使われている。 実際には、 どんな風に発音されるであろうか? 全部カタカナ式というのも一つのあり方。
付) daghes は、実際は s の上に(英語でいうところの) sh と読ませるための印がつく。
2008-01-24 (4) 02:25:41 +0900
ここから先は、これからアップロードする。
2008-02-04 (1) 00:12:21 +0900
前項のタイムスタンプは、偶然出たものである。確率 86400 分の 1。
調べてみると、過去に二回出ている。
いま、この「いろいろ」は 12400 件強だから、珍しいと言えようか。 正子の前後はこれを書いていることが多いから、珍しいとは言えないか。
2008-01-24 (4) 01:28:48 +0900
前半については 《NHKフランス語会話>七月 11 日(水曜日)放送分》 も参照。
オープニングでミカエルさんが左手に持っているのはナイフか。 口にくわえているのが絵筆。手で持つほうが左にきているから、 やっぱり、たぶん、左利き。
スケッチの字幕に「夜ご飯」。 これはいただけないな。(←縁語を使ってみました。「ご飯」と「いただく」。)
ソフィーが、おばが帰ってきたのが sans prévenir だと言っていたが、 電話かかってきてたよな。 直前ではあったが。
中級コーナー。 「je がエリジオンされて j'y となることにも注意しましょう」 とおっしゃっておられたが、je がエリジオンされたら j' になるのではなかろうか。 ただ、それだと、口頭ではほとんど区別できないけど。 「je のあとに y がくるので je がエリジオンされて j' となり、 次の y と合わさって j'y となる」というと長くなりすぎか。
「来週のフレーズ」のあとの字幕。 「フランツはストしないんだから」を見たらなぜか 「フランツ・リスト」を思い出してしまった。
ところで、昨年度のフランツさんは“まじめなおふざけキャラ”だったが、 今年度はそれがあまり見られないのが残念。 《NHKフランス語会話>十一月 27 日(月曜日)放送分》 参照。
後半はシリルの音楽コーナー。 ホワイトボードに「Mon homme」と書いてリエゾンの説明をしていたが、 そのときの後頭部には 《NHKフランス語会話>十月 03 日(水曜日)放送分》 に書いた不思議な顔が浮かび上がっていた。 次の曲に進むときにはその下に「Les hommes」と書かれていたので、 このリエゾンも説明したのだと思うが、放送はされなかった。 時間の都合でカット?
二人めに紹介されたアーティスト。 若いときぐれた、みたいなことが紹介の字幕に出ていたが、 ものすごくまともなことを話す人だった。 私はよくはわからないけど、おそらく、きちんとしたフランス語で話していたと思う。 日本人アーティストだと、どこまできちんとした日本語を話せるか、不安。
最後は、いつもの投げキッス。 紹介したアーティストが二人だったせいじゃないと思うけど、両手で。
2008-01-24 (4) 00:00:00 +0900
タイトルを修正した。上に書いたのは修正後のものである。
2008-01-23 (3) 02:10:45 +0900
「W」は「ダブリュー」であり、これ一文字に「ダブル」の意味は本来はない。 にもかかわらず、 日本語としては「Wパンチ」を「ダブルパンチ」と読ませるように、 「ダブル」と読ませる例がときどき見られる。 これはABC文体の一種と思えばいいのかも知れない。 ただし、「ダブリュー」とは読まずに、「ダブル・ユー」の前半だけ読む、と。
2008-01-23 (3) 01:49:02 +0900
20日づけ朝日新聞大阪本社版教育面「児童の体力 偏差値化」。
《海老原修・横浜国立大教授(体育学)の話
》として
《上体起こしは回数で、握力はキロで、50メートル走は秒で測る。
種目によって単位が違うので、バランスを見るグラフを作るためには、
偏差値を使わざるを得ない
》とある。
握力を質量の単位キロ(正確にはキログラム)で測っていいのか、
というのも気になったが、それよりも、
もしも握力と背筋力を測るとしたらどちらも同じ単位になるだろうに、
それでもやっぱり個人の結果を単純に比較できないわけだから、
この「種目によって単位が違うので」というのは理由になっていないのではないか。
正しくは、「種目によって数値が違うので」ということだろう。
(「イメージ」と断りつつあげてある例では、 すべて異なる単位となる五つの種目が偏差値で五角形のレーダーグラフになっている。)
(そのあとの
《実は大半の子は全国平均よりも数値が低い。
身体能力が飛び抜け高い少数の子と、
多くの種目で数値が軒並み低い子に二極化しているためだ
》
も、おそらくは、言い方が少々変で、
「身体能力が飛び抜けて高い少数の子」がいるのに対し、
身体能力が飛び抜けて低い子はあまりいないから、
平均以下の子が多くなる、と読めばなかなか興味深いと思う。
年収で比べると、ものすごくたくさん稼ぐ人がいるから、
平均以下の人が大半、というのと同じであろう。)
2008-01-21 (1) 02:06:59 +0900
だからエウクレイデスのほうがいい、なーんちゃって。
2008-01-21 (1) 01:28:05 +0900
20日づけ大阪本社版掲載分。
《※問題文中の「前ページ」「次ページ」「下の図」
などは問題冊子のままです
》とのことだが、だったら、
冊子でページが変わっていたところに線などを入れるべきではないか? (ただ、
元の冊子では、そのページで問題が終わっていると誤解されないため、
ところどころに「次のページに続きます」
というような字句が印刷されていたような気がする。それはカットしているのだろう。
だから、ページの変わり目も示す必要がない?)
「地理B」の第6問の問3に
《5万分の1地形図(原寸)
》とあるが、
問題文全体が縮小されているので、紙面では原寸ではない。
その断り書きがいるのでは。
問4の
《2万5千分の1地形図(原寸、一部改変)
》も同様。
その地形図は広島市付近のものだが、 市民球場南南東の(たぶん)電停名に「ほんどうり」という文字が見える。 「本通」と書かれている道との交点にあるので 「ほんどおり」ではないかと思われるのだが。 Google で 「"広島市" "ほんどうり" "本通"」は 6 件、 「"広島市" "ほんどおり" "本通"」は 504 件。 Wikipedia に「本通」という項目が立っており、 それによると「本通駅」はアストラムラインの駅でもある。 いずれもカナでは「ほんどおり」と書く。
国語の第1問の問題文中ほどに「ユークリッド的な均質空間
」とあるが、
等質空間とは関係なさそうだ。
冒頭はミンコフスキーという人の書いたものの引用なので、一瞬、
数学者かと思ったが、あのミンコフスキーではないらしい。
国語の問題は新聞紙上でのページをまたいでいるので、
《(次のページへつづく)
》《つづき
》と書かれている。
これは文字の大きさからして元の問題文にあったものとは思われない。
「問題文中
」のものではないのであろう。
2008-01-21 (1) 01:05:14 +0900
わずかな字句の訂正はことわらないことにします。 「きょうの補筆箇所」にも載りません。
2008-01-18 (5) 01:48:28 +0900
17日づけ朝日新聞にはさまってきたと思われる政府広報
「C型肝炎ウイルス検査をお受けください。」。
「(A)フィブリノゲン製剤納入先医療機関」
の東京都の部に
「オウム心理教附属医院※(中野区)
」というのが出ている。
Google で検索すると 4 件。
どれもデータ集のようだ。
「オウム真理教附属医院」を Wikipedia で見ると東京都中野区にあったとあるので、
同じものであろう。
どこかで誤変換したのをひきずっているようであろうか。
(「※」は廃院等の印である。)
2008-01-18 (5) 01:10:57 +0900
助詞の「が」は文章の中では必ず鼻濁音化するが、 『助詞の「が」』というときにも鼻濁音で読むべきか、 という議論には意味がないように思える。 《フランス語>cet は単独でも最後の t が発音されるとなぜわかるんだろう?》 も似たような議論か?
付) 「ga」や「が」だけを示して読ませると、助詞の「が」が思い浮かぶため、 「蛾」かも知れないのに鼻濁音化して発音してしまう、という人が結構いるそうだ。
2008-01-17 (4) 01:14:17 +0900
「フア」と続くと「ファ」と誤読する人がいるものだが、 この場合は「アイスクリーム」という語がまとまって認識されるから、ないな。
2008-01-17 (4) 01:03:59 +0900
2008-01-17 (4) 01:01:46 +0900
前半については 《NHKフランス語会話>七月 04 日(水曜日)放送分》 も参照。
動詞 aimer について、右宗さんに
「よく使う動詞ですから、あとで練習しておきましょうね」
とおっしゃっておられた。
文字で書くとやさしく話しておられるように見えるかもしれないが、
きっぱり“お母さんお姉さん口調”なので逆らえない感じ。
ジェニファーさんの発音コーナーの冒頭の字幕はそのまま。
そのあと、 中級コーナーにはいる前に現地の人の発音で今週のフレーズが流れるが、 訳が女ことばだったので、男の人が言う場合、ちょっと変。
中級コーナーで画面外からクッキーをつままれる手の、 手首内側に筋(すじ)がくっきり浮かんでおられる。
後半は「フランスを歩こう」で、 新撮部分に先生も登場されるのでわくわくするコーナーだが、 ちょっとお疲れなのかな……? 徹夜明けみたいな感じ。
ビデオのBGMのギター。 2004 年前期のラジオ「フランス講座」で、番組の途中に区切りとして流れた音楽と、 音色や雰囲気が似ているような気がした。
フランス人シェフって、「味らい(味蕾)」ってことばをよく使うな。 日本語では単に「舌」と言ってしまうか。
2008-01-16 (3) 22:15:32 +0900
2008-01-16 (3) 02:56:25 +0900
14日づけ朝日新聞大阪本社版「声・主張」面「声」の、 藤澤一夫さんの投書「京都議定書の約束守るため」。
加えてサマータイム制の導入も提案したい。 私は長年、欧州でサマータイムを経験したが、 これほど確実で安価な省エネ対策はない。 日本でも導入すれば、 温室効果ガス排出量を90年比1%削減できるという報告がある。 ためらうことなく早急に実施すべきだ。
以前聞いたところでは省エネ効果は 0.08% だったから、 それと単純に比較すれば 12.5 倍である。 インターネット上で調べてみたが、見つからなかった。
2008-01-16 (3) 02:43:53 +0900
14日づけ大阪本社版。
たっぷりと補助金もらうヨコスカは一万の「怒 」に目をそらすのみ (横須賀市)梅田 悦子とある。一行目の最後は一文字あけることになっているようだ。 もしも禁則処理をしようとすると
たっぷりと補助金もらうヨコスカは一万の 「怒」に目をそらすのみ(横須賀市)梅田 悦子となって住所とくっついてしまう。
2008-01-16 (3) 02:39:46 +0900
エゼキエル書第 40 章からは、ことばで図面を言い表しているようであり、
読んでいてわかりにくい。
図面や模型があったらなあと思ってしまうのだが、
列王紀下 16,10 の
「アハズ王はその祭壇の作りにしたがって、
その詳しい図面と、ひな型とを作って、
祭司ウリヤに送った
」(口語訳)
を見ると、旧約の時代にそれらがなかったわけではない、ということがわかる。
2008-01-16 (3) 01:55:47 +0900
まず、順序になっていること。
部分集合 A, B の特性関数 χA(x), χB(x) に対し 「A が B の部分集合 <=> χA(x) = χA(x)χB(x)」 から考えたもの。 《特性関数は、値による積に関して冪等元である》 にやや関連。 対角成分が a1, a2, ..., an である対角行列を diag(a1, a2, ..., an) と書くことにすると、 diag(1, 0, 0) < diag(1, 1, 0) などとなる。 対角成分が 0 と 1 だけの対角行列を考えると、 特性関数の話とよく関連していることがわかる。
ab = (ab)a なので ab < a である。ab < b でもある。 x < a, x < b とすると x = xa, x = xb である。 x = xb = xab だから、x < ab がわかる。 だから、ab = inf(a, b) であることがわかる。
a < b ならば (1 - b)(1 - a) = 1 - a - b + ab = 1 - b だから 1 - b < 1 - a となる。
a < b であり c も冪等元とすると a = ab より ac = abc = (ac)(bc) となり、 ac < bc がわかる。
2008-01-14 (1) 19:15:30 +0900
13日づけ大阪本社版読書面の、
古井由吉著「白暗淵(しろわだ)」の書評。
評者は翻訳家の鴻巣友季子氏である。
《本書の題名は天地創造前の闇を表す聖書の
「地は定形(かたち)なく、曠(むな)しくして、
黒(やみ)暗淵(わだ)の面にあり」から来ている
》
とあるが、手元の文語訳では「曠空(むなし)くして」
「黒暗(やみ)淵(わだ)の面(おもて)に」となっている。
また、読点はない。
「曠」の字だけでも「むなしい」という読みがあるようだから、
「空」の字を使っていないことは問題ない。
しかし、「黒暗」で「やみ」、「淵」で「わだ」だったものを、
「黒」で「やみ」、「暗淵」で「わだ」と読ませているのは、
どうなのだろう? よく見ると、タイトルの「白暗淵」も
「白(しろ)暗淵(わだ)」と読ませているのである。
先を読むと
《在と不在、生と滅を分かたぬ虚空。その混沌を聖書は
「黒暗淵」と言い、古井氏は「白暗淵」と言う
》とあるので、
ますますわからなくなった。
文語訳の「黒暗淵」は「やみ、わだ」の二語だと思う。
文語訳は欽定訳からの重訳に近い部分もあると聞くので、
欽定訳を見てみよう。
「And the earth was without form, and void;
and the darkness was upon the face of the deep.」とある。
やはり、“やみ”が“わだ”のおもてにあって、というのである。
それを、古井氏も鴻巣氏も、地が(中略)“やみわだ”のおもてにあって、
と理解しているのではあるまいか。
書評の終わり近くには《向こう側の暗淵
》ともある。
よくわからないがこの本は小説であるらしい。 わざと、一種の“なぎなた読み”をして新語を作った、 一種のナンセンスものなのだろうか。
付) 「黒暗」「白暗」は「くろあん」「しろあん」と打ち込んだ。 当然、「黒餡」「白餡」が出てくる。おなかがすいた。
2008-01-14 (1) 01:32:22 +0900
もし本当にそういう誤読が生じるのであれば、 主語を示す助詞を使わない文語文には欠陥があるということではないか?
口語訳は「地は形なく、むなしく、やみが淵のおもてにあり」だが、 これも「やみが淵」という一つの語とみなされないこともない。 新共同訳は「地は混沌であって、闇が深淵の面(おもて)にあり」。 これなら誤解はなかろう。
2008-01-16 (3) 02:17:53 +0900
本文ナシ
2008-01-14 (1) 01:27:49 +0900
子どものころ、まだトイレは汲み取り式で、いわゆるバキュームカーが来ていた。 バキュームという語は「バキュームカー」でしか聞かないので、 汚穢のことをバキュームというのだと思っていた人が多かったように思う。 「バキュームの臭いがする」などと言っていたので。
いまの若い人は真空の意味であると正しく理解しているようである。
2008-01-14 (1) 01:07:48 +0900
「成子」は「しげこ」と読むことが多いが、「なりこ」と読む人名も実在する。
2008-01-14 (1) 01:05:38 +0900
稲枝は人名。
2008-01-14 (1) 00:41:27 +0900
本文ナシ
2008-01-14 (1) 00:39:51 +0900
本文ナシ
2008-01-14 (1) 00:37:52 +0900
全体集合 X を固定し、その上の実数値関数全体を考える。 それらの間に値による和・積をいれると可換環 R になる。 X の部分集合 E の特性関数は R の冪等元である。 また、R の任意の冪等元はある部分集合の特性関数になっている。
一般に可換環の元 e と f が冪等のとき 1 - e, ef も冪等であるが、 e, f が部分集合 E, F の特性関数の場合、 1 - e は E の補集合の特性関数であり、ef は E と F の共通部分の特性関数である。 1 - (1 - e)(1 - f) = e + f - ef も冪等だが、これは和集合の特性関数である。 (e + f - ef)(1 - ef) = e + f - 2ef も冪等で、これは対称差の特性関数である。
これらの冪等元を論理式と結びつけたら何かの役に立たないかな?
2008-01-14 (1) 00:01:14 +0900
英語のアルファベットが 26 文字なのは覚えているのに。
2008-01-12 (6) 22:44:24 +0900
広辞苑第二版の付録についているローマ字の表を数えて気がついた。 これに撥音、促音を加えれば 102 である。 長音は全部で一つと数えるべきなのか、それぞれの音を伸ばしただけあるのか。 後者なら 100 あることになる。
2008-01-12 (6) 22:40:35 +0900
前項に関連する。 テキストファイル以外のファイルでは、 見るためのソフトで(すぐには)見えない情報もついていることがある。 ファイルの作成者情報とか。
2008-01-12 (6) 20:46:58 +0900
ネットからダウンロードした jpeg ファイルを、Windows の pbrush を使ってトリミングを行なってから携帯電話に送って待ち受け画面にしようとすると、 トリミングされていない元の画像が画像ファイル一覧画面に表示されることがある。 画像ファイルって、 見えてないものが残っていたりするの? なんだかこわくなってきた。
携帯電話の機種は docomo の N904i だけど、それはあんまり関係あるまい。
2008-01-12 (6) 18:27:26 +0900
60 * 60 * 24 * 0.08 / 100 = 69.12 秒という計算である。 0.08% は、数年前に聞いた、夏時間を実施したら節約できるというエネルギーの割合。
毎日、いま使っているエネルギーを 0.08% だけ節約することに決めたとしよう。 夏には、エアコンがずば抜けて多くのエネルギーを消費するだろう。 エアコンは一日じゅうはつけてはいないだろうから、 そのエアコンを一日あたり 70 秒だけ少なく使うようにすれば、 0.08% の節約ができてしまいそうだ。 (ほかにどんな風にエネルギーを使っているかによるが。)
それで済むなら、私はすべての時計を合わせ直すよりもそちらを選ぶ。
2008-01-12 (6) 18:18:35 +0900
相撲の取り組みについては「もう二番(ふたばん)見ましょう」とも言うか。
2008-01-10 (4) 01:40:24 +0900
1時から「英会話入門」、1時15分から「英会話上級」。 きのうの(午前)11時台に放送が途切れてしまった分の埋め合わせだ。 きのう、テレビ「フランス語会話」 の後半の内容を事前に知っておこうとしてサイトにアクセスし、 手が滑ってリンクをたどってしまい、知った。 きのうの夕方19時15分からの放送は録音できなかったので、 録音することにした。手が滑ってラッキー。
2008-01-10 (4) 01:21:54 +0900
答えは×。 仮に、地球上の陸地が東半球だけにまとまっていれば、日付変更線はなくて済む。 しかし、時差は存在するから、日付が異なることもある。
日付変更線という名前から、それがあるために日付が違うことがある、 とカン違いした人は○と答えてしまうかも。
日付変更線は実在するので、 これこれは日付変更線のせいか? と聞かれると、実は困ってしまう。 「日付変更線がなければ日付が異なることはないのか」と聞かれても、 仮定が成り立ち得ないのだから。 上の解答例では、日付変更線がなさそうな例を作ってみたが、確実ではない。 それでも、西半球のまん中に日付変更線がある、と見る人もいるからだ。
2008-01-09 (3) 22:42:12 +0900
これは確か、当時聞いていた、 NHKラジオ第二放送の「ビジネス英会話」に、 この誤解に基づくと思われるような会話が出てきて思いついたものである。
2009-02-01 (0) 20:57:18 +0900
前半は 《NHKフランス語会話>六月 27 日(水曜日)放送分》 も参照。
入門編で手に持っておられるファイルは、中級編ではテーブルの上に広げてあるのか。 なるほど。
後半。字幕に「シュールレアリスト」「シュール・レアリスト」の表記のゆれあり。
2008-01-09 (3) 21:52:19 +0900
2008-01-09 (3) 03:19:53 +0900
《朝日新聞>「丁寧な入学者選抜」の定義は「筆記試験以外で選抜すること」?》 を読み直してみて思ったこと。
大学入試における面接は、 受験者全員を一箇所に集め、一人ずつ面接室に呼び出して行ない、 済んだ者は帰らせて、これから面接を受ける者とは会わせない。 よって、 一日で --- 長くてもおそらく8時間以内で --- 全体を終わらせなければならない。 採点はそのあと何日かかけて行なっても構わないわけだが、 現実問題としては、その場で済ませてしまうしかないだろう。 ビデオ撮影でもしていれば別だが。
だから、N 人が受験したとすると、一人あたりの時間は 8/N 時間以下となる。 たいていの筆記試験は、一つの試験につき 1 時間はあるだろう。 また、採点も、 一人分の答案を見る時間の合計が一人あたりの面接時間未満、 ということはないように思われる。 (予備校の模試の採点アルバイトをした経験では、 数学の答案はそんなに速くは採点できない。)
以上から、一人の受験生に対してかけている時間は、 面接試験よりも筆記試験のほうがはるかに多いと思われるので、 より“丁寧”と言えるのではあるまいか。 小論文はわからないが。
(世間でいう“丁寧”の定義は知らないが、 少なくとも、ある範囲では、 時間をかけることが“丁寧”なことであると思われる。)
2008-01-08 (2) 22:37:40 +0900
2007 年の最後の書き込みにあたる分。
リハーサル時のスナップでは、先生の、すごく普通にしている姿が見られる。 文法事項の説明の際に手にしておられるファイルには台本がはさまっているらしい、 とわかった。 オープニングの衣装でのスナップも。
ジェニファーさんの写真は、下の前歯が写っていないものばかり。 《NHKフランス語会話>五月 16 日(水曜日)放送分》 に書いたように、下の前歯が一本前に出ているのだ。
2008-01-06 (0) 23:32:27 +0900
もしも 「ドイツ語に Übermensch という語がありますが」 と話すとしたら、ü はどう発音する? 私は、ドイツ語式に (厳密に言えば自分がドイツ語ではこうだと思っているように)発音する。 敢えてカタカナで書けば「ユーバー〜」だろうが、 絶対にこうは発音しない。
それでも、ドイツ語の ü の音が日本語にはいっているというわけではない。 こういうこともあるので、 英語の -si- の音が日本語にはいっているのかどうかはしっかり調べないといけない。 (多くの人が英語を習っているので外国語音として発音しているだけ、 という可能性もある。)
付) じゃあ常にドイツ語式かと言われるとそうではなく、 「〜メンシュ」のあたりは日本語式になりそうだ。 ただし「シュ」は無声化するので母音の音はほとんど聞こえない。 一般に、母音は原語風に発音するが、子音は日本語化してしまうような気がする。 私の場合。
2008-01-06 (0) 23:04:42 +0900
4日5日放送。 「のだめ」については、 《朝日新聞>「連弾」を「二台のピアノのための曲」と誤解していないか?》 で取り上げた記事を読んだぐらいで、ほとんど関心がなかったのだが、 フランス語学習のシーンがあるからと教えてくださったかたがあったこともあり、 見てみた。
特に二晩めを見て、 “のだめ”は音楽的にもだめな人間かと思っていたらそうではなく、 とてつもない才能を秘めているらしい、とわかってきた。 部屋が散らかり放題、ぐちゃぐちゃなのは、 数学でも研究室(=居室)がめちゃめちゃな教授がいるし、 初見ができないというのは、 3×3行列の逆行列を求めるところで余因子行列は成分が “転置”状に並ぶことを忘れて計算が合わなかった友人某のようなものなのだろう。 (本質とは関係ない技能は、 持ち合わせていなくても、全く恥じる必要がない。)
そう思ったら、ヒロインのあの話し方が、妙に鼻について、 感情移入しづらくなってしまった。
私のような素人が見てもおかしいなと思ったのは、 オーケストラの練習で、いったん音楽が止まったあとの再開時。 指揮者が練習番号何番からと言わないとオーケストラのメンバーに伝わらないはず。 あと、アナリーゼの授業で学生が議論していた内容が、 どれが第一主題だとかといった、音楽好きな中学生レベルの内容だった。
ライバルのフランス人指揮者を演じたジリ・ヴァンソンって、 「お・ばんざい」で大工の見習いやってた人じゃない! ああいう泥臭い役よりもこういうかっこいい役のほうが似合ってる。 (フランス人が日本の小さな工務店で働いているという “ギャップ”がおもしろかったんだろうけど、 それを出し切れてなかった感じ。)
上野樹里が主演なもので、 つい“20年後のちびまる子ちゃん”に思えてしまうことも。
フランス語学習については、 日本で見ていたアニメのフランス語吹き替え版をくりかえし見ただけでマスターしてしまう、 という設定。 まあ、スーパーマンの物語、ってことなんだな。
タイトルの「in」は何語のつもりなんだろう? 英語圏は舞台にならなかったし、 ドイツ語かイタリア語? 広辞苑第二版によれば、 「ヨーロッパ」はポルトガル語・オランダ語からはいったことばらしい。
2008-01-06 (0) 22:42:58 +0900
フランス語学習のシーンについての補足。 聞いたセリフを暗記できてしまうことは、ありえないことではない。 ただ、それだけでフランス語をマスターできてしまうところが、 人間離れしているのだ。 たとえば、j'ai .... という文章を覚えたとして、 それを tu を主語にして言うことができるのは、 母語のようにゆっくり習った場合か、 j'ai, tu as, il a, ... と文法としてマスターした場合だろう。
2008-01-16 (3) 02:51:49 +0900
放送を見ていたときから気になっていたのだが、 練習中、指揮者が演奏をほとんど止めずに口頭で指示を出していた。 実際には頻繁に止めるのでは。 演奏を止めると視聴者が聞いていておもしろくないと考えたのかもしれない。
これはあとで気づいたことだが、 あんなにオーケストラが鳴っている中で声が楽々通るなら、 歌手になれてしまうかも知れないのだ。 普通、そんな大きな声は出せないだろう。
2008-05-09 (5) 23:22:11 +0900
……のが現代人に対してはもっとも正確かつ適切なんだろうな。
“寒さがこれこれとなるころと言われています” というような説明がテレビ放送でなされていたが、 地域によっていつが寒いかは異なるはず、と思って考えてみた。 旧暦だけを使っていた人が「きょうは小寒」と聞くのは、 われわれが“きょうは新暦の一月6日ごろ”と知るのと何も変わらない。 よって、寒さについてわかることと言えば、 現代人が「毎年このあたりの一月6日ごろの寒さといえば……」 と考えるのと変わらないはず。 季節を予言する神秘的なものだったとの誤解がなければよいのだが。
2008-01-06 (0) 22:39:08 +0900
無声化してからその「ツ」を限りなく短くすると「ツィン」になるような。
2008-01-06 (0) 17:56:16 +0900
英語などの -si- を日本語に取り入れたときの 「スィ」がどういう音なのかに前から興味があり、 前項を書いたのもその視点からだったのだが、 より自然に発音できる「ツィ」の母音を観察してみて、 「イ」よりは口がゆるんでいること、 「ウィ」とは違う音であること、がわかったような気がする。 でも、調べたのは自分の発音だけなので、あまり確かなことは言えない。
その母音は子音なしでは使われないようだ。 子音と組み合わさるのは「スィ」「ツィ」「ズィ」ぐらい? だとすると、 外国語の音を取り込むためにできた特別な音?
と思ったが、/s/ のあとに「ウィ」を続けても英語の -si- に似た音が出せる。 そちらは「スゥィ」と書かれるべきもの? わからなくなってきた。
2008-01-05 (6) 02:10:27 +0900
ゲーム機の名前に使われたということは、 日本人の多くが(その短音であるところの)「ウィ」を発音できるということか。 これは /wi/ ととらえるべきもの? つまり、「ワ : ウィ = カ : キ」?
2008-01-05 (6) 02:03:29 +0900
桜井香織は架空かもしれないがたぶんありそうな人名。 全体は意味不明。
2008-01-05 (6) 01:48:08 +0900
本文ナシ
2008-01-05 (6) 01:46:36 +0900
「基礎論、基礎論、レモンの香り」と歌ってみる。 (元ネタは「シトロン、シトロン」なんだけど、 そのあとに「レモン」が Google で 1 件、「メロン」は 23 件。)
2008-01-05 (6) 01:35:08 +0900
どうも、昔から、関係するような気がしてならなかった。 木の根っこが棒のように地面から突き出しているというイメージか。
2008-01-05 (6) 01:32:28 +0900
ここから先はこれからアップロードする。
2008-01-09 (3) 01:36:03 +0900
現代語の表記には現代かなづかいのほうが歴史的かなづかいよりも適していると思うが、 その定義のしかたについては、前から不満に思っていたことがある。 個々の単語について、 歴史的かなづかいと現代の発音を知って、 これこれの規則に従って書き換えよという形で定義されているわけだが、 発音は誰が決めるのか。 たとえば「キュウリ」「ほほ」のように微妙な語はいくらもある。 だから、このやり方ではなく、 現代語の単語をすべて現代かなづかいで書いて見せるのが適切だが、 すべての単語を集めてくることは不可能なので、やむなくこうしているんだ、 と思っていた。
しかし、もしそうなら、 歴史的かなづかいで総ての単語を書き上げることも不可能なはずである。 歴史的かなづかいと現代かなづかいの対照表 (《現代かなづかいと歴史的かなづかいの対照表を見て歴史的かなづかいを学ぶ》 で取り上げたようなもの) を作ることも不可能になってくるはずだ。 もれている単語の歴史的かなづかいだけに使われているパターンがないとは限らないから。
だから、やればできるんだろうな。
付) 実際にやろうとすると、現代語の単語かどうかの判定がむずかしいかも。 もしそうなら、古語も含めて集めてもよい。 その場合、「と言ふ」をつづめた「てふ」を現代かなづかいでどう書くか、 というような問題にぶつかるが、それは少数だから。
2008-01-04 (5) 01:31:48 +0900
1981 年の第2刷。 編集部で内閣告示を整理したものとの断り書きがある。 あふぐ→あおぐ、たふれる→たおれる、のパターンを見落としたようだ。 これだけが、単純な対応でない、いわば例外的なパターンなので。
2008-01-04 (5) 01:04:43 +0900
去年の12月31日の朝日新聞ラジオ版を見ると、 「今日は一日英語講座」と銘打って、 6時からは基礎英語1、 9時30分からは基礎英語2、 12時15分からはレベルアップ英文法、 16時30分からは英会話入門、 18時30分からは英会話上級、 20時からは徹底トレーニング英会話、 22時30分からはビジネス英会話。 復習、ベストセレクションということで再放送ばかり(だと思う)。 体操、気象通報、外国語によるニュースを除いて、全部これだ。
年末年始は、邦楽や、 しみじみとしたインタビューや講演があったものだがと思ったら、 1月1日から3日はこのパターンは9時30分から17時40分まで。 1日が中国語講座、2日がハングル講座、3日がヨーロッパ系5言語。
西垣知佳子先生の「英語リスニング入門」 のときは再放送とわかっていても聞いたけど、ことしはパスした。
2008-01-04 (5) 00:28:13 +0900
2008-01-03 (4) 02:12:32 +0900
ワイウエオに変わった短音を
ジ、ジャジュジョ、ズの四つがな関連。 「じ・ぢ」が「じ・ぢ」に変わったわけだが、 「ぢ」の一部が「じ」に変わる、という変化である。 ほかの音もこれと同じパターンかというと、そうではない。
促音については、元は「く」「き」「つ」の三種類。
ウ段の長音については、子音を C とするとき、
オ段の長音。 「おおきい」のように書かれるものは歴史的かなづかいでは「おほきい」。 この例がある行とない行とがある。 この例外を除くと、
オ段の拗長音。
付)あまりきちんとまとまらなかった。未完というべきかも。
付)「短音」「ウ段の長音」「エ段の長音」「オ段の長音」「オ段の拗長音」 という分け方はちょっと意外だった。
2008-01-03 (4) 00:55:52 +0900
「ぢや→じゃ」の例としては、 「これは何々ぢや」のような、断定の助動詞「ぢや」があった。 この辞書の本文にも載っているのに、どうして表に入れなかったのだろう?
2008-01-04 (5) 01:49:15 +0900
Cyû と書いたのはカナ式でないローマ字式、 Cou と書いたのはカナ式ローマ字で、不統一があった。
以下はカナ式ローマ字で書くが、拗音は歴史的かなづかいでも小書きするものとする。 そういった歴史的かなづかいによるローマ字書きテキストは、 きちんとわかちがきをすれば、いま普通に見るテキストよりもわかりやすいと思う。 そのテキストにおいて、字体などを少々工夫すると、 現代かなづかいにもとづくローマ字つづりが示せると思うのだ。 上に書いたことをまとめなおしてみよう。
2008-01-09 (3) 01:33:19 +0900
岩波国語辞典第三版付録の表である。 これに、新日本式ローマ字をつけ加えることを考えてみよう。
以上は、訓令式ローマ字でも同じである。 日本式では zi/di, zu/du の書き分けをつけ加える。
付)この表は、歴史的かなづかいを学ぶ助けにしようと思っていたが、 それ以外にも役立ちそう。
2008-01-03 (4) 00:43:04 +0900
前項にやや関連。
現代かなづかいは、各単語を歴史的かなづかいでどう書くかと、 どう発音するかとを既知として、説明されている。 よって、この説明にしたがって現代かなづかいを理解しようとする限り、 歴史的かなづかいを知らないと現代かなづかいでも書けないことになる。
しかし、現代かなづかいによる単語集ができてしまえば、 それだけを元に現代かなづかいを学ぶことができる。
歴史的かなづかいだけが使われていた時代に歴史的かなづかいを学んだ際にも、 全く同様のことが行なわれていたことに注意。 すなわち、歴史的かなづかいで書かれた単語集があって、 それに基いてひとつずつ単語の書き方を覚えていったのである。
だから、この表は、現代かなづかいで単語集を作ろうと考える人向けのものである、 とも言える。
2008-01-03 (4) 00:28:29 +0900
前項の、「うるう」の三文字めの「う」は長音を示すものかどうかという点について、 岩波国語辞典第三版の付録「現代かなづかいと歴史的かなづかいの対照表」 を見てみた。 「ウ段の長音」には「ルウ」は載っていない。 ということは、この表は、 現代かなづかいでは「うるう」の最後の「う」は長音を示すものではない、 と主張していることになるのだろうか?
この表には、 歴史的かなづかいの「モフ」が「モオ」という音、 「もう」という現代かなづかいになった例もあがっていないので、 「思う」の「う」が長音を示すことでないことも言っていることになる?
以上二つの例から、 (カナ式でない)ローマ字で書くときにもこの表は役に立つ、 と言えるだろうか? 言えるとしたら、便利ではあるが、 発音式ローマ字でも歴史的かなづかいを知らないとつづれない、 とも言えるわけだ。
2008-01-03 (4) 00:23:54 +0900
《現代かなづかいと歴史的かなづかいの対照表を見て歴史的かなづかいを学ぶ》 を書いていて気がついた。 この表は、 「結う」が「ゆふ」から「ゆう」に変わったのをウ段の長音に分類している。 しかし、五段活用だからローマ字では yuu と書くことになり、 この観点からすれば「ふ」が「う」に変わったとみなすべきである。 (そのような例としては「買う」があがっている。)
そうだとすると、「結う」といっしょにあがっている「夕方」 はどうなるだろう? これも「ふ」が「う」になったとみなすなら、 yûgata ではなく yuugata と書かねばなるまい。 そう考えたことはなかった。ほかにこのパターンは?
2008-01-03 (4) 01:38:41 +0900
四段動詞「閏(うる)ふ」からきているらしい。 この語は現代日本語にはないが、 もしあれば uruu であり、urû ではない。 だから uruu とすべきだという考え方と、 現代語としてはこれ以外には使われないから urû でいいという考え方と、 両方があろう。
現代かなづかいには「いなづま」か「いなずま」かといった問題があるが、 それと似ている。 (カナ式でない)ローマ字では事情はずっと簡単だと思っていたが。
(前者の考えは、 「すべて語源にさかのぼってつづり字を考える」という考え方とは異なると思う。 現代人が容易に語源を感じ得るならそれに従う、というだけである。)
2008-01-03 (4) 00:19:21 +0900
ここでは、international week number の考え方を流用する。 すなわち、週とは月曜日から次の日曜日までとし、 四日以上がその月に含まれている週はその月に属しているものとみなす。 木曜日が何回あるか、と考えても同じこと。
この定義に基づき、一月1日の曜日と平年・うるう年の別によって、 各月が何週あるか、調べて表にしてみた。 スラッシュで区切られている数字が、 左から一月、二月、……、十二月が何週あるか、である。
一月1日 | 平年 | うるう年 |
---|---|---|
月曜日 | 4/4/5/4/5/4/4/5/4/4/5/4 | 4/5/4/4/5/4/4/5/4/5/4/4 |
火曜日 | 5/4/4/4/5/4/4/5/4/5/4/4 | 5/4/4/4/5/4/5/4/4/5/4/4 |
水曜日 | 5/4/4/4/5/4/5/4/4/5/4/4 | 5/4/4/5/4/4/5/4/4/5/4/5 |
木曜日 | 5/4/4/5/4/4/5/4/4/5/4/5 | 5/4/4/5/4/4/5/4/5/4/4/5 |
金曜日 | 4/4/4/5/4/4/5/4/5/4/4/5 | 4/4/5/4/4/5/4/4/5/4/4/5 |
土曜日 | 4/4/5/4/4/5/4/4/5/4/4/5 | 4/4/5/4/4/5/4/5/4/4/5/4 |
日曜日 | 4/4/5/4/4/5/4/5/4/4/5/4 | 4/4/5/4/5/4/4/5/4/4/5/4 |
5 週ある月は、年に4カ月か5カ月である。一年が 52 週か 53 週であるから。 5 週あるのが大の月だけになるのは火曜日始まりの年と、 水曜日始まりの平年だけである。 (←それがどうした。)
「三月から翌年の二月まで」にまとめ直してみよう。
三月1日 | 平年 | うるう年 |
---|---|---|
月曜日 | 4/5/4/4/5/4/5/4/4/5/4/4 | 4/5/4/4/5/4/5/4/4/5/4/4 |
火曜日 | 5/4/4/5/4/4/5/4/4/5/4/4 | 5/4/4/5/4/4/5/4/4/5/4/4 |
水曜日 | 5/4/4/5/4/5/4/4/5/4/4/4 | 5/4/4/5/4/5/4/4/5/4/4/5 |
木曜日 | 5/4/5/4/4/5/4/4/5/4/5/4 | 5/4/5/4/4/5/4/4/5/4/5/4 |
金曜日 | 4/4/5/4/4/5/4/5/4/4/5/4 | 4/4/5/4/4/5/4/5/4/4/5/4 |
土曜日 | 4/4/5/4/5/4/4/5/4/4/5/4 | 4/4/5/4/5/4/4/5/4/4/5/4 |
日曜日 | 4/5/4/4/5/4/4/5/4/5/4/4 | 4/5/4/4/5/4/4/5/4/5/4/4 |
平年とうるう年とで違い得るのは最後の二月だけであり、 実際に違っているのは一箇所のみ。 よって、平年だけを見ることにすると、 同じパターンはないことになる。
うるう年が四年に一度はいる期間においては、 連続した28年の間に、上の表の平年がそれぞれ3回ずつ、 うるう年が1回ずつ起こる。 各月について、5週あることが何回かを数えると、 一月、二月、……、十二月の順に12回、1回、 12回、8回、12回、8回、12回、12回、8回、12回、8回、12回となる。 その月の日数だけで決まる。当たり前か。 (28日の月がもしあれば0回。二月は実際には28日と四分の一日なので1回。 四分の一日が1回に相当する。)
年による区切りを考えに入れないことにすると、 連続する三カ月は最大で 31+31+30 = 92 日、最小で 28+31+30 = 89 日である。 13 週が 91 日なので、ほぼ三カ月に一度は 5 週ある月がはいる。 はいらないのは二月を含む場合のみである。 一月から三月、二月から四月については上の第一の表を、 十二月から翌年の二月については上の第二の表を見られたい。
付) NHKの語学講座のテキストは原則として月ごとに一冊だが、 内容が週単位でまとまっている場合、 ある月のテキストに前の月の終わり近くの日の放送分や、 次の月の初めのころの放送分が載っていることがある。 そういうのを計画する際には意味があるかも。 ただし、それらの番組は十二月31日と一月1〜3日を休むので、 上で調べたものそのままでは役に立たない。
2008-01-02 (3) 23:35:25 +0900
あの炎の正体はローゲなんだから、ローゲがだまされるかどうか、だよな……。
2008-01-02 (3) 21:45:23 +0900
炎を越えられるのはジークフリートだけなんだし、 彼はかくれかぶとを持っているんだし。 ブリュンヒルデがそう気づいていたら、その後の話はどう展開したか。 気づく演出ってないのかな?
新婚の夫が、妻を驚かそうとして、声色を使って帰ってくる、 ってのは(たぶん)よくあるよなあ……。
2008-01-02 (3) 21:39:12 +0900
…、いないかな。
2008-01-02 (3) 21:21:04 +0900
本文ナシ
2008-01-02 (3) 19:20:11 +0900
本文ナシ
2008-01-02 (3) 19:16:37 +0900
2008-01-02 (3) 02:01:15 +0900
「小便小僧はよく見かけるのに大便小僧がないのはなぜか」 と考えていたやつがいたが、真に対になるのは「大便大僧」では、と気がついた。 Google で 7 件。 「大便小僧」は 1,430 件。
2008-01-02 (3) 01:52:41 +0900
Google で 9 件。もちろん、どちらもナンセンス。
2008-01-02 (3) 01:50:46 +0900
わざわざ名前があるぐらいだから、カッコいいと思われているのだろう。
2008-01-02 (3) 01:46:18 +0900
Wikipedia で「アヴェロンの野生児」を見ていたら「〜のやせいじ」と “ふりがな”が振ってあって、思いついた。 「のや」は「野矢」。これは実在の姓だ。 「せいじ」には何十通りも漢字の当て方があろう。
2008-01-02 (3) 01:42:48 +0900
後者のほうが多いと思っていたから。 私の感覚では「歩む」のほうが雅語に近く、 このような比喩的な用法ではよりふさわしいと思うのだが。
元・プロ野球選手の新庄剛志氏の離婚発表で前者を見て。
2008-01-02 (3) 01:38:00 +0900
tubular neighborhood の訳語だが、 そもそもこの訳語を使うだけで私の出自が(以下略)。
2008-01-02 (3) 01:34:38 +0900
…「二毛作」の上をゆく「三毛作」のページがあるようで、全部で 11,600 件。 三毛猫のオスは超・珍しいそうだから、考えても無意味な名前か。
2008-01-02 (3) 01:29:47 +0900
先日、香林坊大和8階で入会者募集ののぼりを見て気づいた。 primely という単語は見たことがなかったが、 prime から類推するにカナで書けばプライムリーだろうし、 プライマリーと聞けば primary が思い浮かぶ。 そこにいた係員に尋ねてみたが、わからなかった(というか通じなかった)。
手元の辞書では primely は副詞なので、card にかかることはできない。
「daiwa primely card」で Google 検索すると 2 件、みつかる。 どちらもこのカードについて言及するページであるが画像はない。
香林坊大和のページ http://www.daiwa-dp.co.jp/tenpo/kourinbou/ から「友の会・カード」と書いてある付近のリンクをたどった http://www.daiwa-dp.co.jp/tomo-card/tomo-card.html では画像でこのこと(=primely と書いてプライマリーと読ませること) を知ることができる。
付) 辞書をひくまで、prime を素数の素だと思っていたので、 primely は「素に」かと思っていた。:-)
2008-01-02 (3) 01:13:47 +0900
付) おそらく、primary と書こうとして間違えたのであろう。 誰も気づかなかったのか。
付)URL にミスタイプがあったので修正した。
2008-01-02 (3) 19:09:05 +0900
ふとしたことで、 「ジュセリーノ・ダ・ルース」という名前の(自称)予言者のことを知った。 (検索の際は「ジュセリーノ」で十分なようである。 また、彼についての Wikipedia の記事はなかなかおもしろかったが、 いまはタイトルのみになっている。)
年末に(また)テレビ番組で取り上げられたらしく、 ネット上でもその真偽をめぐって議論が行なわれている。 公文書館(だったかな) に事件を予言する手紙のコピーを事件前に登録してあったから本物だ、 いや、手紙の日付は事件の前だが登録は事件後だ、 といった議論があるようだ。
じゃあ、もしも自分に予言能力があって、世のため人のため、 この力を役立てたいと考えたが、誰も信じてくれなかったらどうする、 と考えてみた。 まずは手ごろな事件について予言し、 それが当たればだんだんに認めてもらえるようになるだろう。 一つ考えついたのは、本を自費出版して国会図書館に納めること。 国会図書館は本が寄贈(でいいのかな)された日付を記録しているだろうから、 事件の前に本が納められていれば、これは証拠になる。 でも、それよりも簡単にできるのは、新聞に広告を出すことだ。 「私すのものは、*年*月にこれこれの事件が起きることを予言します」と。
2008-01-02 (3) 00:57:48 +0900
手元の漢和辞典によると全く違う意味である。 Google で「二十四節季」は 30,300 件。「二十四節気」は 275,000 件。
2008-01-02 (3) 00:50:43 +0900
画面上にそのようなものが表示されるゲームについて論じているページ。
「まばゆい肢体」は 158 件。山ほどあると思っていたのに、意外と少ない。
2008-01-02 (3) 00:47:02 +0900
ニセ札を作った時点で犯罪になると思うが、 「お金として利用したわけではない」と言い張れるかどうか。
2008-01-02 (3) 00:44:06 +0900
ニセ札が見つかって。
2008-01-02 (3) 00:43:13 +0900
「舞衣」と書いて「まい」と読ませるのはあるが、 これは音読みすれば「ブイ」だ。「ブイ」を返せばこれ「イブ」なり。
2008-01-02 (3) 00:42:03 +0900
「存ずる」は漢字の音読みからできたサ変動詞。
2008-01-02 (3) 00:40:26 +0900