白人の子どもの中には、 金髪を通り越して白髪に近い色の髪をしている子もいる。 そういう子が帽子を落としてしまったのを、 赤白帽の白をかぶっていると見間違える可能性があろう。
日本では髪の色は黒、 よって、赤にせよ白にせよ、帽子をかぶっていることがわかりやすい、 という前提で赤白帽が使われているのではあるまいか。
2011-04-09 (6) 00:01:04 +0900
……のではなかろうか。
2011-04-08 (5) 23:59:28 +0900
インターネットを自由に使い」とはどういうことか
7日月曜日づけ朝日新聞大阪本社版教育面の解説記事、 「伝統的入試の限界」「投稿事件 知識活用にカジ切れ」。
発想の転換で、 入試も作問や位置づけそのものを変える方向にカジを切ればどうか。 事件を逆手にとって、 インターネットを自由に使い、 何でも持ち込み可能な問題を課してみる。 受験生個々のオリジナルの解答を見る試験に変える。 伝統的なペーパーテストを維持しても論文やエッセーなどと組み合わせ、 評価方法を多元的にして、 入試そのものを相対化して判定することも考えていい。
「インターネットを自由に使い
」とあるが、
インターネットはすべての人に平等に開かれているのではない。
お金を出して
ID とパスワードを取得した人だけがアクセスできるページがあるではないか。
学習塾などは、
自分のところの生徒だけがアクセスできるページを用意するだろう。
《編集委員・山上浩二郎
》と署名あり。
付)
「受験生個々のオリジナルの解答を見る試験に変える
」
とあるのは、その前の段落に
《一つだけの解答をみんながこぞって当てるものではない
》
とあるのを受けていると思われる。
よくできた数学の問題 --- 当然、記述式試験となる --- の場合、
解法は一つだけではなく、
受験生の数学的センスが答案に現れるものだと私は思うが。
2011-03-12 (6) 00:23:56 +0900
琴丘は姓という設定。 全体では意味不明。
2011-03-12 (6) 00:17:53 +0900
……のが普通。
2011-03-12 (6) 00:15:35 +0900
江坂は姓、という設定。
2011-03-12 (6) 00:06:59 +0900
本文ナシ
2011-03-12 (6) 00:06:35 +0900
本文ナシ
2011-03-12 (6) 00:04:29 +0900
瀬田は姓。
2011-03-12 (6) 00:03:24 +0900
「卒業生」を「その学校を卒業した人
」と説明しているから。
2011-03-11 (5) 23:59:41 +0900
「地震」は「自身」「自信」などと同音で、聞いただけでは区別できないが、 古語の「なゐふり」を復活させればその問題は解決する。 ローマ字で書くときは、「無い振り」は nai huri, 「なゐふり」は naihuri と書いて区別する。
2011-03-11 (5) 23:52:49 +0900
本文ナシ
2011-03-11 (5) 23:51:35 +0900
《日本の「火葬」は真の意味での「火葬」ではないのでは?》 に書いたように、日本の普通の火葬は骨を土葬のように墓に納めるから、 「火葬+土葬」である。 散骨は、遺骨を海にまくとしたら、「火葬+水葬」と言えるのではあるまいか。
2011-03-11 (5) 23:36:16 +0900
色代は人名。全体では意味不明。
2011-03-11 (5) 23:32:50 +0900
本文ナシ
2011-03-11 (5) 23:31:39 +0900
本文ナシ
2011-03-11 (5) 23:30:54 +0900
本文ナシ
2011-03-11 (5) 23:29:50 +0900
本文ナシ
2011-03-11 (5) 23:28:38 +0900
本文ナシ
2011-03-11 (5) 23:24:17 +0900
本文ナシ
2011-03-11 (5) 23:23:34 +0900
2010年11月2日放送分のNHK「ラジオ英会話」は、 成人女性が“10歳のとき母を亡くし、 父は two years ago に結婚、 それから継母との間でトラブルが始まった”と話す、という内容を含むものだった。
two years ago は「いまから二年前」の意味だが、 最初に聞いたとき、“母親が亡くなった二年後に”と思い込んでしまった。 自分の頭の中で、“まだ幼いときに継母がきて、いじめられた” というストーリーを作ってしまったようだ。
付)ケータイにメモしてあったもの。
2011-03-11 (5) 23:12:57 +0900
本文ナシ
2011-03-11 (5) 23:11:51 +0900
意味不明。
2011-03-11 (5) 23:10:47 +0900
実の両親であることがわかっている場合には。 新聞でときどき見る言い方。
2011-03-11 (5) 23:07:47 +0900
本文ナシ
2011-03-11 (5) 23:06:38 +0900
新日本式ローマ字による。
2011-03-11 (5) 23:06:00 +0900
本文ナシ
2011-03-11 (5) 23:05:01 +0900
Wikipedia によると、昭和天皇、武烈天皇、天智天皇、清和天皇。 およそ30人に一人がこの日に亡くなったことになる。 1年365日または366日だから、 約12倍の頻度、ということか。
2011-03-11 (5) 22:58:58 +0900
同一カード三連戦が基本だから、それに勝ち越したら勝ち点1を得ることとし、 勝ち点で順位を競ったら、と考えてみたのである。 二連敗したら三つめは勝っても負けても同じ、となるのでだめか。
2011-03-11 (5) 22:53:21 +0900
事情によっては、摂政を立てるとか、皇室典範の改正とかの必要が生じる。
2011-03-11 (5) 22:40:52 +0900
第一放送は日本語、 第二放送は英語による地震関連ニュースがずっと流れている。
なんと、22時からの、第二放送の気象通報も中止。 多言語による津波警報が流れている。 「実践ビジネス英語」も中止。
2011-03-11 (5) 21:57:10 +0900
九州新幹線は、いまは新八代―鹿児島中央のみが開通しており、 博多方面から新八代までは在来線のリレーつばめ号を利用することになる。 新八代駅の新幹線ホームはひとつだけが用いられており、 ホームの片側には新幹線が発着し、反対側は、 最終的には新幹線の線路が敷かれる予定のところに在来線の線路が引き込んであって、 そこにリレーつばめが発着する。 ホームの反対側の列車に乗り換えればよいよう、乗客に配慮してあるのである。 (上りと下りが同時に乗り換えになることはないよう、 ダイヤが組んであるのだろう。)
あす、全線が開通するのだが、 少し前に、ふと、 リレーつばめが発着するホームを一晩のうちに新幹線用に改軌するのか、 あるいは一時的に三線軌条にするのかと思ったことがある。 実際には、そこはしばらく使われず、 のちほど新幹線用の線路が敷かれるそうである。
2011-03-11 (5) 21:55:53 +0900
博多方面から、下りのリレーつばめが到着し、 乗客が下りの新幹線つばめ号に乗り継いで鹿児島中央方面に向かうと、 残ったリレーつばめは車内の清掃、座席の反転などをし、 鹿児島中央方面から上りのつばめが到着するのを待つ。 そして、上りのつばめから乗客が乗り継ぐと、博多方面に向かう。 今度は残ったつばめの車内の清掃、座席の反転を行なう。 これのくり返しだった、ということだろうか。 想像だけど。
2011-03-13 (0) 22:03:58 +0900
すぐにケータイでニュースを見て、震源地を知った。 震源地から判断して、 東京よりここ金沢のほうが揺れが大きいかと思ったが、 東京の実家にメールしてみたら、東京のほうが大きく揺れたようだった。
2011-03-11 (5) 21:53:12 +0900
東京よりも金沢のほうが北にあるので、震源地に近いかと思ったが、 東京のほうが金沢よりも東にあって、震源地に近いのだった。
2011-03-13 (0) 22:09:57 +0900
携帯電話の電池残量表示は、おおよその目安にしかならない。 くりかえし充電して使っていれば、フル充電しても使える時間は短くなる。 「三つ」が「二つ」に減るまでの時間と 「二つ」が「一つ」に減るまでの時間の比は、一定ではあるまい。
もしも、 同じ充電式電池が中に三つ格納されている電池があったらどうだろうか。 まず一本目が使われ、それがなくなると二本目に自動的に切り替わる。 これだと、 「三つ」が「二つ」に減るまでの時間と 「二つ」が「一つ」に減るまでの時間が同じになると思う。 充電するときは、 残量ゼロのものだけ充電するように設計しておく必要があるか。
2011-03-11 (5) 01:57:46 +0900
《これだと、
「三つ」が「二つ」に減るまでの時間と
「二つ」が「一つ」に減るまでの時間の比が一定になると思う
》
と書いてあった部分を
《……時間が同じになると思う
》に改めた。
2011-03-13 (0) 21:59:07 +0900
「矢ガモ」というのはいっとき使われた言葉。
2011-03-11 (5) 01:50:25 +0900
だいだいの色、と言っているのだとすると、 色のあるものにはすべて「色」をつけて色名にできてしまう。 そうしている日本語と、そうでない言語との差ではないのか?
2011-03-11 (5) 01:47:15 +0900
英語では gray だけなのが、 日本語では「灰色」「ねずみ色」などいろいろある、といわれるが、 これらが「灰の色」「ねずみの色」と言っているだけなら、英語でも the color of ash, the color of rats などと言えるのではなかろうか、 というのである。
2011-04-08 (5) 23:54:15 +0900
受けないかな、と思っただけ。
2011-03-11 (5) 01:46:08 +0900
「コンピューター」を「コンピュータ」と書くようになっても。
2011-03-11 (5) 01:44:48 +0900
JIS規格に幽霊漢字があるのがえらいミスのように言われることがある。 実際、文字ごとに出典を示しておかなかったのは失敗だと思うが、 では、漢和辞典には幽霊漢字はないのだろうか?
2011-03-11 (5) 01:42:15 +0900
本文ナシ
2011-03-11 (5) 01:41:02 +0900
主題歌の歌詞。 ずっと、ウルトラセブンに向かって「火を吐く大怪獣を倒せ」 とはげましているのだと思っていたが。
2011-03-11 (5) 01:37:03 +0900
これもNHKラジオで聞いたのだが、 年間三万人にのぼる自殺者を減らそうという話。 一般人を対象としたインタビューの中で、 ある人は「生きていればいいことがあるかもしれないから」と言っていたが、 《時間制限つきバイキングと、「もっと生きたい人もいる」と自殺を止めること》 に書いたように考えると、 「そのうちまたおなかが空くかもしれないから」 と言われるようなもので、 「2時間以内にまたおなかが空くなんてことはあり得ない!」 と反発するのではなかろうか。
2011-03-11 (5) 01:29:16 +0900
3日木曜日の21時30分から、 NHKラジオ第一放送の「浪曲十八番」で 「名月狸ばやし」を聞いた。 (題名は「日本浪曲協会」のウェブページで確認した。)
親ダヌキが寝込んでしまったので子ダヌキが人をばかして食べ物を稼いでいる。 松の枝に化けて、人間が間違えてそこにかけたものを盗もうというのである。 ある日、きこりたちの弁当はうまく盗めた。 また、心中しようとその枝に男女が帯をかけて首をくくったときは、 重さに耐えきれず、正体を現してしまったのであわてて逃げた。 子ダヌキは、後日、そのきこりたちに捕まってしまうが、 そこに先日の男女が現れて、きこりたちにお金を払って子ダヌキを買い取り、 おみやげをもたせて帰してやる。 もしも先日だまされずに本物の枝に帯をかけていたら、 いまごろは生きていなかったからである。---
あとで気づいたのだが、 化けたタヌキをつかまえたきこりたちが、 見知らぬ男女にそのタヌキを売るだろうか? その男女もタヌキの化けた姿で、 あとでお金は木の葉になってしまうかも、 と考えるのではなかろうか?
2011-03-11 (5) 01:17:30 +0900
そうすることで、映画で描かれているような結末に至ることを予期していた、 と考えることはできないか? そうだとすると、 ベイダーにはもはや善の心は残っていないと言っているセリフと矛盾するが、 わざとそう言うことで、ルークの心を動かそうとしたのかも知れない。
たぶん違うと思うが。
2011-03-11 (5) 01:14:21 +0900
本物のアミダラ女王たちはドロイド兵に捕えられ、 ニーモディアン二人組のところへ連れてこられる。 そのとき、部屋の外に女王の替え玉が現れると、 ニーモディアンたちはそちらを本物だと思って、 そちらをドロイド兵たちに追わせる。 その結果、ドロイド兵たちが手薄になったところで女王たちは逆転勝利を収める。 (Wikipedia には、ニーモディアンは替え玉の女王しか見ていなかったため、 そちらが本物と間違えたのだ、と説明してあった。そうかも知れない。)
ニーモディアンから見た場合、どちらが本物であるにせよ、 逆に敵に囲まれたらおしまいなわけで、 部屋の中のドロイド兵を“本物の”女王追跡にまわしたのは判断ミスではないか?
2011-03-11 (5) 01:05:47 +0900
V のルークは出血しない。VI のベイダーは義手だった。 新三部作では焦げあとのようになり、やはり血が出ない。 最初の作品だから、あとと整合性がやや悪い部分があるのだろう。 あのシーンは、実はオビ=ワンがライトセーバーで切ったのではなかった、 などということはあるまい。
2011-03-11 (5) 01:02:59 +0900
本文ナシ
2011-03-11 (5) 00:05:46 +0900
常用漢字にはいる前からよく使われていたと思う。
2011-03-11 (5) 00:00:13 +0900
「尿」の字音かなづかいが「ねう」。
2011-03-10 (4) 23:57:08 +0900
「ちどう」と音読みする語に「き」が続いたと思わないのはなぜだろう?
2011-03-10 (4) 23:56:10 +0900
……。
ルーク対ベイダーのライトセイバー戦の勝負がつき、 ベイダーがルークをダークサイドに誘惑するときに立っている場所は、 手すりはあるが床の周りにふちがない。 床の端にいきなり棒が立っており、その上を手すりがつないでいる。 垂直に立っている棒のかげが、床の上でまっすぐであることから、 ふちはないとわかる。
職場で、似た場所に立ったことがあるが、 あれは恐ろしかった。足がすべれば、手すりの下から落ちてしまう。
付) 最初の段落は、タイトル行から本文に続かないことを示すためのもの。
2011-03-10 (4) 21:55:24 +0900
大学入試において、携帯電話を用いたカンニングが発覚した。 防止策がいろいろ言われているが、 現実的な方法として、「解答時間中は両手は机の上に出しておくように」 というのはどうだろうか。
この後期日程の入試からすぐにというわけにはいかないだろう。 「急に姿勢を変えることを求められては調子が狂う」 という受験生がいるかも知れないからだ。 でも、来年度からなら十分可能だと思う。
2011-03-10 (4) 00:48:06 +0900
2011-03-09 (3) 02:44:06 +0900
NHKラジオが言っていたのだと記憶しているが、 熊本の女児遺棄事件では、犯人の特定には役立ったが、 犯罪を防ぐことはできなかった。
もちろん、 防犯カメラがあったため犯行を思いとどまった人がいることは想像に難くない。
2011-03-09 (3) 02:35:05 +0900
6日日曜日づけ朝日新聞大阪本社版教育面 「あめ はれ くもり」は国立特別支援教育総合研究所・総括研究員の廣瀬由美子さんで、 タイトルは『誰でも「読める」教科書を』。
そのひとつが文章の改行の全面的な改良だ。 例えば
次の円の面 積を求めな さい。というように単語が行末と行頭に分かれると、 単語を一つのまとまりとして捉えることが難しい子どもがいる。 だからこれは、
次の円の面積を 求めなさい。とする。こうすれば障害のある子どもだけでなく、 多くの子どもにとって読みやすい。 読めることは理解することの大前提。 大切な配慮だ。
普通の書籍では、このように改行することはない。 決まった字数で改行する。原稿用紙もそう使わなければならない。 それを変えて、単語の区切りで改行することで、 すべての人に“やさしい”ものができるなら、 わかち書きを取り入れることが大切になってくるのではあるまいか。
付) ブラウザによっては区別がつかないかも知れないが、 上の引用では、引用の中の引用の次で段落を変えている。 原文がそこで一文字下げになっているためである。 私は、下げない方が理屈にあっていると思うが。
2011-03-09 (3) 02:09:40 +0900
ミーメとジークフリートのハンマーの音は、舞台では歌手が叩いて出すが、 スタジオ録音の場合、おそらく、打楽器奏者が“代奏”するのであろう。 その人の名前も書くべきでは、というのである。
2011-03-09 (3) 01:09:40 +0900
NHKは 12 時を 0 時と呼ぶ 12 時制を採用しているのは、 番組を見聞きしていればわかる通り。 しかし、「実践ビジネス英語」3月号巻末の、 来年度の放送予定表では、「時」が一ケタのとき、 「06:00-06:15」のように、十位に 0 を置いている。 また、正午に終わる番組の場合、 「11:45-00:00」と書いて、「11:45-12:00」としない。
むかし、安田悦子先生や福井芳男先生の時代の、 「フランス語講座」の再放送が正子ちょうどに終わったっけ。 あのころのテキスト、どこかにとってあるはず。実家かな?
2011-03-08 (2) 23:07:20 +0900
NHKの Web ページにもう予定が公開されている。 放送時刻は3月号のテキスト巻末に載っていた。
これだけかな。 「まいにちフランス語」の4〜6月は杉山利恵子先生だが、 これは2009年10〜12月の再放送なのでパス。 7:30-7:45 なので、目覚まし代わりに使えるか。 10〜3月は「新作」とあるだけで担当者不明なので、 注意していなければならない。
2011-03-08 (2) 22:51:24 +0900
こないだまで知らなかった。 フルブラウザですら見られないので、ダメだとばかり思っていた。 (メール添付の pdf ファイルが見られることは知っていた。)
2011-03-08 (2) 20:26:47 +0900
統計的にはあり得ない、7割の人が「(平均よりも)上》
2011-03-06 (0) 02:28:24 +0900
前項を書く際、確認のため、i-mode から Yahoo! JAPAN
のニュースのうちの一つを見たら、
たまたま、《入試投稿「騒いで逮捕させた」
「監督こそ問題」京大に抗議殺到
》という産経新聞の記事で、
「そう思う」「そう思わない」は次の文章だった。
万引きされる店が悪い、ってのと同じ理屈
悪いことをして罰を受けるのは当然だし、 その覚悟が無いなら最初からやるべきではない
二番目の文章はおいておいて、
《万引きされる店が悪い、ってのと同じ理屈
》の部分。
単なる万引きとは異なる面がある。
「合格」を商品にたとえるなら、商品の数に制限があるからだ。
予約しておいたのに、
「万引きされたのであなたにお売りできる商品はなくなりました」
と言われたら怒る人が多いだろう。
予約のはいっている商品は、客の手が届くところにおいてはいけない。
それを守らなかった店は、非難されてもしかたあるまい。
2011-03-06 (0) 02:18:11 +0900
たしか i-mode から Yahoo! JAPAN のニュースを見ていて、 記事につけられた「そう思う」「そう思わない」で見たのだと記憶しているが、 むかしは携帯電話なんかなかったんだから、 携帯電話は持ち込み禁止に、 という意見があった。
公衆電話の激減を考慮に入れないと。
2011-03-06 (0) 02:10:22 +0900
5日土曜日づけ大阪本社版第一面 「しつもん! ドラえもん」とその答えによる。 平均するとそうかもしれないが、 関ヶ原の雪のため20分ほど遅れるのが当然というような遅れ方は、 もうしていないのだろうか?
東京に住んでいた20年以上前には、 京都・大阪に向かうために使っていたから、 問題はなかった。 仕事でここ金沢にきてから、 東京―金沢を米原経由で移動しようとすると、 東海道新幹線の遅れが気になるのだ。 たいていは北陸本線の在来線が待っていてくれたが。 (いまは上越新幹線とはくたか号を利用するので関係なし。)
もしもいまでも冬場には20分ほどの遅れがでているなら、 これも、単なる平均値で論じてはいけない例になる。 改良案としては、各日の平均を求め、それの最大値をとるとか。
2011-03-06 (0) 01:36:37 +0900
本文ナシ
2011-03-06 (0) 01:33:48 +0900
5日土曜日づけ朝日新聞大阪本社版オピニオン面「耕論」は
「ネットカンニング」。
《ブロガー・プログラマー
》の小飼弾(こがい・だん)さんがこう言っている。
今の受験は、自分で解く力だけが尊ばれている。 もしかするとそれは違うんじゃないか。 あえて今回の事件からヒントを得ようとすれば、 そういうことじゃないですか。 本当にカンニングをなくしたいなら、 パソコンでも何でも持ち込み可のオープンな試験にして、 ネットからの情報も参照しながら、 単なる引き写しじゃないユニークな解答を出せる学生を選べばいい。
そうした場合、受験生の間で相談することも認めることになるわけで、 全員が同一の答案を出す可能性がある。 その場合は一人もとらなくていいのなら大学側は助かるが、 定員までは必ずとらないといけないとしたら困ることになる。 また、 そのような形態の試験にふさわしい問題を作って、 ユニークさを判断基準として採点するのは、 ほとんど不可能に近いと思う。
私自身の経験からして、 この方法が適用できるのは大学院博士課程の入試からだろう。 少しでもよいからオリジナリティーのある修士論文を書いていることが前提となり、 それに関連した口頭試問が行なわれるから、 見て参考になるものは試験の前までに見ておくのが当然であり、 たとえその場で何を参照してもよくても、 見ているひまはほとんどないのだ。
この人は、興味深い発言もしている。
いっそ、 大学の講義についていける必要最低限の学力だけをセンター試験のような共通テストでチェックして、 後はくじ引きでランダムに選んで入力させたほうがフェアだと思いますね。
数校の難関校を除くほとんどの大学が課している入試の問題は、
《大学の講義についていける必要最低限の学力
》
をもっているかどうかのチェックになっていると思う。
くじ引きには賛成できないが、
必要最低限の学力をもっている受験生の数は、
日本中の大学の学生定員の合計を越えないと思うので、
何らかの方法でうまく分散してもらえば、くじ引きは回避できると思う。
《聞き手・尾沢智史
》とあり。
2011-03-06 (0) 00:50:42 +0900
もしも上の第一の引用にあるような入試が行なわれた場合。
ネットにある情報を調べるだけでなく、 ネットを通じて誰かに頼んで、解答を用意してもらうことが可能である。 もちろん、お金を払って頼むのである。 そうなると、お金持ちのほうが有利であることは間違いない。
たとえば、お金を払って家庭教師と複数の調査員を雇っておき、 試験開始直後に問題を家庭教師にメールで送ると、 そこからさらに調査員たちに調査依頼が出て、 試験が終了する前には家庭教師が調査結果をうまくまとめた解答が返ってくる、 というようなことが可能になるのだ。
学習塾や予備校は、最初の依頼のメールの送り方と、 解答の受け取り方、受け取った解答の写し方だけを磨かせ、 あとは「いくら払えば、試験時に何人の調査員をご用意できます」 というようなものになってしまうのではあるまいか。
そう思ったら、引用しなかった次の段落のことを思い出した。 原文では、上に引用した二つの段落の間にあるのは次の段落であり、 次の段落のみである。
そもそも、 「自分で解く力」だけを測ることが公平なやり方なのか。 難関校の入試問題は、 高校の普通の授業を受けただけでは解けないものが多い。 私立の中高一貫校の子や、 金をかけて塾通いをしていた子が圧倒的に有利になる。 極端にいえば、 親の経済力で決まってしまう。
これだけのことを憂慮している人が、 私が上に書いたようなことに気づいていないとは思われない。
2011-03-09 (3) 00:55:23 +0900
提出されたレポートが、 ネット上の情報の丸写しかどうかを判定するシステムを作った大学教員がいる、 と読んだことがある。 この人の言うような入試が行なわれたら、 当然、すべての答案をそのようなシステムでチェックするだろう。 ここで、この人の肩書きの一つ、 「プログラマー」からゲスの勘ぐりをするなら、 そのようなチェッカーをすり抜けるように自動的に文章を書きかえるプログラムを書いて “ひともうけ”することを計画している、 とも考えられるのではあるまいか。
2011-03-12 (6) 00:36:11 +0900
そうすれば,それだけ収入が増える。 受験生の側はライバルにも答えが渡ることになるが, それがいやなら,より高額で独占契約を結んでもらう。
2020-08-16 (0) 20:59:33 +0900
「左手入力」にどういう意味があるのだろう?
図には
《右手で答案用紙に書き写す
》、
《携帯電話を左手で股の間に隠して操作
》
とある。
右利きが多いから、
左手で入力したのは珍しいと思ったのだろうか?
私も、ペンは右手だが、携帯電話の入力は左手だ。 それまで使っていた固定電話の場合、 右手でメモをとるため、左手で受話器をもつことが多かった。 それにならって左手にしたんだったかな?
2011-03-06 (0) 00:21:04 +0900
風邪が治りかかったところに、 集中して絶対に期限までに終わらせねばならない用事がはいり、 その後、その疲れか、風邪のぶりかえしか、 しばらくのあいだ床についていて、携帯電話で読めるニュースと、 NHKラジオのニュースしか見聞きしていなかった。
今回のケースは、 誰もが読み書きできるサイトに入試問題を投稿したため、 事後に証拠が残り、逮捕につながった。 私には、股の間に携帯電話をはさみ、 試験監督員の目を盗んで打ちこんでいたという供述は信じられない。 もしそれが本当なら、 すでに、同じ手法で問題を仲間にメールで送り、 その回答を受け取る、という不正に成功していた者がいる可能性が高いと思う。
2011-03-05 (6) 18:06:39 +0900
2011-03-02 (3) 08:27:04 +0900
最後に合わせたのはいつだったか、記憶がない。 過去のいつかに、 カレンダーを進めなければならない二月末に合わせ、 そのままにしたら一年でどのくらい狂うだろうか、と考えたことがある。 去年の夏には、30秒以上進んでいた記憶がある。
なるべく針合わせをしないのは、 分針と秒針がずれていると気持ちが悪いから。
2011-03-01 (2) 21:58:15 +0900
最後の段落への補足を。 針合わせをすると、 秒針が12時の位置をさしているのに分針が「分」 の目盛りの上に載ってない、という状態になってしまうことがある。 その場合、気持ちが悪いのでやり直す。 それがめんどうなのである。
2011-03-08 (2) 20:37:01 +0900
ヨハネ 19,25-27 に、 十字架上のイエスが自分の母を弟子のひとりにゆだねる記事がある。 そこだけを読む限り、 イエスは復活後に母と会うことを想定していないように思える。
2011-03-01 (2) 21:57:42 +0900
一つは、「重要なことを見聞きしたら、それをしっかりメモするように」の意味。 もう一つは、「しっかりメモすることが重要だ」の意味。
2011-03-01 (2) 21:55:32 +0900
本文ナシ
2011-03-01 (2) 21:52:13 +0900
本文ナシ
2011-03-01 (2) 21:51:08 +0900
hot coat という英語があるかどうかは知らない。 暖かいコートなら warm coat になるだろう。
この時期、職場の同僚が一つの部屋に集まる機会がある。 そこで聞いた「ほっとこうと」から思いついたもの。
2011-03-01 (2) 21:42:04 +0900
実際に、試験時間中にそれが掲載されていたと目撃した人はいるのだろうか?
2011-02-28 (1) 22:37:30 +0900
a, b が互いに素のとき ax + by が動く範囲は、 という問題は Shell ソートに関連して出てくる。
2011-02-28 (1) 22:36:30 +0900
10x + 12y のとる値は、2 の倍数のみ。 10x + 12y = 2 (5x + 6y) だから、 5x + 6y のとる値を調べる。 y = 0, 1, 2, 3, 4 のとき、とる値を書きだすと次のようになる。
1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 y = 0 5 10 15 20 y = 1 6 11 16 21 y = 2 12 17 22 y = 3 18 23 y = 4 24よって、20 以上の整数はすべて値にとる。 (これは Shell ソートを教えるときに書いてみせるもの。 ax + by で a と b が互いに素の場合、(a-1)(b-1) になることが知られている。)
上の考察から、10x + 12y + 15z は、 z を 0 に限ると 40 以上の任意の偶数に値をとる。 z を 1 に限ると 55 以上の任意の奇数に値をとる。 53 は、z = 0, 1, 2, 3 のいずれの場合も、 10x + 12y + 15z = 53 をみたす x と y が存在しない。
よって、答えは 54 以上の任意の整数には値をとるが、53 にはならない。
12y + 15z の部分からスタートすると、この部分は 36 以上の 3 の倍数は表せることがわかり、 それに 10x が加わると、46 以上の「3 の倍数 + 1」の形の数、 56 以上の「3 の倍数 + 2」の形の数が表せることがわかる。 で、55, 54 は表せるが 53 は表せないことを個別に見ることになる。
10x + 15z からスタートすると、この部分は 10 以上の 5 の倍数を表せる。 それに 12y が加わると、22 以上の「5 の倍数 + 1」の形の数、 34 以上の「5 の倍数 + 2」の形の数、 46 以上の「5 の倍数 + 3」の形の数、 58 以上の「5 の倍数 + 4」の形の数が表せる。 で、57, 56, 55, 54 は表せるが 53 は表せないことを個別に見ることになる。
2011-03-05 (6) 22:38:36 +0900
一番左は a のつもり。これを太文字で書く際、
#### #### #### ## # ## # ####### # # ### # # # # # ### # # # # ## ### ## # ## # # # ## # # # # # ### # ### # ### #縦ベクトルのときはまん中のように、 横ベクトルのときは右のように太くして区別しては、という冗談。
2011-02-28 (1) 22:22:43 +0900
携帯電話の内側のカメラは直径2ミリメートルほど、 厚さは6ミリメートル以下。 コードは髪の中を通し、からだにはりつけた送信機から送信する。 不可能ではあるまい。
2011-02-28 (1) 22:18:34 +0900
「互いに異なるどの二つも互いに素」と言うのが正しい?
2011-02-28 (1) 22:16:43 +0900
本文ナシ
2011-02-28 (1) 22:15:26 +0900
y = x + 2 のグラフの傾きは 1 だが、分度器ではかれば傾き 45° となる。
これでいいのかな? 中学・高校の教科書で確かめておこう。
ラジアンを習えば、π/4 でもある。
2011-02-28 (1) 22:12:10 +0900
広辞苑第六版で存在を確認。
2011-02-28 (1) 22:08:42 +0900
意味も音も似ているが、かなづかいは異なる。 前項を書いていて気がついた。 ただし、「通り」は tohori にさかのぼるので toori と書く、という考え方もある。
2011-02-28 (1) 22:07:08 +0900
本文ナシ
2011-02-28 (1) 22:03:54 +0900
いま、aicezuki を i-mode から Google で検索したら 「もしかして: akizuki」と出た。 azuki ice は「あずきアイス」。
2011-02-28 (1) 21:29:35 +0900
『すのものの「純正律について」』(ファイル名 zjunseiricu.html) を 『すのものの「純正律について」(その1)』(ファイル名 zjunseiricu1.html) に変更した。
新たに、非常に簡潔な紹介 『すのものの「純正律について」』 を書いた。
これに伴って、 最初のページと 『すのものの「純正律について」(その2)』 内のリンク先を変更した。 「いろいろ」内のものはそのままとする。
2011-02-26 (6) 22:00:36 +0900
2011-02-26 (6) 21:37:55 +0900
統計的にはあり得ない、7割の人が「(平均よりも)上》
本日づけ朝日新聞大阪本社版 be on Saturday の b9 面掲載の 「勝間和代の人生を変える『法則』」。 今回の法則は、前項に引用しておいた。
日本で行われた実験では、 運転免許を持っている人のグループで、 自分の運転テクニックがそのグループの平均より上か、 平均並みか、下かと各人に評価してもらうと、 統計的にはあり得ない、 7割の人が「上」と答える結果になりました。
仮に10点満点として、7人が10点、残りの3人が0点だと、 平均は7点で、7割の人が平均より上になる。 小学生でもわかることだが、何か私はカン違いしているのかな?
もう一点。
《初心者のうちは平均以下だったりします
》とあるのは
「平均未満」のつもりだと思う。
2011-02-26 (6) 21:27:25 +0900
日本や米国において、 平均よりも収入が多い人と少ない人とがちょうど半分ずつではないことは、 経済に関心をもつ人なら誰でも知っていると思う。
2011-03-05 (6) 23:59:31 +0900
大半の人は、自分を平均以上だと思っている
本日づけ朝日新聞大阪本社版 be on Saturday の b9 面掲載の
「勝間和代の人生を変える『法則』」。
今回の法則は、最後の部分を省略してタイトル行に引用しておいた。
全体を引用すれば
《大半の人は、自分を平均以上だと思っている --- 自信過剰バイアス
》
である。
この法則自身については、なるほどな、と思って読んだのだが、 それで「自分はこの法則を平均以上に理解しているのだ」 と思うと(以下略)。
2011-02-26 (6) 21:21:52 +0900
[sibumaga] → [sibmaga] → [simmaga] のような変化が起こるのであろう。 最初しばらく、なんのことだかわからなかった。
2011-02-26 (6) 21:17:59 +0900
たとえばイスの足がとれてしまった場合。
2011-02-26 (6) 21:16:58 +0900
少し前のニュース。 省略できるものは何でも省略しちゃうんだな。
2011-02-26 (6) 20:38:45 +0900
中島恒雄は実在するかもしれない人名。 「中島、お熱」と「中島、マジかな」の組み合わせにすぎないが。
2011-02-26 (6) 20:35:04 +0900
「早(はよ)う、せい」だと、hayô sei なので yôsei がそのまま含まれるが、 「早(はよ)、うせい」は hayo, usei なので。
2011-02-26 (6) 20:31:21 +0900
しかし、Google で調べてみると 「"バウムクーヘン"」が 6,810,000 件、 「"バームクーヘン"」は 8,320,000 件。 何かおかしいな。原語は Baumkuchen なのに。
2011-02-26 (6) 20:22:27 +0900
授賞式を忘れちゃったりして。
2011-02-26 (6) 20:21:25 +0900
古語辞典にも載っている。
2011-02-26 (6) 20:05:01 +0900
「大原」に(旧カナで)「おはら」とふりがなを振る例はある。 (「小原」は「をはら」。)
2011-02-26 (6) 19:55:52 +0900
地名を入れるとしたら、前者は「**を通りまする」、 後者は「**で通り魔する」だから助詞が違うのだが。
2011-02-26 (6) 19:53:37 +0900
一二週間前、NHKラジオ第一放送の番組で歌っていた。
2011-02-26 (6) 19:47:33 +0900
2011-02-26 (6) 00:41:23 +0900
漸化式 an+1 = f(an) が与えられたとする。 これで定義される数列の収束・発散を論じる際、f のグラフを利用する方法がある。
f のグラフと、y = x のグラフを同じ座標平面内に書く。 x 軸上のある点から上または下に進み、f のグラフとぶつかったら、 左右に進んで y = x のグラフとぶつかる点をさがす。 今度はそこから上または下に進み、f のグラフとぶつかる点をさがす。 これをくりかえしていって、収束・発散が明らかな場合は収束・発散がわかる。
f を C1 関数とし、 ある数 a が a = f(a) をみたし、f'(a) が -1 と 1 の間だと仮定する。 すると、1 未満のある正の実数 r が存在して a を含むある開区間で f'(x) は -r と r の間にあるから、 平均値の定理により |an+1 - a| < r|an - a| が成立し、 この数列は a に収束することがわかる。
f'(a) = ±1 の場合は、いろいろなことが起こる。 二次関数が y = x に接する場合を考えてみても、である。
f'(a) = 1 だが、a を含むどんな近傍をとっても、a に収束するのは a から始めた場合に限る、という例が存在する。f(x) = x の場合である。 それよりは珍しい例として、次を考えた。 C として y = x2 + x のうち x >= 0 の部分を考える。 これは y = x と原点で接する。 C' として x = y2 + y のうちの y >= 0 の部分を考えると、 これもそうである。 C 上に (1, 2) を、C' 上に (2, 1) をとり、これらを線分で結ぶ。 次に、C 上に (c, 1) を、C' 上に (1, c) をとり、これらを線分で結ぶが、 両端の点は除く。 次は、C 上に (c, c') を、C' 上に (c', c) をとり、これらを線分で結ぶ。 これをくりかえしてゆくと、ある関数のグラフが得られる。 C と C' の間にはさまれていることから、f'(0) は 1 であるが、 0 に収束するのは 0 からスタートした場合に限る。 そのほかの点からスタートすると、 その点が 0 以外の固定点であるか、involution になるかである。
2011-02-26 (6) 00:08:59 +0900
ある掲示板で、part という英単語を知らない人を見た。 高等学校は卒業し、自衛隊にいたというのに、である。 テレビなどで「Part 2」のように書かれることがあると思うが、 そういう人は、これの意味がわからないのだなあ、と思った。
2011-02-26 (6) 00:05:46 +0900
本文ナシ
2011-02-26 (6) 00:04:36 +0900
本文ナシ
2011-02-26 (6) 00:02:53 +0900
本文ナシ
2011-02-26 (6) 00:01:10 +0900
帯に《「日本語をローマ字にせよ!」
》と書いてある。
その下には
《敗戦後の国語改革は、
アメリカの漢字廃止策から始まった
》
とある。現代の普通の読者にとっては目新しい、
GHQによる日本語のローマ字化案のことを帯にもってきて、
人目を引こうというのであろう。
しかし、「日本語をローマ字にせよ!」はどう考えてもおかしい。 「日本語」は言語であり、 「ローマ字」は文字の種類であるからである。 このままでは、「Nippongo」と、 「日本語」という語をローマ字にして書いて見せるのが正解、 となるかもしれない。 「日本語をローマ字化せよ!」なら意味が通じるが、 ローマ字化とは何かを知らない人にはわからない。
六分の一ほど読んだ。おもしろい資料も載っているのだが、 その解釈は私とは正反対なことが多い。
2011-02-25 (5) 23:46:53 +0900
そして、 「日比」は「日本とフィリピン」 と頭の中で理解されるべきであってそう読まれるとは限らないのと同様、 というような説明がいるのではあるまいか。
2011-02-25 (5) 23:34:11 +0900
「パルジファル」はあの劇場ができてから、 あの劇場の音響効果を念頭においてワーグナーが書いた作品、 と言われる。 あそこでのライブ録音はあるが、あそこをスタジオにして録音したものはあったっけ?
2011-02-25 (5) 23:32:15 +0900
18日金曜日放送分のビニエットの内容について。 レストラン側が、客が選んだ料理を「Good Choice.」とほめると、 ほかのはよくないと言ったように聞こえるとか、 客の服装、髪型、化粧をほめるのは、 ほかの誰かを傷つけることになるかもしれないからよくない、 という話が出たところで、登場人物の一人、後藤洋子が 「Good point.」と感心しているのだが、 これは、すばらしいと思って、つい、 その避けるべきフレーズを口にしてしまったところがおもしろいのか、 それともこれは構わないのか。
放送では何の説明もなかった。
2011-02-25 (5) 21:42:27 +0900
18日金曜日放送分のビニエットに登場。 do はアポストロフをつけてから s をつける。 don't はそのまま s をつける。 (Word Watch にもこのことは書かれていた。)
2011-02-25 (5) 21:41:34 +0900
以前、
《「自殺のあとしまつ」を読む / 前にも読んだけど》
に書いた、ブログ
「自殺のあとしまつ」。
《義弟の3回忌を持ちましてブログを凍結させて頂きます
》とのことで、
昨年十月の記事を最後に、凍結されていた。
しばらく、自分のことで精いっぱいで、訪問していませんでした。
2011-02-21 (1) 20:25:12 +0900
Google で、偶然並んだのを除けば、1件もなし。 あるブログのコメントで見たものだが、その後、修正されてしまった。
2011-02-21 (1) 20:21:18 +0900
「遺書」の「遺」は「のこす」の意味。
2011-02-21 (1) 20:04:22 +0900
瑛太と永山絢斗という俳優の父親が首つり自殺したとのニュースを、
ケータイで読んだ。
パソコンから Google で検索して見つかったニュースをいくつか読んだが、
父親が経営していた焼き肉屋に従業員がいたのかどうかが、わからない。
両親は離婚していたとのことなので、
母親が店に出ていたとは考えにくい。
《第一発見者の姉
》と書いているサイトがあったが、
誰の姉なのか不明。
別のページによると、年齢からして、自殺した父親の姉のようだ。
亡くなってしまった人はどうしようもないが、
もしも従業員がいて、これで店を閉めてしまうならば、
その従業員たちは仕事を失うことになる。
それが気がかりだったのだ。
《共同経営者
》の話を載せているページはあった。
いまさらに見ていたら、500 円ランチをやってみたが
《1日5人しか来なくて人件費のほうがかかって
》
と書いているニュースがあったので、
やはり従業員はいたようである。
2011-02-21 (1) 19:11:57 +0900
16日水曜日放送分のビニエットに 「its solid reputation's the best possible form of advertising.」 という箇所があった。 レストランの話だったので、 最初は salad reputation, すなわち、サラダの評判だと思って聞いていた。
2011-02-21 (1) 19:10:55 +0900
ここから先はこれからアップロードする。 風邪で寝込んでいたため。
2011-02-25 (5) 21:51:39 +0900
おとといの22時の、 NHKラジオ第一放送のニュース。 民主党の小沢一郎氏について、「トーイン資格停止」と言っていたが、 「党員」なのか「登院」なのか、しばらくわからなかった。 前者のつもりらしい。
2011-02-16 (3) 00:09:19 +0900
(a+b)2 >= 2abのように書くと、二行目が引用と間違われるかも、というのである。
2011-02-16 (3) 00:07:25 +0900
「1/x を 1 から ∞ まで積分したもの」は ∞ だが、仮に、 これが有限の値だったとしよう。 x = 2t と置換すると、dx = 2dt だから、それは 「1/(2t) を 1/2 から ∞ まで積分したもの」× 2 となって、 「1/t を 1/2 から ∞ まで積分したもの」と等しくなる。 すると 「1/x を 1/2 から 1 まで積分したもの」が 0 となって矛盾。
面積で考えて、横を半分にして縦を二倍にのばすと、と考えると、 この計算は納得がゆく。 積分をしらない相手にも、説明できるか。 この面積は有限ではありませんよ、と。
2011-02-16 (3) 00:02:21 +0900
2011-02-11 (5) 03:11:39 +0900
あおりたてるつもりはまったくないが。
2011-02-11 (5) 03:06:25 +0900
1月29日土曜日づけ朝日新聞大阪本社版 be on Saturday の e1 面の 「うたの旅人」はポール・モーリア楽団「恋はみずいろ」。 続きである e2 面にこうある。
そして、 この質問に答えた誰もが 「優れた仕事をした人間も自分の故郷では認められない」 という意味のことわざ、 元々は新約聖書ルカによる福音書第4章にある 「預言者は故郷に戻れない」を引いた。
ルカ 4,24 の、
「預言者は、自分の故郷では歓迎されないものである
」
(口語訳)のことではないか。
原語は dektos で、戻れないとは訳せないと思う。
ウルガタは acceptus だから、やはり
「受け入れられない」であろう。
《文・中島鉄郎
》と署名あり。
2011-02-11 (5) 02:33:11 +0900
小書きの文字が二つ続いたら、その中間の音を意味すると決める。 ただし「っ」は例外。「ひょっこり」のような例があるから。 ここでは、その前に「ギ」の子音がつくから、原音に近くなる。
戯れに考えたにすぎないが。
2011-02-11 (5) 02:27:35 +0900
1月30日日曜日づけ大阪本社版読書面の、
阿辻哲次〈著〉「戦後日本漢字史」の、
ノンフィクション作家、保阪正康氏による書評。
阿辻氏は当用漢字などにおける字体の変更を批判しているそうだ。
そのあとに、
《近年は別字の意味も曖昧(あいまい)だとして、
巳と己を例に
「巳(み)は上に、
己(おのれ)己(つちのと)下につき、
半ば開くれば「已(すで)に已(や)む已(のみ)」
と教えられた区別は何だったのか、と嘆く
》
とあるのだが、
この三文字が戦後の文字改革で同じ漢字とされたことはないはずである。
前の常用漢字時代の資料しかないが、それによると、
「己」は教育漢字であり、あとの二つは常用漢字外である。
「藝」の新字は「芸」だが、 ルカ 11,42 にも出てくるウンコウの「ウン」はこれとそっくりで、 区別するのがむずかしい。 また、「弁」は複数の旧字をこの一つの新字体に変更してしまったため、 新字から旧字への機械的な書き換えができなくなっている。 これらとは全く違う話である。 「巳」「己」「已」の三文字の間に混同が起きているとしたら、 それは単なる間違いにすぎない。
《それから現代のパソコン、ワープロまでの漢字の歴史を辛辣
(しんらつ)な筆で俯瞰(ふかん)する。
戦後の漢字改革として、
たとえば当用漢字(千八百五十字)の制定などには批判を浴びせる。
千年余の歴史をもち、
今なお東アジアで用いられている漢字を勝手に、
たとえば〓を神と変える当用漢字表字体表では、
ころも、衣服を意味する〓と似て区別がつきにくくなった。
旧字を新字にすることで漢字の意味は死んでいく
》
(〓は、一つめは「神」の正字、二つめはころもへん)
と新字体を批判するなら、
原則として新字体を表示する電子機器も批判されるはずで、
それによりかかった
《パソコンの字体がそうだから、二点しんにゅうのまま常用漢字に、という意見》
は足場がぐらついているように思える。
《東アジアで用いられている漢字
》
とあるが、東アジアはふつう、日本を含む。
ここの議論はよくわからない。
また、この書評は
《漢字は精神文化だ、と著者と共に叫びたくなる
》
と終わっている。
「精神文化」と言われると、戦前への回帰かと気になる。
新潮選書か。読んでみるか。
2011-02-11 (5) 00:31:46 +0900
1月30日日曜日づけ大阪本社版読書面の、
村上隆〈著〉「芸術闘争論」の、
精神科医、斎藤環氏による書評に、
《ピカソやデュシャン以降におけるコンテクスト≒美術界のルールを学ぶべきなのは
》
という部分があるのだが、「≒」を、
縦書きの中で、
数式で普通に使う向き、すなわち横書きの向きのままで使っている。
コ ン テ ク ス ト ≒ 美 術 界 の ル ー ルという風に。一瞬、何かと思った。 等号「=」は、おなじ新聞の教育面の算数の話の中で、 縦書きの中で「||」のように書かれている。
2011-02-11 (5) 00:08:10 +0900
…いないだろうか?
8日火曜日づけ朝日新聞大阪本社版第一面に 『「携帯壊れた」「機種変更した」』 「疑惑力士の調査に壁」という見出しがあった。 これを読んで、 八百長疑惑のある力士の調査にあたって、 部屋に閉じ込めて壁を両側から狭めてゆく拷問で自白させる、 と思った人はいないだろうか。
| −−−−| | | | | |−−−− |のようにして四方からせばめてもよいのだが。
2011-02-10 (4) 23:59:03 +0900
手元の 1999 年版「理科年表」で確かめた。 春分が 10 時 46 分、秋分が 20 時 31 分。 ついでに書くと夏至が 4 時 49 分、冬至が 16 時 44 分。
だから、 春分の日と秋分の日をともに固定するようにうるう年を置くことはできない。 (2月29日以外に、 春分の日から秋分の日の間にもうるう日を置けることにすれば別。)
せっかくだから、間隔を計算しておこう。 春分から夏至までは 92 日と 18 時間 3 分、 夏至から秋分までは 93 日と 15 時間 42 分、 秋分から冬至までは 89 日と 20 時間 13 分。 三つ合わせて 276 日と 5 時間 58 分。 一年は 365 日と 5 時間 48.768 分なので、 冬至から翌年の春分までは 88 日と 23 時間 50.768 分。 決して等間隔ではないのだが、 任意の年の春分、夏至、秋分、冬至の時刻だけを見ると、 だいたい6時間ずつ戻ってゆく。
2011-02-09 (3) 01:57:18 +0900