本文ナシ
2011-04-06 (3) 00:16:29 +0900
「お気に入り」の上で手が滑って、偶然、 NHKの「まいにちフランス語」のページにアクセスした。 そうだ、いま再放送しているんだ。 《2011 年度(三月28日から)に視聴する予定のNHK語学番組》 参照。
先生とミカエルさんの写真は、本放送時と同じもののようだが、 今回のほうがより広い範囲が写っている。 先生の左肩の後ろに見えるのはミカエルさんの左手だろうか? スーツの肩からそでが下がっているように見えるので、 違うかな、とも思う。
ストリーミングで聞きながら、聞きながらでもできる仕事をした。
2011-04-06 (3) 00:05:37 +0900
小畠は姓。
2011-04-05 (2) 01:37:17 +0900
1日金曜日放送分のビニエットに spaghetti という語が出ており、 訳文には「スパゲッティ」とあるが、 講師の杉田敏先生の(日本語としての)発音は「スパゲティー」だった。
「スパゲッティ」と「スパゲティー」は実際に発音し分けることができる。 「スパゲッティー」という発音をする人もいて、 さらに「ゲ」を鼻濁音で発音する人もいるから、 少なくとも6種類の発音がある。
2011-04-04 (1) 22:32:35 +0900
先日、アパートに帰ってきて、郵便受けを見ていたら、 「こんばんは」と声をかけてあとからはいってきた若い男性。 手に荷物を持っており、服装から宅配便の人だとわかった。 私はエレベータで上がったら、途中階で、 その人が住人に荷物を手渡ししているのが見えた。
階段を上り下りする際のものすごい音に反感を持ったこともあるが、 宅配業者かもしれないのだった。 エレベータを使わないのは、階段をかけ上がったほうが速いこと、 エレベータは住人が使うものという考えからではあるまいか。
2011-04-04 (1) 00:20:14 +0900
本文ナシ
2011-04-04 (1) 00:18:54 +0900
プロパティでキー配列を見られることがわかったが、 シフトしたときどうなるのかを見る方法が不明である。
2011-04-04 (1) 00:14:43 +0900
リクエストを受け取る側が、 「こういう希望があったら、ぜひリクエストしてください」と言うのはわかる。
Google で「"ぜひリクエストします"」は 23 件。 ほぼすべて、「リクエストします。ぜひかなえてください」の意味だろう。
NHKのラジオ番組でときどき聞くような気がするのだ。この句。
2011-04-03 (0) 23:57:42 +0900
岩波国語辞典第三版で「反感」をひいても熟語としては載っておらず、 「買う」をみて、Aのほうだとわかった。 思っていたとおりで、よかった。 恨みや冷笑など、ほかのものも“買う”ので、熟語とはいえなくて当然である。
ネット上では、 「反感を買う」の意味で「反感を買われる」と書いている例がある。 「反感を持たれる」との混用か?
2011-04-03 (0) 23:49:54 +0900
歴史的かなづかいによる。 宇多田ヒカルは実在するミュージシャンの名。 裏が際だつとはどういう意味かは考えていない。 「浦際だつ」とも解釈できる。
Hikaru と ura の間に回文となる文字列を入れてもよいから、 「Utada Hikaru sura kihadatu」(宇多田ヒカルすら際だつ)ともできる。 kura(倉)、tura(面)、mura(村)、zura(ズラ)、bura(ブラ) などともできるが。(ズラはかつらの俗称。)
2011-04-03 (0) 23:41:00 +0900
VI で、イウォークたちにイウォーク語でいままでのことを語るとき、 オビ=ワン・ケノービという固有名詞が聞き取れる。 ルークはほとんどの場合「ベン」と呼んでいるので、 ベン・ケノービと言うほうが自然ではないか、と思ったら、 IV で C-3PO はオビ=ワンのしたことをどのくらい見ていたかが気になって、 また DVD を見てしまった。
オビ=ワンの初登場のときは (おそらく)サンド・ピープルに腕をもがれて倒れていた。 オビ=ワンの家についてルークに腕をつけてもらうと、 オビ=ワンの話が核心にはいる前にルークの許可を得て自分で電源を切る。 ルークが父の形見のライトセーバーを試すのはそのあとである。 酒場でオビ=ワンが剣を使うところでは、 ドロイドだからという理由で外に出されていた。 デス・スター内でのオビ=ワンとベイダーの戦いは、 最後の部分を見ていたかどうか。見ていないように思う。
ただし、オルデラーンまでの旅の途中、 オビ=ワンがルークにフォースの手ほどきをしていたのは見ていたはず。
VI にいたるまでの間にルークがオビ=ワンのことを話したのであろうから、 おかしいわけではない。
2011-04-03 (0) 22:22:24 +0900
赤の端子は赤の端子と、白の端子は白の端子と、というように。 だから、 「同じ」とか、それに準ずる「対応する」のような語を伴わないといけない。
この感覚が普通かどうかはわからない。
「新郎と新婦は父親同士が同級生」は自然に思える。
2011-04-03 (0) 22:22:24 +0900
「親同士がけんかしている」は父親と母親がけんかしているの意味らしいから、 「両親がけんかしている」か「親たちがけんかしている」で済むところ。 だが、 両親が力を合わせてほかの人を相手にけんかしているのではない、 という意味が出るか。
「親同士の婚活イベント」は、結婚する本人たちでなく、 その親たちの間で行われる婚活イベント、の意味であろう。
「子どものいじめ、親同士のいじめ」は、 子どもたちの間のいじめが親の間のいじめに発展して、 という意味で使われている。
2011-04-03 (0) 22:18:07 +0900
本文ナシ
2011-04-03 (0) 21:28:16 +0900
私はうっかりそう言いそうになるのだが、 「AとBの親が結婚」で十分であろう。 これには「A」と「Bの親」が結婚ととられる可能性もあるか。 それを防ぐために「同士」を入れたくなるのだろうか?
名詞のあとにつく「同士」の本来の意味の用例は広辞苑第六版によれば 「いとこ同士」「乗客同士のけんか」。 「AとBはいとこ同士」というのは 「AからみてBはいとこ、BからみてAはいとこ」という意味。 「いとこ」という語の意味するところから必ずこうなるのであって、 「同士」は不要だが。
これとは違うよな。上のは。
2011-04-03 (0) 21:19:51 +0900
親たちが再婚、という実例は聞いたことがあるが、 親たちは兄妹または姉弟だった、というケースも考えられる。いとこ婚のとき。
2011-04-03 (0) 21:14:39 +0900
そのどちらなのか不明、ということはないだろうか?
2011-04-03 (0) 21:13:38 +0900
アクサンつきの文字は、昔はメールの字化けの原因になっていたが、 最近はうまく通ることが多くなってきた。 そこで、新しくとった無料のメールアドレスから、 フランス語で「私は数学者です」と書いたテストメールを送ろうとしたが、 つづり字を思い出せなかった。 そのあと、じゃあ英語なら思い出せるかと思ったが、自信なし。 mathématicien と mathematician だが。
付) 最初、「自分の職業」と書こうかと思ったが、 数学者としてお金をかせいでいるわけではないから、 職業ではない。
2011-04-03 (0) 19:02:18 +0900
表をテキストファイルにコピーすると、 項目間の間隔が、たとえば、スペース一つになる。 それだと縦がそろわないので、 自分でスペースを入れて、 プロポーショナルでないクラシカルなフォントのエディタで表示したときに、 元の表と同じように見えるようにしたい。
簡単だと思って始めたら、結構むずかしい。 空欄を含んでいたせいだと思う。
2011-04-03 (0) 01:21:16 +0900
2011-04-03 (0) 01:20:18 +0900
2日土曜日づけ朝日新聞大阪本社版社会面の、
《後藤泰良
》と署名のある記事。
今回の大震災の被災地の取材のため、海岸の近くを
《歩いていたら、「何してんだ」と後ろから大声で呼び止められた。
「津波が来る。乗れっ」。軽トラックの荷台に乗った男性数人が手招きして叫んでいる。
海岸線までわずか5メートルほど。緊迫した雰囲気に慌てて、荷台に飛び乗った
》ら、
その自動車は《高速で高台へとかけ上が
》って止まった。
それから、乗っていた人たちが情報を集め、
《結局、津波注意報が解除されたとわかり、
元いた場所に送ってくれた
》とのこと。
これは完全に善意に基く行動だが、 「津波がくる!」と声をかけて、自動車に乗せて誘拐するやつが出そうな予感がする。 「知らない人の車に乗ってはいけません」と小さいとき言われたが、 「津波!」と言われればそっちが優先、ということになると。
2011-04-03 (0) 01:04:30 +0900
2011-04-02 (6) 01:26:52 +0900
ヨハネ 11,31 にある。 当然、拝みにゆくのではない。
日本では墓に行くことを墓参といい、死者をお参りすることになる。 外国では墓に行って何をするのか、 《朝日新聞>アーリントン墓地を訪れた人は何をするのか書いてほしかった》 で疑問を投げかけたが、一つの答えが新約聖書にあったわけだ。
2011-04-01 (5) 22:18:34 +0900
日付と曜日の関係は毎年変わる。 NHKの語学番組の各月の始まりはある週の始まりだが、 それ何日にするかは、毎年、誰かが考えて決めるのだろう。
International week number(週番号)というのがあり、 それを使って4月は第14週(平年なら4月5日、うるう年は4月4日を含む週)から、 などと決めることも考えられる。
しかし、日本ではゴールデンウィークや(いわゆる田舎の)お盆、 それに年末年始があり、そこに再放送週をもってくるようなので、 週番号だけでは決められないと思う。
2011-04-01 (5) 21:57:31 +0900
これで4週分。 4月30日までのもう一週を含めて全部で5週、とはしなかったのだ。 (放送があるのは水・木・金・土曜日。土曜日はその週の再放送だけである。)
再放送週をどこかに入れるのであろう。 ゴールデンウィークかもしれない。 去年は 《五月3日からの週は「ラジオ英会話」も「実践ビジネス英語」も再放送だった》。
2011-04-01 (5) 21:50:24 +0900
3月31日放送分のNHKラジオ「実践ビジネス英語」の
Quote ... Unquote は
「At 50, everyone has the face he deserves.
」だったが、
これを言った(か書いた)人、George Orwell の生没年は
「1903-50
」となっている。
ちょっと皮肉のようにも見えるが、こういうこともありえるわけだ。 亡くなって三年後に墓を掘り返し、 棺の蓋をあけて顔を確かめたりはしていないだろう。
2011-04-01 (5) 21:46:53 +0900
送信済みメールを保存するように設定しているが、 必ず Cc を自分に送るので、それがつけば送信済みメールは不要となる。 MS-DOS の時代には、両者を Vz で比較してから捨てていたが、 いまは単に捨てている。 でも、ときどき、送信済みメールと Cc の両方を消してしまうのではないかと、 不安になることがある。そのときは、ヘッダのないほうが送信済みメール、 として判断すればよいのだった。
2011-04-01 (5) 02:08:10 +0900
三月末で切れる、実習用のアカウントを、三月30日に整理した。 私は二科目もっていたので、アカウントも二つ持っていたが、 片方の、私一人で担当した授業のは手が覚えていた。 8文字までなら、数回打てば覚えられると思う。 忘れたら、 配布されたアカウントとパスワードの一覧を見ればよいだけのことだが。
もう一台、ほとんど使っていない WS のパスワードも、手が覚えていた。不思議。
2011-04-01 (5) 00:46:41 +0900
新しいパートナーは、ヘザー・ハワードさん。 内容は、Daily Quiz がなくなり、 かわりに Daily Exercise がはいった。 これは普通の英語の試験問題みたいだ。
Daily Quiz は遅れずに発音するのが大変だったが、それなりに楽しかった。 これからは、ビニエットに合わせて読む練習をしようか。
2011-04-01 (5) 00:40:25 +0900
ビニエットを再度聞いてから、練習問題に移るところの音楽も変わった。
なお、三月30日、31日の放送分では、杉田敏先生が
「質問に含まれる語句は、ビニエットからとったものですが、
必ずしもビニエットの内容とは、関係ないかもしれません
」
とおっしゃった。「必ずしも」の“係り結び”がおかしい気がする。
「関係あるとは限りません」で受ければよいのか?
2011-04-01 (5) 20:10:35 +0900
少し前の「ラジオ英会話」の聞き取り問題の架空CMに出てきた単語。
2011-03-31 (4) 21:57:10 +0900
今週の「ラジオ英会話」の聞き取り問題の架空CMに出てくる単語。
2011-03-31 (4) 21:18:23 +0900
2011-03-31 (4) 01:35:57 +0900
そうすれば、前項のような悩みを持つことがなくなる。 「行き」「帰り」などは名詞と動詞連用形とで同じ送りがなである。
2011-03-31 (4) 00:54:09 +0900
「おはなしいただきます」が、「お召し上がりいただきます」 と同じ構文だと気づけば、この「(お)はなし」は動詞であるとわかり、 「お話しいただきます」が正しいことがわかる。
「おはなしをしていただきます」は「お話をしていただきます」である。
ローマ字なら ohanasi itadakimasu, ohanasi o site itadakimasu で、 区別する必要がない。
付) 「お召し上がりいただきます」は、 居酒屋などのメニューの突き出しのところにときどき書いてある。 書いてある店の突き出しはうまくないことが多いような気がする。
2011-03-31 (4) 00:43:29 +0900
「そっと目くばせチャーシューをいつもおまけに 2-3 枚
」
の主語は、その前の歌詞に出てきた娘で、
おまけして「くれる」のだと思って聞いていたが、
自分が目くばせをしてチャーシューを盗んで乗っけていた、
とも解釈できるのだった。
2011-03-31 (4) 00:19:27 +0900
三人の帝国軍兵士たちの揺れる方向がまちまちなのだ。 DVD の解説音声によると、V の怪物の腹の中で揺れるシーンでは、 監督が動く方向を役者たちに指示したという。 それから改良されたようで、 VI で帝国軍の Stardestroyer がシールドを失って揺れるところも、 うまくなっている。
2011-03-30 (3) 20:53:12 +0900
その前の宇宙戦は何のためにやっているんだっけ? みぞに沿って飛んで、と作戦会議で言われているので、それでいいんだが。
2011-03-30 (3) 20:24:55 +0900
作戦会議でのCGではそのようにも見える。 「も」としたのは、手前と奥の区別がつきにくいからである。 《ジェダイの復讐>CGで、新デス・スターがエンドアを回る向きが逆になる》 参照。
エンドアの戦いでは、 新デス・スターが特定の方角に止まって見えるという話はないよな。
2011-03-30 (3) 20:16:09 +0900
単に占領して機能を止めればよかったのでは?
2011-03-30 (3) 20:12:46 +0900
2011-03-30 (3) 01:44:32 +0900
本文ナシ
2011-03-30 (3) 01:39:47 +0900
ヨハネ 19,34 に、十字架上のイエスがすでに死んでいるのを見て、
《しかし、ひとりの兵卒がやりでそのわきを突きさすと、
すぐ血と水とが流れ出た
》とある。
2011-03-30 (3) 01:39:19 +0900
Sunami は角南と書く姓。
2011-03-30 (3) 01:38:20 +0900
本文ナシ
2011-03-30 (3) 01:36:08 +0900
壮太は人名。 「わが闘争」はヒトラーの著書名。
2011-03-30 (3) 01:32:48 +0900
14日月曜日づけ朝日新聞大阪本社版「声」に載った、 大阪府吹田市の機械コンサルタント、小倉正直さんの 「英語発音、日本人訛りでOK」。
おそらく、ここで言われているのは、 いわゆる「カタカナ英語」、すなわち、 日本語の中に外来語としてはいった英単語の読み方で押し通す、 という意味ではあるまい。 たとえば、tomato は「トマト」ではなく「タメイトウ」のように発音するが、 それがネイティブと全く同じでなくても通じる、という意味だと思う。 (この人の、英国での研修会に参加した、という体験談を読むと。)
ただ、読者の中に、英語学習とはどういうものかわかっていなくて、 カタカナ英語で通じるんだ、という誤解が生じないかと心配した。
付) 投書者名を書いた理由は、 《この「いろいろ」で、一般人の投書を取り上げる場合にも投書者名を書く理由》 をご覧ください。
2011-03-30 (3) 01:21:32 +0900
「タメイトー」と書いていたのを「タメイトウ」に改めた。 最後の母音は二重母音だから。 「タメイトウ」と書いても最後の「トウ」は「ト」の長音に発音されてしまう、 だったら「タメイトー」でいいだろう、という意識が働いたようだ。
2011-03-31 (4) 00:38:58 +0900
私は最初見たときドキッとした。
2011-03-30 (3) 01:16:09 +0900
大阪本社版テレビ面。 大震災関連の番組ばかりで、通常の放送は少なかった日。 「試写室」の「癒しのメロディ エリック・サティの世界」の中で。
なんでこんなのが目についてしまうのだろう?
2011-03-30 (3) 01:10:32 +0900
昨日28日から新年度が始まった。 メンバーは変わらず、オープニング曲も変わらずだが、 あいさつのことばは少し変わった。 エンディングは変わらず。
2011-03-29 (2) 22:04:10 +0900
18日金曜日、25日金曜日放送分。 講師の杉田敏先生。「高低」でも読まれたが。 私はつねに「高低」のアクセントで発音する。
「出る杭は打たれる」ははっきりと「低高(低)」で発音された。
なお、クリス松下さんにとってこの番組に参加されるのは今回が最後。 先生からそのむねの説明と、クリスさんからのごあいさつがあった。
付) 「低高(低)」の最後の「(低)」は後に続く助詞の高い低いを表す。 念のため。「橋」と「端」はこれで区別される。
2011-03-29 (2) 21:23:36 +0900
17日木曜日、24日木曜日放送分。 講師の杉田敏先生。 私は、文字通り、ホタルの光を意味するときと、 歌の題名を意味するときとでアクセントを変えている。 が、先生は歌の題名を、普通の意味のホタルの光と同じに発音された。
私は、幼稚園か小学校で、よく意味がわからないまま「ほたるのひかり」 をまとめて覚えたのかも知れない。
2011-03-29 (2) 20:48:53 +0900
本文ナシ
2011-03-29 (2) 20:27:44 +0900
ずっと、ボブディランの曲がかかっていたのだと理解していたが、 片隅にボブディランが座って聞いていたとも解釈できることに気がついた。
もしもボブディランが聴覚に障害をもっていて“聞く” ことができない場合は後者の意味にならないが、 この仮定は偽であろう。
2011-03-29 (2) 19:47:22 +0900
12日土曜日づけ朝日新聞大阪本社版社会面の記事による。 また、そういう情報がツイッターやフェイスブックで交換されたということだ。
何年か前、あそこで学会があった。 また、その後も、前を通った記憶がある。
2011-03-28 (1) 02:39:52 +0900
《明治大学リバティタワー前に守衛らしき人が立っていた》 参照。
2011-03-29 (2) 20:23:18 +0900
人が合理的であるのには限界がある --- 限定合理性の理論」
12日土曜日づけ朝日新聞大阪本社版 be on Saturday の b9 面、 「勝間和代の人生を変える『法則』」。 今回の「法則」はタイトル行に引用しておいた。
人間一人ひとりの行動は、 なるべく合理的であろうとします。 すなわち、自分の喜びや効果を最大にする選択をしようとするのです。
しかし、残念ながら、 私たちの情報収集能力や認知判断力には限界があるとともに、 将来の不確実性も伴うため、 必ずしも完全にうまくいかないことを表したものです。
合理的というのは、 その時点で目的に最も近い結果を残せるような選択をする態度であろう。 そこに、将来の不確実性を持ちこむと、議論は混乱するだけではないか。 たとえば、目的地まで行く道が二つあるとする。 出発する前に、その時点までに得られた情報を元に考えたとき “正しい”と思える道を選ぶのが合理的な姿勢であり、 実際にその道を行ってみたら想定外のできごとが起きて、 もう一つの道を行ったほうがよかった、としても、 最初の判断が合理的でなくなるわけではない。
また、より合理的な判断をコンスタントにできる人と、 限られた情報だけで、「えいやっ!」と判断して、 結局、うまくいかない人に分かれる理由も、 限定合理性で説明できます。
そうかなあ? この記事を読む限り、 すべての人の合理性には限定があるというのが法則の述べているところであって、 人によってそのレベルが違う、とは言われていない。 また、ある人は完全な合理性を持っているが、 ある人は限定的な合理性しか持っていない、と考えても説明がつく。
判断に必要な客観的な情報をどれだけ手に入れているか、 その情報をバイアスなく認知できるか、 さらに、自分は判断を誤る可能性があるから、 間違っているとわかっていたときに、 瞬時に判断や行動を変えられるか――それらが私たちに求められる 「合理性」だと考えられます。
この前半は「人は間違いを犯すもの」というだけの事実で説明がつく。 後半、特に最後に「合理性」と書いているが、 今回の法則が正しいなら、この合理性にも限界がある、 ということになろう。
また、合理的か合理的でないかを判断するのもまた人間であって、 その判断の合理性も問題になろう。
2011-03-28 (1) 02:15:48 +0900
12日土曜日づけ朝日新聞大阪本社版 be on Saturday の b4 面、 「柳井正の希望を持とう」。
そうしたパフォーマンスよりも、 公務員の給与を思い切って3割減らし、 いまの2倍仕事をしてもらうような仕組みを考えて欲しい。 民間では、ここ数年で2割、3割、給与カットされている企業がざらにある。 民間よりも身分が安定している公務員が、 民間より高い給与をもらうのは理屈に合わない。
「理屈に合」うかどうかは別として、 「公務員が、民間より高い給与をもら」っているかどうか。 それは、「ここ数年」の前には民間と公務員の給与がほぼ同額であった、 という前提がないと成り立たない。 また、「ざらにある」というが、何割がそれに当たるのか、 も重大だ。
2011-03-28 (1) 02:08:40 +0900
12日土曜日づけ朝日新聞大阪本社版 be on Saturday の b2 面、
「be ランキング」は「私が愛した芥川賞作家」。
《1935年上半期の石川達三から2010年下半期、
朝吹真理子、西村賢太まで149人の芥川賞受賞者から、
好きな作家を5人まで選んでもらった
》
とあるが、受賞を辞退した高木卓は含まれていたのだろうか。
人数があがっているから、調べればわかるはずだが、面倒なのでやめ。
《坂本哲史
》と署名あり。
2011-03-28 (1) 01:56:55 +0900
SFの古典スター・ウォーズ6部作が》と書いている
5日土曜日づけ大阪本社版 be on Saturday の e6 面
「今さらきけない+」は「昔の映画の立体化」。
《SFの古典スター・ウォーズ6部作が
》と始まるので驚いた。
完結したのは 2005 年なのに、もう古典か。
《長野剛
》と署名あり。
2011-03-28 (1) 01:37:47 +0900
5日土曜日づけ大阪本社版 be on Saturday の e2 面の 「うたの旅人」に、リスボンのケーブルカーの写真が載っている。 まん中に設けられたすれ違い区間を、ちょっと上からうつしたものだ。 不思議なのは、それ以外の区間でも四本のレールが敷かれていることだ。
------------------------ ======================== ------------------------ ========================と言った感じ。「-」同士が片方の車の、 「==」同士がもう一方の車のためのレールである。
------------------------ ++++++++++++++++++++++++ ======================== ------------------------ ++++++++++++++++++++++++ ========================「+」で示したのは、 それぞれの車を動かすケーブルがその中を通っていると思われる線。
いわゆるポイントは一つもないことになる。 (二つのレールが交差するところはあるが。)
また、二つの車は左右対称にできていることになる。 駅の構造はどうなっているかわからない。 もしかしたら、地上から直接乗りこむのかもしれない。 と思ったが、ネットで検索してみたら、両側にホームがあって、 それぞれの車は片方しかドアがついてないそうだ。 なるほど。
2011-03-28 (1) 01:18:37 +0900
それに対し、 III の元老院の議場での戦いでほこりが舞い上がらないのは不自然だと思う。
2011-03-28 (1) 23:50:14 +0900
クワイ=ガンのライトセーバーでダース・モールを倒すところ。
2011-03-27 (0) 23:50:14 +0900
犬を連れてエレベータに乗っていて、 犬だけがある階で降りてしまい、扉が閉まり、 ひもは手の指に巻きついた状態でエレベータが動き出したため、 ひもで手の指を切断した、という事故のニュースを読んだことがある。 (Google で検索すると、このニュースについて語っているページが見つかる。)
ひもや糸を売るとき、 「指に巻きつけて強く引くと、指が切断されるか、 ひも・糸が切れるか」を明記する必要があるのではあるまいか。
織物の機械で、糸が指に巻きついて切断されてしまった、 という話をまた聞きで聞いたことがある。
2011-03-27 (0) 18:55:34 +0900
海底の、地震を起こしそうなところに爆弾をしかけて故意に地震を起こし、 津波で敵国を破壊する、というのは不可能なのだろうか。 不可能であってほしいけど。
Wikipedia の「エネルギーの比較」を見ると、 「広島に投下された原子爆弾が爆発したときに放出されたエネルギー(TNT火薬13キロトン分)」 と 「長崎に投下された原子爆弾が爆発したときに放出されたエネルギー(TNT火薬20キロトン分)」 の間に「マグニチュード 6の地震のエネルギー」が載っている。 これらが 1013 のオーダーで、 マグニチュード 9 は 1018 とあるから、 ケタが全く違うが、地震のきっかけをつくるだけなら、 できないとも限らない。
2011-03-27 (0) 18:46:26 +0900
敵がいる場合には、迷彩服は役に立つ。 しかし、今回はそうではない。 遠くから見て「あ、あそこに自衛隊員がいる!」 とわかるような服を着たほうがよいのではなかろうか。 隊員自身が二次災害に巻き込まれた場合や、 一般人が遠くから隊員に助けを求める場合などのことを考えると、 目立つほうが得だと思う。
「ウルトラマン」の科学特捜隊みたいに、オレンジ色とか。
2011-03-27 (0) 18:41:16 +0900
13日日曜日づけ朝日新聞大阪本社版国際面の記事によると、 韓国の救助隊員はオレンジ色の服を着ている。
2011-03-30 (3) 01:07:45 +0900
本当に発電所を占拠して、爆弾をしかけるところ。 ハン・ソロは両手で爆弾を受け取り、右手で天井にはりつけるが、 手のアップになると、うつっているのは左手である。 特別版でも直っていない。
2011-03-24 (4) 23:28:32 +0900
16日水曜日に本放送が、23日水曜日に再放送があった分の最後で、
杉田敏先生が
「さて、お知らせです。
新年度から、この講座の放送時間が変わります。
本放送は、お昼時の12時40分から、
再放送は、夜、23時20分から、
そして、一週間分まとめての再放送は、土曜日の午前11時からとなりますので、
お間違えのないように
」
と言っておられた。
《NHK「実践ビジネス英語」巻末の、来年度の放送予定の「時・分」の書き方》 参照。
2011-03-24 (4) 21:39:52 +0900
通常の、二週間すなわち六回で一つの課、ではなく、 一週間で完結するレッスンが二度放送される。 理由はわからない。
2011-03-24 (4) 21:33:42 +0900
わからないまま、メールで使ってしまった。この二つが対になる場面で。
2011-03-24 (4) 01:52:19 +0900
グリーバスはドロイドではないが、からだのほとんどは機械だ。 あれは IV の冒頭の、R2-D2 と C-3PO のポッドでの脱出と重なるのだろうか。
2011-03-24 (4) 01:46:07 +0900
冒頭の議長救出作戦の中でのアナキン対ドゥークーを見ていると、 ジェダイやシスの間にはそういうルールがあるような気がする。 I のクワイ=ガン対ダース・モールもそうだった。 ムスタファーの戦いの最後では、 アナキンもオビ=ワンもジャンプ中の相手に切りつけるが。 II のアリーナでは、空中のウィンドゥにジャンゴが炎を浴びせようとする。
2011-03-24 (4) 01:44:06 +0900
冒頭の議長救出作戦で、敵艦内に不時着したところを見ると、 ぎりぎりのような気がする。 R2-D2 は足をすっかりひっこめることもできると考えるか。
2011-03-24 (4) 01:24:37 +0900
冒頭の議長救出作戦では、 戦闘機にオビ=ワンとアナキンが乗って活躍する。 同じような戦闘機が、ジェダイ寺院にはあるのであろう。 オーダー 66 のあと、ベイダーがくるのを見て異常を察知し、 戦闘機で逃げ出したジェダイはいなかったのだろうか? そうすれば、終盤にまた宇宙戦があったかもしれない……。
2011-03-23 (3) 23:01:48 +0900
内藤やす子「弟よ」の二番の歌詞で、 「あなたを捨てたわけじゃない」と続く。 ケータイで Google から楽曲名を検索し、YouTube を見ることを覚えたので、 いろいろ聞いているうち、「あ、この曲の歌詞だったか」、といまあらためて思った。
2011-03-23 (3) 20:31:52 +0900
被災地に食料を送るというニュースで見た。 画像検索してみればネット上でもわかる。
2011-03-23 (3) 01:58:43 +0900
西日本では直接の影響はなかったから、 泥棒などの普通の犯罪は普通に起きていたと思われる。
2011-03-23 (3) 01:56:02 +0900
文字が読めず、音だけを聞く小さな子は関係があると思っても不思議はない。
2011-03-23 (3) 01:53:41 +0900
本文ナシ
2011-03-23 (3) 01:51:26 +0900
ちょっと気になった。
2011-03-23 (3) 01:49:55 +0900
あれから二回、日曜日がきたわけだが、 こうやってがれきとなった教会で礼拝が続けられているとか、 牧師がいなくなって困っているとか、そういう報道を見聞きしない。
2011-03-23 (3) 01:46:42 +0900
「世界」2009年4月号掲載の、 中山研一氏の「裁判員制度導入までに確認しておきたいこと」は、 すべての注が段落の終わりについている。 かつ、段落のほぼ半分は、終わりに注がついている。 だったら、 段落と段落の間に小さい字で注を入れてしまったほうが読みやすくないか?
2011-03-23 (3) 01:40:47 +0900
「世界」2009年4月号掲載の、小坂井敏晶氏の 「人が人を裁くということ」。
一二一五年のマグナカルタにすでに陪審員制が明記される英国はもちろん、 アメリカ合衆国とフランスも司法への市民参加の歴史は長い。 しかし国家の代理人である裁判官に代わって市民が判決を下すという基本構図は同じでも、 市民の意味が英米とフランスでは大きく異なる。 多民族・多文化を束ねる連邦的な国家理念に支えられる英米では、 よそ者である中央権力に自分たちの共同体の紛争を処理される反発から陪審員制が導入された。 したがって陪審員は社会の縮図を意味し、 偏りのないサンプルでなければならない。 それに対して絶対王政・革命政権・帝政・共和国制という長い中央集権の歴史を持つフランスでは、 市民は誰も本質的には変わらないという普遍主義が国家理念を成す。 そのため陪審員は国民の縮図・サンプルとして裁判に参加するのではない。 共同体を代表するサンプルを九人や一二人の少人数で構成することなど 実際は不可能だが、 理念的にもフランスの陪審員は抽象的概念としての主権を体現する存在として理解される。 これはルソーの「市民の総意 (volonté de tous)」 と「一般意志 (volonté générale)」 との相違に呼応すると言えよう。
後半はよくわからないが、 英米とフランスでは市民の意味が違うとの指摘は興味深い。
2011-03-23 (3) 01:25:03 +0900
「世界」2009年4月号掲載の、 神保太郎氏の「メディア批評」。
各紙のキャンペーンでは、 欧米の先進国では、 司法への国民参加は当然だという主張が通奏低音になっている。 だが、米国では、 ほとんどの州で有罪か無罪かを決めるだけで、 刑量決定の義務を負わない陪審制だ。 欧州では参審制で有罪か無罪かの判断のほかに刑量判断にも市民は加わるが、 欧州連合(EU)加盟国は死刑制度を廃止している。 こうした主張は、 先進諸国のなかで、 市民が死刑判決に加わることになる唯一の国だということを忘れているようだ。
う〜ん、気がついていなかった。
2011-03-23 (3) 01:11:24 +0900
今回の大地震を神罰などと言って批判を浴びた人が国内外にいるようだ。 神の業(わざ)と主張する場合、 自分がどの神を信じているかを明示しないと意味がない。
キリスト教徒なら、
「二羽のすずめは一アサリオンで売られているではないか。
しかもあなたがたの父の許しがなければ、その一羽も地に落ちることはない
」
(口語訳、マタイ 10,29)などが思い出されるであろう。
今回の大地震も、神の許しを得て起こったもの、としか考えられないのだ。
一方、旧約の時代から、
「ヨブ記」のように
「なぜ義人が苦しみにあうのか」を考える書物が書かれていたし、
イエス自身も
「また、シロアムの塔が倒れたためにおし殺されたあの十八人は、
エルサレムの他の住民以上に罪の負債があったと思うか。
あなたがたに言うが、そうではない。
あなたがたも悔い改めなければ、
みな同じように滅びるだろう
」
(口語訳、ルカ 13,4-5)
と説いている。
通り魔に殺されても、キリスト教ではそれは神の許しがあったからなのだ、 と考えるのだから、キリスト教を信じるというのは、 それこそ命がけだと思う。 (殺人者を神が罰しない、という意味ではない。念のため。)
《スペースシャトル事故と神の意志》 も参照。
2011-03-21 (1) 23:21:08 +0900
いまは「受付」のような張り紙までプリンタで打ち出す時代だが、 テレビで見た、 さいたまスーパーアリーナに避難した「双葉町役場」の張り紙は手書きだった。 驚いたのは、「双」の文字である。 この文字は「ヌ」を二つ並べ、「ヌヌ」と書いても構わないと言えよう。 厳密に言えば左右で違うのかも知れないが、とりあえずは許されるであろう。 それなのに、「双葉町役場」の「双」は、 右の「ヌ」が左の「ヌ」より明らかにさがっていたのである。 20日19時46分ごろ、 NHKテレビのニュースの背景の静止画に使われていたので、 ケータイで写真をとっておいた。 それぞれの第二画が、同一直線上にあると言えるぐらい下がっている。
「多」は「タ」を縦に二つ並べても通用するが、
タ タのように、あるいは「タタ」のように書いてしまう人がいる。 それと似たパターンである。
2011-03-21 (1) 22:53:50 +0900
数年前に歯科でもらった「歯科専用 キシリトール・ガム XYLITOL」 が旅行かばんから出てきたので、かんでみた。 ガムは 「タバコと同じで、いったん口に入れたものを口から出すからいけない」 とずっと避けていた。数十年ぶりかも。
2011-03-21 (1) 22:45:14 +0900
東京でNHKラジオ第一放送を聞いていたら、流れてきた。 冒頭のピアノ、歌い出し、サビ、どこかで聞いた曲のような気がした。
歌い出しだけは、やっと、似ているメロディーが Je te donnerai ... という歌詞とともに浮かんできた。 金沢に戻ってから調べたら、 ミシェル・ポルナレフの "Tous les bateaux ... tous les oiseaux" (邦題:渚の想い出)だった。
2011-03-21 (1) 20:50:40 +0900
国内大手の時計メーカーは、 新聞に電波時計の全面広告を出すことがある。 東局が、今回は、大震災で起きた原発事故が原因で止まっている。 東局はしばらくのあいだ使えませんと、新聞広告を出すべきではあるまいか。
私が気づいていないだけかもしれないが。
2011-03-21 (1) 20:46:26 +0900
SEIKO SQ675W なので、日本国内では東西両局を受信できる。
それなのに、東京滞在中、ほとんど受信に成功しないので、
ネットで「標準電波(電波時計)の運用状況」
以下を見てみたら、
《3月12日19時46分、福島原発周辺地域に避難指示があったことを受け、
おおたかどや山送信所の要員も地域外に退避しました。
これに伴い、同送信所からの標準電波は送信を停止しています
》
とあった。
西局を受信するしかない。
部屋の中で、西局からの電波を最も受信できる場所をさがし、そこに置いた。
ちなみに、ふとんを敷いたときの、枕の左わきである。
2011-03-21 (1) 20:37:10 +0900
日本標準時(JST)グループのページによると、
いまは、
《おおたかどや山標準電波送信所(40kHz)は停波中です
》、
《おおたかどや山標準電波送信所では、
4月21日13時54分に暫定的に送信を再開しましたが、
4月25日12時06分に発生した落雷による影響で送信できなくなりました。
復旧の見通しは立っておりません
》とのこと。
2011-04-27 (3) 01:07:30 +0900
大震災のため学会は中止になったが、前から、 その前の数日間に決めておいた約束がいくつかあったので、帰京した。
今回もって行ったおもなもの。 ベルトで頭に固定できる懐中電灯。 ラジオの録音再生もできるウォークマン。 旅行用の電波時計。 ペットボトル入りの水。 単三電池のスペア。 最初の日は、電車がどれだけ走るかわからなかったので、 もしかしたらどこかで泊まらざるを得ない事態もありえると思い、 あれもこれもと考えたあげく、 旅行かばんから着がえを除いたものをそっくりそのまま持って出た。 そうすれば、 洗面道具、携帯電話の充電器なども含まれる。
あ、もう一つおいていったものがあった。 旅行かばんに入れていった、小型のトートバッグである。 東京ではそれに必要なものだけを入れて動き回ろうと予定していたもの。
2011-03-21 (1) 20:28:07 +0900
ふだんなら,必要最小限のものだけをトートバッグに入れて出る。
2016-01-08 (5) 20:21:01 +0900
一年の始まりを元日と思う人、三月一日と思う人、 立春と思う人、冬至と思う人もいるだろうが、 私としては春分日であるきょうが一年の始まり、第0日である。
2011-03-21 (1) 20:23:36 +0900
地震のニュースのため放送されなかった分。(再放送はあったかも。)
Listening Challenge の第二問に出てきた、 チラシを意味する flier の l が r と区別できず。情けない。
2011-03-14 (1) 21:34:48 +0900
これ以降は、これからアップロードする。
2011-03-22 (2) 00:52:25 +0900
2011-03-14 (1) 01:25:05 +0900
うつ病など心の病に悩む人を1人でも減らそうと」でドキリ
9日水曜日づけ大阪本社版政策面「心の病治療 国立施設に拠点」の冒頭。 そういう人が自殺しても、一人減らせるからだ。 続きを読めば、そういう意味でないことはすぐわかるが。
《岡崎明子
》と署名あり。
2011-03-14 (1) 01:18:51 +0900
朝日新聞で「譲らなさそうだ」という表現を見て、 私の知識では品詞分解できないことに気がついた。 岩波国語辞典第三版の本文を見たらタイトル行のように解決。 わかち書きは yuzuranasasô da となろう。
2011-03-14 (1) 01:12:23 +0900
9日水曜日づけ大阪本社版社会面
「ニッポン人脈記」は「Dr. コトーを探して」の第一回。
《わらじを編んでくれたおじぃ、
専用の座布団を縫って往診を迎えてくれたおばぁ
》
とある。「おじい」「おばあ」と読み方は変わらないと思うが、
小書きを用いることで、読者に“これは標準語ではないぞ”
と思わせたいという意識が働いているのではあるまいか。
「おじい」「おばあ」だと、読者が
「『さん』は抜かしてしまったのかな?」と思うかもしれないと。
《このシリーズは文を生井久美子、写真を中井征勝が担当します。
文中敬称略
》とあり。
2011-03-14 (1) 01:00:13 +0900
10日木曜日づけ大阪本社版社会面「パンダの名決まる」。
《中国名は雄が「ビーリー(比力)」、
雌が「シィエンニュ(仙女)」
》とある。
ピンインで書けば bili と xiannü だ。
ただの「シエン」でいいと思うのだが。
2011-03-14 (1) 00:39:46 +0900
10日木曜日づけ大阪本社版「オピニオン・声」面の「リレーおぴにおん」
は「卒業する」の第3回、俳優・沢口靖子さん。
《「澪つくし」は千葉県の銚子が舞台でしたから、
関西弁は即NG、ベテランの方々に囲まれて撮り直しです。
抑えようとしても、演技に気持ちが入ると、つい出てしまうんです。
地ぃは出したらあかん、
……》の
「地ぃ」は関西方言で「地」を長く発音したことを示すのだろう。
《聞き手・鈴木繁
》とあり。
2011-03-14 (1) 00:33:04 +0900
10日木曜日づけ大阪本社版「声」掲載の、 京都府宮津市の主婦、河田多津子さんの投書『「明治からの贈り物」に感動』。
《先日、小学校3年生の孫が、
「明治・大正・昭和の日常生活で使っていた昔の物を出して」
と言ってきました。
聞けば、社会の授業で昔のことを勉強するので、
我が家にある古い品々を見たいとのこと
》。
《蔵にしまってあったはずの木箱の中を
》探したところ、
《主人の祖父の弟
》にあたる人の書き初めなどが出てきた、というもの。
それはすばらしいことなのだが、 これを東京大空襲の日に掲載した朝日新聞社の意図は何? と考えてしまった。 私の親は、それぞれ、 東京大空襲ですべての持ち物を失い、 子どものころの写真などはほとんどない。
付) 投書者名を書いた理由は、 《この「いろいろ」で、一般人の投書を取り上げる場合にも投書者名を書く理由》 をご覧ください。
付) いまだに、「明治・大正・昭和」と元号で時代を区切るのかねえ?
2011-03-14 (1) 00:16:40 +0900
「ボストーク」は東の意味。
2011-03-14 (1) 00:13:19 +0900
11日金曜日づけ大阪本社版社会面 「極刑 向き合う命の重み」『被告淡々「当然の結果」』 「リンチ殺人 支援者と交流も」。
事件後にキリスト教の洗礼を受けた。 上告審で弁護人は 「被告は事件当時と今では別人で、 生まれ変わっている。 終生、被害者の冥福を祈らせるべきだ」と訴え、 死刑の回避を求めてきた。
キリスト教の洗礼を受けて、どうして被害者の冥福を祈るのだろう?
2011-03-14 (1) 00:07:29 +0900
11日金曜日づけ大阪本社版社会面「京大 予備校生不合格か」。
入試問題のネット投稿事件で揺れる京都大(京都市左京区)で10日正午、 入試の合格発表があった。 偽計業務妨害容疑で京都府警に逮捕された仙台市の男子予備校生(19)の合否について、 京大は 「合格者の解答の中にはネットに掲載された解答と酷似または類似したものはなかった」 とだけ説明し、予備校生を不合格としたことを示唆した。
合格・不合格のほかに、失格というのがあるのではなかったか。 必要な科目の試験すべてを受験しなかった場合など。
2011-03-13 (0) 23:59:37 +0900
11日金曜日づけ大阪本社版文化面。
4日付「えこ事記 人びと1」の記事で、 元新潟県衛生部長の北野博一さんが「96歳」とあるのは、 「故人」の誤りでした。 北野さんは2009年3月1日に肺炎で亡くなりましたが、 ご本人の遺志で関係者にはほとんど知らされていませんでした。 関係者への取材で存命と思い込み、 ご家族への確認を怠りました。 おわびして訂正します。
反対に、存命の人を故人と報道してしまうことはときどきあるようだが、 こういう例もあるのだ。 ところで、なぜ本人でなくご家族に確認しようとしたのだろう? それとも、 「ご家族」は本人を含む?
2011-03-13 (0) 23:51:26 +0900
本文ナシ
2011-03-13 (0) 23:43:20 +0900
広辞苑第六版によると、 「のっぴき」という語もある。 前々項に書いた「とんでもない」との対比で。
(2008年1〜2月に、携帯電話の中にメモしておいたものに基く。)
2011-03-13 (0) 23:42:07 +0900
これは一語ではないようだ。 前項に書いた「とんでもない」との対比で。
(2008年1〜2月に、携帯電話の中にメモしておいたものに基く。)
2011-03-13 (0) 23:41:26 +0900
「とんでもない」はこれで一語なので、
「とんでもありません」「とんでもございません」の形で使うのは誤りだが、
広辞苑第六版からは「……の形でも使う
」としている。
語源は「途(と)でもない」だそうで、 「とでもなし」は岩波古語辞典にも載っている。 これも一語だが、「とでもござらぬ」などの形では使われなかった?
(2008年1〜2月に、携帯電話の中にメモしておいたものに基く。)
2011-03-13 (0) 23:34:02 +0900
2010年10月31日日曜日の昼の、NHKラジオのニュースで、 金沢の「カメイ」アナウンサーが 「盲学校」を「もうか゜っこう」と鼻濁音で発音していた。
(携帯電話内のメモに書いてあったもの。)
2011-03-13 (0) 23:30:06 +0900
これだと、結婚改姓しても「生まれたときの姓+名」は変わらない。
2011-03-13 (0) 23:22:45 +0900
実際には、きちんと習えばそういうことにはならないのだが。
2011-03-13 (0) 23:21:09 +0900
「Aさんと『お風呂にはいりたいBさん』」という意味と、 「『Aさんとお風呂にはいりたい』Bさん」という意味と。
2011-03-13 (0) 23:18:46 +0900
今後どうなるか、という問題もあるが、 いままで観戦していたのは何だったのか、 あるいは何だったことにするのか、という問題もある。
2011-03-13 (0) 23:16:25 +0900
本文ナシ
2011-03-13 (0) 23:14:10 +0900
「iku baka, ...」(行く馬鹿、……)ともできる。
2011-03-13 (0) 23:11:46 +0900
何かのニュースで見て書きとめておいたもの。
2011-03-13 (0) 22:57:00 +0900
伊勢窓美は架空の人名。いそうにないと思うが……。
2011-03-13 (0) 22:51:38 +0900
本文ナシ
2011-03-13 (0) 22:48:41 +0900
本文ナシ
2011-03-13 (0) 22:47:42 +0900
… Google で調べてみると、別にあのときだけ使われたことばではないようだ。
2011-03-13 (0) 22:34:41 +0900
……と思ったが、都心は対象にならないそうだ。
2011-03-13 (0) 22:23:36 +0900
本文ナシ
2011-03-13 (0) 22:22:28 +0900
もしも「案内地」ということばあれば、 それに「一」をつけた「一案内地」とも解釈できるが、 Google で見ても、上位に並ぶのは「案内」と「地」が偶然並んだものばかり。
2011-03-13 (0) 22:19:20 +0900
エマオはルカ伝に出る地名。 「いらね」は「いらない」のなまり。 全体ではやや意味不明。
前に 《回文>「お前はエマオ」(おまえはえまお)》 を書いた。
2011-03-13 (0) 22:15:10 +0900
意味を考えたらそうなるかな、と。
2011-03-13 (0) 22:14:11 +0900
「予習」の字音かなづかいが「よしふ」。
2011-03-13 (0) 21:51:03 +0900
2011-03-12 (6) 01:03:48 +0900