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君爲豫章 ,
十三纔有餘。
翠茁鳳生尾,
丹葉蓮含。
高閣倚天半,
章江聯碧虚。
此地試君唱,
特使華筵鋪。
主公顧四座,
始訝來踟。
呉娃起引贊,
低徊映長裾。
雙鬟可高下,
纔過青羅襦。
乍垂袖,
一聲雛鳳呼。
繁弦迸關紐,
塞管裂圓蘆。
衆音不能逐,
穿雲衢。
主公再三嘆,
謂言天下殊。
贈之天馬錦,
副以水犀梳。
龍沙看秋浪,
明月遊東湖。
自此毎相見,
三日已爲疏。
玉質隨月滿,
艷態逐春舒。
絳唇漸輕巧,
雲歩轉虚徐。
旌旆忽東下,
笙歌隨舳艫。
霜凋謝樓樹,
沙暖句溪蒲。
身外任塵土,
樽前極歡娯。
飄然集仙客,
諷賦欺相如。
聘之碧瑤佩,
載以紫雲車。
洞閉水聲遠,
月高蟾影孤。
爾來未幾歳,
散盡高陽徒。
洛城重相見,
爲當
。
怪我苦何事,
少年垂白鬚。
朋遊今在否,
落拓更能無。
門館慟哭後,
水雲秋景初。
斜日挂衰柳,
涼風生座隅。
灑盡滿襟涙,
短歌聊一書。
張好好の詩
君は 豫章の(しゅ) 爲(た)りて,
十三 纔(わづ)かに 餘り有り。
翠は 茁(めざ)し 鳳は 尾を生じ,
丹葉は 蓮を 含む。
高閣 天半に 倚(よ)り,
章江 碧虚に 聯(つら)なる。
此の地 君の唱(うた)ふを 試(こころ)み,
特に 華筵を 鋪(し)か使(し)む。
主公 四座を 顧(かへり)み,
始めて 訝(むか)ふるに 來(きた)ること 踟(ちちう)たり。
呉娃 贊を 起引して,
低徊 長裾に 映ず。
雙鬟 可(よ)し 高下するも,
纔(わづ)かに 青き羅襦を 過ぐるのみ。
(はんぱん) 袖を 垂らし 乍(なが)ら,
一聲 雛鳳 呼ぶ。
繁弦 關紐 迸(ほとばし)り,
塞管 圓蘆を 裂く。
衆音 逐(お)ふ 能(あた)はず,
(でうでう)として 雲衢(うんく)を 穿(うが)つ。
主公 再三 嘆じ,
謂ひて言はく 天下の殊なりと。
之(これ)に贈る 天馬の錦,
副(そ)ふるに以てす 水犀の梳(くし)。
龍沙に 秋浪を 看て,
明月に 東湖に 遊ぶ。
此(こ)れ自(よ)り 毎(つね)に 相(あ)ひ見(まみ)ゆ,
三日 已(すで)に 疏と爲(な)す。
玉質 月に 隨ひて 滿ち,
艷態 春を 逐(お)ひて 舒(の)ぶ。
絳唇 漸(やうや)く 輕巧にして,
雲歩 轉(うた)た 虚徐なり。
旌旆(せいはい) 忽(たちま)ち 東下し,
笙歌 舳艫(ぢくろ)に隨ふ。
霜は 凋(しぼ)ます 謝樓の樹,
沙は 暖かなり 句溪の蒲。
身外 塵土に 任(まか)せ,
樽前 歡娯を 極(きは)む。
飄然たり 集仙の客,
諷賦は 相如を欺く。
之を聘(へい)するに 碧瑤の佩,
載するに以て 紫雲の車。
洞は 閉して 水聲 遠く,
月は 高くして 蟾影 孤なり。
爾來 未だ幾歳ならずして,
散じ盡くす 高陽の徒。
洛城に 重ねて 相ひ見(まみ)ゆれば,
(しゃくしゃく)として 當
と 爲る。
我を怪(とが)めよ 何事にか苦しみ,
少年 白鬚に 垂(なんな)んとす。
朋 遊びて 今 在りや 否や,
落拓 更に 能 無し。
門館 慟哭の後,
水雲 秋景の初め。
斜日 衰柳に 挂かり,
涼風 座隅に 生ず。
灑(そそ)ぎ盡くして 襟に 涙 滿つ,
短歌もて 聊(いささか)か 一書とせん。
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◎ 私感註釈
※杜牧:晩唐の詩人。八○三年(貞元十九年)~八五二年(大中六年)。字は牧之。京兆萬年(現・陝西省西安)の人。進士になった後、中書舍人となる。杜甫を「老杜」と呼び、杜牧を「小杜」ともいう。李商隠と共に味わい深い詩風で、歴史や風雅を詠ったことで有名である。
※張好好詩:張好好の詩。 ・張好好:女性の姓名。作者・杜牧が若い頃知った妓女。当時、張好好は十三歳だった。杜牧の風流才子としての面目躍如たるものがある。やがてそれから、年月が流れて、二人は都で再会した。…あれから何年経ったことだろう…と。この作品は、白居易の『琵琶行』「潯陽江頭夜送客,楓葉荻花秋瑟瑟。主人下馬客在船,舉酒欲飮無管絃。醉不成歡慘將別,別時茫茫江浸月。忽聞水上琵琶聲,主人忘歸客不發。尋聲闇問彈者誰,琵琶聲停欲語遲。移船相近邀相見,添酒迴燈重開宴。千呼萬喚始出來,猶抱琵琶半遮面。」と似た趣になる。
※君為豫章:あなたは、豫章の美人である。 ・君爲:あなたは、…である。 ・豫章:〔よしゃう;Yu4zhang1●○〕豫章郡のことで、洪州。現・江西省南昌にある。 ・
:〔しゅ;shu1○〕美女。美人。美しい。眉目佳い。ここでは、前者の意。
※十三纔有余:十三歳に僅かばかりの余りがある(少女である)。 ・十三:十三歳。杜牧の七絶『贈別二首』其一「娉娉嫋嫋十三餘,荳梢頭二月初。春風十里揚州路,卷上珠簾總不如。」
にも詠われ、『古詩爲焦仲卿妻作 (孔雀東南飛)』其一でも「孔雀東南飛,五里一裴徊。十三能織素,十四學裁衣,十五彈箜篌,十六誦詩書,十七爲君婦,心中常苦悲。 」
と、似たような表現がある。 ・纔:〔さい;cai2○〕わずかに。やっと。 ・有餘:余りがある。
※翠茁鳳生尾:翠も鳳も少しずつ生長する(ように)。 *まだあどけない少女である張好好の天稟をいう。 ・翠:〔すゐ;cui4●〕(雌の)カワセミ。後出「鳳」に対しては吉祥鳥のカワセミの義。「茁」に対しては、翠緑の草の義。両義。 ・茁:〔さつ;zhuo2●〕(動物が)生長する。草木が芽を出すさま。めぐむ。めざす。 ・鳳:〔ほう;feng4●〕(雄の)鳳凰。 ・生尾:尾を生やす。
※丹葉蓮含:若芽の赤い葉には、ハスの蕾(つぼみ)となる萼(がく)が具(そな)わっているのだ。 ・丹葉:赤い葉。 ・蓮:ハス。 ・含:ふくむ。 ・
:〔ふ;fu1◎〕(花の)萼(がく)。うてな。
※高閣倚天半:(南昌にある滕王)閣は天の半ばに寄りかかっている(かのようで)。 *この聯は、話の舞台が南昌に移ったことを謂う。 ・高閣:高殿。ここでは、南昌にある滕王閣のことになる。滕王閣〔とうわうかく;teng2wang2ge2○○●〕とは、唐・太宗の弟で、のち滕王に封ぜられた李元嬰が、洪州、章江門の上に建てた建物。江西省南昌市西端江の畔にある。現在は、
江の東寄りの川の中州にある。この作品は、荒れ果てた滕王閣を、時の洪州都督閻伯
が修復した際の落成式でのもの。作者は、『滕王閣序』(写真上:『古文真宝』巻三)の末尾にこの作品を載せている。なお、後世、韓愈も『新修滕王閣
記』(写真下:『唐宋八大家文』巻五)を遺している。「滕王閣」は、権勢を誇った者の夢の跡といった位置づけになろうか。唐・王勃に『滕王閣』「滕王高閣臨江渚,珮玉鳴鸞罷歌舞。畫棟朝飛南浦雲,珠簾暮捲西山雨。閒雲潭影日悠悠,物換星移幾度秋。閣中帝子今何在,檻外長江空自流。」
がある。 ・倚:寄りかかる。 ・天半:天の半ば。
※章江聯碧虚:章江(江)(の水面)は、青空と連なっている。 ・章江:江西省の崇義県に源を発して、やがては
江に合流する。詩の舞台である南昌を流れるところでは、
江となり、ここでは、
江のことになる。 ・聯:連なる。 ・碧虚:青空。趙
『江樓書感』に「獨上江樓思渺然,月光如水水連天。同來翫月人何處,風景依稀似去年。」
とある。
※此地試君唱:この南昌の地であなたが初めて歌うのを聴いた。 ・此地:南昌を指す。洪州。 ・試君唱:試みにあなたに歌わせ(た)。
※特使華筵鋪:特に取り立てて立派な宴会の座席を用意させた。 ・特:とくに。取り立てて。 ・使:…させる。 ・華筵:〔くゎえん;hua2yan2○○〕立派な宴会の座席。 ・鋪:〔ほ;pu1○〕敷く。
※主公顧四座:主公である沈傳師が満座を見わたすと。 ・主公:この『張好好詩』の序文には、「始以善歌來樂籍中。後一歳,公移鎮宣城,復置好好於宣城籍中。」の沈公(沈傳師)のことになるか。 ・顧:かえりみる。ふり向く。 ・四座:四方の座席に座する人。満座。
※始訝来踟:はじめに迎えねぎらうところが、同じところを躊躇(ためら)ってぐずぐずしている。 *張好好の初心(うぶ)なようすを描写している。 ・始:はじめに。最初に。やっと。 ・訝:〔が;ya4●〕迎える。迎えねぎらう。いぶかる。 ・踟
〔ちちう;chi2chu2○○〕足踏みするさま。同じところをぶらぶらして進まないさま。躊躇(ためら)ってぐずぐずするさま。躊躇(ためら)い留まるさま。
※呉娃起引賛:語姫が賛の歌曲を起こして(バックアップをし)。 ・呉娃:呉の國の美女。 ・娃:〔あい、あ;wa2○〕美しい。本来は美女の名前。転じて、呉の美女。白居易『憶江南』三「江南憶,其次憶呉宮。呉酒一杯春竹葉,呉娃雙舞醉芙蓉。早晩復相逢。」とある。 ・起引:起こし引く。 ・贊:褒め言葉。まみえる。導く。助ける。
※低徊映長裾:頭を垂れてゆっくりと行きつもどりつするさまが、長い裾(すそ)に映えて(魅力的だった)。 ・低徊:〔ていくゎい;di1huai2○○〕立ち去りにくい様子で歩き回ること。思案にふけりながら、頭を垂れてゆっくりと行きつもどりつすること。これと似た表現に前出『古詩爲焦仲卿妻作 (孔雀東南飛)』其一「孔雀東南飛,五里一裴徊。」がある。 ・映:はえる。うつる。 ・長裾:〔ちゃうきょ;chang2ju1○◎〕長い(衣服の)すそ。
※双鬟可高下:頭の左右の上に巻き上げた髪型が高らかに下がっているが。 ・雙鬟:〔さうくゎん;shuang1huan2○○〕頭の左右の上に巻き上げた髪型。つのがみ。あげまき。 ・可:ばかり。…ほど。まことに。 ・高下:優劣。
※纔過青羅襦:(まだ髪の毛が充分に伸びていないので、)わずかに青い色の薄絹の下着のところを過ぎたばかりである。 ・纔:〔さい;cai2○〕わずかに。やっと。 ・過:すぎる。 ・青羅:青い色の薄絹。 ・襦:〔じゅ;ru2○〕肌着。短い下着。
※乍垂袖:美人が目づかいを繰り返しながら、手を伸ばし袖を拡げて垂らして。 *張好好の歌唱表現の実力をいう。 ・
:〔はん;pan4●〕美人が目を動かす。めづかいする。目許が美しい。また、望む。希望する。ここは、前者の意。 ・乍:〔さ;zha4●〕…したばかり。…しはじめ。たちまち。急に。…したり…したり。ながら。 ・垂袖:長い袖を垂らす。
※一声雛鳳呼:一声ヒナの鳳がさけんだ。 ・一聲:ひとこえ。 ・雛鳳:ヒナの鳳凰。鳳は霊鳥。 ・呼:さけぶ。
※繁弦迸關紐:しきりになる絃楽器の音がほとばしり出て、抑揚があり。 ・繁弦:しきりになる絃楽器の音。 ・迸:ほとばしる。勢いよく流れ出る。湧き出る。前出白居易の『琵琶行』「轉軸撥絃三兩聲,未成曲調先有情。絃絃掩抑聲聲思,似訴平生不得志。低眉信手續續彈,説盡心中無限事。輕慢撚抹復挑,初爲霓裳後綠腰。大絃
如急雨,小絃切切如私語,
切切錯雜彈,大珠小珠落玉盤。間關鶯語花底滑,幽咽泉流氷下難。氷泉冷澀絃凝絶,凝絶不通聲暫歇。別有幽愁暗恨生,此時無聲勝有聲。銀瓶乍破水漿迸,鐵騎突出刀槍鳴。曲終收撥當心畫,四絃一聲如裂帛。東船西舫悄無言,唯見江心秋月白。」
の演奏の描写に似ている。 ・關:しめる。 ・紐:〔ちう;niu3●〕ひも。結び目。また、結ぶ。
※塞管裂円蘆:胡人の管楽器は、圓蘆を裂くかのような調べを出(いだ)す。 ・塞管:胡人の管楽器。蘆(あし)で作る。 ・裂:刃物で切り裂く。また、そのような鋭さの表現。 ・圓蘆:円い蘆(あし)。
※衆音不能逐:(張好好の歌声が秀逸であって)他の音曲の追随を許さない。 *張好好が秀逸であって、他の音曲の追随を許さないさまをいう。 ・衆音:(合奏している)他の多くの音声。 ・不能:…できない。 ・逐:〔ちく;zhu2●〕追いかける。追う。
※穿雲衢:嫋々(じょうじょう)と風のむせぶように細く長く続く、なよなよとして、雲の道を突き抜けていく。 ・
:〔でうでう;niao3niao3●●〕風のむせぶように吹くさま。長く、なよなよとしたさま。また、しなやかにまといつくさま。音声が細く長く続くさま。女性のしなやかで美しいさま。美麗なさま。 ・穿:〔せん;chuan1○〕うがつ。突き抜ける。 ・雲衢:〔うんく;yun2qu2○○〕雲居の道。身分の高いところにまで続く大道。
※主公再三嘆:主公である沈傳師が二度も三度も感嘆の声をあげた。 ・再三:二度も三度も。何回にも亘って。 ・嘆:感嘆する。
※謂言天下殊:(主公が)評価を下して仰ることには、「彼女は天下の殊(比類なきもの)」ということだ。 ・謂言:(彼女は「天下殊」だと)評価を下して言われた。いひていはく…。 ・謂:評価していう。事物の意味することを述べていう。 ・言:言葉 ・天下:世の中。国中。世間。天の下。 ・殊:〔しゅ;shu1○〕(世に)比類のないこと。この上ないこと。異なる。とりわけ。特別。
※贈之天馬錦:彼女に、西域から伝えられた天馬騎士錦をプレゼントした。 ・贈之:彼女に…をプレゼントする。 ・天馬錦:西域から伝えられた美しい錦。新疆トルファンなででも顕れた天馬騎士錦。
※副以水犀梳:附け加えるのに、水犀で作られた艶やかな櫛をした。 ・副以:附け加えて。そえるに…をもってする。 ・水犀梳:水犀で作られた、つややかなくし。 ・水犀:水牛やサイの角。つやと透明感がある高級印材にもなる角。 ・梳:〔そ;shu1○〕櫛(くし)。
※龍沙看秋浪:南昌城北一帯の龍沙には、秋の気配が立ち。 ・龍沙:ここでは、南昌城北一帯の地。ただし、豪放詞では、莫北、白龍堆砂漠をいう。甘粛省と新疆の間にあり、金に拉致された徽宗・欽宗の両帝が囚われている所として使われる。龍は皇帝を象徴するものとして使われる。『資治通鑑・巻第一百九十七・唐紀十三』には次の「夫龍沙以北,部落無算,匈奴庭謂之龍城,無常處,故沙幕(碇豊長註:「漠」ではない)因謂之龍沙。」(『資治通鑑』の文字の一部が小さいのは原本通り。)と、匈奴と関係がある名称となっている。両宋・張元幹『石州慢』に「雨急雲飛,瞥然驚散,暮天涼月。誰家疏柳低迷,幾點流螢明滅。夜帆風駛,滿湖煙水蒼茫,菰蒲零亂秋聲咽。夢斷酒醒時,倚危檣淸絶。心折,長庚光怒,群盗縱横,逆胡猖獗。欲挽天河,一洗中原膏血。兩宮何處?塞垣只隔長江,唾壺空撃悲歌缺。萬里想龍沙,泣孤臣呉越。」・秋浪:秋の気配の意で使われてくる。
※明月遊東湖:明るい月の夜には、東湖で夜遊びをした。 *白居易の『長恨歌』「漢皇重色思傾國,御宇多年求不得。楊家有女初長成,養在深閨人未識。天生麗質難自棄,一朝選在君王側。回眸一笑百媚生,六宮粉黛無顏色。春寒賜浴華淸池,温泉水滑洗凝脂。侍兒扶起嬌無力,始是新承恩澤時。雲鬢花顏金歩搖,芙蓉帳暖度春宵。春宵苦短日高起,從此君王不早朝。承歡侍宴無閒暇,春從春遊夜專夜。後宮佳麗三千人,三千寵愛在一身。金屋妝成嬌侍夜,玉樓宴罷醉如春。」にそのイメージは同じ。 ・明月:澄みわたった(満)月。 ・遊:(夜)遊びをする。 ・東湖:ここの東湖は、南昌県城東南隅にある湖。或いは江西省
陽県の東、督軍湖。南昌東部には湖が極めて多く、特定し難い。
※自此毎相見:この頃より、つねに会いに来ていた。 ・自此:これより。上出『長恨歌』では、紫字の「從此」に該る。 ・毎:つねに。…ごとに。毎日。 ・相見:面会する。会いに来る。「相」は、一方の動作が他方に及んでいく時の表現であって、「相互に」の意はない。
※三日已為疏:三日間(会わないでいたら)もって疎遠であるとした。 ・三日:三日間。 ・已:もって。≒以。また、すでに。とっくに。 ・爲:…とみなす。 ・疏:疎遠である。関係のうすいさま。≒疎。
※玉質随月滿:(彼女の)立派な中身は、月の動きに随って満ちてきた。 *この聯は、歳月の経過をいう。 ・玉質:立派な中身。 ・隨月:月の動きに随って。 ・滿:満ちる。月の形が変わってゆき、満月となるように、生長していくこと。
※艶態逐春舒:艶(あで)やかな外観は、春を追いかけて、のびやかに生長し。 ・艷態:艶(あで)やかな外観。 ・逐春:春を追いかけて。 ・舒:〔じょ;shu1○〕おだやか。のびやか。おそい。
※絳唇漸軽巧:深紅の唇も、ようやく軽快に動くようになった。 *この聯は、大人っぽくなったさまいう。 ・絳唇:〔かうしゅんjiang4chun2●○〕赤い唇。深紅の唇。 ・漸:ようやく。だんだんと。 ・輕巧:軽やかで精巧である。優しく容易である。動作が敏捷である。軽快である。
※雲歩転虚徐:雲なす歩みである金蓮歩は、一層磨きがかかり、態度が謙(へりくだ)っていて、ゆったりとした上品なさまに変わっていった。 ・雲歩:雲なす歩み。おそらく上品な金蓮歩のことをいう。白居易の『長恨歌』に則れば前出・オレンジ色部分の「雲鬢花顏金歩搖」になる。その場合、艶やかな装いで緩やかな歩の運び、になる。 ・轉:うたた。たちまちのうちに。 ・虚徐:態度が謙(へりくだ)っていて、ゆったりとしていて、上品なさま。とどこおって進まないさま。
※旌旆忽東下:(沈傳師が江西観察使から宣州に転勤したため、その官職を表す)旗は急に、(南昌から長江を)東に下って(宣州に行くことになった)。 *沈傳師が江西観察使から宣州に転勤したことをいう。 ・旌旆:〔せいはい;jing1pei4○●〕はた。官職を表す旗。 ・忽:〔こつ;hu1●〕たちまち。急に。不意に。 ・東下:南昌から長江を下って宣州に行くことをいう。宣州は400キロメートルほど下流になる。
※笙歌随舳艫:笙の演奏と歌声は、船旅に随った。 *張好好が沈傳師に伴われて船で宣州に下ったことをいう。 ・笙歌:笙の演奏と倶に起こる歌声。 ・隨:一緒になる。したがう。随行する。 ・舳艫:〔ぢくろ;zhu2lu2●○〕船尾と船首。ともとへさき。「舳艫」と表現する船旅を想像するに、船団の旅であり、前の船には沈傳師が乗っており、その船尾にくっつくようにして張好好の歌舞団が乗り組んだ船が続き、後続の船首部分から前を行く沈傳師の船に向かって歌や音楽の催しをしたことが分かる。
※霜凋謝楼樹:霜が謝樓の樹木を凋(しぼ)ませる。 *ここから、宣州の描写になる。 ・霜凋:霜のために…が凋(しぼ)む。張好好が宣州の地で冬を過ごしたことをいう。 ・謝樓:宣城にある高殿。南斉の詩人謝が宣城の太守の時に建てたもの。
※沙暖句渓蒲:(川辺の)砂が(春が来たために暖かくなり)句溪のガマを暖めている。 ・沙暖:(川辺の)砂が(春が来たために)暖かくなった。張好好が宣州の地で春を迎えたことをいう。その地で歳月を過ごしたと謂うこと。 ・句溪:宣城の東三里のところにある。渓流の名。渓流が「句」字型に屈曲して流れている。水陽江の支流になるか。 ・蒲:〔ほ;pu2○〕ガマ。
※身外任塵土:一身は、浮き世のなすがままに任せた。 *この聯は、張好好の現世の快楽を追求する姿を詠う。 ・身外:自身のほか。一身のほか。 ・任:まかせる。 ・塵土:〔ぢんと(ど);chen2tu3○●〕煩悩に穢れた現世。
※樽前極歓娯:酒器を前に置いて、歓楽を極めた。 ・樽前:酒器を前にして。曹操の『短歌行』「對酒當歌,人生幾何。譬如朝露,去日苦多。慨當以慷,憂思難忘。何以解憂,唯有杜康。」や、後世、韋莊の『菩薩蠻』其四に「勸君今夜須沈醉,樽前莫話明朝事。珍重主人心,酒深情亦深。 須愁春漏短,莫訴金杯滿。遇酒且呵呵,人生能幾何?」
に同じ。 ・極:きわめる。 ・歡娯:歓楽。
※飄然集仙客:ふらりと来たり去ったりしていた集仙殿に勤める人物(である沈著作)。或いは、超然とした仙人たちが集まっている。 *かけことばで人名を出している。張好好が個人的に親しくなり関係が深まったことを述べる。「飄然・集仙・客」(飄然たり集仙の客)「飄然・集・仙客」(飄然として仙客を集む)この双方の意がある。前者が作者の本来言いたいことで、後者がうわべの意。 ・飄然:〔へうぜん;piao1ran2○○〕俗事にこだわらないさま。世間離れしていて捉えどころのないさま。ふらりと来たり去ったりするさま。盛唐・杜甫の『春日憶李白』に「白也詩無敵,飄然思不群。清新庾開府,俊逸鮑參軍。渭北春天樹,江東日暮雲。何時一尊酒,重與細論文。」とある。 ・集仙客:集仙殿に勤める人物。沈著作のこと。沈著作は、やがて、張好好を妾とする。原注に「著作嘗任集賢校理」とある。沈著作は集賢殿の校理に任じられていた。その「集賢殿」の旧名は「集仙殿」といった。「仙客」の語で、沈著作の名をそれとなく出している。 ・集:つどう。集まる。 ・仙客:仙人。
※諷賦欺相如:(沈著作は)司馬相如を欺くがごとき辞賦をそらんじる力を持っている。 ・諷賦:辞賦をそらんじる。辞賦をそらでうたう。 ・欺:〔ぎ;qi1○〕あざむく。だます。いつわる。 ・相如:前漢の辞賦に長じた文学者司馬相如のこと。読み下すのに大変な長篇で衒学的な辞賦に優れ、『文選』に数多く採録されている。妻の卓文君との恋愛と裏切り譚は千古に伝わっている。悪い表現を使えば彼はペテン師?蜀郡成都(四川省成都)の人。字は長卿。漢・卓文君『白頭吟』「皚如山上雪,皎若雲間月。聞君有兩意,故來相決絶。今日斗酒會,明旦溝水頭。」にそのことが残されている。
※聘之碧瑤佩:彼女を嫁取りするのに、緑色の玉(ぎょく)の飾り玉。 *この聯は、沈著作が張好好を妾としてもらう時の様子をうたう。 ・聘:〔へい;pin4●〕嫁がせる。 ・碧瑤佩:緑色の玉(ぎょく)の帯びに附ける飾り玉。
※載以紫雲車:(彼女を連れてくるのに)載せるのに紫雲の車を以てした。 ・載以:…に載せる。載せるに…を以てす ・紫雲:めでたい印。瑞兆。瑞象である紫いろの雲。
※洞閉水声遠:(新婚の)部屋は閉ざされて、浮き世の水音や付きあいなどは、遠のいていった。 *この聯は、妾となったための孤独を詠う。『太平廣記』「劉晨阮肇入天台」に基づいているともいわれるが…(あまりそうとも思わない)。『桃花源記』
の方が「水聲」と繋がる。 ・洞閉:(新婚の)部屋は閉ざされている。 ・洞:〔どう;dong4●〕「洞房」の意で、新婚の部屋、婦人の部屋の意。 ・水聲:川の水音。 ・遠:はるかである。張好好の許に通っていた男性たちは、遠のいていったということ。
※月高蟾影孤:月が空高くあがり、そこに住んでいるといわれるヒキガエルの姿が、孤(ひと)りぼっちである。
※爾来未幾歳:それから後、まだ何年にもならない(のに)。 ・爾來:それから後。それ以後。以来。 ・未幾歳:まだ何年にもならない(のに)。
※散尽高陽徒:酒飲み友達も、すっかり散らばってしまった。 ・散盡:すっかり散らばってしまった。 ・高陽徒:(酒)飲み友達。酒飲み。「高陽酒徒」のこと。「高陽」は地名。『史記・生陸賈列傳』「初,沛公(後の漢・高祖劉邦)引兵過陳留,
生踵軍門上謁曰:『高陽賤民
食其,竊聞沛公暴露,將兵助楚討不義,敬勞從者,願得望見,口畫天下便事。』使者入通,沛公方洗,問使者曰:『何如人也?』使者對曰:『状貌類大儒,衣儒衣,冠側注。』沛公曰:『爲我謝之,言我方以天下爲事,未暇見儒人也。』使者出謝曰:『沛公敬謝先生,方以天下爲事,未暇見儒人也。』
生瞋目案劍叱使者曰:『走!復入言沛公,吾高陽酒徒也,非儒人也。』使者懼而失謁,跪拾謁,還走,復入報曰:『客,天下壯士也,叱臣,臣恐,至失謁。』」に因る。高適の『田家春望』に「出門何所見,春色滿平蕪。可歎無知己,高陽一酒徒。」
とある。
※洛城重相見:(張好好に)洛陽の街で重ねて、会ったが。 ・洛城:洛陽の街。洛陽城。 ・重:かさねて。平声。 ・相見:面会する。
※為當
:艶やかに酒場の女給(ホステス)となっていたとは。 ・
:〔しゃくしゃく;chuo4chuo4●●〕しなやかで容姿が美しい。 ・爲:…となる。たり。平声。 ・當
:酒場の女給(ホステス)の仕事をする。 ・
:酒だるを置く土の台で、転じてそこで働く女性をいう。前出・司馬相如は、誘って駆け落ちした妻・卓文君に酒場の女給をさせた。『史記・司馬相如列伝』には「文君久之不樂,曰:『長卿第倶如臨
,從昆弟假貸猶足爲生,何至自苦如此!』相如與倶之臨
,盡賣其車騎,買一酒舍
酒,而令文君當鑪。相如身自著犢鼻褌,與保庸雜作,滌器於市中。卓王孫聞而恥之,爲杜門不出。」
となっていることでも分かるとおり、当時の家族にとっては、恥とした職業だった。なお、この作品で「諷賦欺相如」と「相如」の名が出てくるのは、作者はその男性に対して暗々裏に「女性に當
をさせて苦労をさせた罪作りな男」と言いたかったのかも知れない。
※怪我苦何事:わたしが全て悪かった。 ・怪我:わたしが悪か(った)。 ・怪:とがめる。あやしむ。悪く思う。 ・苦:苦しむ。苦にする。 ・何事:何事。何事も。全部。
※少年垂白鬚:(あの時の)若者は、白いヒゲ(の老人)になろうとしている。 ・少年:年若い者。若者。 ・垂:近づく。まさに…になろうとしている。なんなんとす(る)。 ・白鬚:白い口ヒゲ。老齢をいう。
※朋遊今在否:同門の朋輩は、他所に出て行って、今はどうしていることやら。 ・朋:学友。朋友。同門の朋輩。 ・遊:他国に出て行く。 ・今在否:今はどうしているのか。 ・在:存在する。 ・否:…か…どうか。…やいなや。文末に附き、疑問文にする働きがある。
※落拓更能無:落ちぶれ果てて、もう何もできない。 ・落拓:もの寂しいさま。落ちぶれるさま。また、気が大きいさま。物事にこだわらないさま。ここでは、前者の意。 ・更能無:これ以上できることはない。
※門館慟哭後:(主人が亡くなり)門館が慟哭に包まれた後。 *張好好の主人が亡くなったことをいう。 ・門館:賓客を宿泊させておくやかた。 ・慟哭:〔どうこく;tong4ku1●●〕悲しみに耐えきれないで大声をあげて泣くこと。号泣すること。
※水雲秋景初:水雲が初めて秋景色の風情を漂わせた。 ・水雲:水と雲。水上に出る雲。 ・秋景:秋景色。 ・初:はじめ。
※斜日挂衰柳:夕陽が、葉の減ったヤナギの木にかかり。 ・斜日:夕陽。 ・挂:かかる。 ・衰柳:〔すゐりう;cui1liu3○●〕葉が減ったヤナギ。 ・衰:〔すゐ;cui1(chui1)○〕(葉等が)一枚一枚と順次減るさま。〔shuai1○〕おとろえる。
※涼風生座隅:涼しい秋風が、坐っているところの片隅(といった身近なところ)にまで、訪れた。 ・涼風:涼しい(秋)風。人生の秋風をも暗示する。 ・座隅:坐っている片隅。部屋の片隅。身近なところにも気節の秋や人生の秋が訪れているということ。
※灑尽満襟涙:襟(えり)にいっぱいになる涙をそそぎ尽くして。 ・灑盡:〔さいじん;sa3jin4●●〕そそぎ尽くす。 ・滿襟涙:えりにいっぱいになった涙。
※短歌聊一書:簡単な詩歌(この作品のこと)にし、それでもって仮に、(あなたに捧げる)書翰としよう。 ・短歌:簡単な詩歌。この作品のこと。 ・聊:〔れう;liao2○〕いささか。かりそめ。しばらく。 ・聊一書:ちょっと書いてみる。「〔聊一〕+動詞」で、「ちょっと…しておく」の意を持つ表現。清・黄遵憲の『度遼将軍歌』に「聞鷄夜半投袂起,檄告東人我來矣。此行領取萬戸侯,豈謂區區不余畀。將軍慷慨來度遼,揮鞭躍馬誇人豪。平時蒐集得漢印,今作將印懸在腰。將軍嚮者曾乘傳,高下句驪蹤迹遍。銅柱銘功白馬盟,鄰國傳聞猶膽顫。自從弭節駐鷄林,所部精兵皆百煉。人言骨相應封侯,恨不遇時逢一戰。雄關巍峨高插天,雪花如掌春風顛。歳朝大會召諸將,銅鑪銀燭圍紅氈。酒酣舉白再行酒,拔刀親割生彘肩。自言平生習鎗法,煉目煉臂十五年。目光紫電閃不動,袒臂示客如鐵堅。淮河將帥巾幗耳,蕭娘呂姥殊可憐。看余上馬快殺賊,左盤右辟誰當前。鴨綠之江碧蹄館,坐令萬里銷烽烟。坐中黄曾大手筆,爲我勒碑銘燕然。么麼鼠子乃敢爾,是何鷄狗何蟲豸。會逢天幸遽貪功,它它籍籍來赴死。能降免死跪此牌,敢抗顏行聊一試」とある。 ・一:「一+動詞」ちょっと…してみる。 ・一書:ちょっと書く。一通の手紙とする。動詞用法。
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◎ 構成について
韻式は「AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA」。韻脚は「餘
虚鋪
裾襦呼蘆衢殊梳湖疎舒徐艫蒲娯如車孤徒
鬚無初隅書」で、平水韻上平六魚(初書舒裾車疏梳廬如)。上平七虞隅無衢襦蛛殊
蒲湖孤呼)。上平七虞(鋪艫)。次の平仄はこの作品のもの。
○○○●○,(韻)
●○○●○。(韻)
●●●○●,
○●○○○。(韻)
○●●○●,
○○○●○。(韻)
●●●○●,
●●○○○。(韻)
●○●●●,
●●○○○。(韻)
(以下、省略)
2005.7.11 7.12 7.13 7.14 7.15 7.16 7.17 7.18完 2006.1. 7補 |
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