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人日寄杜二拾遺 | |
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唐・高適 |
人日題詩寄草堂,
遙憐故人思故鄕。
柳條弄色不忍見,
梅花滿枝空斷腸。
身在南蕃無所預,
心懷百憂復千慮。
今年人日空相憶,
明年人日知何處。
一臥東山三十春,
豈知書劍老風塵。
龍鐘還忝二千石,
愧爾東西南北人。
******
人日 杜二拾遺 に寄す
人日 詩を題して草堂 に寄 す,
遙 かに憐れむ 故人 故鄕を思ふを。
柳條 色を弄 して 見るに忍びず,
梅花 枝に滿ちて空 しく斷腸す。
身は南蕃 に在 りて預 る所 無く,
心に懷 く 百憂復 た 千慮。
今年 人日 空 しく相 ひ憶 ひ,
明年 人日何 れの處なるかを知らん。
一臥 東山 三十春,
豈 知らんや書劍 風塵に老いんとは。
龍鐘 還 た忝 なうす 二千石 ,
愧 づ爾 東西南北 の人に。
****************
◎ 私感註釈
※高適:〔かうせき;Gao1Shi4〕盛唐の詩人。702年頃~765年(廣德二年)。字は達夫。滄州・渤海(現・河北省)の人。少年時代を不遇の内に過ごしたが、発憤して政治・軍事の方面で活躍をし、各地の刺史となった。辺塞の離情を多くよむ詩に優れる。李白、杜甫とも交わりがあった。
※人日寄杜二拾遺:正月の人日(=七日)に杜甫に詩を送る。 *高適は上元二年(760年)に、蜀州刺史となりその地に赴任しており、顔見知りの杜甫は成都に居た。正月の人日(=七日)に杜甫に対してこのページの詩を送った。 ・人日:〔じんじつ;ren2ri4○●〕旧暦正月の第七日目(陰暦正月七日)。人の日。正月七日は、人全般の運勢を占う日であるという。日本では七種(ななくさ)の粥(=七草粥)を食べ、中国では人勝節ともいい、金銀の紙で人形などを作り、頭に飾ったり屏風に貼ったりして吉兆を祈った。呼称の由来は、正月の一日を鶏の日、二日を狗の日、三日を猪(豚)の日、四日を羊の日、五日を牛の日、六日を馬の日とし、それぞれの日にはその動物を殺さないようにしていた。そして、七日目を人の日(人日)とし、犯罪者に対する刑罰を行わないこととしていた。五節句(人日(一月七日)・上巳(三月三日)・端午(五月五日)・七夕(七月七日)・重陽(九月九日))の一つ。隋・薛道衡の『人日思歸』に「入春纔七日,離家已二年。人歸落雁後,思發在花前。」とあり、晩唐・司空圖の『乙丑人日』に「自怪扶持七十身,歸來又見故鄕春。今朝人日逢人喜,不料偸生作老人。」
とある。 ・寄:(詩歌を)郵送する。(詩歌を手紙に添えて)送る。 ・杜二拾遺:杜甫のこと。「二」は排行。「拾遺」は唐代の官名で天子を諫める役。杜甫は、757年(至徳二載(年))に安禄山軍占領下の長安を脱出し、粛宗から左拾遺の官位を授けられる。後、退けられ、やがて流浪の旅に出る。
※人日題詩寄草堂:一月の七日の人日に、詩を作って(杜甫の浣花)草堂宛に送った(のは)。 ・題詩:(決められた)題によって詩を作ること。 ・草堂:草ぶきの家。わらや。草屋。また、自分の家を謙遜していう。ここは、前者の意で、杜甫の浣花草堂のこと。杜甫は、760年(上元元年)に成都で草堂(=浣花草堂/杜甫草堂)を建てた。
※遥憐故人思故郷:遠く離れたところにいる友人(=杜甫)が(この人日に)故郷を思っている(だろう)ことを気の毒に思て(のことだ)。 ・遥憐:遠く離れたところに思いを致す意。盛唐・杜甫の『月夜』「今夜鄜州月,閨中只獨看。遙憐小兒女,未解憶長安。香霧雲鬟濕,淸輝玉臂寒。何時倚虚幌,雙照涙痕乾。」とあり、盛唐・岑參の『行軍九日思長安故園』に「強欲登高去,無人送酒來。遙憐故園菊,應傍戰場開。」
とある。 ・憐:心がひかれる。気の毒に思う。あわれむ。 ・故人:古くからの知人。古くからの友人。昔の友達。旧友。故知。また、死んだ人。ここは、前者の意で、杜甫を指す。盛唐・李白の『黄鶴樓送孟浩然之廣陵』に「故人西辭黄鶴樓,煙花三月下揚州。孤帆遠影碧空盡,惟見長江天際流。」
とあり、中唐・張謂の『同王徴君湘中有懷』に「八月洞庭秋,瀟湘水北流。還家萬里夢,爲客五更愁。不用開書帙,偏宜上酒樓。故人京洛滿,何日復同遊。」
とあり、盛唐・王維の『送元二使安西』に「渭城朝雨浥輕塵,客舍靑靑柳色新。勸君更盡一杯酒,西出陽關無故人。」
があり、盛唐・孟浩然の『過故人莊』「故人具鷄黍,邀我至田家。綠樹村邊合,青山郭外斜。開筵面場圃,把酒話桑麻。待到重陽日,還來就菊花。」
とあり、中唐・劉長卿の『贈崔九載華』に「憐君一見一悲歌,歳歳無如老去何。白屋漸看秋草沒,靑雲莫道故人多。」
とあり、中唐・張謂の『送盧舉使河源』に「故人行役向邊州,匹馬今朝不少留。長路關山何日盡,滿堂絲竹爲君愁。」
とある。
※柳条弄色不忍見:ヤナギの枝が(新芽の)色をきざしているのは、見るに忍びない。(流寓の身=杜甫にとっては徒(いたずら)に月日のみが過ぎ去って行くので)。 ・柳条:ヤナギの枝。 ・弄色:色をきざす意。ここでは、柳の枝が新芽を見せ始めていることを謂う。後世、日本の河上肇の『途上所見』「夕陽將欲沒,紅染紫霄時。弄色西山好,乾坤露玉肌。」がある。 ・不忍:耐えられない。忍びない。
※梅花満枝空断腸:梅の花が枝にいっぱいあっても、無駄に悲しみがつのってくる。 ・空:むなしい。からである。無駄に。すかっとからで、とらえるものがない。 ・断腸:非常な悲しみを謂う。腸(はらわた)を断ち切られちぎれるほどの悲しさや辛さのこと。後世、中唐・顧況の『聽角思歸』に「故園黄葉滿靑苔,夢後城頭曉角哀。此夜斷腸人不見,起行殘月影徘徊。」とある。
※身在南蕃無所預:(我が)身(=高適)は、南国にあって、(中央の政治に)かかわることがなく。 ・身:ここでは、高適のからだ。 ・南蕃:〔なんばん;nan2fan1○○〕南方の野蛮人(の国)。≒南蛮。粛宗により、揚州大都督府長史、淮南節度使、西川節度使として江南の地に赴いていたことを謂う。 ・無所預:かかわることがない。あずかるところがない。 ・預:〔よ;yu4●〕かかわる。あずかる。=与。
※心懐百憂復千慮:心にあれこれと考えをめぐらせては、またふたたび、いろいろと考えをめぐらせている。 ・心懐:心に抱(いだ)く。 ・百憂:あれこれと考えをめぐらすこと。 ・復:また。ふたたび。 ・千慮:いろいろと考えをめぐらすこと。
※今年人日空相憶:今年の人日は、むなしく思い起こしているが。 ・相-:…ていく。…てくる。動作等が対象に及んでいく時に使う。「相互に」の意味はここではない。白居易の『勸酒』「昨與美人對尊酒,朱顏如花腰似柳。今與美人傾一杯,秋風颯颯頭上來。年光似水向東去,兩鬢不禁白日催。東鄰起樓高百尺,題照日光相射。」
、李白に『把酒問月』「靑天有月來幾時,我今停杯一問之。人攀明月不可得,月行卻與人相隨。皎如飛鏡臨丹闕,綠煙滅盡淸輝發。但見宵從海上來,寧知曉向雲閒沒。白兔搗藥秋復春,
娥孤棲與誰鄰。今人不見古時月,今月曾經照古人。古人今人若流水,共看明月皆如此。唯願當歌對酒時,月光長照金樽裏。」
や、陶潜の『飮酒二十首』其一「衰榮無定在,彼此更共之。邵生瓜田中,寧似東陵時。寒暑有代謝,人道毎如茲。達人解其會,逝將不復疑。忽與一觴酒,日夕歡相持。」
、陶淵明の『雜詩十二首』其七の「日月不肯遲,四時相催迫。寒風拂枯條,落葉掩長陌。弱質與運頽,玄鬢早已白。素標插人頭,前途漸就窄。家爲逆旅舍,我如當去客。去去欲何之,南山有舊宅。」
や張説の『蜀道後期』「客心爭日月,來往預期程。秋風不相待,先至洛陽城。」
、杜甫の『
州歌十絶句』其五に「
東
西一萬家,江北江南春冬花。背飛鶴子遺瓊蕊,相趁鳧雛入蒋牙。」
とある。李煜『柳枝詞』「風情漸老見春羞,到處消魂感舊遊。多謝長條似相識,強垂煙穗拂人頭。」
、唐~・韋莊の『江上別李秀才』に「前年相送灞陵春,今日天涯各避秦。莫向尊前惜沈醉,與君倶是異鄕人。」
とあり、范仲淹の『蘇幕遮』「碧雲天,黄葉地,秋色連波,波上寒煙翠。山映斜陽天接水,芳草無情,更在斜陽外。 黯鄕魂,追旅思,夜夜除非,好夢留人睡。明月樓高休獨倚,酒入愁腸,化作相思涙。」
とあり、唐末・韋莊の『浣溪沙』「夜夜相思更漏殘。」
など、下図のように一方の動作がもう一方の対象に及んでいく時に使われている。
もっとも、李白の『古風』「龍虎相啖食,兵戈逮狂秦」、『遠別離』の「九疑聯綿皆相似,重瞳孤墳竟何是。」や『長相思』「長相思,在長安」や王維の「入鳥不相亂,見獸皆相親。」などは、下図のような相互の働きがある。
A B
勿論、これらとは別に言葉のリズムを整える働きのために使っていることも詩では重要な要素に挙げられる。
A B
※明年人日知何処:来年の人日(一月七日)には、どこにいることなのやら(分かろうか)。 ・知:分かる。 ・何処:どこ(…か)。 ・知何処:どこにいることやら(分かろうか)。「知何処」≒「不知何処」。「明年人日知何処」≒「不知何処明年(春)」、「明年人日不知何(/処)」。北宋・歐陽脩/張先の『生査子』に「含羞整翠鬟,得意頻相顧。雁柱十三弦,一一春鶯語。 嬌雲容易飛,夢斷知何處。深院鎖黄昏,陣陣芭蕉雨。」とあり、清・『儒林外史』の呉敬梓は『説楔子敷陳大義借名流隱括全文』で「人生南北多岐路。將相神仙,也要凡人做。百代興亡朝復暮,江風吹倒前朝樹。功名富貴無憑據。費盡心情,總把流光誤。濁酒三杯沈醉去,水流花謝知何處!」
と使う。
※一臥東山三十春:(わたし=高適の若い頃、)仕官しないで、東山に隠者生活をすること三十年(であったが)。 ・臥:仕官しないで、隠者生活をする意。≒臥雲。 ・東山:故山(=故郷の山)の意で使う。政治・軍事の世界に出る前、郷里で過ごしていた時期を謂う。晋の謝安が会稽の東山に引き籠もって悠々自適の生活を送ったという故事による。『晉書』(卷七十九 列傳第四十九)「謝安」(二〇七二頁~二〇七三頁 中華書局版533ページ)に「有司奏安被召,歴年不至,禁錮終身,遂棲遲東土。…『卿累違朝旨,高臥東山,諸人毎相與言,安石不肯出,將如蒼生何!蒼生今亦將如卿何!』」とあり、『世説新語』「排調第二十五」(中華書局版799ページ)〔26〕「謝公在東山,朝命屡降而不動。…『卿屡違朝旨,高臥東山,諸人毎相與言:安石不肯出,將如蒼生何!』今亦蒼生將如卿何?』謝笑而不答。」とある。 ・三十春:三十年。ここでは、作者・高適の若い時代のを謂う。
※豈知書剣老風塵:どういう次第でか、学問と武芸の面で、世間の俗事の中で老いていこうとは、思いもよらなかった。(若い頃の三十年は不遇で、半隠棲生活のようにして日を送っていたが、どのような次第でか、俗世間で出世してきて、老いてきた。あなた(=杜甫)はわたしよりもずっと若いので、頑張れば埒があこう)。 ・豈:どうして…か。あに…や。反語の虚詞。 ・書剣:書物と剣。昔の文人が常に携帯した物。学問と武芸。 ・風塵:〔ふうぢん;feng1chen2○○〕世間の俗事。わずらわしい物事の喩え。風と塵。砂ぼこり。浮き世。兵乱。南宋・岳飛の『滿江紅』登黄鶴樓有感「遙望中原,荒煙外,許多城郭。想當年,花遮柳護,鳳樓龍閣。萬歳山前珠翠繞,蓬壺殿裏笙歌作。到而今、鐵騎滿郊畿,風塵惡! 兵安在?膏鋒鍔。民安在?填溝壑。歎江山如故,千村寥落。何日請纓提鋭旅,一鞭直渡淸河洛。却歸來、再續漢陽遊,騎黄鶴。」や清初・呉偉業の『遇南廂園叟感賦八十韻』「薄暮難再留,暝色猶靑蒼。策馬自此去,悽惻摧中腸。顧羨此老翁,負耒歌滄浪。牢落悲風塵,天地徒茫茫。」
とある。 ・老風塵:俗事に従事している内に老いてしまったの意。
※龍鐘還忝二千石:年老いてつかれ病んだ(役立たずの老い耄(ぼ)れのわたし(=高適)でさえ)二千石の禄高をかたじけなくしており。 ・龍鐘:〔りょうしょう;long2zhong1○○〕年老いてつかれ病むさま。失意のさま。涙を流すさま。行き悩むさま。 ・還:〔hai2〕なお。なおまた。 ・忝:〔てん;tian3◎〕もったいない。かたじけない。かたじけなくも…。かたじけなし。 ・二千石:漢代の郡守の俸禄高。転じて、地方長官の意で使う。ここでは、作者・高適自身を指す。「二千石」の「石」の読み方は容量単位なので国語(=日本語)の慣用では「こく」があり、漢語も口語に「dan4」があるが、漢文(古典)としては「せき」「shi2」と読む。 ・石:〔せき、こく;(古典)shi2/(口語)dan4●〕容量の単位:=斛。1石=10斗。 重さの単位:=碩。1石=120斤。ただし、古典中の俸禄高を示す表現では〔dan4〕とは読まないで、〔shi2〕と読む。蛇足になるが、石(「いし」の意)は〔せき;shi2●〕。
※愧爾東西南北人:(才能がありながら)放浪しているあなた(=杜甫)に、心苦しくはずかしく思う。 ・愧:〔き;kui4●〕自分の見苦しいのを人に対してはずかしく思う。はじる。はづ。 ・爾:おまえ。なんじ。ここでは、杜甫を指す。 ・東西南北人:住所が定まらず、諸方をさまよい歩く人。放浪者。ここでは、杜甫を指す。「爾東西南北人」。『礼記・檀弓上』に「孔子既得合葬於防,曰:吾(=孔子)聞之,古也墓而不墳。今丘也,東西南北之人也。不可以弗識也。於是封之,崇四尺。」とある。
***********
◎ 構成について
韻式は、「AAAbbbCCC」。韻脚は「堂郷腸、預慮處、春塵人」で、平水韻下平七陽(堂郷腸)、去声六御(預慮處)、上平十一真(春塵人)。この作品の平仄は、次の通り。
○●○○●●○,(A韻)
○○●○○●○。(A韻)
●○●●●●●,
○○●○○●○。(A韻)
○●○○○●●,(b韻)
○○●○●○●。(b韻)
○○○●○○●,
○○○●○○●。(b韻)
●●○○○●○,(C韻)
●○○●●○○。(C韻)
○○○●●○●,
●●○○○●○。(C韻)
2013.4.10 4.11 4.12 4.13 |
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