關山月
            

            
        宋 陸游


和戎詔下十五年,
將軍不戰空臨邊。
朱門沈沈按歌舞,
厩馬肥死弓斷弦。
戍樓刁斗催落月,
三十從軍今白髮。
笛裏誰知壯士心,
沙頭空照征人骨。
中原干戈古亦聞,
豈有逆胡傳子孫!
遺民忍死望恢復,
幾處今宵垂涙痕。



    **********************

            關山月
          


戎と和す 詔(みことのり) 下りて  十五年,
將軍 戰はずして  空しく 邊に 臨む。
朱門 沈沈として  歌舞を 按じ,
厩馬は 肥死して  弓は 弦を斷つ。
戍樓の 刁斗
(てうと)  落月を催し,
三十にして 軍に從ひ  今は 白髮なり。
笛裏 誰か知らん  壯士の心,
沙頭 空しく照らす  征人の骨。
中原の 干戈  古
(いにし)へも亦た聞くに,
(あ)に  逆胡の  子孫に 傳ふる 有らんや!
遺民 死を忍びて  恢復を 望み,
幾處か 今宵  涙を垂らせし 痕
(あと)のこす。


             ******************

◎ 私感訳註:

※關山月:楽府題だが、唐詩の伝統として、「關山」からは、西域の城塞を、「月」からは、離れたところにいる人が、遥かに思い偲ぶ、というパターンがある。「出征兵士を思い偲ぶ」という意味である。

※和戎詔下十五年:えびすと和議を締結するという皇帝のみことのりが下りて、十五年が経つ。 ・和戎:和議。えびすと和議を締結する。1163年(隆興元年)の和義。締結は1165年(乾道元年)。「戎」は金を指す。後世、劉克莊は『戊辰即事』で「詩人安得有衫,今歳和戎百萬縑。從此西湖休插柳,剩栽桑樹養呉蠶。」と、和議を詠うが、それは嘉定元年(歳次戊辰:1208年)の南宋と金との間の和議で、四十五年程後のことになる。 ・詔下:(孝宗の)みことのりが下りる。皇帝の命令が出る。 ・十五年:1177年・淳煕四年に陸游はこの詩を作ったので、1163年隆興元年の和義(締結は1165年・乾道元年)から十余年経っているので、その間の年数を云う。もしも作者との関聯を考えなければ、宋、金の間の媾和は二回あり、第一次は、1142年・紹興十二年の媾和成立。第二次は、1165年・乾道元年になる。「十五年」はこの二度にわたる媾和の間を指しているともいえよう。

※將軍不戰空臨邊:(国境附近では)征夷の将軍は(夷狄と)戦うことがなく、(臨戦態勢のまま)むなしく辺疆に居る。 ・將軍不戰:征夷の将軍は(夷狄と)戦うことがなく。 ・空臨邊:(功労を立てることもなく)むなしく辺疆に居る。

※朱門沈沈按歌舞:(都では)権門の富貴な朱塗りの門の奥深いところでは、歌舞といった娯楽が催されている。 ・朱門:朱塗りの門で、富貴な人のところ。富豪、貴族、権門。 ・沈沈:奥深い。静まりかえって。屋敷が奥深く世間とは隔絶されている様子を云う。「沈」については、次のような変遷がある。「」は、日本側、「」は中国側になる。

しん

shen

しん

shen

 

 
しん

  
瀋陽
しん
ちん

shen
chen

しん
ちん

shen
 

しん
ちん

shen
 
ちん

chen

ちん

chen
沈没


 ・按:拍子をとる。音楽の調子を合わせる。演奏する。 ・歌舞:音楽や舞踊。 ・按歌舞:歓楽に耽る。


※厩馬肥死弓斷弦:厩舎の馬は戦馬として使われないので、厩舎で肥え太って、死に、弓はゆづるが切れたままである。防衛策は抛棄されたままである。 ・厩馬:厩舎の馬。戦馬として使われないで、厩舎に繋がれたままになっている馬。 ・肥死:肥え太って、死ぬ。 ・弓斷弦:弓はゆづるが断たれ。弓は、ゆづるが切れてもなおされることなく。「厩馬肥死弓斷弦」で、「防衛策は、何も施されることなく」の比喩になる。

※戍樓刁斗催落月:国境防備の物見櫓からは、夜回りや時を知らせる銅鑼が聞こえてきて、月が沈もうとしている。 ・戍樓:国境防備の歩哨所。防衛のための物見櫓。辺境防備用の望楼。 ・刁斗:夜回りをするときや時を知らせるために使う、銅製の拍子木の役をする道具。時を知らせるために、打った銅鑼。また、古代の野戦用炊事釜。昼間は炊事に用い、夜間は警報と時報に打ち鳴らした。 ・催:うながす。 ・落月:月が沈む。

※三十從軍今白髮:三十歳で従軍したが、今は(もう)白髪(の年齢)になった。 ・三十從軍:三十歳で従軍し。「二十」とするのもある。 ・今白髮:今は白髪になった。

※笛裏誰知壯士心:笛の音色の中に(秘められた)兵士の心を誰が分かろうか。 ・笛裏:笛の音色の中に。 ・誰知:だれが分かろうか。誰も知るまい。 ・壯士心:雄々しい思いを抱いた人の心。ここでは兵士を指す。

※沙頭空照征人骨:戦場には戦士の遺骸が(月光に)空しく照らされている。 ・沙頭:戦場に。戦塵にまみれるところで。「沙場に」の意。戦場は、塵土飛揚し、飛沙走石となるため、戦場の比喩として使われる。特段に「砂漠、すなわら、すなば、河原」等の「すな」のあるところを強調する意はない。辛棄疾の『破陣子』「醉裏挑燈看劍,夢回吹角連營。八百里分麾下灸,五十絃翻塞外聲。沙場秋點兵。」や王翰の『涼州詞』「醉臥沙場君莫笑,古來征戰幾人回。」に出てくる「沙場」の意。 ・頭:場所を表す後の後に附く。街頭、駅頭の「頭」。「上」に近い。 ・空照:(月光が、死んだ兵士の遺骸を)むなしく照らし出している。 ・征人骨:出征兵士の遺骸。

※中原干戈古亦聞:中国の中央部である中原でも、戦闘があったと聞いている。 ・中原:中国の中央部。 ・干戈:ホコなどの武器。転じて、戦闘行為。 ・古亦聞:過去にも、あったという。

※豈有逆胡傳子孫:どうして異民族が(漢民族の地に)子孫を残すということができようか。 ・豈有:どうして……あろうか。あに……あらんや。 ・逆胡:叛逆してくるえびす。大人しく云うことを聞かない異民族。 ・傳子孫:誰の「子孫」と取るかによって、意味が異なってくる。「漢民族の子孫」と見れば、「このような屈辱と悲痛な思いを子孫に伝えられようか」となり「金の王室の子孫」と取れば、「金は建国以来、代々王統を嗣いできたが、どうしてそのようなことがいつまでも続けられようか」となる。

※遺民忍死望恢復:南宋の遺民(金国領内の漢民族)は死ぬほど堪え忍んで、南宋の漢民族王朝が恢復するのを待ち望んでいる。 ・遺民:宋の遺民。淮河以北の金の領土となったところに取り残された漢民族の民。 ・忍死:死ぬことを堪え忍ぶ。こらえる。 ・恢復:失った領土を元に戻す。(淮河以北、長城以南が)宋の領土に戻ることを云う。(武力での)恢復を望む。

※幾處今宵垂涙痕:(淮河以北の)どれほどのところで、今宵、(人が異民族支配という境遇を悲しんで)涙を流したその跡を見いだすことができるだろうか。 ・幾處:(淮河以北の)どれほどのところで。 ・今宵:こよい。 ・垂涙痕:涙を流したあとができることだろうか。ここは、「垂涙」の「痕」(「垂涙之痕」「垂涙而痕」。後者は「痕」を動詞ととる)と見るのが自然だが、読み下しには向かない。そこで、「涙」を「垂」らした「痕」。 「『涙痕』は「『乾』くものであって、『垂』らすものではない」、とは見ない。意味が通じない。また、「痕」字は韻脚のため、どうしても使いたかった。





◎ 構成について

      換韻。韻式は「AAAbbbCCC」。韻脚は「年邊弦」「月髮骨」「聞孫痕」で、それぞれ平水韻下平一先、入聲六月、上平十三元。「空」は両韻。「将軍」というときの「将」は。「沈」も両韻だが、ここでは


    ○○●●●●○,(平韻)
    ○○●●◎○○。(平韻)
    ○○○○●○●,
    ●●○●○●○。(平韻)
    ●○○●○●●,(仄韻)
    ○●○○○●●。(仄韻)
    ●●○○●●○,
    ○○◎●○○●。(仄韻)
    ○○○○●●○,(平韻)
    ●●●○○●○。(平韻)
    ○○●●◎○●,
    ●●○○○●○。(平韻)

    
2002.11.10
     11.11
     11.12
     11.13
     11.14完
2007. 2.17補
2009. 6.25補


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