客中行
   　 
      　　　　　　　　　　　唐　李白

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
蘭陵の　美酒　　鬱金香，
玉碗　盛り來る　　琥珀の光。
但だ　主人をして　　能く客を醉はしめば，
知らず　　何（いづ）れの處か　　是れ　他�ｸなるを。

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◎　私感註釈

※李白：(７０１〜７６２年)盛唐の詩人。字は太白で、自ら青蓮居士と号する。西域で生まれ、四川で育つ。翰林供奉となるが高力士の讒言に遭い、退けられる。

※客中行：「旅先での歌」の意。「客中作」ともする。　・客：よその地を旅すること。異客となること。　・中：…をしている時、中。　・行：歌行。詩歌。「…行」は楽府に付く「詩・歌」の意。『代朗月行』、『前有樽酒行』、魏・曹操『短歌行』、魏・曹操『蒿里行』、唐・劉希夷『公子行』（天津橋下陽春水）、唐・李白『客中行』、唐・杜甫『兵車行』（車，馬蕭蕭）、唐・白居易の『琵琶行』、南宋・陸游『山南行』など。また、王維『少年行』「一身能擘兩雕弧」、王維『少年行』「新豐美酒斗十千，咸陽遊侠多少年。相逢意氣爲君飮，繋馬高樓垂柳邊。」 がある。唐の崔國輔『長樂少年行』「遺卻珊瑚鞭，白馬驕不行。章臺折楊柳，春日路傍情。」 や李白『少年行』「五陵年少金市東，銀鞍白馬度春風。落花踏盡遊何處，笑入胡姫酒肆中。」、王昌齢『少年行』「走馬遠相尋，西樓下夕陰。結交期一劍，留意贈千金。高閣歌聲遠，重門柳色深。夜闌須盡飲，莫負百年心。」や沈彬の『結客少年場行』「重義輕生一劍知，白虹貫日報讎歸。片心惆悵清平世，酒市無人問布衣。」や、宋の賀鑄『六州歌頭』「少年侠氣，交結五�ｷ雄。肝膽洞，毛髮聳。立談中，生死同，一諾千金重。推翹勇，矜豪縱，輕蓋擁，聯飛, 斗城東。轟飮酒，春色浮寒甕。吸海垂虹。�闌ﾄ鷹嗾犬，白�駐E雕弓，狡穴俄空。樂怱怱。」 等、極めて多い。

※蘭陵美酒鬱金香：蘭陵産の美酒にウッコン香は。　*美しい響きを持つ聯である。　・蘭陵：地名。山東省最南端の蒼山（の西南３０キロメートル）、棗荘市（の東南東４０キロメートル）の中間にある。『中国歴史地図集』第六冊　宋・遼・金時期（中国地図出版社）１４−１５ページ「北宋　京東東路 京東西路」に蘭陵鎮とある。荀子の墓もあるところ。李白は各地を漫遊し、山東省中央部にある徂徠山にも足を運んでいるので、その方面での饗応に対する礼を込めての言葉なのかも知れない。　・鬱金香：〔うっこんかう；yu4jin1xiang1●○○〕チューリップ。また、ミョウガ科の多年草でキゾメグサ（鬱金）の香。ハルウコンの香。香草、ハーブの名。西域にあるウッコン草から採った香。酒に浸して、色や香を附けるために使う。唐・劉希夷（劉廷芝）『公子行』に「天津橋下陽春水，天津橋上繁華子。馬聲廻合青雲外，人影搖動�鵠g裏。�鵠g蕩漾玉爲砂，青雲離披錦作霞。可憐楊柳傷心樹，可憐桃李斷腸花。此日遨遊邀美女，此時歌舞入娼家。娼家美女鬱金香，飛去飛來公子傍。的的珠簾白日映，娥娥玉顏紅粉妝。」とある。

※玉碗盛來琥珀光：玉杯に、コハク色に輝く（酒を）いっぱいに入れて。　・玉碗：玉（ぎょく）で出来たさかづき。玉杯。「玉杯」としないのは、一は平仄上の問題で、「碗」は●、「杯」は○になることに因る。ここは●とすべきところで、正しく合致している。勿論、当然ながら表現内容である容器の大小、深浅の差異、また、発音上のリズム感にも因る。　・盛：（器に）もる、もりあげるという動詞。動詞は○で、「さかんな」という形容詞は●。ここは○とすべきところで、正格。　・−來：動詞の後について、前の動詞を助ける働きをする。…てきた。…てだしてきた。　・琥珀：〔こはく；hu3po4●●〕コハク。松ヤニの樹脂の化石。透き通った深い黄色の玉（ぎょく）。女性のブローチなどの材料にも使われている。ここは酒の色の形容。　・琥珀光：コハク色に輝く酒。鬱金香を酒に浸したためついた色。

※但使主人能醉客：ただ主人側の人が客人を充分に酔わしてしまうようにさえすれば。ただ主人が客を酔っぱらわせてしまえれば。　・但使：ただ…しさえすれば。ただ…のようにさせれば。「ただ…しさえすれば」という或る条件を満たすようにさえすれば、次のような結果が出る、という表現の語。　・主人：もてなす側の人。「客」に対する語。・能：よく。あたう。できる。可能を表す。　・醉客：客を酔わせる。

※不知何處是他郷：どこが異郷である（といえる）のだろうね。　・不知＋何…：【「不知」＋「何處」】で、「…かしら」（どこに…しよう（/したの）かしら）の意で、推量の趣を持った弱い疑問表現。【「不知」＋「何處」】【「不知」＋「諸」】【「不知」＋「乎」】【「不知」＋「與」】 或いは【「不識」＋「何處」】【「不識」＋「諸」】【「不識」＋「乎」】【「不識」＋「與」】 「…かしら」（どこに…しよう（/したの）かしら）の意で、推量の趣を持った弱い疑問表現。中唐・李益の『夜上受降城聞笛』に「囘樂峯前沙似雪，受降城外月如霜。不知何處吹蘆管，一夜征人盡望�ｸ。」とあり、北宋・蘇軾の『水調歌頭』に丙辰中秋，歡飮達旦，大醉，作此篇，兼懷子由。「明月幾時有？把酒問��天。不知天上宮闕，今夕是何年。我欲乘風歸去，又恐瓊樓玉宇，高處不勝寒。起舞弄�C影，何似在人間！　　　轉朱閣，低綺戸，照無眠。不應有恨，何事長向別時圓？人有悲歡離合，月有陰晴圓缺，此事古難全。但願人長久，千里共嬋娟。」とあり、唐・張汯の『怨詩』に「去年離別雁初歸，今歳裁縫螢已飛。狂客未來音信斷，不知何處寄寒衣。」とあり、唐・崔護の『題�ｷ城南莊』に「去年今日此門中，人面桃花相暎紅。人面不知何處在，桃花依舊笑春風。」とあり、唐・岑參の『碩中作』に「走馬西來欲到天，辭家見月兩囘圓。今夜不知何處宿，平沙萬里絶人烟。」とあり、 南宋・陸游の『夜遊宮』記夢寄師伯渾に「雪曉�C笳亂起。夢遊處、不知何地。鐵騎無聲望似水。想關河、雁門西，��海際。」とあり、南宋・張孝祥の『念奴嬌』「過洞庭「洞庭青草，近中秋、更無一點風色。玉鑑瓊田三萬頃，著我扁舟一葉。素月分輝，明河共影，表裏倶澄�K。悠然心會，妙處難與君説。　　　應念嶺海經年，孤光自照，肝肺皆冰雪。短髮蕭騷襟袖冷，穩泛滄浪空闊。盡吸西江，細斟北斗，萬象爲賓客。扣舷獨笑，不知今夕何夕。」とある。　・何處：どこ。　・是：…は…である。これ。主語と述語の間にあって述語の前に附き、述語を明示する働きがある。〔A是B：AはBである〕。陳述に使う語。「『何處』が『他�ｸ』であるのか」。　・他�ｸ：異郷。よその地。「故郷」に対する語。「但使主人能醉客，不知何處是他�ｸ。」主人側が充分に酔っぱらわせてくれたならば、（酔っぱらった結果、）一体どこが異郷であるのか、忘れて分からなくなることだろう。琥珀色をした酒の盃は千万の旅愁から解きはなってくれるということ。

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◎　構成について

七言絶句。平韻。韻式は、「ＡＡＡ」。韻脚は「香光�ｸ」で、平水韻下平七陽。次の平仄はこの作品のもの。

　　　○○●●●○○，（韻）
　　　●●○○●●○。（韻）
　　　○●●○○●●，
　　　●○○●●○○。（韻）

２００３．　１．２８完 ２００５．１１．　４補 ２００６．　８．１０ ２０１０．１２．　８ ２０１２．　３．１６

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