井真成墓誌贈尚衣奉御井公墓誌文辞詩詞世界　碇豊長の詩詞

康有為

  　

        贈尚衣奉御井公墓誌文辭
　　

其辭曰：

□乃天常，
哀茲遠方。
形既埋於異土，
魂庶歸於故鄕。

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贈尚衣奉御井公墓誌文の辭 　

其の辭に曰（いは）く：

□は　乃（すなは）ち　　天常なるも，
哀（あはれなる）は　茲（こ）れ　　遠方なり。
形（けい）は　既（すで）に　　異土に　埋（うづ）むれども，
魂は　庶（こいねが）はくは　　故鄕に　歸れかし。

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◎　私感註釈

※贈尚衣奉御井公墓誌文辭其辭曰：井真成の墓誌文の末尾にある辞。二聯からなる対仗になっている韻文で、平仄や押韻にも正しく対応している。各聯の前後では、詠う内容も逆にして対応した表現。　・井公：井真成。井真成は、唐代の日本人留学生（？）で、唐朝に仕え長安に没し、その地に葬られた。平成十六年十月十一日頃に墓誌発見が発表された。

※□乃天常：……（別離？）は、天の道の常である（が）。　・□：石版の縁にある文字のため、缺けて不明の字。対仗になっているため第二句「哀」との関聯や辞意から、形容詞、動詞性の主部になれる名詞の働きをとる語で、「哀」字と対応する一字、平仄から言えば、仄韻字（上声、去声、入声）のもの。死別、別離を表す語が来る。王建新教授は第二句から考えて「別」字とする。『昭明文選』の卷十六～二十八（哀傷、挽歌の巻）、陶淵明詩から現在、探しているところ。「天常」の語は、なかった（ようだ）。その中から相応しい言葉をピックアップしていくと「化（滅）」「（長）逝」「命（也可奈何）」「（與子）別」、また、「窮（達）」「安（樂）」「夭（枉（特兼常））」等になろうか。整理すれば、「逝」「化」「別」「息」「壽」「命」「滅」「寂」また、平仄上は苦しいが「離」「騰」「遷」「仙」「昇」「安」「空」「無」…等か。「解」「死」等は、対仗の習慣から見て苦しい。石板の当該文字の部分の残画は左下に向かって払っているようなので、「別」字は妥当。　・乃：すなわち。主部の後に附く。事実上は、主部と述部の間に位置し、両者の関係を明確化する働きをする。…は…である。　・天常：天の法則。世の常。天紀。天命。『呂氏春秋・仲夏紀』に「渾渾沌沌，離則復合，合則復離，是謂天常。」とある。

※哀茲遠方：不愍に思うことは、（故国を離れた）遠方であることである。　・哀：不愍に思う（ことは）。いたわしく感じる（ことは）。あわれであること。かなしいこと。ここでの用法では、「かなしいこと（は）、」になる。前出・缺落の文字に対応する字。　・茲：〔し（じ）；zi1○〕これ。ここ（に）。また、この。ここでの用法は、主部と述部の間に位置し、両者の関係を明確化する働きをする「是」に近い。…は…である。前出「乃」に対応する。後出『形贈影』の青字部分「然茲道絶」の「茲」の用法に同じ。東晋の陶潜は『游斜川』で「開歳倏五日，吾生行歸休。念之動中懷，及辰爲茲游。氣和天惟澄，班坐依遠流。弱湍馳文魴，閒谷矯鳴鴎。迥澤散游目，緬然睇曾丘。雖微九重秀，顧瞻無匹儔。提壺接賓侶，引滿更獻酬。未知從今去，當復如此不。中觴縱遙情，忘彼千載憂。且極今朝樂，明日非所求。」とする。蛇足になるが、『古詩十九首』之十五の「生年不滿百，常懷千歳憂。晝短苦夜長，何不秉燭遊。爲樂當及時，何能待來茲。愚者愛惜費，但爲後世嗤。仙人王子喬，難可與等期。」や、晉・陶潛の『飮酒二十首』其一「衰榮無定在，彼此更共之。邵生瓜田中，寧似東陵時。寒暑有代謝，人道毎如茲。達人解其會，逝將不復疑。忽與一觴酒，日夕歡相持。」とは異なる。　・遠方：遠く離れたところ。

※形既埋於異土：肉体は、異郷の地に埋葬されてしまったからには。　・形：〔けい；xing2○〕肉体。実体。陶潜の『形影神・序』「貴賤賢愚，莫不營營以惜生，斯甚惑焉。故極陳形影之苦。言神辨自然以釋之。好事君子，共取其心焉。」、『形贈影』「天地長不沒，山川無改時。草木得常理，霜露榮悴之。謂人最靈智，獨復不如茲。適見在世中，奄去靡歸期。奚覺無一人，親識豈相思。但餘平生物，舉目情悽。我無騰化術，必爾不復疑。願君取吾言，得酒莫苟辭。」、『影答形』「存生不可言，衞生毎苦拙。誠願游崑華，然茲道絶。與子相遇來，未嘗異悲悅。憩蔭若暫乖，止日終不別。此同既難常，黯爾倶時滅。身沒名亦盡，念之五情熱。立善有遺愛，胡爲不自竭。酒云能消憂，方此不劣。」や、『始作鎮軍參軍經曲阿作』では、「弱齡寄事外，委懷在琴書。被褐欣自得，屡空常晏如。時來苟宜會，宛轡憩通衢。投策命晨旅，暫與園田疎。眇眇孤舟遊，綿綿歸思紆。我行豈不遙，登降千里餘。目倦川塗異，心念山澤居。望雲慚高鳥，臨水愧遊魚。眞想初在襟，誰謂形迹拘。聊且憑化遷，終反班生廬。」に使われている。　・既：〔き；ji4●〕…であるからには。すでに…ではあるが。すでに…となっているものの。「已」字の「すでに、とっくに」の意とは異なる。　・埋：〔まい；mai2○〕地中にうめる。埋葬する。死者を葬る。　・於：…に。〔動詞〕＋於＋〔場所〕で、「…で…する」。　・異土：（日本人にとって）異国の土（地）。異国。異郷。外地。遠国異土。遠属異土。ここでは､中国・長安のことになる｡『墨子・尚同上』に「以天下爲博大，遠國異土之民，是非利害之辯，不可一二而明知。」とある。なお、墓誌文を識した唐（官）側からは中国・長安のことを「異域」とは謂えるものではない。

※魂庶歸於故鄕：たましいよ、願わくは、故国へ帰ってほしいものだ。　・魂：〔こん；hun2○〕たましい。人が死ぬと、「魂」（こん）は地上に留まることなく、天に昇るとされる。　・庶：〔しょ；shu4●〕こいねがわくは。こいねがう。ここは、前者の意。≒庶幾。冀。『昭明文選』卷二十三・潘安仁（潘岳）の『悼亡詩』末尾に「遮幾有時衰，莊缶猶可撃。」とある。平成十六年十月十一日に発表されて以降、この語を「こいねがう」と動詞のように読んでいる事が多いが、ここは第三句の「既」字と対応する副詞的用法で、「こいねがわくは」と読むべきところ。我が国の『敎育ニ關スル勅語』の「朕爾臣民ト倶ニ擧擧服膺シテ咸其德ヲ一ニセンコトヲ庶幾フ」とは用法が異なる。『漢書・李陵列傳～蘇武列傳』「陵雖駑怯，令漢且貰陵罪，全其老母，使得奮大辱之積志，庶幾乎曹柯之盟，此陵宿昔之所不忘也。」。願作、願爲とともに、願望を表す古漢語の「願…」の用法に似ている。漢の烏孫公主劉細君の『悲愁歌』に「吾家嫁我兮天一方，遠託異國兮烏孫王。穹盧爲室兮氈爲牆，以肉爲食兮酪爲漿。居常土思兮心内傷，願爲黄鵠兮歸故鄕。」とあり、白居易の『長恨歌』「在天願作比翼鳥，在地願爲連理枝。」のこと。劉希夷（劉廷芝）の『公子行』では「願作輕羅著細腰，願爲明鏡分嬌面。與君相向轉相親，與君雙棲共一身。願作貞松千歳古，誰論芳槿一朝新。」とあり、『古詩爲焦仲卿妻作（孔雀東南飛）』では「君當作磐石，妾當作蒲葦，蒲葦如絲，磐石無轉移。」とする。　・歸：本来の居場所である自宅や故郷、墓所にもどること。かえる。　・故鄕：ふるさと。ここでは､日本のことになる｡

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◎　構成について

この辞は、全てが対句で構成された韻文である。第一字目の缺けているところは、「哀」と対になるべきところ。

■乃天常（韻：平水韻下平七陽）
哀茲遠方（韻：平水韻下平七陽）

形既埋於異土
魂庶歸於故鄕（韻：平水韻下平七陽）

作品全体の韻式は「AAA」。韻脚は「常方鄕」で、平水韻下平七陽。この作品の平仄は次の通り。第一字目（■の缺けているところ）は、まずは仄韻字になるべきところ。
　　　
■●○○，（韻）
○○●○。（韻）

○●○○●●，
○●○○●○。（韻）