陶淵明　陶潜　影答形　詩詞世界　碇豊長の詩詞：漢詩 taoqian　taoyuanming

陶淵明陶潜


　　　　　　　　　　　　　　東晉　陶潛
影答形

存生不可言，
衞生毎苦拙。
誠願游崑華，
然茲道絶。
與子相遇來，
未嘗異悲悅。
憩蔭若暫乖，
止日終不別。
此同既難常，
黯爾倶時滅。
身沒名亦盡，
念之五情熱。
立善有遺愛，
胡爲不自竭。
酒云能消憂，
方此不劣。

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影答形

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
生を存するは　　言ふ可（べ）からず，
生を衞るは　　毎（ことご）とに　拙（つた）きに　苦む。
誠に　　崑華に游ばんと　願へど，
然として　　茲（こ）の道　絶たれたり。
子　與（と）　　相ひ遇ひて來（よ）り，
未だ嘗て　　悲悅を　異にせず。
蔭に　憩はば　　暫し　乖（はな）るるが　若（ごと）きも，
日（ひなた）に　止（とど）まらば　　終（つ）ひに　別れず。
此れを同じうするは　　既に　常なること　難く，
黯爾として　　倶（とも）に　時に滅ぶ。
身　沒すれば　　名も亦た　盡き，
之れを念へば　　五情　熱す。
善を立つれば　　遺愛　有らん，
胡爲（なんす）れぞ　　自ら　竭（つく）さざる。
酒は　　能（よ）く　憂ひを消すと　　云ふも，
此れに　方（くら）ぶれば　　（なん）ぞ　劣らざる。

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◎　私感註釈

※陶潛：東晉の詩人。。。

※影答形：『形贈影』と対になる。「影」（かげ）が「形」（肉体、実体）に対して答えたものとして詠っている。

※存生不可言：生命を永遠に保つ長生については、言うまでもないが。　・存生：生命を永遠に保つこと。長生。後出「衞生」に対して使われている。『莊子・達生』に「悲夫！世之人以爲養形足以存生；而養形果不足以存生，則世奚足爲哉！」とあり、世人は、肉体をつちかうことで、不老長生に充分だと思っているが、肉体をつちかうことだけでは、やはり、不老長生に充分とはいえない、ということを蹈まえている。　・不可言：言うにおよばない。言うまでもない。

※衞生毎苦拙：（生命を永遠に保つことができれば、それは言うまでもないことだが、実際には現在の）生命を維持するのが精一杯である。　・衞生：生命を維持する。前出「存生」に対して使われている。　・毎苦拙：ことごとに、（自分のすることが）まずくてつたないことに、うんざりして、困っている。

※誠願游崑華：崑崙山や華山で神仙の道を究めることを本当にねがったが。　・誠願：本当にねがう。　・崑華：崑崙山や華山で、神仙の住む霊山の意で使われている。崑崙は、中国の西方にある西王母の住む霊山で、華山も霊山で西岳華山。

※然茲道絶：遥かにこの道は、断たれている。　・然〔；miao3ran2〕遠い。遥かなさま。　・茲道：この道。聖人の道。ここでは、仙人になる道。

※與子相遇來：「形」であるあなたと出逢って以来。　・與：…と。　・子：あなた。ここでは「影」（かげ）と「形」（肉体、実体）の対話で、「形」を指す。　・相遇來：遇ってより。出逢ってより。　・來：…より。…よりこのかた。

※未嘗異悲悅：苦楽を分かったことはない。喜びも悲しみもともにした。　・未嘗：まだ…したことがない。　・異悲悅：苦楽を分かつ。

※憩蔭若暫乖：日蔭で憩う時は、しばしはなれるようであるが。　・憩蔭：日蔭で憩う。　・若：ようである。ごとし。　・暫：しばし。　・乖：はなれる。

※止日終不別：日なたに止まっている時は、ついに別れ別れになることはない。　・止日：日なたに止まる。日なたにいる時。　・終：ついに。　・不別：別れない。別れ別れにならない。

※此同既難常：この（形・影）が同じになっている状態は、もはや、持続することは難しい（ばかりか）。　・此同：この（形・影が）同じになっている状態は。　　・既：もはや。…ばかりでなく。　・難常：常態であることは難しい。持続することは難しい。

※黯爾倶時滅：別れを惜しんで悲しみつらがりながらも、みな、時が来れば滅んでいく。　・黯爾：暗いさま。黒いさま。別れを惜しんで悲しむさま。つらがるさま。≒黯然。　・倶：みな。　時：時に。時が来れば。その時に。

※身沒名亦盡：肉体が滅べば、名声やこの世にいたという形式上の存在のしるしである名も尽き果ててしまう。　・身沒：肉体が滅ぶ。死ぬ。　・名亦盡：他人の意識の中にある自分というものも尽き果ててなくなってしまう。この世にいたという形式上の存在のしるしも尽き果ててしまう。　・名：「身」に対して使われ、他人の意識の中にある自分というもの。「身」が肉体的、実体的、個体的存在を云うのに対して、「名」は社会的存在としての自分をいう。他人の意識に反映している自分というもの。名声。

※念之五情熱：この「身沒名亦盡」のことを深く心で思っていると心が熱くなってくる。。『己酉歳九月九日』でも「從古皆有沒，念之中心焦。」とある。　・念：深く心で思う。　・之：・これ。前出「身沒名亦盡」を指す。　・五情：五つの感情。喜怒哀楽怨。喜怒哀楽慾。　・熱：あつくなってくる。悶える。

※立善有遺愛：善いことをなせば、仁愛は後世に残る。　・立善：善いことをなして。　・遺愛：仁愛が後世に残ること。古人の仁愛の遺風。『史記・世家鄭世家』「鄭相子産卒，鄭人皆哭泣，悲之如亡親戚。子産者，鄭成公少子也。爲人仁愛人，事君忠厚。孔子嘗過鄭，與子産如兄弟云。及聞子産死，孔子爲泣曰：「古之遺愛也！」。や『慎子・君臣』「爲人君者不多聽，據法倚數以觀得失，無法之言，不聽於耳，無法之勞，不圖於功，無勞之親，不任於官，官不私親，法不遺愛，上下無事，唯法所在。」がある。

※胡爲不自竭：どうして自らの最善をつくさないのか。　・胡爲：どうして…のか。なんすれぞ。反問。反語。　・自竭：みずからつくす。　・竭：〔けつ；jie2〕尽くす。

※酒云能消憂：酒はよく憂いを消すと云う（が）。　・云：…という。伝聞を表す。ただし書名の後に「云」が附く（『書名』＋「云」）場合は「…に云ふ」。

※方此不劣：（酒に因る消憂は、）これ（「立善有遺愛」）に比べると、どうして劣らないと言えようか。・方此：これと比べる。　・方：比べる。比較する。　・此：前出「立善有遺愛」を指す。　・：〔きょ；ju4〕なんぞ。いずくんぞ。反問を表す。　・不劣：劣らない。

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◎　構成について

韻式は「aaaaaaaa」の入声韻。韻脚は「拙絶悦別滅熱竭劣」。平水韻で見れば主として入声九屑（別熱別劣竭）になる。この作品の平仄は次の通り。

　　　○○●●○，
　　　●○●●●。（韻）
　　　○●○○○，
　　　●○○●●。（韻）
　　　○●○●○，
　　　●○●○●。（韻）
　　　●○●●○，
　　　●●○●●。（韻）
　　　●○●○○，
　　　●●●○●。（韻）
　　　○●○●●，
　　　●○●○●。（韻）
　　　●●●◎●，
　　　○○●●●。（韻）
　　　●○○○○，
　　　○●●●●。（韻）

　　　