送僧歸蜀 | ||
天岸慧廣 |
||
喫盡艱辛離蜀道, 不知已事若何明。 南方佛法如相似, 腸斷巴猿第幾聲。 |
艱辛 を喫 し盡 くして蜀 道を離れ,
知らず 事已 はりて若何 か明 なるを。
南方の佛法は如 は相 ひ似たりとも,
腸斷 たる巴猿 は 第幾聲 なる。
*****************
◎ 私感註釈
※天岸慧広:(てんがん えこう)。鎌倉時代の臨済宗の僧。文永十年(1273年)〜建武二年(1335年)。無学祖元に師事し、高峰顕日(こうほう けんにち)の法を継ぐ。元応二年、物外可什(もつがい かじゅう)らと元(げん)にわたり、古林清茂(くりん せいむ)らにまなぶ。元徳元年、明極楚俊(みんき そしゅん)らと帰国、鎌倉に報国寺を開いた。武蔵の国出身。俗姓は伴。諡号は仏乗禅師。
※送僧帰蜀:(同僚の)僧が蜀に帰郷するのを見送る。 ・送:見送る。 ・蜀:(しょく;)四川地方のこと。現・四川省一帯。三国時代に劉備がこの地に蜀の国を建てた。蜀漢。
※喫尽艱苦離蜀道:(あなたは)苦労を舐め尽くして(険しい)蜀の道を辿って(都まで出て来て、仏道の修行をした)。 ・喫尽:味わい尽くす。食べ尽くす。 ・艱苦:悩み。苦しみ。=艱難辛苦。 ・離:(故郷を)旅立つ。≒離井。 ・蜀道:四川省の道の極めて危険なこと、であるが、ここでは、同僚の僧侶の故地である蜀の地のこと。盛唐・李白に『蜀道難』「噫吁嚱危乎高哉,蜀道之難難於上青天。蠶叢及魚鳧,開國何茫然。爾來四萬八千歳,不與秦塞通人煙。西當太白有鳥道,可以絶峨眉巓。地崩山摧壯士死,然後天梯石棧相鉤連。上有六龍回日之高標,下有衝波逆折之回川。黄鶴之飛尚不得過,猿猱欲度愁攀援。青泥何盤盤,百歩九折縈巖巒。捫參歴井仰脅息,以手撫膺坐長歎。問君西遊何時還,畏途巉巖不可攀。但見悲鳥號古木,雄飛雌從繞林間。又聞子規啼夜月,愁空山。蜀道之難難於上青天,使人聽此凋朱顏。連峰去天不盈尺,枯松倒挂倚絶壁,飛湍瀑流爭喧豗,砯崖轉石萬壑雷。其險也如此,嗟爾遠道之人胡爲乎來哉。劍閣崢エ而崔嵬,一夫當關。萬夫莫開,所守或匪親。化爲狼與豺,朝避猛虎,夕避長蛇。磨牙吮血,殺人如麻,錦城雖云樂。不如早還家,蜀道之難難於上青天,側身西望長咨嗟。」がある。
※不知已事若何明:(わたしには細かいことは)分からないが、修行を終えてどんなにか、道を究めているだろうことである。 ・已:おわる。やめる。 ・若何:どうして…しようか。どうしようか。いかんせん。いかんぞ。=如何。反語。 ・明:あきらか。はっきりさせる。見分ける。
※南方仏法如相似:(あなたの修めた仏法は、あなたの故郷の)南方の仏法に似ていることだろうから(問題は無い)だろうが。 ・南方仏法:ここでは、相手の僧侶の故里の仏法を指す。 ・如:もし。かりに。もしくは。あるいは。 ・相似:…に似る。
※腸断巴猿第幾声:腸が断たれるような悲しみの鳴き声を出す四川の猿は、何番目の鳴き声になるだろうか。(後出・晩唐・杜牧の『猿』に基づいたか。) ・腸断:(腸が断たれるような)非常な悲しみ。断腸の思い。盛唐・李白の『春思』に「燕草如碧絲,秦桑低克}。當君懷歸日,是妾斷腸時。春風不相識,何事入羅幃。」とあり、盛唐・王昌齡の『春怨』に「音書杜絶白狼西,桃李無顏黄鳥啼。寒雁春深歸去盡,出門腸斷草萋萋。」とあり、唐・顧况の『竹枝詞』に「帝子蒼梧不復歸,洞庭葉下荊雲飛。巴人夜唱竹枝後,腸斷曉猿聲漸稀。」とあり、中唐・白居易の『暮立』に「黄昏獨立佛堂前,滿地槐花滿樹蝉。大抵四時心總苦,就中腸斷是秋天。」とあり、晩唐・杜牧の『猿』に「月白煙青水暗流,孤猿銜恨叫中秋。三聲欲斷疑腸斷,饒是少年須白頭。」とある。 ・巴猿:巴峡(湖北省巴東県の西にある峡谷)の両岸にいるサル。唐・李白の『宣城見杜鵑花』に「蜀國曾聞子規鳥,宣城還見杜鵑花。一叫一廻腸一斷,三春三月憶三巴。」とある。
***********
◎ 構成について
韻式は、「AA」。韻脚は「新民」で、平水韻上平十一真。この作品の平仄は、次の通り。
●●○○●,
●○●●○。(韻)
●○○●●,
●●●○○。(韻)
令和3.7.20 7.21 |
トップ |