呉文英唐多令　詩詞世界碇豊長の詩詞：漢詩 Wu Wenying

唐多令
	南宋・呉文英

何處合成愁？
離人心上秋。
縱芭蕉、不雨也颼颼。
都道晩涼天氣好，
有明月、怕登樓。

年事夢中休。
花空煙水流。
燕辭歸、客尚淹留。
垂柳不縈裙帶住。
漫長是、繫行舟。

******
唐多令

何處(いづこ)ぞ　愁(うれ)ひを　合成するは？
離人( りじん)　心上(しんじゃう)の秋。
縱(たと)ひ芭蕉(ばせう)は、雨ふらざるも也(ま)た颼颼(しうしう)たり。
都(すべ)て道(い)ふ　晩涼(ばんりゃう)　　天氣好(よろ)しと，
明月有れば、樓に登るを怕る

年事(ねんじ)　夢中に休(や)む。
花空(むな)しくして　煙水(えんすゐ) 流る。
燕は辭歸(じき)すれど、客(かく)は尚(な)ほも　淹留(えんりう)す。
垂柳は　裙帶(くんたい)を縈(めぐ)らし住(とど)めずして。
漫(みだ)りに長く是(こ)れ、行舟(かうしう)を繫(つな)ぐ。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　****************

◎　私感註釈

※呉文英：南宋の詞人。１２００年頃～１２６０年頃。字は君特。号して夢窓・覚翁。四明 (現・浙江省寧波) の人。蘇州倉台の幕僚となり、晩年は嗣栄王趙与芮の顧問となって、蘇州・杭州の間を往来し、一生官途にはつかなかった。

※唐多令：詞牌の一。詳しくは「◎構成について」を参照。＊ここでは、男女の別離を歌う。

※何処合成愁：どこで「愁（うれ）い」が合成されるのか（といえば）。　・何処：どこ。　・合成：あわさって…になる。

※離人心上秋：（愛しい人の許から）別れていく人の「心が秋（「心」＋「秋」＝「愁」（））（になる時）」なのだ。　・離人：（愛しい人の許から）別れていく人。旅立っている人。また、旅立っていく人。北宋・魏夫人の『菩薩蠻』に「溪山掩映斜陽裏，樓臺影動鴛鴦起。隔岸兩三家，出墻紅杏花。　　　綠楊堤下路，早晩溪邊去。三見柳綿飛，離人猶未歸。」とある。　・心上秋：「心の秋」で、「愁（うれ）い」。これは「なぞなぞ」で、漢字の「心」の字の上に「秋」の字を配すると、「（愁）」の字になる、ということ。『古絶句』の「藁砧今何在，山上復有山。何當大刀頭，破鏡飛上天。」にその例がある。（「山上復有山」：山の上に復た山が有る⇒出た。「山の上に復た山が有る」つまり、「」になり、「出」字のことである。「何當大刀頭」：何がまさに大刀の柄頭となるべきなのか。⇒いつまさに還るのだろうか。「環」は「還」に通じ「還（かえる）」の意。「破鏡飛上天」：半月が天に上る頃。（空の）月が半分（半月）。七夜、八夜か、二十二夜、二十三夜の月になる。暦の月半ばは、十五夜で満月になるので不可。　・破鏡：割れた円い鏡が天に飛んでいった。⇒半円の月が天に出た。⇒半月。　・飛上天：この句に基づいてかけことばを書き換えると次の通りになる。

藁砧今何在 夫今何在，

山上復有山出。

何當大刀頭 何當還，

破鏡飛上天半月。

夫（をっと）　今　何（いづ）こにか　在る，
出（い）でたり。
何（いづ）れか　當（まさ）に　還らん，
半月の天に上るときならん。

※縦芭蕉、不雨也颼颼：バショウでも、雨が降らなくてもサーッと（寂しげな風の）音を立てる。　・縦：たとえ…（であろうとも）。でも。よしんば…とも。仮定を表す。　・芭蕉：〔ばせう；ba1jiao1○○〕バショウ。バショウ科の大型の多年生草本。高さ約五メートルの偽茎の先に葉をつける。詞では「芭蕉雨」（バショウの葉に雨が当たり、雨音を立てているさま）のことを謂う。晩唐・杜牧の『雨』に「連雲接塞添迢遞，灑幕侵燈送寂寥。一夜不眠孤客耳，主人窗外有芭蕉。」とあり、北宋・歐陽脩/張先の『生査子』に「含羞整翠鬟，得意頻相顧。雁柱十三弦，一一春鶯語。嬌雲容易飛，夢斷知何處。深院鎖黄昏，陣陣芭蕉雨。」とあり、両宋・李清照は『添字采桑子』で「窗前誰種芭蕉樹，陰滿中庭。陰滿中庭。葉葉心心、舒卷有餘情。傷心枕上三更雨，點滴霖霪，點滴霖霪，愁損北人、不慣起來聽！」と、芭蕉の葉に落ちる雨音をうたう。　・不雨：雨が降らない。ここでの「雨」は：雨降る。動詞。〔yu4〕。　・也：…だって。…もまた。…も。文言文の「亦」に近い働きをする。　・颼颼：〔しうしう；sou1sou1○○〕風の音で、サーッ。ビュービュー。ヒュー。擬声語。　・不…也…：…（なく）ても（/…でも）。…にかかわりなく。

※都道晩涼天気好：みんなは夕方の涼しい天気がとてもよいと言うが。　・都：すべて。　・道：言う。話す。　・晩涼：夕方の涼しい天気。　・天気好：天気がとてもよい。

※有明月、怕登楼：明るい月が出ている（ため、）高殿（たかどの）に登って（万感を籠めて眺めて思いに耽れば、仔細に見取ることが出来、愁いは一層深まるので、）高殿（たかどの）に登るのが恐ろしい。　・怕：怖がる。恐れる。恐る。　・登楼：高殿（たかどの）に登る。心が晴れない時、高殿に登って万感を籠めて眺め（思いに耽る）こと。盛唐・杜甫の『登樓』「花近高樓傷客心，萬方多難此登臨。錦江春色來天地，玉壘浮雲變古今。北極朝廷終不改，西山寇盜莫相侵。可憐後主還祠廟，日暮聊爲梁甫吟。」とあり、北宋・柳永の『蝶戀花』に「佇倚危樓風細細，望極春愁，黯黯生天際。草色煙光殘照裏，無言誰會憑欄意。　　　擬把疏狂圖一醉，對酒當歌，強樂還無味。衣帶漸寬終不悔，爲伊消得人憔悴。」とあり、北宋・王禹偁の『點絳脣』に「雨恨雲愁，江南依舊稱佳麗。水村漁市，一縷孤煙細。天際征鴻，遙認行如綴。平生事，此時凝睇，誰會憑欄意。」とあり、南宋・辛棄疾の『摸魚兒』淳熙己亥，自湖北漕移湖南，同官王正之置酒小山亭，爲賦。に「更能消、幾番風雨，怱怱春又歸去。惜春長恨花開早，何況落紅無數。春且住，見説道、天涯芳草無歸路。怨春不語，算只有殷勤，畫簷蛛網，盡日惹飛絮。　　　長門事，準擬佳期又誤。蛾眉曾有人妬。千金縱買相如賦，脈脈此情誰訴。君莫舞，君不見、玉環飛燕皆塵土。閒愁最苦。休去倚危樓，斜陽正在，煙柳斷腸處。」とあり、同・辛棄疾の『水龍吟・登建康賞心亭』に「楚天千里淸秋，水隨天去秋無際。遙岑遠目，獻愁供恨，玉簪螺髻。落日樓頭，斷鴻聲裏，江南遊子。把呉鉤看了，欄干拍遍，無人會，登臨意。　　　休説鱸魚堪膾，儘西風、季鷹歸未。求田問舎，怕應羞見，劉郞才氣。可惜流年，憂愁風雨，樹猶如此。倩何人喚取紅巾翠袖，搵英雄涙。」とある。後漢末・王粲の『登樓賦』の「登茲樓以四望兮，聊暇日以銷憂」からか。

※年事夢中休：一年の（様々な）出来事は、夢の中に終わっ（てしまっ）た。　・年事：一年の出来事。また、年齢。ここは、前者の意。　・夢中：夢の中。　・休：やめる。やむ。

※花空煙水流：花の咲く華麗な時期は空（むな）しく（うつろって）、靄（もや）のかかった川の水は流れ（去って行く）。　・花：はな。＝華。　・空：むなしい。　・煙水：靄（もや）のかかった水面。両宋・張元幹の『石州慢』に「雨急雲飛，瞥然驚散，暮天涼月。誰家疏柳低迷，幾點流螢明滅。夜帆風駛，滿湖煙水蒼茫，菰蒲零亂秋聲咽。夢斷酒醒時，倚危檣淸絶。　　心折，長庚光怒，群盗縱横，逆胡猖獗。欲挽天河，一洗中原膏血。兩宮何處？塞垣只隔長江，唾壺空撃悲歌缺。萬里想龍沙，泣孤臣呉越。」とある。

※燕辞帰、客尚淹留：ツバメは別れを告げて帰ってゆくが、旅人はまだ留まっている。　・帰：本来あるべきところ（自宅・故郷・墓所）にかえる。盛唐・王維の『送別』に「山中相送罷，日暮掩柴扉。春草明年綠，王孫歸不歸。」とあり、『楚辞・招隱士』「王孫遊兮不歸，春草生兮萋萋。歳暮兮不自聊，蛄鳴兮啾啾。」とあり、晩唐～・温庭の『折楊柳』に「館娃宮外城西，遠映征帆近拂堤。繋得王孫歸意切，不關春草綠萋萋。」とある。詩題や詞牌に『王孫歸』『憶王孫』『王孫遊』（南齊・謝）「綠草蔓如絲，雜樹紅英發。無論君不歸，君歸芳已歇。」として使われる。盛唐・王維の『山居秋暝』に「空山新雨後，天氣晩來秋。明月松間照，清泉石上流。竹喧歸浣女，蓮動下漁舟。隨意春芳歇，王孫自可留。」とあり、隋・無名氏の『送別』に「楊柳靑靑著地垂，楊花漫漫攪天飛。柳條折盡花飛盡，借問行人歸不歸。」とある。　・客：旅人。旅だった者。　・尚：なお。まだ。　・淹留：〔えんりう；yan1liu2○○〕久しくとどまる。長く逗留する。滞在する。北宋・曹組の『憶少年』に「年時酒伴，年時去處，年時春色。清明又近也，卻天涯爲客。　　　念過眼光陰難再得。想前歡、盡成陳蹟。登臨恨無語，把欄杆暗拍。」とある。北宋・柳永の『八聲甘州』に「對蕭蕭暮雨灑江天，一番洗清秋。漸霜風淒緊，關河冷落，殘照當樓。是處紅衰翠減，苒苒物華休。惟有長江水，無語東流。　　　不忍登高臨遠，望故鄕渺邈，歸思難收。嘆年來蹤跡，何事苦淹留。想佳人粧樓顒望，誤幾回天際識歸舟。爭知我，倚闌幹處，正恁凝愁。」とある。

※垂柳不縈裙帯住：シダレヤナギ（の枝）は、（女性の衣裳の）裳裾（もすそ）のひもに、絡みついてとどめるということはできない（のに）。　・垂柳：シダレヤナギ。　・縈：〔えい；ying2○〕まといつく。絡みつく。また、まとう。めぐらす。めぐる。ここは、前者の意。　・住：とどめる。また、やむ。やめる。ここは、前者の意。「住」を動詞の後に置き、〔動詞＋住〕として、確実性（＝「しっかりと…」）を表し、「縈…住」で、「しっかりとまといつく」意を持つ。　・裙帯：（女性の衣裳の）裳裾（もすそ）のひも。スカートのひも。

※漫長是、繋行舟：むやみに長く、ただ、行こうとする（わたしの乗った）舟のみを繋（つな）ぎ（停めている）ことだ。　・漫長：むやみにとても長い。時間（や道路）についていう。　・是：ただ…のみを…する。また、…は…である。ここは、前者の意。　・繋：つなぐ。　・行舟：通る舟。また、舟をやる。舟を進める。ここは、前者の意。

　　　　　　　　　　　　　　　***********

◎　構成について

　唐多令（糖多令）：　六十字。双調。上片と下片は同一様式。韻式は「AAAA　AAAA」。韻脚は「愁秋颼樓休流留舟」で、詞韻第十二部平声十一尤。

　　　○●●○○（韻）
　　　○○●●○（韻）
　　　●、●○○（韻）
　　　●○○●●，
　　　●，
　　　●○○。（韻）
　　　

　　　○●●○○（韻）
　　　○○●●○（韻）
　　　●、●○○（韻）
　　　●○○●●，
　　　●，
　　　●○○。（韻）