減字木蘭花 | |
宋・淮上女 |
淮山隱隱。
千里雲峰千里恨。
淮水悠悠。
萬頃煙波萬頃愁。
山長水遠。
遮住行人東望眼。
恨舊愁新。
有涙無言對晩春。
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減字木蘭花
淮山隱隱 として。
千里の雲峰 千里の恨 み。
淮水 悠悠として。
萬頃 の煙波 萬頃の愁ひ。
山 長く水 遠ければ。
行人 東を望む眼を遮 り住 む。
舊 を恨み 新を愁ふ。
涙 有りて言 無く 晩春に對す。
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◎ 私感註釈
※淮上女:淮河の畔の女性。 *この作品についての感想と推測:この作品は一部表現形式が竹枝に似ており、(『詩経』にも似た)くり返しの表現や各種対句、句中の対など、技巧が凝らされている。これは、人々の間で歌われて磨き上げられたものが、いつの時期にか採録されたものではなかろうか。また、後漢末・蔡琰(蔡文姫)の『悲憤詩』一(漢季失權柄)、『悲憤詩』二(邊荒與華異)、『悲憤詩』三(去去割情戀)や『悲憤詩』七言騒体(嗟薄兮遭世患))、また、『胡笳十八拍』(我生之初尚無爲)第一拍〜第六、(日暮風悲兮邊聲四起)第七拍〜第十二、(不謂殘生兮卻得旋歸)第十三拍〜第十八拍等にも通じるところがあり、そのような境遇の女性(=蔡琰のように異民族の地に流れていった女性)がモデルとなったものではなかろうか。 ・淮上:淮河の畔。「…上」:ほとり。場所を指す。この用例には、金・完顏亮の『呉山』「萬里車書盡混同,江南豈有別疆封。提兵百萬西湖上,立馬呉山第一峰。」や盛唐・岑參の『與高適薛據同登慈恩寺浮圖』「塔勢如湧出,孤高聳天宮。登臨出世界,磴道盤虚空。突兀壓~州,崢エ如鬼工。四角礙白日,七層摩蒼穹。下窺指高鳥,俯聽聞驚風。連山若波濤,奔走似朝東。松夾馳道,宮觀何玲瓏。秋色從西來,蒼然滿關中。五陵北原上,萬古濛濛。淨理了可悟,勝因夙所宗。誓將挂冠去,覺道資無窮。」や中唐・白居易の『送春』「三月三十日,春歸日復暮。惆悵問春風,明朝應不住。送春曲江上,拳拳東西顧。但見撲水花,紛紛不知數。人生似行客,兩足無停歩。日日進前程,前程幾多路。兵刃與水火,盡可違之去。唯有老到來,人間無避處。感時良爲已,獨倚池南樹。今日送春心,心如別親故。」や中唐・張籍の『征婦怨』「九月匈奴殺邊將,漢軍全沒遼水上。萬里無人收白骨,家家城下招魂葬。婦人依倚子與夫,同居貧賤心亦舒。夫死戰場子在腹,妾身雖存如晝燭。」や元・楊維驍フ『西湖竹枝歌』「蘇小門前花滿株,蘇公堤上女當壚。南官北使須到此,江南西湖天下無。」がある。現代でも張寒暉の『松花江上』「我的家在東北松花江上,那裡有森林煤鑛,還有那滿山遍野的大豆高粱。我的家在東北松花江上,那裡有我的同胞,還有衰老的爹娘。」がある。 ・淮河:中国中部を東流する河川。現・河南省南部に源を発し、現・安徽省を流れ、現・江蘇省の洪沢湖を経て、東シナ海に注いだ。当時は、洪沢湖から南宋と金国(女真族≒満洲民族の国)との国境線となっていた。『中国歴史地図集』第六冊 宋・遼・金時期(中国地図出版社)62ページ「南宋 淮南東路 淮南西路」にある。=淮水。
※減字木蘭花:詞牌の一。詳しくは「構成について」を参照。
※淮山隠隠:淮河流域にある山々は、かすかでぼんやりとして。 *この句の構成は、「淮山・隠隠」「淮水・悠悠」と隔句対になっている。 ・淮山:淮河流域にある山(々)の意か。『中国歴史地図集』第六冊 宋・遼・金時期(中国地図出版社)62ページ「南宋 淮南東路 淮南西路」にはない。後出の「淮水悠悠」の「淮水」に導かれたか。 ・隠隠:〔いんいん;yin3yin3●●〕かすかであるさま。ぼんやりとしたさま。はっきりしないさま。また、うれえるさま。いたむさま。また、さかんなさま。また、車や雷の音のさま。明・張靈の『對酒』に「隱隱江城玉漏催,勸君須盡掌中杯。高樓明月笙歌夜,知是人生第幾回。」とある。
※千里雲峰千里恨:遥か遠くまで雲のかかった高い峰(みね)は、遥かな恨みだ。 *この句の構成は、「千里・雲峰+千里・恨」となっている(句中の対)。また、後出・「万頃煙波万頃愁」と隔句対になっている。 ・千里:遥か長大な路程をいう。 ・雲峰:雲のかかった高いみね。また、雲がみねのように高くたちこめているもの。ここは、前者の意。蔡文姫の『胡笳十八拍』に「我生之初尚無爲,我生之後漢祚衰。天不仁兮降亂離,地不仁兮使我逢此時。干戈日尋兮道路危,民卒流亡兮共哀悲。煙塵蔽野兮胡虜盛,志意乖兮節義虧。對殊俗兮非我宜,遭忍辱兮當告誰。笳一會兮琴一拍,心憤怨兮無人知。戎羯逼我兮爲室家,將我行兮向天涯。雲山萬重兮歸路遐,疾風千里兮揚塵沙。」 とあり、盛唐・王維の『過香積寺』に「不知香積寺,數里入雲峰。古木無人逕,深山何處鐘。泉聲咽危石,日色冷青松。薄暮空潭曲,安禪制毒龍。」とある。晩唐・杜牧の『自宣城赴官上京』に「瀟灑江湖十過秋,酒杯無日不淹留。謝公城畔溪驚夢,蘇小門前柳拂頭。千里雲山何處好,幾人襟韻一生休。塵冠挂卻知闔磨C終擬蹉跎訪舊遊。」とある。 ・何處:どこ。
※淮水悠悠:淮河は、長くゆったりと落ち着いて。 *この句の構成は、「淮山・隠隠」「淮水・悠悠」(前出)と隔句対になっている。 ・淮水:淮河のこと(前出)。 ・悠悠:〔いういう;you1you1○○〕長く久しいさま。ゆったりと落ち着いたさま。(時間的、空間的に)遠く遙かなさま。限りないさま。うれえるさま。また、行くさま。ひまのあるさま。『詩經・王風』の『黍離』に「彼黍離離,彼稷之苗。行邁靡靡,中心搖搖。知我者,謂我心憂,不知我者,謂我何求。悠悠蒼天,此何人哉。」とあり、『詩經』・周南』の『關雎』に「關關雎鳩,在河之洲。窈窕淑女,君子好逑。 參差荇菜,左右流之。窈窕淑女,寤寐求之。求之不得,寤寐思服。悠哉悠哉,輾轉反側。 參差荇菜,左右采之。窈窕淑女,琴瑟友之。參差荇菜,左右芼之。窈窕淑女,鐘鼓樂之。」とあり、『古詩十九首之十一』に「廻車駕言邁,悠悠渉長道。四顧何茫茫,東風搖百草。所遇無故物,焉得不速老。盛衰各有時,立身苦不早。人生非金石,豈能長壽考。奄忽隨物化,榮名以爲寶。」とあり、初唐・張若虚の『春江花月夜』に「春江潮水連海平,海上明月共潮生。灩灩隨波千萬里,何處春江無月明。江流宛轉遶芳甸,月照花林皆似霰。空裏流霜不覺飛,汀上白沙看不見。江天一色無纖塵,皎皎空中孤月輪。江畔何人初見月,江月何年初照人。人生代代無窮已,江月年年祗相似。不知江月待何人,但見長江送流水。白雲一片去悠悠,青楓浦上不勝愁。誰家今夜扁舟子,何處相思明月樓。可憐樓上月裴回,應照離人妝鏡臺。玉戸簾中卷不去,擣衣砧上拂還來。此時相望不相聞,願逐月華流照君。雁長飛光不度,魚龍潛躍水成文。昨夜鞨K夢落花,可憐春半不還家。江水流春去欲盡,江潭落月復西斜。斜月沈沈藏海霧,碣石瀟湘無限路。不知乘月幾人歸,落月搖情滿江樹。」とあり、盛唐・高適の『宋中』に「梁王昔全盛,賓客復多才。悠悠一千年,陳迹惟高臺。寂寞向秋草,悲風千里來。」とあり、盛唐・崔の七律『黄鶴樓』に「昔人已乘白雲去,此地空餘黄鶴樓。黄鶴一去不復返,白雲千載空悠悠。晴川歴歴漢陽樹,芳草萋萋鸚鵡州。日暮ク關何處是,煙波江上使人愁。」とある。
※万頃煙波万頃愁:果てしなく靄(もや)の立ち籠めた水面の波に、果てしない愁(うれ)い。 *この句の構成は、「万頃・煙波+万頃・愁」となっている(句中の対)。前出・「千里雲峰千里恨」と隔句対。 ・万頃:きわめて広いこと。「一碧萬頃」。 「頃」:古代の面積の単位。一頃(けい)=百畝(ぽ)。清・王文治の『沈華坪春江曉渡圖』に「梅花落後杏花紅,輕暖輕寒二月中。誰洗琉璃鋪萬頃,一颿如燕翦東風。」とある。 ・煙波:夕靄(ゆうもや)で霞(かす)む波。靄(もや)の立ち籠めた水面。遠く広い水面が煙ったように波立っているさま。前出・崔の『黄鶴樓』「昔人已乘白雲去,此地空餘黄鶴樓。黄鶴一去不復返,白雲千載空悠悠。晴川歴歴漢陽樹,芳草萋萋鸚鵡洲。日暮ク關何處是,煙波江上使人愁。」とある。
※山長水遠:山は遥かに長く、川の流れは遠くまで続いている(ので)。 *この句の構成は、「山・長+水・遠」となっている。 ・山長:山が遥かまで長く続いていることを謂う。 ・水遠:川の流れが遥か遠くまで続いていることを謂う。
※遮住行人東望眼:旅人(=作者とされる淮河の畔で生まれた女性)の東の方(=故郷の方)を眺める視界を遮(さえぎ)り止めている。 ・遮住:遮(さえぎ)り止める。 ・行人:旅人。ここでは、作者とされる淮河の畔で生まれた女性を指している。中唐・張籍の『秋思』に「洛陽城裏見秋風,欲作家書意萬重。復恐匆匆説不盡,行人臨發又開封。」とある。 ・東望眼:東の方を眺める視界。詞の内容から考えれば、淮河下流に住んでいた作者が、淮河上流の方へ流れていき、流寓先の上流の地(=西の方)から下流の故郷の方(=東の方)を眺めることを謂おう。ここを南北問題(南=南宋、北=金国)として、金国に拉致された南宋遺民の女性、見ることも出来る。その場合は、「遮住行人南望眼」となっていれば、より説得力がある。
※恨旧愁新:昔を恨み、今を愁えて。 *この句の構成は、「恨・旧+愁・新」となっている。
※有涙無言対晩春:涙を流すことがあっても言葉は無く、春の終わりにいる。 *この句の構成は、「有・涙+無・言」となっている。
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2017.6.10 6.11完 8. 1補 |
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