昭和20年8月15日、太平洋戦争終結、満州事変から15年間続いた戦争が終わったこの年、米の収穫高はわずかに4,660万石。これは15年後の昭和35年の収穫高のざっと半分。実に35年ぶりの大凶作。明日からいったいどうなるのか、まったくお先真っ暗な世間を奮い立たせるように歌われた歌、それが「リンゴの唄」 この年の11月11日封切の松竹映画「そよかぜ」の中で松竹歌劇の並木路子が歌ったもので、彼女は三男二女の末っ子、戦争末期、父も兄も兵隊で前線へ。
東京大空襲で母も失い、大陸慰問団に加わったが、終戦近く帰国してみると、父も兄も不帰の人。明るい歌など歌える状況ではなかったが、その悲しみを少しも顔に出さず、明るく爽やかに歌って作曲者の万城目正を感激させた。作詞のサトウ八ローはその頃好きな酒を「大学の研究室からアルコールを横流ししてもらって不自由しなかった…」などと云っていたが、この歌を頼まれたときは困ったらしい。
「リンゴなら誰にも文句はいわれまい…」と作り上げたが、それでも「リンゴは軍国日本の日の丸を現したもの…」と一部から攻撃されて弱っていた。
とにかくこの歌は大流行。当時サラリーマンの月給が課長クラスで2百円そこそこの時代。リンゴの闇値が一個五円。「リンゴ高いや高いやリンゴ…」と替え歌ができた。

哀愁を帯びた軍国歌謡調の「異国の丘」が初めて流れ出したのはラジオからだった。昭和23年8月1日の日曜日、当時大変な人気番組だったNHKの「素人のど自慢」放送の途中で、そのころとしては珍しい軍国調なメロディーで 、歌い終わると合格の鐘がにぎやかになったから、その後のアナウンサーのインタビューに聞き耳を立てた人は多かった。その中の一人に作詞家の佐伯孝夫がいた。自宅で寝ころびながらたまたまこの歌を聴いた。聞き流すことができなかった。翌日、専属しているビクターへ話を持ち込み、ディレクターは早速NHKへ駆けつけてレコード化の了解を取り付けた。佐伯孝夫が作詞に手を加え、清水保雄が編曲し、この歌を放送で歌った中村耕造と売り出し中の竹山逸郎が歌った。
この歌はNHKがたびたび放送し、その年の秋口から広く流行した。作者不詳ということもあって「作詞、作曲者は名乗り出てほしい」とも放送した。
NHKには自薦他薦で50人もが名乗り出た。結局、戦後直前に満州から引き揚げた八王子市の角田勘吾という人が手帳に書き留めておいた楽譜と名前が決め手となって、まず作詞者は増田幸治と分かった。作曲者が吉田正と分かるまでは、また、しばらく日数がかかった。
この元陸軍伍長は「異国の丘」が大流行していた頃、復員軍人の一人として故郷の茨城県日立市に帰ったが、二年間の抑留生活に疲れ果てており、何よりも「自分の曲が日本で歌われているなんて考えてもみなかった…」という。同じ作曲家の米山正夫に促されてNHKにお足を運んだのは、大分後の事。そしてその後作曲家として不動の地位を築く道を歩いて行った。佐伯孝夫と吉田正は作詩、作曲の名コンビとなった。

昭和27年、この年最大のヒットとなったのは津村謙が歌ったキングレコードの「上海帰りのリル」 だった。この歌、もともとは昭和10年頃ディック・ミネなどが歌ってヒットした「上海リル」の戦後盤。南方から引き揚げてきた東条寿三郎が作詞し、昔ビクターの歌手だった貴島正一が作曲に転じ、渡久地政信の名で作曲したもの。
「上海帰りのリル」に目を見張った他のレコード会社は、この歌に続いて「霧の港のリル」（久慈あさみ）「私がリルよ」（三条美紀）「私は銀座のリル」（三条町子）などを作り、本家キングのコンビも「風の噂はリル」「リルを探してくれないか」をこしらえるなど、まるでリルで日本中がかき回されたよう、てんやわんやの騒ぎだったが、第一作にはいずれも及ばなかった。
この歌を歌った津村謙は美しい高音で”ビロードの歌声”などと云われ、この歌でスター歌手となったが、36年、自宅の車庫で自動車の一酸化炭素による中毒のため亡くなった。

戦後30年、昭和50年代に入って歌謡浪曲の二葉百合子が流行させた歌「岸壁に母」はもともとは昭和29年に菊池章子が歌ってテイチクから売り出されヒットしたものである。話は終戦の年、昭和20年10月、第一回復員船が着く舞鶴港に我が子を待った東京都大田区大森在住の母親、端野いせさんがモデル。
この年から毎年舞鶴に船が入るたび、いせさんははるばる東京からかけつける。来る年も来る年も……。そして息子は帰って来ない。昭和27年の春、ある朝この母親にニュースを聞いた作詞家の藤田まさとが、「何ともいえようがない憤りを感じながら…」戦争の非情さを訴える気持ちで書き上げたのがこの「岸壁の母」。作曲はまだ20歳と若い平川浪竜。歌った菊池章子はこの歌の楽譜を手渡されて、稽古を始めた時から泣きっぱなし。放送、ステージとこの歌を歌うたび母親の心につまされて泣いた。
この歌がヒットし、この母親の住所もわかった。歌った菊池章子がこのレコードをもって、いせさんを訪ねると、それをかける蓄音機もない。「それでは一台寄付を」というといせさんは「息子が帰ってきたら買うからそれまでいらない…」と頑なに辞退したという。菊池章子は続編の「岸壁を越えて」を昭和51年に新しく吹き込んだが、いせさんは息子がシベリアで生きていることを信じながら、56年、81歳で亡くなった。

昭和49年12月31日夜、恒例ＮＨＫ紅白歌合戦で、珍しく同じ題名の歌が、しかも最後の登場した男女それぞれのかしゅによって歌われた。その歌は「襟裳岬」歌った女性歌手は島倉千代子、もう一人の男性歌手は森進一。「紅白」始まって以来の珍現象。つまり同じ題名でも中身の違う二つの歌がいずれもヒットしたと云うことだった。
島倉千代子の「襟裳岬」が先にできたもの。作られたのは昭和36年。この歌もともとは北海道の新聞社から「すずらん祭り」に使うからと、依頼されて作った「すずらんの花」のＢ面に吹き込まれていたもの。どうゆうものか、「風はひゅるひゅる…」というＢ面の歌の方がヒットしてしまった。この「襟裳岬」歌の出来た当時は北海道南端の昆布漁と放牧だけの名も知れぬ寒村。ところがこの歌が流行したため、客が訪れるようになってしまった。
このため昭和45年10月には、町民の投票と町議会の議決というややこしい経過を経て、それまでの町名「幌泉町」を「えりも町」に変え、やはりこの年に襟裳岬突端に立派な自然石の歌碑を建てた。森進一の歌った「襟裳岬」は49年1月に出来たもの。ご当地ソングによって、その土地がにわかに脚光を浴び、有名になることが多いが、その歌が流行したため、町名まで変えてしまったというのは、流行歌史にも珍しい。

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