杜甫登高詩詞世界碇豊長の詩詞：漢詩 DuFu

                     　       　　
      登高　
　　　　　　　　　　　　　　
      　　　　　　　　　　　　杜甫　

風急天高猿嘯哀，
渚淸沙白鳥飛廻。
無邊落木蕭蕭下，
不盡長江滾滾來。
萬里悲秋常作客，
百年多病獨登臺。
艱難苦恨繁霜鬢，
潦倒新停濁酒杯。

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登高　　

風急に　天高くして　　猿嘯（ゑんせう）　哀し，
渚（なぎさ） 淸く　沙（すな） 白くして　　鳥飛び廻（めぐ）る。
無邊（むへん）の落木は　　蕭蕭（せうせう）として下（くだ）り，
不盡（ふじん）の長江は　　滾滾（こんこん）として來（きた）る。
萬里（ばんり）悲秋（ひしう）　　常に客（かく）と作（な）り，
百年多病　　獨（ひと）り臺（だい）に登る。
艱難（かんなん）　苦（はなは）だ恨む　　繁霜（はんさう）の鬢（びん），
潦倒（らうたう）　新たに停（とど）む　　濁酒（だくしゅ）の杯。

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◎　私感註釈

※杜甫：盛唐の詩人。７１２年（先天元年）～７７０年（大暦五年）。字は子美。居処によって、少陵と号する。工部員外郎という官職から、工部と呼ぶ。晩唐の杜牧に対して、老杜と呼ぶ。さらに後世、詩聖と称える。鞏県（現・河南省）の人。官に志すが容れられず、安禄山の乱やその後の諸乱に遭って、流浪の生涯を送った。そのため、詩風は時期によって複雑な感情を込めた悲痛な社会描写のものになる。

※登高：九月九日の重陽の日の風習で、高い山に登り、家族を思い、菊酒を飲んで厄災を払う習わし。高きに登る。重陽の日に登高して、茱萸（しゅゆ；zhu1yu2）かわはじかみ。ちょうせんごしゅゆ（朝鮮呉茱萸）。日本では、ぐみとしている。初夏に黄色い花をつける）の実を頭に挿して邪気を払うという後漢の桓景の故事に基づいた重陽の風習の一。唐・王維の『九月九日憶山東兄弟』「獨在異鄕爲異客，毎逢佳節倍思親。遙知兄弟登高處，插茱萸少一人。」や、魏・曹植の「茱萸自有芳，不若桂與蘭」や杜甫「明年此會知誰健，醉把茱萸仔細看。」魏・阮籍の『詠懷詩』其十「昔年十四五，志尚好書詩。被褐懷珠玉，顏閔相與期。開軒臨四野，登高望所思。丘墓蔽山岡，萬代同一時。千秋萬歳後，榮名安所之。乃悟羨門子，今自嗤。」や、唐・杜牧の『九日齊山登高』「江涵秋影雁初飛，與客攜壺上翠微。塵世難逢開口笑，菊花須插滿頭歸。但將酩酊酬佳節，不用登臨恨落暉。古往今來只如此，牛山何必獨霑衣。」や、南唐・李煜の『謝新恩』「冉冉秋光留不住，滿階紅葉暮。又是過重陽，臺登臨處，茱萸香墮。　　　紫菊氣，飄庭戸，晩煙籠細雨。新雁咽寒聲，愁恨年年長相似。」や、南宋・陳亮『念奴嬌』「登多景樓」「危樓還望，嘆此意、今古幾人曾會？鬼設神施，渾認作、天限南疆北界。一水橫陳，連崗三面，做出爭雄勢。六朝何事，只成門戸私計。　　　因笑王謝諸人，登高懷遠，也學英雄涕。憑却江山，管不到、河洛腥無際。正好長驅，不須反顧，尋取中流誓。小兒破賊，勢成寧問強對。」また、現代では在米留学生・朱海洪『元宵』「東風拂面催桃李，鷂鷹舒翅展鵬程。玉盤照海下熱涙，遊子登臺思故國。休負平生報國志，人民有我勝萬金。憤起直追振華夏，且待神洲遍地春。」と、中国人には大切な風習である。　*この作品は、全句が対（全対格）になっている。

※風急天高猿嘯哀：風が強く吹き、高く澄み渡っている空にサルの鳴き声がかなしげに（聞こえる）。　・風急：風が強く吹く。また、ただならぬ雰囲気をも感じさせる語。　・天高：空高く澄み渡っているさま。秋空の表現。　・猿嘯哀：サルの鳴き声がかなしげである。この作品は全句対で、この聯も対句になっており、「猿嘯哀」の部分の（中国語の読み方（節奏）は）本来「猿嘯　哀」であるが、対になる「鳥飛廻」の節奏「鳥　飛廻」に引かれて「猿嘯哀」の部分も「猿　嘯哀」と読む。ただし、日本語で読み下す場合には、当然ながら無関係なことになる。　・猿嘯：〔ゑんせうyuan2xiao4○●〕サルの鳴き声。　・哀：かなしげである。哀れっぽい。

※渚淸沙白鳥飛廻：川のなぎさの水が澄んで砂が白く、（その上には）鳥が旋回して飛んでいる。　・渚淸：川のみぎわの水が澄んでいる。　・沙白：砂が白い。　・鳥飛廻：鳥が（川の上空を）旋回して飛ぶ。　・飛廻：（鳥が川の上空を）旋回して飛ぶ。

※無邊落木蕭蕭下：果てしもない落葉は、もの寂しく散っていく。　・無邊：（広々として）果てしのないこと。限りのないこと。　・落木：落葉。　・蕭蕭：〔せうせう；xiao1xiao1〕もの寂しいさま。雨や風の音などの寂しいさま。ここでは､落ち葉の散る音を指す｡『古詩十九首』第十三首にはそれを描いて「驅車上東門，遙望郭北墓。白楊何蕭蕭，松柏夾廣路。下有陳死人，杳杳即長暮。」『古詩十九首』の第十四首には「去者日以疎，來者日以親。出郭門直視，但見丘與墳。古墓犁爲田，松柏摧爲薪。白楊多悲風，蕭蕭愁殺人。」、東晉・陶潛『挽歌詩』其三「荒草何茫茫，白楊亦蕭蕭。嚴霜九月中，送我出遠郊。四面無人居，高墳正嶢。馬爲仰天鳴，風爲自蕭條。幽室一已閉，千年不復朝。千年不復朝，賢達無奈何。向來相送人，各自還其家。親戚或餘悲，他人亦已歌。死去何所道，託體同山阿。」、荊軻『易水歌』「風蕭蕭兮易水寒。」と広く使う。

※不盡長江滾滾來：尽きることのない長江は、盛んに流れている。　*後世、辛棄疾は『南鄕子・登京口北固亭有懷』「何處望神州？滿眼風光北固樓。千古興亡多少事？悠悠。不盡長江滾滾流。」と使う。　・不盡：尽きることがない。「不盡…」は、通常「盡（つ）きざる…」と読むが、ここで「不盡（ふじん）」と読むのは「不盡長江滾滾來」と「無邊落木蕭蕭下」とが対句であり、「無邊（むへん）」に対応させるため、「不盡」を「不盡（ふじん）」と伝統的に読む。　・長江：華中・華北と江南を分ける中国最長の川。タンラー山脈のグラダンドン山に発する全長約６３００kmの川。　・滾滾：〔こんこん；gun3gun3●●〕水が盛んに流れるさま。

※萬里悲秋常作客：見わたす限りのもの悲しい秋景色の中で、（わたしは）変わることなく、流寓者のままでいる。　・萬里悲秋：見わたす限りのもの悲しい秋景色。　・萬里：故里からここの流寓先までといった具体的な数値や位置関係ではなく、人間業を超越した広大なさまの表現。　・悲秋：悲しい時である秋の気節。もののあわれを感じる秋。もの寂しい秋。また、秋の気に感じて傷み悲しむ。秋のうらぶれた景色に悲しみがわく。ここは、前者の意。『楚辭・九辯』に「悲哉秋之爲氣也！蕭瑟兮草木搖落而變衰」や『古詩源』の古歌に「秋風蕭蕭愁殺人，出亦愁，入亦愁。」とあり、後世、南宋・楊萬里の『感秋』に「舊不悲秋只愛秋，風中吹笛月中樓。如今秋色渾如舊，欲不悲秋不自由。」とあり、清末・秋瑾の『絶命詞』に「秋雨秋風愁殺人！」とある。　・常：いつも。つねに。　・作客：旅人となる。流寓者となる。寄寓する者となる。自分の故郷を離れて他郷を流離う人となる。作者自身のことをいう。前出・王維の『九月九日憶山東兄弟』「獨在異鄕爲異客」のこと。

※百年多病獨登臺：（わたしは）一生涯、多病で、（重陽の今日）ひとり高台に登っている。　・百年：人の一生の長さ。人生の長さ。一生涯。陶淵明『飮酒二十首』其三「道喪向千載，人人惜其情。有酒不肯飮，但顧世間名。所以貴我身，豈不在一生。一生復能幾，倏如流電驚。鼎鼎百年内，持此欲何成。」や、同『雜詩十二首』其四「丈夫志四海，我願不知老。親戚共一處，子孫還相保。觴弦肆朝日，樽中酒不燥。緩帶盡歡娯，起晩眠常早。孰若當世士，冰炭滿懷抱。百年歸丘壟，用此空名道。」、『古詩十九首』之十五「生年不滿百，常懷千歳憂。晝短苦夜長，何不秉燭遊。爲樂當及時，何能待來茲。愚者愛惜費，但爲後世嗤。仙人王子喬，難可與等期。」、『詩經』唐風『葛生』「葛生蒙楚，蔓于野。予美亡此，誰與獨處。葛生蒙棘，蔓于域。予美亡此，誰與獨息。角枕粲兮，錦衾爛兮。予美亡此，誰與獨旦。夏之日，冬之夜。百歳之後，歸于其居。冬之夜。夏之日，百歳之後，歸于其室。」に同じ。　・多病：病（やまい）が多い。　・獨：ひとり。　・登臺：高台に登る。うてなに登る。ここでは､前出「登高」のことになる｡

※艱難苦恨繁霜鬢：難儀なことは、本当に恨めしく、（髪も）霜がどっさり降ったように白いものが混じった鬢（びん）になった。　・艱難：〔かんなん；jian1nan2○○〕苦しみ。困難な目にあうこと。難儀。つらい目にあうこと。なやみ。苦労をすること。　・苦恨：深い恨み。　・苦：ひどく。しきりに。一途に。　・繁霜鬢：霜がどっさり降ったように白いものが混じった鬢。白くなった両横の髪。　・繁霜：たくさん降った霜。

※潦倒新停濁酒杯：落ちぶれ果てた今また、（体調不良のため）濁醪（どぶろく）を飲むことも、やめることになった。　・潦倒：〔らうたう；liao2dao3○●（潦：〔liao2、lao2、lao3〕）〕落ちぶれる。零落する。尾羽を打ち枯らす。老衰のさま。落ちぶれたさま。態度や姿の優しくて穏やかなさま。役所仕事に適しないさま。何事も投げやりになる。　・新停：新たに（飲酒を）止める。新たに禁酒する。作者が病気のために禁酒したことをいう。　・濁酒：どぶろく。にごり酒。安物の酒。

◎　構成について

　韻式は「AAAAA」。韻脚は「哀廻來臺杯」で、平水韻上平十灰。平仄はこの作品のもの。

○●○○○●○，（韻）
●○○●●○○。（韻）
○○●●○○●，
●●○○●●○。（韻）
●●○○○●●，
●○○●●○○。（韻）
○○●●○○●，
○●○○●●○。（韻）