襄陽歌　
      　　　　　　　　　　　李白

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
落日　沒せんと欲す　　山（けんざん）の西，
倒（さかし）まに　接（せふり）を　著（つ）けて　花の下に迷ふ。
襄陽（じゃうやう）の小兒　　齊（ひと）しく手を拍（う）ち，
街を（さえぎ）りて　爭（きそ）ひて唱ふ　　『白銅』。
傍人　借問す　　何事をか笑ふと，
笑殺す　山公の　醉（ゑ）ひて泥の似（ごと）きを。
（ろじ）の杓（しゃく），
鸚鵡（あうむ）の杯。
百年　　三萬　六千日，
一日　須（すべか）らく傾くべし　　三百杯。
遙かに看る　漢水　　鴨頭の�香C
恰（あた）かも似たり　葡萄の　初めて醗（はつばい）するに。
此の江（かう）　若（も）し變じて　　春酒と作（な）らば，
壘麹（るゐきく）　便（すなは）ち築かん　　糟丘臺（さうきうだい）。
千金の駿馬　　小妾と換へ，
笑ひて　雕鞍に坐して　　『落梅』を歌ふ。
車旁　側に挂く　　一壺の酒，
鳳笙 龍管　　行（ゆくゆ）く 相ひ催（うなが）す。
咸陽の市中に　　黄犬を歎くは，
何ぞ 如（し）かん　月下に　　金罍（きんらい）を傾（かたぶ）くるに。
君 見ずや　　晉朝の羊公　一片の石，
龜頭　剥落して　　莓苔（ばいたい）　生ず。
涙も亦（また）　之（これ）が爲（ため）に墮（お）つる能（あた）はず，
心も亦（また）　之（これ）が爲（ため）に哀しむ能（あた）はず。
清風　朗月　　一錢の買ふを　用（もち）ゐず，
玉山　自（おのづか）ら倒（たふ）る　　人の推（お）すに非ず。
舒州（じょしう）の杓，
力士の鐺（さう）。
李白　爾（なんぢ）と　　死生を 同くせん，
襄王（じゃうわう）の雲雨　　今　安（いづく）にか在る，
江水は　東流して　　猿は　夜に聲（な）く。

*****************

◎　私感註釈

※李白：盛唐の詩人。字は太白。自ら青蓮居士と号する。世に詩仙と称される。７０１年（嗣聖十八年）〜７６２年（寶應元年）。西域・隴西の成紀の人で、四川で育つ。若くして諸国を漫遊し、後に出仕して、翰林供奉となるが高力士の讒言に遭い、退けられる安史の乱では苦労をし、後、永王が謀亂を起こしたのに際し、幕僚となっていたため、罪を得て夜郎にながされたが、やがて赦された。

※襄陽歌：襄陽の歌。晋・『襄陽兒童歌』に合わせて作った。襄陽での作者・李白の飲酒（を歴史上の襄陽の人物の飲酒の典故を蹈まえて、それと絡め合わせて作った飲酒）の歌。　・襄陽：〔じゃうやう；Xiang1yang2○○〕襄州。『中国歴史地図集』第五冊　隋・唐・五代十国時期（中国地図出版社）５２−５３「唐　山東東道」にある。現・湖北省襄樊市。洞庭湖の北方２００キロメートルのところ。

※落日欲沒山西：夕陽が山（けんざん）の西に沈もうとしている。　*この句、作者が襄陽に居て太陽の動きを見た場合、朝日が東方の山（けんざん）から昇ってくるのであって、山に陽は沈まない。そこで「落日欲沒山西」を解釈し直すと「夕陽が山（けんざん）の反対側である西に沈もうとしている。」となる。或いは襄陽の街から離れ、漢水の東岸に立っていた場合、山に日が沈むが、その場合、後出「襄陽小兒齊拍手」と繋がらない。　・落日：夕陽。　・欲沒：沈もうとしている。　・山：〔けんざん；Xian4shan1●○〕襄州の東南すぐに接してある山。その東を漢水が囲むように流れる。三者の位置関係は、西から東へ、襄州・山・漢水と並ぶ。

※倒著接花下迷：（山公の酔態のように）頭巾を逆さまにつけて、花の枝の下（もと）をうろうろとさまよっている。。　　・倒著：逆さまにつける。　・接：〔せふ（せつ）り；jie1li?○?〕頭巾の総称。白い頭巾。白帽。本来は後出・晋の山簡の酒に酔ったときの様をいう。酔っては、頭巾を逆さまに被ったと『世説新語・任誕第二十三・１９』「山季倫爲荊州，時出酣暢。人爲之歌曰：「山公時一醉，逕造高陽池，日莫倒載歸，酩酊無所知。復能乘駿馬，倒著白接籬，舉手問葛強，何如并州兒？」高陽池在襄陽。強是其愛將，并州人也。」は伝える。　・迷：さまよう。

※襄陽小兒齊拍手：子どもが一斉に手を拍（う）って囃して。　・小兒：子ども。　・齊：一斉に。　・拍手：手を拍（う）っている。

※街爭唱白銅：通せんぼをして、とおりゃんせをして、きそって『白銅：（はくどうてい）』を唱いだした。　・街：通せんぼをする。とおりゃんせをする。　・：〔らん；lan2○〕さえぎる。　・爭唱：きそって唱う。　・白銅：〔はくどうていbo2（bai2）tong2di1●○○〕楽府曲名。ここでは童謡の『襄陽白銅』のこと。『南齊書・大旱』「元徽中，童謠曰：「襄陽白銅蹄，郎殺荊州兒。」後沈攸之反，雍州刺史張敬兒襲江陵，殺沈攸之子元等。」。本来は白銅の馬蹄の意。

※傍人借問笑何事：傍らの人は、「何をそんなに笑っているのか」と訊ねてくる。　・傍人：傍らの人。　・借問：お訊ねする。質問の内容は後出の「笑何事」になる。　・笑何事：何をそんなに笑っているのか。

※笑殺山公醉似泥：（こどもらは）山公の酔態（であり、李白の酔態）を笑って問題としない。　・笑殺：笑って問題としない。大いに笑う。笑いとばす。山公のことでありまた李白のことでもある。　・−殺：用言に附き、程度の甚だしさを表す。　・山公：山簡のこと。字は季倫。西晋時代の人。竹林の七賢の一の山濤の子。前出『世説新語・任誕第二十三・１９』「山季倫爲荊州，時出酣暢。人爲之歌曰：「山公時一醉，逕造高陽池，日莫倒載歸，酩酊無所知。復能乘駿馬，倒著白接籬，舉手問葛強，何如并州兒？」高陽池在襄陽。強是其愛將，并州人也。」とある。　・醉似泥：泥のように酔いつぶれる。

※杓：ウのように首の長い酒を注ぐ酒器。　・：〔ろじ；lu2ci2○○〕カワウ。鵜（う）。首の長い水鳥。王昌齡『萬歳樓』「江上巍巍萬歳樓，不知經歴幾千秋。年年喜見山長在，日日悲看水獨流。猿何曾離暮嶺，空自泛寒洲。」で、「杓」とは首の長い酒を注ぐ酒器。　・杓：〔しゃく；shao2●〕しゃく。ひしゃく。

※鸚鵡杯：オウムガイで作った美しい盃。　・鸚鵡〔あうむ；ying1wu3○●〕ここでは､オウムガイのことになる｡

※百年三萬六千日：（人の一生は、長くとも）百年であり、三万六千日（までしかない）。　・百年：人の一生。　・三萬六千日：太陰暦では、1年は３６０日なので、100年の日数は：３６０日×１００（年）＝３６０００日。

※一日須傾三百杯：（されば、短い人生）一日に三百杯を飲む必要がある。　・須：…する必要がある。すべからく…べし。　・傾：（盃を）傾ける。酒を飲む。　・三百杯：後漢・経学家の鄭玄は、三百杯を飲んで酔わなかったという。李白は『將進酒』でも「君不見黄河之水天上來，奔流到海不復回。君不見高堂明鏡悲白髮，朝如青絲暮成雪。人生得意須盡歡，莫使金尊空對月。天生我材必有用，千金散盡還復來。烹羊宰牛且爲樂，會須一飮三百杯。岑夫子，丹丘生。將進酒，杯莫停。與君歌一曲，請君爲我傾耳聽。鐘鼓饌玉不足貴，但願長醉不用醒。古來聖賢皆寂寞，惟有飮者留其名。陳王昔時宴平樂，斗酒十千恣歡謔。主人何爲言少錢，徑須沽取對君酌。五花馬，千金裘。呼兒將出換美酒，與爾同銷萬古愁。」と使っている。

※遙看漢水鴨頭�香F遥かに漢水を眺めれば、カモの頭のような緑色をしている。　・遙看：遥かに眺める。　・漢水：襄陽を流れる川。現在の武漢（漢口、漢陽）で長江に合流する川の名。陝西省に発して、湖北省襄陽、襄樊を経て漢口に至る大河。　・鴨頭：カモの頭。

※恰似葡萄初醗：まるで葡萄の発酵し始めたときにそっくりだ。　・恰似：まるで…にそっくりだ。まるで…のようだ。　・醗：〔はつばい（はい、ふ、ほう）；po1pei1●◎〕醗酵する。

※此江若變作春酒：この川（の水）が、もしも春酒と変わってしまうのならば。　・若：もし。　・變作：…と変わる。変わって（いって）…となる。　・作：…となる。　・春酒：去年仕込んだできたての新酒。『詩經・國風・風』に「六月食鬱及，七月亨葵及菽，八月剥棗，十月穫稻。爲此春酒，以介眉壽。」とある。後世、唐・劉禹錫の『竹枝』に「兩岸山花似雪開，家家春酒滿銀杯。昭君坊中多女伴，永安宮外踏��來。」や、宋・秦觀の『江城子』に「南來飛燕北歸鴻。偶相逢。慘愁容。�埼､朱顏，重見兩衰翁。別後悠悠君莫問，無限事，不言中。　　　小槽春酒滴珠紅。莫怱怱。滿金鐘。飮散落花流水、各西東。後會不知何處是，煙浪遠，暮雲重」や、南宋・陸游の『遊山西村』「莫笑農家臘酒渾，豐年留客足鷄豚。山重水複疑無路，柳暗花明又一村。簫鼓追隨春社近，衣冠簡朴古風存。從今若許�陂ｩ月，杖無時夜叩門。 とある。

※壘麹便築糟丘臺：積み重ねた麹（こうじ）の酒の糟で小山を築こう。　・壘麹：積み重ねた麹（こうじ）。　・麹：〔きく；qu2●〕米、麦などを蒸して暖室に置き、麹黴（こうじかび）を繁殖させたもので、酒の醸造の原料となる。　・便：するとすぐに。すぐに。すなわち。　・糟丘臺：殷の帝紂が築いた酒の糟（かす）で造った小山。『史記・殷本紀』「帝紂…以酒為池，縣肉為林。」その古註に「酒池在衛州衛縣西二十三里。太公六韜云紂爲酒池，迴船糟丘而牛飮者三千餘人爲輩。」

※千金駿馬換小妾：千金の価値のある駿馬と、若いめかけとを交換して。　・千金：千枚の黄金。多額の金銭。　・駿馬換小妾：後魏の曹彰が駿馬を見つけ、それを何とか手に入れたいと思って、馬主に対して「自分には好い妾（めかけ）たちがいるので、あなたがすきな妾を選び、それと馬とを交換しよう」と持ちかけたという故事。『獨異志』にあるというが、原典未確認。　・駿馬：〔しゅんめ；jun4ma3●●〕すぐれた馬。良馬。足の速く強い馬。　・換：交換する。　・小妾：〔せうせふ；xiao3qie4●●〕若いめかけ。

※笑坐雕鞍歌落梅：（手に入れた駿馬に）立派な彫り物を施した鞍（くら）を置いて乗り、『落梅花』を歌って。　・雕鞍：立派な彫り物を施した鞍（くら）。　・歌：うたう。動詞。　・落梅：笛の演奏用の『落梅花』という曲名のこと。「梅」は漢代の「横笛曲」にある『梅花落』。盛唐の李白『與史郎中欽聽黄鶴樓上吹笛』に「一爲遷客去長沙，西望長安不見家。黄鶴樓中吹玉笛，江城五月落梅花。」とある。両宋・李清照の『永遇樂』「落日熔金，暮雲合璧，人在何處？染柳烟濃，吹梅笛怨，春意知幾許。」 として、使われている。

※車旁側挂一壺酒：車の側壁に一壺の酒をつり下げて（いると）。　・車旁：車の側壁。　・側挂：ぶら下げている。つり下げている。

※鳳笙龍管行相催：見事な音楽の笙や笛の音が行きながら（「酒を飲め」と）催促してくる（ようだ）。　・鳳笙龍管：鳳の鳴き声のような（鳳の姿のような）笙に、龍のなき声のような笛の音。李�Uの『望江南』「多少涙，斷臉復��頤。心事莫將和涙説，鳳笙休向涙時吹，腸斷更無疑。」 　・行：行きながら。ゆくゆく。　・相催：促してくる。王翰の『涼州詞』その一首に「葡萄美酒夜光杯，欲飮琵琶馬上催。醉臥沙場君莫笑，古來征戰幾人回。」とある。　・相-：動詞の前に附き、動作の及ぶ趨勢を表す。…てくる。…ていく。王維の『竹里��』「獨坐幽篁裏，彈琴復長嘯。深林人不知，明月來相照。」とある。

※咸陽市中歎黄犬：（高位を得た後、やがて罪も得て、）咸陽の街での処刑前に黄犬をつれて猟をしたかったと歎くよりも。　*ここの句は李斯の歎きをいう。始皇帝が急死した後、趙高の罠にはまり、罪を得て咸陽で腰斬に処されることになったがそのときの歎きが遺されている。『史記・李斯列傳』「具斯五刑，論腰斬咸陽市。斯出獄，與其中子倶執，顧謂其中子曰：『吾欲與若復牽黄犬倶出上蔡東門逐狡兔，豈可得乎！』遂父子相哭，而夷三族。」（李斯に刑の判決が出て、咸陽市で李斯を腰斬の刑に処すことになった。獄から引き出され、次男とともに処刑されることになったが、次男に対して｢わたしは、もう一度、お前と上蔡の東門で赤犬を連れて兎狩りをやりたかったが、もうそれも叶わないこととなったなあ！｣と言い、父子ともに泣いたが、やがて李斯の三族は皆殺しになった）。　・咸陽：〔かんやう；Xian2yang2○○〕秦の首都。秦・始皇帝がここに都を置く渭城。　・歎黄犬：李斯の故事をいう。

※何如月下傾金罍：（高官として玉の御殿に住んではいなくても、今、自由に）月下に盃を傾け（酒を飲む）ことにどうして及ぼうか。　・何如：どうして及ぼうか。なんぞ しかん。また、いかん。ここは、前者の意。　・傾：（酒器を）傾ける。酒を飲むこと。かたぶく。下二、四段活用。　・金罍：〔きんらい；jin1lei2○○〕雷雲の模様を画いた黄金製の酒かめ。黄金製の酒器。

※君不見晉朝羊公一片石：諸君も見たことがあるでしょう、晋代の羊公（羊）の石碑（堕涙碑）が（もはや）一片の石となってしまっているのを。　・君不見：諸君、見たことがありませんか。詩をみている人（聞いている人）に対する呼びかけ。樂府体に使われる。「君不聞」もある。そこでは詩のリズムが大きく変化する。使用法は、七言が主となる詩では「君不見□□□□□□□」とする場合が多いが、必ずしも一定でない。岑参に「君不聞胡笳聲最悲，紫髯�濠瘡ﾓ人吹。」、李白「君不見黄河之水天上來，奔流到海不復回。君不見高堂明鏡悲白髮，朝如��絲暮成雪。」 顧況「君不見古來燒水銀，變作北山上塵。藕絲挂身在虚空，欲落不落愁殺人。」、李白の『將進酒』「君不見黄河之水天上來，奔流到海不復迴。君不見高堂明鏡悲白髮，朝如青絲暮成雪。人生得意須盡歡，莫使金樽空對月。」 前出・杜甫の『兵車行』「君不見青海頭，古來白骨無人收。新鬼煩冤舊鬼哭，天陰雨濕聲啾啾。」、白居易『新豐折臂翁』「君不聞開元宰相宋開府，不賞邊功防黷武。又不聞天寶宰相楊國忠，欲求恩幸立邊功。邊功未立生人怨，請問新豐折臂翁。」などがある。　・晉朝：（西）晋。２６５年〜４１９年。三国の魏に代わり、２６５年権臣司馬炎が建てた国。２８０年、呉を併せて天下を統一したが、八王の乱で、匈奴の劉曜らによって３１６年に滅ぼされた。　・羊公：呉と闘った西晋の名将・羊のこと。山を愛し、善政をしたため、羊の没後、民衆は羊が愛した山を望むところに石碑を築いた。『晋書巻三十四列伝第四羊』に「（羊）樂山水，毎風景，必造（造：いたる。行く。）山，置酒言詠，終日不倦。嘗慨然歎息，顧謂從事中�ｶ鄒湛等曰：『自有宇宙，便有此山。由來賢達勝士，登此遠望，如我與卿者多矣！皆湮滅無聞，使人悲傷。如百歳後有知，魂魄猶應登此也。』（鄒）湛曰：『公�ｺ冠四海，道嗣前哲，令聞令望，必與此山倶傳。至若湛輩，乃當如公言耳。』 …（千二百字ほど跳んで）…（羊）所著文章及爲老子傳並行於世。襄陽百姓於山（羊）平生游憩之所建碑立廟，歳時饗祭焉。望其碑者莫不流涕，杜預因名爲墮涙碑。荊州人爲諱名，屋室皆以門爲稱，改戸曹爲辭曹焉。 」がそれになる。宋・陸游の『水調歌頭』多景樓「江左占形勝，最數古徐州。連山如畫。佳處縹渺著危樓。鼓角臨風悲壯，烽火連空明滅，往事憶孫劉。千里曜戈甲，萬竈宿貔貅。　　　露霑草，風落木，歳方秋。使君宏放，談笑洗盡古今愁。不見襄陽登覽，磨滅遊人無數，遺恨黯難收。叔子獨千載，名與漢江流。」とある。　・一片石：羊の石碑。前出の堕涙碑（紫字部分）のこと。

※龜頭剥落生莓苔：（羊の堕涙碑の土台の）亀の頭の部分は、（古くなって）剥離してこぼれ落ちてきて、苔が生えている。　・龜頭：石碑の土台の亀の頭。石碑の土台部分は亀のような形をして、甲羅に碑を背負っている形になっている。あの亀のような動物は想像上のもので贔屓〔ひき；bi4xi4〕という。　・剥落：剥げ落ちる。　・莓苔：〔ばい（めい）たい；mei2tai2○○〕こけ。

※涙亦不能爲之墮：（もはや古びた一片の石となってしまった羊の堕涙碑に対して）涙も落ちなくなってしまった。　・亦：…もまた。　・不能：…ことはできない。　・爲：…のために。　・之：（古びてしまった）羊の堕涙碑。　・墮：（涙を）落とす。

※心亦不能爲之哀：（もはや古びた一片の石と化してしまった羊の堕涙碑に対して）哀しむ心もおこらなくなってしまった。　・哀：哀しむ。

※清風朗月不用一錢買：（過去の歴史上の出来事は、もはや語るまい。わたしたちが生きている現在を見ようではないか。今ある）清らかな風や明月というものは、別にお金を出して買わなければならないというものではない。　・清風：清らかな風。涼しい風。さわやかな風。宗教的な趣を湛えた語。　・朗月：明月。　・不用：別に…の必要がない。　・一錢買：お金を出して買う。外にこのような使い方があろうか。

※玉山自倒非人推：（三国・魏の康のように玉山がつぶれるように）酔いつぶれて倒れるのは、人に押（お）されたから倒れるのではなく（内に酔いつぶれたいという希求があるからだ）。　・玉山自倒：竹林の七賢の一である魏の康の酒に酔ったさまは、彼の大柄さと人格の偉大さから、玉山がまさに崩れそうな様子だったという。『世説新語・容止第十四・５』に「康身長七尺八寸，風姿特秀。見者嘆曰：『蕭蕭肅肅』。山公曰：『叔夜爲人也，岩岩若孤松之獨立；其醉也，傀俄若玉山之將崩。』」とある。上官婉兒は『遊長寧公主流杯池二十五首』之十五で「攜琴侍叔夜，負局訪安期。不應題石壁，爲記賞山時。」とする。 　・玉山：美しい容姿のたとえ。雪の積もった山。崑崙山の西にある西王母のいたところ。　・非人…：人為的に…することは（でき）ない。張孝祥の『六州歌頭』に「長淮望斷，關塞莽然平。征塵暗，霜風勁，悄邊聲。黯銷凝。追想當年事，殆天數，非人力。洙泗上，絃歌地，亦羶腥。隔水氈�ｸ，落日牛羊下，區脱縱��。看名王宵獵，騎火一川明，笳鼓悲鳴，遣人驚。」とある。

※舒州杓：舒州産の（酒を酌む）杓（ひしゃく）。　・舒州：〔じょしう；Shu1zhou1○○〕酒器の名産地。『中国歴史地図集』第五冊　隋・唐・五代十国時期（中国地図出版社）５４ページ「淮南道」にある。現・安徽省潜山県。

※力士鐺：唐の豫章郡産の酒を温めるのに使う三本脚の鼎という。　・鐺：〔さう；zheng1○〕三本脚の鼎で、酒を温めるのにつかう。

※李白與爾同死生：（わたし）李白は、なんじ（酒器）と生死を共にしよう。（わたしは、死ぬまで酒を手放さないぞ）。　・與：…と　・爾：なんぢ。酒、酒器を指す。　・同死生：生死を共にする。

※襄王雲雨今安在：楚の襄王が巫山で夢に神女と契った時、神女は雲雨となって現れると言ったが、それも今はどこへ行ってしまったのか。（もはや、影も形もない。情愛というものも永遠ではない）。　・襄王：〔じゃうわう；Xiang1wang2○○〕楚の襄王が高唐に遊んだ故事。李白の『清平調』「一枝紅艷露凝香，雲雨巫山枉斷腸。借問漢宮誰得似，可憐飛燕倚新粧。」や、劉希夷（劉廷芝）の『公子行』「天津橋下陽春水，天津橋上繁華子。馬聲廻合青雲外，人影搖動�鵠g裏。�鵠g蕩漾玉爲砂，青雲離披錦作霞。可憐楊柳傷心樹，可憐桃李斷腸花。此日遨遊邀美女，此時歌舞入娼家。娼家美女鬱金香，飛去飛來公子傍。的的珠簾白日映，娥娥玉顏紅粉妝。花際裴回雙蝶，池邊顧歩兩鴛鴦。傾國傾城漢武帝，爲雲爲雨楚襄王。古來容光人所羨，況復今日遙相見。願作輕羅著細腰，願爲明鏡分嬌面。與君相向轉相親，與君雙棲共一身。願作貞松千歳古，誰論芳槿一朝新。百年同謝西山日，千秋萬古北塵。」 とある。　・雲雨：前出・楚の襄王が巫山で夢に神女と契った時、神女は朝は巫山の雲となり夕べには雨になると言った故事からきている。宋玉『高唐賦』によると、楚の襄王と宋玉が雲夢の台に遊び、高唐の観を望んだところ、雲気（雲というよりも濃い水蒸気のガスに近いもの）があったので、宋玉は「朝雲」と言った。襄王がそのわけを尋ねると、宋玉は「昔者先王嘗游高唐，怠而晝寢，夢見一婦人…去而辭曰：妾在巫山之陽，高丘之阻，旦爲朝雲，暮爲行雨，朝朝暮暮，陽臺之下。」と答えた。「巫山之夢」に基づく。　　・今安在：今はどこにあるのか。いま、いづくにかある。

※江水東流猿夜聲：（ああ、）川の水は東に流れて（時間は刻々と移り過ぎていき）、猿は夜に（哀しげに）啼いている。　・江水：川の流れ。川の流れは、古来、時間の推移を謂う。『論語・子罕』に「子在川上曰：逝者如斯夫！不舎昼夜。」（子　川上に在りて曰く：逝く者は斯くの如きか！　昼夜を舎かず）。流れ去る川の水で、歳月等の時間で一度去って再び帰らないものの譬え。李白の『宣州謝樓餞別校書叔雲』に「棄我去者　昨日之日不可留，亂我心者　今日之日多煩憂。長風萬里送秋雁，對此可以酣高樓。蓬莱文章建安骨，中間小謝（小謝：謝のこと）又�C髮。倶懷逸興壯思飛，欲上青天覽明月。抽刀斷水水更流，舉杯銷愁愁更愁。人生在世不稱意，明朝散髮弄扁舟。」とある。　・東流：東に向かって流れる。東流するのは中国の川の通常の姿であり、天理でもある。杜甫の『哀江頭』「少陵野老呑聲哭，春日潛行曲江曲。江頭宮殿鎖千門，細柳新蒲爲誰�香B憶昔霓旌下南苑，苑中萬物生顏色。昭陽殿裏第一人，同輦隨君侍君側。輦前才人帶弓箭，白馬嚼齧黄金勒。翻身向天仰射雲，一笑正墜雙飛翼。明眸皓齒今何在，血汚遊魂歸不得。清渭東流劍閣深，去住彼此無消息。人生有情涙霑臆，江草江花豈終極。黄昏胡騎塵滿城，欲往城南望城北。」とあり、後世、南唐後主・李�Uの『虞美人』に「春花秋月何時了，往事知多少。小樓昨夜又東風，故國不堪回首　月明中。 　　雕欄玉砌應猶在，只是朱顏改，問君能有幾多愁。恰似一江春水　向東流。」 と使い、金・元好問は『岐陽』で「百二關河草不��，十年戎馬暗秦京。岐陽西望無來信，隴水東流聞哭聲。野蔓有情戰骨，殘陽何意照空城。從誰細向蒼蒼問，爭遣蚩尤作五兵。」と使う。　・猿夜聲：夜に猿が（悲しげになく）鳴き声。唐・李白に『早發白帝城』「朝辭白帝彩雲間，千里江陵一日還。兩岸猿聲啼不住，輕舟已過萬重山。」とあり、顧况の『竹枝』に「帝子蒼梧不復歸，洞庭葉下荊雲飛。巴人夜唱竹枝後，腸斷曉猿聲漸稀。」、唐・劉禹錫の『竹枝詞』に「巫峽蒼蒼煙雨時，�C猿啼在最高枝。箇裏愁人腸自斷，由來不是此聲悲。」、劉長卿に『重送裴郎中貶吉州』「猿啼客散暮江頭，人自傷心水自流。同作逐臣君更遠，��山萬里一孤舟。」 とある。

　　　　　　　　　　　　　　　***********




◎　構成について

韻式は、「AAAABBBBBBBBBBCCC」。韻脚は「西迷泥　杯杯臺梅催罍苔哀推　鐺生聲」で、平水韻上平八齊（西迷泥）。上平十灰（杯杯臺梅催罍苔哀推）。下平八庚（鐺生聲）。次の平仄はこの作品のもの。換韻と内容が合致している。

（今の襄陽の街での酔態）
落日欲沒山西，
倒著接花下迷。
襄陽小兒齊拍手，
街爭唱白銅。
傍人借問笑何事，
笑殺山公醉似泥。

（酒と人生）
杓，
鸚鵡杯。
百年三萬六千日，
一日須傾三百杯。
遙看漢水鴨頭�香C
恰似葡萄初醗。
此江若變作春酒，
壘麹便築糟丘臺。
千金駿馬換小妾，
笑坐雕鞍歌落梅。
車旁側挂一壺酒，
鳳笙龍管行相催。
咸陽市中歎黄犬，
何如月下傾金罍。
君不見晉朝羊公一片石，
龜頭剥落生莓苔。
涙亦不能爲之墮，
心亦不能爲之哀。
清風朗月不用一錢買，
玉山自倒非人推。

（儚い人生）
舒州杓，
力士鐺。
李白與爾同死生，
襄王雲雨今安在，
江水東流猿夜聲。

●●●●○○○，（A韻）
●●●？○●○。（A韻）
○○●○○●●，
○○○●●○○。（A韻）
○○●●●○●，
●●○○●●○。（A韻）
○○●，
○●○。（B韻）
●○○●●○●，
●●○○○●○。（B韻）
○◎●●●○●，
●●○○○●○。（B韻）
●○●●●○●，
○●●●○○○。（B韻）
○○●●●●●，
●●○○○●○。（B韻）
○○●●●○●，
●○○●○○○。（B韻）
○○○○◎○○，
○○●●○○○。（B韻）
○●●●○○○●●●，
○○●●○○○。（B韻）
●●●○●○●，
○●●○●○○。（B韻）
○○●●●●●○●，
●○●●○○○。（B韻）
○○●，
●●○。（C韻）
●●◎●○●○。（C韻）
○○○●○○●，
○●○○○●○。（C韻）

２００７．７．２０ 　　　　　７．２１ 　　　　　７．２３ 　　　　　７．２４ 　　　　　７．２５ 　　　　　７．２６ 　　　　　７．２７ 　　　　　７．２８完 ２００９．１．　６補

漢詩　填詞　詩餘　詩余　

次の詩へ 前の詩へ 抒情詩選メニューへ 　　　　　　　************ 詩詞概説 唐詩格律　之一 宋詞格律 詞牌・詞譜 詞韻 唐詩格律　之一 詩韻 詩詞用語解説 詩詞引用原文解説 詩詞民族呼称集 天安門革命詩抄 秋瑾詩詞 碧血の詩編 李�U詞 辛棄疾詞 李�C照詞 花間集 婉約詞：香残詞 毛澤東詩詞 碇豐長自作詩詞 漢訳和歌 参考文献（詩詞格律） 参考文献（宋詞） 本ホームページの構成・他

わたしのおもい

メール

トップ