詩四首　其四

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　前漢・蘇子卿

燭燭晨明月， 馥馥秋蘭芳。 芳馨良夜發， 隨風聞我堂。 征夫懷遠路， 遊子戀故�ｸ。 寒冬十二月， 晨起踐嚴霜。 俯觀江漢流， 仰視浮雲翔。 良友遠別離， 各在天一方。 山海隔中州， 相去悠且長。 嘉會難再遇， 歡樂殊未央。 願君崇令�ｺ， 隨時愛景光。

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　　　　　　　　　　　　　　 詩四首　　其の四

燭燭たり　　晨の明月，
馥馥として　　秋蘭 芳し。
芳馨　　良夜に發し，
風に隨ひて　　我が堂に聞こゆ。
征夫　　遠路を懷ひ，
遊子　　故�ｸを戀ふ。
寒冬　　十二月，
晨に起きて　　嚴霜を踐む。
俯して　江漢の流るるを 觀，
仰ぎて　浮雲の翔るを 視る。
良友　　遠く別離し，
各〻　　天の一方に在り。
山海　　中州を隔て，
相ひ去ること　　悠にして且つ長し。
嘉會　　再び遇ふこと難ければ，
歡樂　　殊に未だ央きず。
願はくは 君　　令�ｺを崇くし，
時に隨ひて　　景光を愛せよ。

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◎　私感訳註：

※蘇子卿：蘇武のこと。子卿は字。蘇武と李陵　の物語のうちの蘇武のことで、武帝の時、匈奴に使いして、十九年間俘虜となるとも節を持したことで名を青史に留める。

※詩四首其四：『昭明文選』巻二十九詩己　雜詩上（春風文芸出版社版（1995年瀋陽） 上巻８７３ページ）には、蘇子卿として一連の作が録されている。『古詩源』巻二「漢詩」に、採録されている。この作は、蘇武が李陵（旅立つ者が友人）に与えた詩とする。

※燭燭晨明月：明るい夜明けの月（に）。　・燭燭：〔しょくしょく；zhu2zhu2●●〕明るいさま。　・晨：〔しん；chen2○〕あした。夜明け。早朝。　・明月：くもりのない月。

※馥馥秋蘭芳：かおり高くたちこめる秋の蘭。　・馥馥：〔ふくふく；fu4fu4●●〕かおりの高くたちこめるさま。非常に芳しい。　・蘭：フジバカマ。菊科の多年生草本。また、蘭科の植物の総称。「秋蘭」を「我蘭」ともする。

※芳馨良夜発：よいにおいは、夜更（ふ）けの月夜に起こり。　・芳馨：〔はうけい；fang1xin1○○〕（草花の）よいにおい。　・良夜：夜更（ふ）け。「良」は、「深」の意。また、けしきのよい夜。主として、月夜を謂う。

※随風聞我堂：風と共に。風に乗って、わたしの部屋ににおいがとどく。　・随風：風と共に。風に乗って。　・聞：（においを）かぐ。においがとどく。　・我堂：わたしの部屋。

※征夫懐遠路：（月光や秋蘭の香りは、）遠方へ旅立つ人は、遠いみちのりを思わせ。　・征夫：旅人。ここでは、旅に出かける人を謂い、後出・「遊子」と対にする。　・懐：思いしのぶ。なつかしむ。　・遠路：遠いみち。遠いみちのり。

※遊子恋故�ｸ：（月光や秋蘭の香りは、）家を離れて他郷にいる人に故郷を恋い慕わせる。　・遊子：家を離れて他郷にいる人。前出・「徴夫」の対。

※寒冬十二月：寒い冬の（陰暦）十二月に。

※晨起践厳霜：朝起きて、ひどい霜をふむ。　・践：ふむ。　・厳霜：ひどい霜。草木を枯らすほどの霜。

※俯観江漢流：うつむいて江水をながめ。　・俯観：うつむいてながめる。後出・「仰視」（仰ぎ見る）と対になる。　・江漢：長江と漢水。江水。また、梁州中の地名。盛唐・李白の『永王東巡歌』其一に「永王正月東出師，天子遙分龍虎旗。樓船一舉風波靜，江漢翻爲雁鶩池。」とある。また、盛唐・劉長卿の『送李中丞之襄州』「流落征南將，曾驅十萬師。罷歸無舊業，老去戀明時。獨立三邊靜，輕生一劍知。茫茫

上，日暮欲何之。」の意では、 漢水が長江に注ぎ込むところ。漢陽のことを指す。

※仰視浮雲翔：頭をあげて浮き漂う雲を見る。　・仰視：仰ぎ見る。頭をあげて上を見る。前出・「俯観」（うつむいてながめる）と対になる。南宋（〜元）・文天��は『

白。悠悠我心悲，蒼天曷有極。哲人日已遠，典型在夙昔。風檐展書讀，古道照顏色。」と使う。　・浮雲：空に浮いて漂っている雲。空に浮く雲のように、遠く離れていて、何の関係もないこと。あてにならないこと。漂泊や別離を表す情景では、よく使われる。『古詩十九首』之一『行行重行行』に「行行重行行，與君生別離。相去萬餘里，各在天一涯。道路阻且長，會面安可知。胡馬依北風，越鳥巣南枝。相去日已遠，衣帶日已緩。

蔽白日，遊子不顧返。思君令人老，歳月忽已晩。棄捐勿復道，努力加餐飯。」とある。中唐・韋應物の『淮上喜會梁州故人』で「

一別後，流水十年間。歡笑情如舊，蕭疏鬢已斑。何因不歸去，淮上有秋山。」と使う。　・翔：〔しゃう；xiang2○〕かける。とびめぐる。

※良友遠別離：仲の良い友だちが遠く離れて。 *「別離」を「離別」ともする。

※各在天一方：おのおの大空の反対側に居る身となる。　・各：それぞれ（の）。おのおの（の）。　・天一方：大空の反対側。前漢・烏孫公主（劉細君）の『悲愁歌』に「吾家嫁我兮

，遠託異國兮烏孫王。穹盧爲室兮氈爲牆，以肉爲食兮酪爲漿。居常土思兮心内傷，願爲黄鵠兮歸故�ｸ。」とある。

※山海隔中州：山やみずうみが中国の本土（＝中州）と隔て。　・海：みずうみ。　・隔：へだてる。漢魏・蔡琰（蔡文姫）の『胡笳十八拍』（の十拍）「城頭烽火不曾滅，疆場征戰何時歇。殺氣朝朝衝塞門，胡風夜夜吹邊月。

，哭無聲兮氣將咽。一生辛苦兮縁別離，十拍悲深兮涙成血。」とあり、後世、中唐・司空曙は『雲陽館與韓紳宿別』で「故人江海別，幾度

。乍見翻疑夢，相悲各問年。孤燈寒照雨，濕竹暗浮煙。更有明朝恨，離杯惜共傳。」と使う。　・中州：帝都。中原。漢民族の故地を指す。豫州（現・河南省）にあり、豫州は九州（中華）の中央に位置していたので中州ともいう。現代もこのあたりの地名として残る。

※相去悠且長：はるかに遠く去ってゆく。　・相去：去ってゆく。「相-」は、動作が対象に及んでいく/くる時に使う。「…ていく」「…てくる」の意。「相互に」の意味はここではない。白居易の『勸酒』「昨與美人對尊酒，朱顏如花腰似柳。今與美人傾一杯，秋風颯颯頭上來。年光似水向東去，兩鬢不禁白日催。東鄰起樓高百尺，題照日光

射。」 、李白に『把酒問月』「��天有月來幾時，我今停杯一問之。人攀明月不可得，月行卻與人相隨。皎如飛鏡臨丹闕，�拷喧ﾅ盡�C輝發。但見宵從海上來，寧知曉向雲�陝刀B白兔搗藥秋復春，娥孤棲與誰鄰。今人不見古時月，今月曾經照古人。古人今人若流水，共看明月皆如此。唯願當歌對酒時，月光長照金樽裏。」や、陶潜の『飮酒二十首』其一「衰榮無定在，彼此更共之。邵生瓜田中，寧似東陵時。寒暑有代謝，人道毎如茲。達人解其會，逝將不復疑。忽與一觴酒，日夕歡

持。」、陶淵明の『雜詩十二首』其七の「日月不肯遲，四時

催迫。寒風拂枯條，落葉掩長陌。弱質與運頽，玄鬢早已白。素標插人頭，前途漸就窄。家爲逆旅舍，我如當去客。去去欲何之，南山有舊宅。」や張説の『蜀道後期』「客心爭日月，來往預期程。秋風不

待，先至洛陽城。」、杜甫の『州歌十絶句』其五に「東西一萬家，江北江南春冬花。背飛鶴子遺瓊蕊，

趁鳧雛入蒋牙。」とある。李�U『柳枝詞』「風情漸老見春羞，到處消魂感舊遊。多謝長條似相識，強垂煙穗拂人頭。」、范仲淹の『蘇幕遮』「碧雲天，黄葉地，秋色連波，波上寒煙翠。山映斜陽天接水，芳草無情，更在斜陽外。　　　黯�ｸ魂，追旅思，夜夜除非，好夢留人睡。明月樓高休獨倚，酒入愁腸，化作

思涙。」 前出・韋莊の『浣溪沙』「夜夜相思更漏殘。」など、下図のように一方の動作がもう一方の対象に及んでいく時に使われる。

Ａ

B

Ａ		B

。嗚呼哀哉，憂心惻傷。」とある。　・且：…（そ）の上に…。また。しかも。接続詞。

※嘉会難再遇：（今後は、今回のような）楽しい宴（うたげ）に、ふたたび巡りあうことも、むずかしい（ことだろう）。　・嘉会：〔かくゎい；jia1hui4○●〕めでたい宴（うたげ）の集（つど）い。楽しい会合。万物のりっぱなものの集まり。また、絶好の機会。よいめぐりあわせ。ここは、前者の意。　・難：〔なん；nan2○〕むずかしい。形容詞。　・遇：〔ぐう；yu4●〕偶然に巡り逢う。

※歓楽殊未央：とりわけ、よろこび楽しみがまだ尽きない（今）。　・殊：〔しゅ；shu1○〕ことに。とりわけ。特に。きわめて。　・未央：〔びあう；wei4yang1●○〕まだつきない。まだなかばにならない。いまだ尽きず。

※願君崇令徳：あなたに願い望むが、徳行を積んで。 *「願君」の内容は「崇令�ｺ，随時愛景光」。「君」は目的語であり、主語。「願君崇令�ｺ，随時愛景光」は兼語（式連動）文（V1＋O/S＋V2…）で、「君」が目的語（「あなたに」）と主語（「あなたは」）の二種を兼ねている表現。「願(V1) (＋)君(O/S) (＋)崇(V2) 令�ｺ(…)，随時愛景光」で、「願君崇令�ｺ，随時愛景光」の文は「

◎　構成について

韻式は「AAAAAAAAA」。韻脚は「芳堂�ｸ霜翔方長央光」で、平水韻下平七陽。次の平仄はこの作品のもの。

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●●○○○。（韻）
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○○○●○。（韻）
○○○●●，
○●●●○。（韻）
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○●●○○。（韻）
●○○●○，
●●○○○。（韻）
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●●○●○。（韻）
○●●○○，
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○●○●○。（韻）
●○○●●，
○○●●○。（韻）

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