送李中丞之襄州 | |
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唐・劉長卿 |
流落征南將,
曾驅十萬師。
罷歸無舊業,
老去戀明時。
獨立三邊靜,
輕生一劍知。
茫茫漢江上,
日暮欲何之。
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李中丞 の襄州 に之 くを送る
流落 す征南 の將 ,
曾 て 十萬の師を驅けさせり。
罷 みて歸りて舊業 無く,
老い去りて明時 を戀ふ。
獨り立てば三邊 靜まり,
生を輕 んずること 一劍 知る。
茫茫 たり 漢江の上 ,
日暮 何 れに之 かんと欲する。
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◎ 私感註釈
※劉長卿:盛唐の詩人。709年?(景龍年間?)〜780年?(建中年間?)。字は文房。河間(現・河北省)の人。進士に合格して官吏となるも下獄、左遷された。ために、詩には失意の情感や離乱を詠うものが多い。五言詩に優れていることから「五言(の)長城」と称された。
※送李中丞之襄州:李中丞が襄州に行くのを見送って。 『送李中丞歸漢陽別業』ともする。その場合の意は「李中丞の漢陽の別荘に帰るのを見送って」になる。襄州も漢陽もともに湖北省にある。 ・送:見送る。 ・李:姓の一。「季」ともする。 ・中丞:〔ちゅうじょう;zhong1cheng2○○〕御史中丞の略称。 ・之:行く。動詞。 ・襄州:〔じゃうしう;Xiang1zhou1○○〕現・湖北省・襄陽市。『中国歴史地図集』第五冊 隋・唐・五代十国時期(中国地図出版社)52−53ページ「唐 山南東道 山南西道」にある。長安(現・西安)東南200キロメートル。 ・歸:本来居すべきところ(=自宅・故郷・祖国・墓所)へもどる。 ・漢陽別業:(李中丞の持ち物である)漢陽の別荘。 ・漢陽:現・湖北省武漢市の西部地区。襄陽の東200キロメートルのところ。『中国歴史地図集』第五冊 隋・唐・五代十国時期(中国地図出版社)52−53ページ「唐 山南東道 山南西道」にある。 ・別業:別荘。
※流落征南将:落ちぶれた南方征討軍の武将(は)。 ・流落:〔りうらく;liu2luo4○●〕他国を流浪(るろう)し、落ちぶれる。 ・征南:南方を伐(う)って懲(こ)らす。 ・将:〔しゃう;jiang4●〕武将。将校。軍事指揮官。「征南将」を『中国軍事史略』中巻(高鋭主編 軍事科学出版社)で調べてみたが、安史の乱後の国内平定偃武
※曽駆十万師:かつて十万の軍勢を指揮したことがあった。 ・曽:…したことがある。かつて。 ・駆:かる。馬にむち打って速く走らせる。また、軍隊の列。 ・師:軍隊。
※罷帰無旧業:免職になって帰ってきても、むかしからの家業というものが無く。 ・罷:やめる。免職になる。解雇になる。 ・帰:自分の本来の居場所(自宅・故郷・祖国・墓所)にもどる。 ・旧業:むかしからの家業。家産。
※老去恋明時:年をとってしまってから、平和に治まっていた(以前の)世を恋いしたっている。(昔の、活躍していた時代が懐かしい、と謂うこと)。 *「老去恋明時」の表現では、作詩した時代(=今)は「明時」ではない、ということになる。 ・老去:年をとってしまう。 ・恋:こいしたう。心が惹かれる。 ・明時:平和に治まっている世の中。=昭代、清時。
※独立三辺静:(李中丞の現役時代は、)辺疆に立つだけで、(一帯の叛乱や動乱)が静まって。 *「独立三辺静」と「軽生一剣知」とは対句で、読み下しも、そのことに配慮すべきところだが、なかなか難しい。国語(=日本語)と対応していないか、表現内容重視のため対句としてこなれていないのか…。 ・独立:ひとりで立っている。ひとりぬきんでる。漢・李延年の『歌』に「北方有佳人,絶世而獨立。一顧傾人城,再顧傾人國。寧不知傾城與傾國,佳人難再得。」とあり、後世、清末/中華民国・梁啓超の『黄河』に「黄河黄河出自崑崙山,遠從蒙古地,流入長城關。古來聖賢,生此河幹,獨立堤上,心思曠然。長城外,河套邊,黄沙白草無人煙。思得十萬兵,長驅西北邊,飮酒烏梁海,策馬烏拉山。誓不戰勝終不還,君作鐃吹,觀我凱旋。」とあり、現代・毛沢東の『沁園春・長沙』(一九二五年)に「獨立寒秋,湘江北去,橘子洲頭。看 萬山紅遍,層林盡染;漫江碧透,百舸爭流。鷹撃長空,魚翔淺底,萬類霜天競自由。悵寥廓,問 蒼茫大地,誰主沈浮? 携來百侶曾游。憶往昔、崢エ歳月稠。恰同學少年,風華正茂;書生意氣,揮斥方遒。指點江山,激揚文字,糞土當年萬戸侯。曾記否,到 中流撃水,浪遏飛舟?」とある。 ・三辺:辺疆一帯を謂う。匈奴・南越・朝鮮の三つの辺疆を、漢代では、幽州・并州・凉州を、明代では、延綏・寧夏・甘粛を指す。 ・静:(叛乱が)静まる。
※軽生一剣知:(李中丞の)命知らずなところは、剣だけが知っている。 ・軽生:死を恐れないことを謂う。唐・劉叉の『嘲荊卿』「白虹千里氣,血頸一劍義。報恩不到頭,徒作輕生士。」とある。 ・一剣知:剣だけが知っている。晩唐〜・沈彬の『結客少年場行』「重義輕生一劍知,白虹貫日報讎歸。片心惆悵清平世,酒市無人問布衣。」とある。
※茫茫漢江上:広々として果てしない漢水の畔(ほとり)での。 ・茫茫:〔ばうばう;mang2mang2○○〕広々として果てしないさま。ぼうっとして、はっきりとしないさま。草が多く生えて乱れているさま。『古詩十九首之十一』の「廻車駕言邁,悠悠渉長道。四顧何茫茫,東風搖百草。所遇無故物,焉得不速老。盛衰各有時,立身苦不早。人生非金石,豈能長壽考。奄忽隨物化,榮名以爲寶。」や、東晋・陶淵明の『挽歌詩其三』「荒草何茫茫,白楊亦蕭蕭。嚴霜九月中,送我出遠郊。」や、東晉・陶潛『擬古・九首』其四「迢迢百尺樓,分明望四荒。暮作歸雲宅,朝爲飛鳥堂。山河滿目中,平原獨茫茫。古時功名士,慷慨爭此場。一旦百歳後,相與還北。松柏爲人伐,高墳互低昂。頽基無遺主,遊魂在何方。榮華誠足貴,亦復可憐傷。」や、北宋・蘇軾の『江城子』乙卯正月二十日夜記夢では「十年生死兩茫茫,不思量。自難忘。千里孤墳,無處話淒涼。縱使相逢應不識,塵滿面,鬢如霜。 夜來幽夢忽還ク。小軒窗,正梳妝。相顧無言,惟有涙千行。料得年年腸斷處,明月夜,短松岡。」とあり、明・高啓の『田家行』では「草茫茫,水。上田蕪,下田沒。中田有禾穗不長,狼藉只供鳬雁糧。雨中摘歸半生濕,新婦舂炊兒夜泣。」とある。 ・漢江:漢水のこと。古代には沔水と称した。長江の最大の支流で、その多くは湖北省を流れる。「江漢」ともする。「江漢」は:江水。また、漢水が長江に注ぎ込むところ。漢陽のことを指す。なお、「漢江」か「漢水」かの是非について考えれば:「茫茫漢江上」の句は「○○○●●」とすべきところ。実際は、「茫茫漢江上」では「○○●○●」となり、「茫茫江漢上」とすれば「○○○●●」となり、よくまとまる。それ故、「茫茫江漢上」が流行ったのか。漢水、沔水、漢陽は『中国歴史地図集』第五冊 隋・唐・五代十国時期(中国地図出版社)52−53ページ「唐 山南東道 山南西道」にある。 ・上:ほとり。場所を指す。この用例には、金・完顏亮の『呉山』「萬里車書盡混同,江南豈有別疆封。提兵百萬西湖上,立馬呉山第一峰。」や盛唐・岑參の『與高適薛據同登慈恩寺浮圖』「塔勢如湧出,孤高聳天宮。登臨出世界,磴道盤虚空。突兀壓~州,崢エ如鬼工。四角礙白日,七層摩蒼穹。下窺指高鳥,俯聽聞驚風。連山若波濤,奔走似朝東。松夾馳道,宮觀何玲瓏。秋色從西來,蒼然滿關中。五陵北原上,萬古濛濛。淨理了可悟,勝因夙所宗。誓將挂冠去,覺道資無窮。」や中唐・白居易の『送春』「三月三十日,春歸日復暮。惆悵問春風,明朝應不住。送春曲江上,拳拳東西顧。但見撲水花,紛紛不知數。人生似行客,兩足無停歩。日日進前程,前程幾多路。兵刃與水火,盡可違之去。唯有老到來,人間無避處。感時良爲已,獨倚池南樹。今日送春心,心如別親故。」や中唐・張籍の『征婦怨』「九月匈奴殺邊將,漢軍全沒遼水上。萬里無人收白骨,家家城下招魂葬。婦人依倚子與夫,同居貧賤心亦舒。夫死戰場子在腹,妾身雖存如晝燭。」や元・楊維驍フ『西湖竹枝歌』「蘇小門前花滿株,蘇公堤上女當壚。南官北使須到此,江南西湖天下無。」がある。現代でも張寒暉の『松花江上』「我的家在東北松花江上,那裡有森林煤鑛,還有那滿山遍野的大豆高粱。我的家在東北松花江上,那裡有我的同胞,還有衰老的爹娘。」がある。
※日暮欲何之:日暮れ時に(なって)、どこへ行こうとするのか。 ・日暮:日暮れ。一日の中の夕刻であり、人生の日暮れである老年にさしかかった時であり、また、朝廷の不明を謂う。 ・欲:…しようとする。…たい。 ・何之:どこへ行くのか。盛唐・王維の『送別』に「下馬飮君酒,問君何所之。君言不得意,歸臥南山陲。但去莫復問,白雲無盡時。」とあり、魏の阮籍の『詠懷詩』其十「昔年十四五,志尚好書詩。被褐懷珠玉,顏閔相與期。開軒臨四野,登高望所思。丘墓蔽山岡,萬代同一時。千秋萬歳後,榮名安所之。乃悟羨門子,今自嗤。」や、東晋の陶淵明の『雜詩十二首』其七の「日月不肯遲,四時相催迫。寒風拂枯條,落葉掩長陌。弱質與運頽,玄鬢早已白。素標插人頭,前途漸就窄。家爲逆旅舍,我如當去客。去去欲何之,南山有舊宅。」とある。
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◎ 構成について
韻式は、「AAAA」。韻脚は「師時知之」で、平水韻上平四支。この作品の平仄は、次の通り。
○●○○●,
○○●●○。(韻)
●○○●●,
●●●○○。(韻)
●●○○●,
○○●●○。(韻)
○○●○●,
●●●○○。(韻)
2013.6. 8 6. 9 6.10 |
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