聞佐一順世 | ||
良寛 |
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微雨空濛芒種節, 故人捨我何處行。 不堪寂寥則尋去, 萬朶青山杜鵑鳴。 |
微雨空濛 たり芒種 の節,
故人 我を捨てて何處 にか行ける。
寂寥に堪 へずして則 ち尋ね去れば,
萬朶 の青山 杜鵑 鳴く。
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◎ 私感註釈
※良寛:江戸後期の禅僧。寶暦八年(1758年)〜天保二年(1831年)。漢詩人。歌人。越後国(現・新潟県)出雲崎の人。俗姓は山本。名は栄蔵、後、文孝と改める。号は大愚。諸国を行脚、漂泊し、文化元年、故郷の国上山(くがみやま)の国上寺(こくじょうじ)に近い五合庵に身を落ち着けた。晩年、三島(さんとう)郡島崎に移った。高潔な人格が人々から愛され、子供達も慕ったが、人格の奇特さを表す逸話も伝わっている。ただ、遺されている漢詩は陰々滅々として、類例を見ないほど暗いものである。
※聞佐一順世:(旧友の)佐一が世を去ったということを耳にして。 ・聞:聞こえる。耳にはいる。 ・佐一:三輪佐一のことで、作者の古くからの友。越後・与板の人。 ・順世:世に従う。生から死へのうつろいを謂うか。
※微雨空濛芒種節:霧雨が降って薄暗い芒種(ぼうしゅ)の節(=六月上旬)に。 ・微雨:こさめ。細雨。晩唐・王周の『宿疎陂驛』に「秋染棠梨葉半紅,荊州東望草平空。誰知孤宦天涯意,微雨瀟瀟古驛中。」とある。 ・空濛:霧雨が降ってぼんやりするさま。霧雨が降って薄暗いさま。北宋・蘇軾の『飮湖上初晴後雨』に「水光瀲灧晴方好,山色空濛雨亦奇。欲把西湖比西子,淡粧濃抹總相宜。」とある。 ・芒種:〔ばうしゅ;mang2zhong4○●)〕二十四節気の一で、稲・麦など芒(のぎ)をもつ穀物の種をまく時期。現・太陽暦の六月五、六日頃。なお、この「芒種」の「種(zhong4●)」の意は:「〔動詞〕種を播く」。なお、「たね」の意〔名詞〕は:(zhong3●)。 ・節:節句。ここでは、葉がススキ(芒)のような形をしたイネ科植物(=穀物)を播く時期。
※故人捨我何処行:昔の友達(の佐一)はわたしを捨てて、何処へ行ったのだろう。 ・故人:古くからの友人。昔の友達。旧友。故知。また、元の夫や妻。死んだ人。中唐・張謂の『同王徴君湘中有懷』に「八月洞庭秋,瀟湘水北流。還家萬里夢,爲客五更愁。不用開書帙,偏宜上酒樓。故人京洛滿,何日復同遊。」とあり、盛唐・王維の『送元二使安西』に「渭城朝雨浥輕塵,客舍柳色新。勸君更盡一杯酒,西出陽關無故人。」とあり、盛唐・孟浩然の『過故人莊』「故人具鷄黍,邀我至田家。克村邊合,青山郭外斜。開筵面場圃,把酒話桑麻。待到重陽日,還來就菊花。」や盛唐・李白の『黄鶴樓送孟浩然之廣陵』に「故人西辭黄鶴樓,煙花三月下揚州。孤帆遠影碧空盡,惟見長江天際流。」とあり、中唐・劉長卿の『贈崔九載華』に「憐君一見一悲歌,歳歳無如老去何。白屋漸看秋草沒,雲莫道故人多。」とあり、中唐・韋應物に『淮上喜會梁州故人』「江漢曾爲客,相逢毎醉還。浮雲一別後,流水十年間。歡笑情如舊,蕭疏鬢已斑。何因不歸去,淮上有秋山。」とある。 ・何処:どこ。いづこ。 ・行:ゆく。書き下し文中の「行ける」は、「行け+る」で、〔「行く」(四段・命令形(已然形))+「り」(完了の助動詞・連体形)〕。
※不堪寂寥則尋去:寂しさに堪えきれない時に、尋ねて行けば。 ・不堪:堪えられない。 ・寂寥:〔せきれう;ji4liao2●○〕寂(さび)しく静かなさま。ひつそりしているさま。盛唐・李白の『宿五松山下荀媼家』に「我宿五松下,寂寥無所歡。田家秋作苦,鄰女夜舂寒。跪進雕胡飯,月光明素盤。令人慚漂母,三謝不能餐。」とあり、 中唐・權コ輿の『蘇小小墓』に「萬古荒墳在,悠然我獨尋。寂寥紅粉盡,冥寞黄泉深。蔓草映寒水,空郊曖夕陰。風流有佳句,吟眺一傷心。」とあり、五代・顧夐の『楊柳枝』「秋夜香閨思寂寥,漏迢迢。鴛帷羅幌麝煙銷,燭光搖。 正憶玉カ遊蕩去,無尋處。更聞簾外雨蕭蕭,滴芭蕉。」とある。 ・則:その時には。(レバ則)。すなわち。もし…ならば。…すれば。…ければ。…するとすぐに。…なるとすぐに。…れば。前後句の困果関係を表し、前句を受けて後句を起こす。
※万朶青山杜鵑鳴:花や実が枝垂れている樹木が青々と茂っている山(墳墓の地)で、ホトトギスが(「帰りなさい」と)鳴いている。 ・万朶:多くの花の枝。 ・朶:花や実が枝垂れる。花や実の一ふさ。花や実の一かたまり。 ・青山:樹木が青々と茂っている山。また、墳墓の地。晩唐・杜牧の『寄揚州韓綽判官』に「山隱隱水遙遙,秋盡江南草木凋。二十四橋明月夜,玉人何處ヘ吹簫?」とあり、元・劉秉忠の『桃花曲』に「一川芳景,一壺春酒,一襟幽緒。今朝好天色,又無風無雨。 水滿C溪花滿樹。有鷗、伴人來去。行雲望逾遠,更山無數。」とあり、清・陳文述の『漁父詞』に「打槳湖邊問酒家,青山澹冶隔明霞。風過處,縠紋斜,蓑衣吹滿碧桃花。」とある。 ・杜鵑:〔とけん;du4juan1●○〕ホトトギス(=不如帰、子規、また杜宇…。なお「不如帰」は「帰ったほうがいい」の意で、「子規」は「子帰」の意で、「あなたは帰りなさい」の意。中国語でも“催帰”、“思帰鳥”と、帰郷・帰宅を促す名称がある。その啼き声は「不如帰去」とも。家を長期に亘って空け、旅路にある者にとっては、ホトトギスの啼き声が「不如帰去」(ふじょききょ、プールーグィチュ、bùrúguīqù=「帰った方がいいよ」)と言っているように聞こえる。盛唐・李白『宣城見杜鵑花』に「蜀國曾聞子規鳥,宣城還見杜鵑花。一叫一廻腸一斷,三春三月憶三巴。」とあり、南宋・陸游の『鵲橋仙・夜聞杜鵑』「茅檐人靜,蓬窗燈暗,春晩連江風雨。林鶯巣燕總無聲,但月夜、常啼杜宇。 催成C涙,驚殘孤夢,又揀深枝飛去。故山猶自不堪聽,況半世、飄然羈旅。」とある。
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◎ 構成について
韻式は、「AA」。韻脚は「行鳴」で、平水韻下平八庚。この作品の平仄は、次の通り。
○●○○○●●,
●○●●○●○。(韻)
●○●○●○●,
●●○○●○○。(韻)
平成29.11.1 11.4 11.6 11.9 |
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