望夫石 | |
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唐・武元衡 |
佳人望夫處,苔蘚封孤石。
萬里水連天,巴山暮雲碧。
湘妃涙竹下成林,
子規夜啼江水深。
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望夫石
佳人 夫を望みし處,
苔蘚 孤石 を封 ず。
萬里水 天に連なり,
巴山 暮雲碧 し。
湘妃 の涙竹 下 林と成り,
子規 夜啼 きて江水 深し。
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◎ 私感註釈
※武元衡:中唐の政治家。字は伯蒼。河南緱氏の人。758年(乾元元年)〜815年(元和十年)。憲宗の元和二年に門下侍郎・同中書門下平章事(宰相)に至った。後に、剣南西河節度使に任ぜられて蜀に赴き、七年間蜀に滞在した。淮西節度使の呉元済が叛乱を起こした際、討伐を劃策したが、呉元済派の放った刺客に暗殺された。
※望夫石:(女性が、旅立ってやがて帰ってくる)夫(おっと/おとこ)を待ち望んで佇(たたず)み尽くし、いつの間にか石となった、その石。 *女性の貞節を謂う。各地に残っている民間伝説では、女性が帰ってくるはずの夫(おっと/おとこ)を待ち望んで佇み尽くし、やがて石となったと言い伝えられている。南朝・宋・劉義慶の『幽明録』に「武昌北山有望夫石,状若人立。古傳云:『昔有貞婦,其夫從役,遠赴國難,攜弱子餞送北山,立望夫而化為立石。』」(武昌の北山に望夫石有り、状(さま)は人の立つが若(ごと)し。古伝に云ふ:『昔、貞婦 有り、其の夫 役(えき(/つとめ))に従(したが)ひ、遠く国難に赴(おもむ)き、弱子(=幼子)を攜(たづさ)へて北山に餞送し、立って夫を望み而(しかう)して 化(くゎ)して立石と為(な)る』と。」(「=武昌の北山に望夫石が有り、状(さま)は人が立っているようである。古伝に云うことには:『昔、貞婦がいて、其の夫が役(えき/つとめ)に従い、遠く国難に赴(おもむ)き、弱子(=幼子)を攜えて北山に餞送し、夫を望んで佇(たたず)んで、化して立った石と為(な)った』とのことである。」)現・遼寧省の興城市西南にある望夫山の望夫石は孟姜女の夫を望むところから変わったもので、その外では現・寧夏回族自治区の隆徳県の西南や江西省分宜県の昌山峽の水中や貴州省貴陽市の北谷の頂埧や広東省清遠市にそれぞれ望夫石がある。同題に、中唐・王建の『望夫石』「望夫處,江悠悠。化爲石,不回頭。山頭日日風復雨,行人歸來石應語。」がある。 ・望:高い所や遠い所をのぞみ見る。また、待ちのぞむ。ここは、両者の意で使われる。 ・夫:おっと。一人前の男子。おとこ。
※佳人望夫處:美女が夫(おっと/おとこ)をのぞみ見ている(/待ちのぞんでいる)ところ。 ・佳人:美人。また、忠義の臣。賢臣。よい人。立派な男子。才能ある人。主君。ここは、前者の意。ここを「佳名」ともする。その場合は:よいほまれ、よい名=令聞。
※苔蘚封孤石:ぽつんと一つだけある石(=望夫石)は、苔(こけ)に封(ふう)じ込められている。 ・苔蘚:〔たいせん;tai2xian3○●〕こけ。 ・封:とじこめる。とじる。ふうじる。 ・孤石:ぽつんと一つだけある石。ここでは、望夫石を指す。
※萬里水連天:遥かずっと、水面は天に繋がっている。 ・萬里:長大な距離を謂う。 ・水連天:水面は天に繋がっている。晩唐・趙嘏の『江樓書感』に「獨上江樓思渺然,月光如水水連天。同來翫月人何處,風景依稀似去年。」とあり、宋・蘇軾『水調歌頭』「轉朱閣,低綺戸,照無眠。不應有恨,何事長向別時圓?人有悲歡離合,月有陰晴圓缺,此事古難全。但願人長久,千里共嬋娟。」 とある。 ・水:江の水面。 ・連天:(水平線の彼方で)空に連なっている。両宋・李C照『點絳唇』「寂寞深閨,柔腸一寸愁千縷。惜春春去,幾點催花雨。倚遍欄干,只是無情緒。人何處,連天衰草,望斷歸來路。」とある。
※巴山暮雲碧:巴山の夕方の空の雲は、青い(、というのは)。 ・巴山:〔はざん;Ba1shan1○○〕大巴山のこと。現・四川省と陝西省省境にある大巴山(白帝城の北・80キロメートルのところ)。また、現・四川省通江県にある山の名。また、巴(は)(四川東部から東北部)の地方の山。『中国歴史地図集』第五冊 隋・唐・五代十国時期(中国地図出版社)52−53ページ「唐 山南東道 山南西道」には壁州に諾水があり、現・通江県がある。ただし、巴山は無い。『中国歴史地図集』第六冊 宋・遼・金時期(中国地図出版社)29−30ページ「北宋 成都府路 梓州路 利州路 夔州(きしう)路」にも巴州の中に通江があるが、巴山は無い。後出・『竹枝詞』のように「巴の地方の山」(四川東部から東北を覆う山々)と見るのが自然ではなかろうか。 中唐・劉禹錫の『竹枝詞』の「楚水巴山江雨多,巴人能唱本ク歌。今朝北客思歸去,回入那披漉。」は、「巴の地方の山」の意。晩唐・李商隱の『夜雨寄北』に「君問歸期未有期,巴山夜雨漲秋池。何當共剪西窗燭,卻話巴山夜雨時。」とあり、北宋・文同の『守居園池雜題・望雲樓』に「巴山樓之東, 秦嶺樓之北。 樓上卷簾時, 滿樓雲一色。」とある。ここを「巴江」ともする。その場合は巴水のことで、湖北省の東部を北から南へ流れて長江に注ぐ川。また、巴の地方の川。 ・暮雲:夕方の空の雲。夕雲。或いは「春樹暮雲」を指し、「遠方にいる友人をしのぶこと」を謂う。盛唐・杜甫の『春日憶李白』に「白也詩無敵,飄然思不群。清新庾開府,俊逸鮑參軍。渭北春天樹,江東日暮雲。何時一尊酒,重與細論文。」とある。 ・碧:青緑色の。青い。緑の。また、青緑色。青。緑。ここは、前者の意。
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※湘妃涙竹下成林:(そのわけは)湘妃の涙で斑(まだら)となった斑竹(はんちく)で、(青々とした)竹藪となっているからだ。 *この句、「湘妃泣下竹成斑」ともする。その場合は「(そのわけは)湘妃が涙を流して泣いて涙が落ちて、竹が斑(まだら)となった。」の意。 泣下:涙が落ちる。 ・湘妃:〔しゃうひ;Xiang1fei1○○〕舜帝の妃・娥皇と女英の二人のこと。舜帝を慕って湘水に身を投じて、川の神(湘靈、湘神)となったという。竹との関係では舜帝が蒼梧(現・江西省蒼梧)で崩じた時に、娥皇と女英の二人の妃がここに来て深く嘆き悲しみ、流した涙が竹に滴り、その痕(あと)が竹に斑斑と残ったことから「斑竹」と謂われた。或いは、九嶷山で亡くなり、二人の妃が三日三晩泣き続けたが、やがて九嶷山に血涙の痕があるような竹が生えだしたという。 ・涙竹:マダラダケ。ハンチク。斑竹。表面に斑紋のある竹の総称。マダケのうち、桿(かん=節間が中空で節に隔壁がある茎)に紫褐色の斑紋がある細竹。桿は装飾品・杖・筆の軸などを作る。舜が蒼梧に崩じた時、二妃が哭して涙が竹に滴り、斑痕ができたという。=湘(妃)竹。中唐・劉禹錫の『瀟湘~』に「斑竹枝,斑竹枝,涙痕點點寄相思。楚客欲聽瑤瑟怨,瀟湘深夜月明時。」とある。 ・成林:(繁って)林となる意。
※子規夜啼江水深:ホトトギスが(哀しげに)夜に鳴けば、川の水は深い。 ・子規:ホトトギス。哀しげな啼き声がする鳥とされ、夏の季節を表す鳥である。また、蜀王の霊の化した鳥で、幽冥界との往復をする鳥でもある。盛唐・李白の『聞王昌齡左遷龍標遙有此寄』に「楊花落盡子規啼,聞道龍標過五溪。我寄愁心與明月,隨風直到夜郎西。」とあり、同・李白の『宣城見杜鵑花』に「蜀國曾聞子規鳥,宣城還見杜鵑花。一叫一廻腸一斷,三春三月憶三巴。」とあり、清末・秋瑾の『昭君怨』に「恨煞回天無力,只學子規啼血。愁恨感千端,拍危欄。 枉把欄干拍遍,難訴一腔幽怨。殘雨一聲聲,不堪聽!」とある。 ・江水深:川の水が深い意。ここを「江樹白」ともするが、「江水深」とするか「江樹白」とするかで、韻式は大いに異なる。「江水深」とする場合、韻脚は「石碧・林深」で、一回の換韻。「江樹白」とする場合、韻脚は「石碧白」となり、一韻到底。
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◎ 構成について
韻式は、最後の句末が「…江水深」とする場合、韻脚は「石碧・林深」で、平水韻入声十一陌(石碧)・下平十二侵(林深)。韻式は「aaBB」で一回の換韻。句末を「…江樹白」とする場合、韻脚は「石碧白」で、平水韻入声十一陌(石碧白)となり、一韻到底。韻式は「aaa」。この作品の平仄は、次の通り(前者の方)。
○○◎○●, ○●○○●。(a韻)
●●●○○, ○○●○●。(a韻)
○○●●●○○,(B韻)
●○●○○●○。(B韻)
2015. 4. 8 4. 9 4.10完 2018.11.11補 |
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