長亭外,古道邊, 芳草碧連天。 晩風拂柳笛聲殘, 夕陽山外山。 天之涯,地之角, 知交半零落。 一觚濁酒盡餘歡, 今宵別夢寒。 |
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送別
長亭の外(はづれ), 古道の邊(あたり),
芳草 碧(みどり) 天に 連なる。
晩風は 柳を拂(はら)ひ 笛聲 殘(すた)りて,
夕陽は 山外の山。
天の涯(はて),地の角(すみ)に,
知交 半(なか)ば 零落す。
一觚(こ)の 濁酒 餘歡を 盡(つく)せど,
今宵 別夢 寒からん。
◎ 私感註釈 *****************
※送別:日本語での題は『旅愁』。「更け行く秋の夜,旅の空の」で有名。原題は『Dreaming of Home and Mother』で、元々はアメリカのジョン.P.オードウェイ(約翰・奧コ威(奧コ維)J.P.Ordway)の作曲によるもの。作詞者・李叔同が清末(明治の末)、日本留学中に日本語の『旅愁』を聞き、この詞に訳出した。現在、この作品は中国に根を下ろして、中国の国民歌謡となっている。そのために、ここに載せた。原詞(英語)では、故郷の母や家庭を偲ぶものになっているが、この作品『送別』は英語のものや、作者・李叔同が聞いた日本語のものを超えて、伝統的な中国に回帰したものとなり、范仲淹の『蘇幕遮』「碧雲天,黄葉地,秋色連波,波上寒煙翠。山映斜陽天接水,芳草無情,更在斜陽外。 黯ク魂,追旅思,夜夜除非,好夢留人睡。明月樓高休獨倚,酒入愁腸,化作相思涙。」や、柳永の『夜半樂』「凍雲黯淡天氣,扁舟一葉,乘興離江渚。渡萬壑千巖,越溪深處。怒濤漸息,樵風乍起,更聞商旅相呼。片帆高舉。泛畫鷁、翩翩過南浦。 望中酒旆閃閃,一簇煙村,數行霜樹。殘日下,漁人鳴榔歸去。敗荷零落,衰楊掩映,岸邊兩兩三三,浣沙遊女。避行客、含羞笑相語。 到此因念,繍閣輕抛,浪萍難駐。歎後約丁寧竟何據。慘離懷,空恨歳晩歸期阻。凝涙眼、杳杳~京路。斷鴻聲遠長天暮。」、馬致遠の元曲〔越調〕『天淨沙』秋思「枯藤老樹昏鴉,小橋流水人家,古道西風痩馬。夕陽西下,斷腸人在天涯。」などを聯想させるところがある。李叔同が耳にした日本語の詞は犬童球溪作の『旅愁』「更(ふ)け行(ゆ)く秋の夜(よ)、 旅の空の 侘びしき思いに 孤(ひと)り悩む。 戀しや故ク(ふるさと)、 懷かし父母(ちちはは)。 夢路に辿るは 故ク(さと)の家路(いへぢ)。 更け行く秋の夜、 旅の空の 侘びしき思いに 孤(ひと)り悩む。」というもので、これも原詞(英語)を発展させて日本語の血肉となっている。三者を比較すれば、日中ともに原詞(英語)の母親像や幼少期の家庭風景の描写が後退している。その分、翻訳詞は語彙が豊かになっており、李叔同は伝統的な叙景詩の手法を取り入れている。蛇足になるが、現在、中国では「更け 行く」は「チャンティ〜ン ワァ〜イ(長亭外)」、「秋の 夜」は「グウダオ ビェン(古道邊)」、「旅の 空の」は「ファンツァオ ビーリェン ティェ〜ン(芳草碧連天)」のような感じで歌われており、節奏が日本語のとは異なる。
※長亭外,古道邊:町外(はず)れの、古びた道(には)。 ・長亭:(十里毎にある)駅亭。漢代、十里毎に置かれた駅亭。旅人の休憩所。李白の『菩薩蛮』「何處是歸程,長亭更短亭。」や、宋・陸游の『浪淘沙』丹陽浮玉亭席上作に「克暗長亭。幾把離尊。陽關常恨不堪聞。何況今朝秋色裏,身是行人。 C涙羅巾。各自消魂。一江離恨恰平分。安得千尋鐵鎖,截斷煙津。」とある。 ・長亭外:駅亭のある所から外れた(人気のない)ところ。村はずれ。町外(はず)れ。 ・古道:古くからある古びた道。前出・馬致遠の〔越調〕『天淨沙』秋思に「枯藤老樹昏鴉,小橋流水人家,古道西風痩馬。夕陽西下,斷腸人在天涯。」 柳永の『少年遊』「長安古道馬遲遲,高柳亂蝉棲。夕陽島外,秋風原上,目斷四天垂。 歸雲一去無蹤迹,何處是前期?狎興生疏,酒徒蕭索,不似去年時。」がある。 ・邊:あたり。
※芳草碧連天:草花の緑が、地の果てまで続いている。 ・芳草:草花。よい香りのする草。 ・碧:みどりの。碧玉色の。あおい。 ・連天:天にまで連なっているかのように、地の果てまで続いて見えるさま。李清照の『點絳唇』「 寂寞深閨,柔腸一寸愁千縷。惜春春去,幾點催花雨。 倚遍欄干,只是無情緒。人何處,連天衰草,望斷歸來路。」や、趙の『江樓書感』に「獨上江樓思渺然,月光如水水連天。同來翫月人何處,風景依稀似去年。」とある。
※晩風拂柳笛聲殘:夕方に吹く風がヤナギの条(えだ)を払うかのように揺らして、笛の音はだんだんと消えて行き。 ・晩風:夕方に吹く風。 ・拂柳:ヤナギが(風のために)払うかのように揺れ動く。李Uの『柳枝詞』「風情漸老見春羞,到處消魂感舊遊。多謝長條似相識,強垂煙穗拂人頭。」と、対象は異なるが、やはり柳の枝の動きの描写である。 ・笛聲:笛の音。 ・殘:すたれていく。だんだんと消えて行く。
※夕陽山外山:夕日が奥山に(沈もうとしている)。 ・夕陽:夕日。前出・馬致遠の『天淨沙』「夕陽西下」や柳永の『少年遊』「夕陽島外」等の青字部分参照。晩唐・李商隱の『登樂遊原』「向晩意不適,驅車登古原。夕陽無限好,只是近黄昏。」では、輝くが儚(はかな)さを持ったものとして詠う。 ・山外山:(この)山 以外にも、まだまだ(立派な)山(がたくさんある)。山の数が多いことを謂う。宋・林升の『題臨安邸』に「山外山樓外樓,西湖歌舞幾時休。暖風薫得遊人醉,直把杭州作州。」がある。蛇足だが、杭州・西湖の北西に「山外山路」と名付けられた道路や「楼外楼」という名の建物、「天外天」というレストランがある。これは、「別世界」という意味になるか。なお、現代語で“人外有人、天外有天”と言うと、「上には上がある」という意味になる。
※天之涯,地之角:天の涯(はて)、地の果て(にて)。この世のどこか彼方で。=“天涯地角”。 ・天之涯:天のはて。=天涯。前出、元曲〔越調〕『天淨沙』秋思でいえば、紫字部分。日本の『旅愁』では「戀しや」(こ〜 いし や〜)と歌われる部分で、日本語、中国語、英語それぞれ語彙と節奏の関係は大きく異なっている。「天涯,地角」を「天之涯,地之角」としたのは語調を整える(曲と中国語歌詞とを合わせる)ため。 ・地之角:地の果て。岬(みさき)。=地角。
※知交半零落:友人も、もう半ばは死んで亡くなっていよう。或いは、自分を知ってくれている友人は、半ばは、落ちぶれはてていよう。ここは、前者の意。 ・知交:友人。自分を心をよく知っている人。知己。 ・半:なかばは。 ・零落:〔れいらく;ling2luo4○●〕死去する。草木の花や葉が枯れ落ちる。また、落ちぶれる。貧しくなる。おちぶれて地方にさまよう。ここでは、前者の意。前出・柳永の『夜半樂』「望中酒旆閃閃,一簇煙村,數行霜樹。殘日下,漁人鳴榔歸去。敗荷零落,衰楊掩映,岸邊兩兩三三,浣沙遊女。避行客、含羞笑相語。」や、両宋・李清照『一翦梅』「 紅藕香殘玉簟秋。輕解羅裳,獨上蘭舟。雲中誰寄錦書來,雁字回時,月滿西樓。 花自飄零水自流。一種相思,兩處閑愁。此情無計可消除,才下眉頭,却上心頭。」や、秋瑾の『鷓鴣天』「祖國沈淪感不禁,閑來海外覓知音。金甌已缺總須補,爲國犠牲敢惜身。 嗟險阻,嘆飄零,關山萬里作雄行。休言女子非英物,夜夜龍泉壁上鳴!」などがある。ここでの古典詩詞の意は、草木の花や葉が枯れ落ちることになる。
※一觚濁酒盡餘歡:一杯の濁醪(どぶろく)で、最後の名残の楽しみを尽くそう。 ・觚:〔こ;gu1○〕古代の酒器。ラッパ状の口で胴は八角、口と同型の脚がついた杯。「壺」ともする。「壺」は〔こ;hu2○〕つぼ。酒壷。徳利大のもの。こちらがより現代的表現。 ・濁酒:濁り酒。どぶろく。安物の酒をいう。 ・盡:つくす。 ・餘歡:名残の歓楽。最後の愉しみ。
※今宵別夢寒:今夜は、別れを告げた後の眠りなので、寒々としていよう。 ・今宵:今夜。今宵。 ・別夢:別離(の後の夜の)夢。夢で別れる。夢の中で別れを告げる。なお、毛沢東の七律『到韶山』は後者の意の用法で「別夢依稀咒逝川,故園三十二年前。紅旗捲起農奴戟,K手高懸覇主鞭。爲有犧牲多壯志,敢ヘ日月換新天。喜看稻菽千重浪,遍地英雄下夕煙。」とある。 ・寒:寒々しい。
◎ 構成について
韻式は「AABBccBB」。或いは通韻と見て「BBBBccBB」とも謂える。韻脚は「邊天 殘山 角落 歡寒」。現代語の「−an」韻で、平水韻では、下平一先。上平十四寒上平十五刪など。「角落」は入声三覺など。次の平仄はこの作品のもの。
○○●,●●○,(韻)
○●●○○,(韻)
●○●●●○○,(韻)
○○○●○。(韻)
○○○,●○●,(韻)
○●●○●。(韻)
●○●●●○○,(韻)
○○●●○。(韻)
2005.3.26完 9.11補 9.23 12. 4 12.24 2009.5.19 |
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