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和字正濫鈔の序に見る契沖の假名遣論の本質(契沖研究會「理」第十七號 平成二十五年五月二十五日)

 

                                                                                     市川 

 

                        

(本稿は平成二十四年十一月十一日「文語の苑シンポジウム」於:大阪教育大學柏原キャンパスで行つた講演「難波の僧契沖を讀む」の内容に加筆したものです)

契沖研究會は創立十七周年を迎へ、特に和歌の普及に就き、契沖顯彰短歌大會は本年第十囘を大盛會の裡に算へ、私にも過分の感謝状をいたゞき、契沖の萬葉代匠記竝びに萬葉集講義による「歌學び」が平成の御代に復活したものと、まことに御同慶の至りです。一方契沖のもう一つの業績、和字正濫鈔による假名遣論に就いも關心を持つ必要があると思ひ筆を取りました。

和字正濫鈔の成立は、今から三百二十年前、元祿六年(一六九三)、契沖五十四歳の時で、その序文は漢文でこの年の二月に書かれてをり、その概要を要約すると次の通りです。

先づ言語とは事象に對應すると同時に、發言者の心を表すものであり、世々相傳へる働きがあると共に、また禍の門ともなる作用もあると、言語の體と用から説き起し、次いで、國語の歴史を概觀し、國語の特長として次のの二點を表明してゐます。

一、言葉には靈性があり、これは國語成立後長く文字の無かつた上代から「言靈」の幸はふ國、(たす)くる國と語り繼がれて來たこと

二、梵文(サンスクリット)との對比の結果、伊呂波四十七文字に、謂はゆる五十音からヤ行「い」「え」とワ行「う」の三音を省いた四十七音が完全な對應を示してゐること

このやうな整然とした和字に對して、近ごろ學識薄れ、「い」と「ゐ」、「お」と「を」の區別を誤るだけでなく、「椎しひ」を「しゐ」、「藍あゐ」を「あひ」、「戀こひ」を「こゐ」等とするに至つてゐる。この問題を典據を明らかにして濫れを正すのであると結んでゐます。

ここで注目すべきことは、契沖の考へる假名遣とは、伊呂波四十七文字を字母として、典籍に準じて書き方を決定するといふことです。即ちこの決定には音韻は直接には關與してゐないのです。漢字が傳來してから、これを利用して國語を書き表すに就いて、長らく其の發音を表記する役割を擔つて來た假名文字が、ここではつきりと音韻から獨立を果したのです。

この獨立といふこと、實は契沖が最初ではありません。遡ること五百年、當時國語に起つた音韻の大變化、即ち語頭を除いてハ行の音が例外なく一齊にワ行の音に變化した謂はゆるハ行點呼に際して、藤原定家が假名遣の音韻追隨を拒否して、獨立を主張したのが始りです。ただ、この假名遣の決定にはアクセントが關與するなど、なほ音韻への依存が殘つてゐたのを、契沖が定家の主張した音韻からの獨立を完成させたのです。一方で、廣い中國大陸の地方毎に發音が異つてゐても漢字といふ共通文字により漢字文化圈が形成されたやうに、漢字にも獨立性があり、かくて漢字假名交り文の國語書き言葉は完全な獨立を遂げたことになります。

以上概説した契沖の假名遣論から發展した歴史的假名遣は、戰後の國語改革で否定され、唯一これを保持して來た日本國憲法も改正の機運の高まる中で、實現すれば同時に表記も「現代の音韻に從屬」する「現代仮名遣い」に殆ど自動的に書き換へられて、國語から全く其の姿を消さうとしてゐます。世界には數千の言語が實在し、その中文字を持たないものが多數あり、言語學的には「言語は音であり、文字は言葉の副次的な記録手段に過ぎぬ」とする學説が最近專らであるのも事實です。しかし、だからと言つて獨立した書き言葉を有するといふ折角の我が國の言語文化を我々が學習傳承せずに、安易に捨て去つてよいのか、契沖の業績は結局無駄だつたのか、和字正濫鈔の序は問掛けてゐると言へませう。                  (平成二十五年三月)

 

 

市 川   

昭和六年生れ

平成五年 有限會社申申閣設立。

正假名遣對應日本語IME「契冲」を開發。

國語問題協議會常任理事、文語の苑幹事、契冲研究會理事。

 

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