私の主張  平成二十九年一月十一日更新 (これまでの分は最下段)    「契冲」のホ-ムペ-ジに戻る

多樣性の世紀に於ける國語問題           市川 

「國語國字」第二百六號  平成二十八年十一月一日

 

十九世紀後半より二十世紀にかけて科學技術が大いに發展し、その基本概念たる「普遍性」こそ人類の目指すべき指針となつたのは克く知られた事實である。その花々しい發展は自然科學以外の人文社會系の分野にも大きな影響を齎し、科學的社會主義をはじめ「科學」や「科學的」を呼號し、斯くして普遍主義は人間社會の基本と目されるに至つた。しかしその普遍性追求の故に宗教をも否定する共産主義を中心に世界の統一を目指したソ聯は二十世紀末に崩潰し、これと對立してゐた米歐を中心とする新自由主義グローバリズムも亦、今日行詰りの兆候を見せてゐる。恰も時を同じうして、地球環境の問題が漸く顯在化し、特に生物種の絶滅を危惧し「種の多樣性」が見直さるゝに及んで、「多樣性の尊重」こそ今世紀最大の世界的命題となり、同時に普遍主義に對する再檢討が求められてゐる。

實は普遍主義は本來自然科學にのみ有效であり、文化の面には寧ろ弊害を伴ひ、その一つは「言語の絶滅」である。今日世界には六千乃至七千の言語があり、その半數は話者一萬人に足りず、その大半は今世紀末には消滅するだらうと云はれてゐる。これは英語、中國語など世界的に流通する言語が主流のグローバル化の下では、若き指導者世代が長年世代間に繼承してきた母國語の學習及び傳承に注力する餘裕がなく、世界語で導入した普遍主義的諸制度は祖宗の戒めを消し去り、暴動、内戰に苦しむに至つてさへゐる。

日本語にはその心配なしとする人も多いが、戰後の「漢字文化圈」消滅は決して對岸の火事では濟まされない。元來漢字は時代、地方により發音は異つても、字形が共通であるが故に相互の理解容易となり、漢唐宋元明清と、あの廣い國土で二百年から四百年の長期帝國としての統治を可能にし、更に韓、越及び日本を含む廣大な圈域に亙つての文化交流の實も擧げて來た。それを戰後、中國は自國民の識字率向上のため簡體字を制定し、韓國はハングルを以て漢字に代へ、日本は國語のローマ字化を念頭に漢字制限と字形變更を行ひ、かくて圈内共通の文字といふものが消滅したのである。特に科學技術用語は明治の先人が苦心の末に漢字熟語に創作し、その通用は圈内廣く及んでゐたのが、制限漢字への移行と稱する科學術語の大幅改訂により、その共通性も亦消滅した。これらは底に普遍主義的言語觀を内包する言語施策の結果と見るべきであらう。

この趨勢に獨り臺灣は從前の漢字を保持し、選擧による元首(總統)、獨自の領土、徴税、司法の權能を有して、對岸の巨大國家に對しても堂々の國家運營を行つてゐる。これは當に多樣性の世紀に相應しく、日本も早く從前の漢字を復活して、臺灣と共に漢字文化圈の復活の狼煙を擧ぐべきなのである。

從前の漢字を保持することが何故重要なのか。現在我が國では英語の公用語化やローマ字化は勿論、將來的な漢字廢止は行はないといふ合意がある。さうだとすれば日本人は外來の概念や思想を現今のやうに何でもかんでもカタカナ語にせず、國語で表現出來るだけの造語力の豐かさが必要となる。そのための道具として漢字が必須であるが、その數は現在の常用漢字二千百三十六字では到底足りず、最低でも五千は必要であらう。さうなつた場合、常用漢字では、字形、字義の兩面からの類推といふ學習に無理が生ずる。先づ字形に關しては、「ゆたか」の「豐(ホウ)」の常用漢字字體は「豊」で、元來の音は「レイ」又は「ライ」である。今はこれを「ホウ」、「ゆたか」と讀ませ、これを「示」や「骨」に配した「禮」や「體」は「礼」、「体」であるとす。これらは漢字の學習を無味乾燥のものとするだけでなく、國語への愛情を育てない。また字義に就いても謂はゆる「表外字」を用ゐる熟語を徹底排除した結果、前述の漢字文化圈の消滅を齎したのみならず、例へば「推敲」を「推考」とするが如き、「推し考ふ」、「考へを推し進む」以外に誰か能く「推すか、敲くか書き表はしを選ぶ」と察知できよう。これでは漢字音義の脈絡が習得の手掛りとならず、未知の文字や熟語に對する直觀的な想像力を育てない。かくて現在の國語語彙の問題の一つは、片假名、交ぜ書き、代用漢字による語彙が多く、レガシー、筋れん縮、無殘などその語彙としての意味を知らなければ、理解できないことである。遺構、筋攣縮、無慙とあれば夫々の漢字を漢和字典を引くだけで大凡のことはイメージできよう。酸素や水素を、オキシジェンやハイドロジェンと教へられてゐたら、日本人一般の科學知識の水準は殆どゼロに近からう。

前述した西歐的術語の漢字熟語化により、當時の國民の多くがその内容を直觀的に想像理解できたことが、如何に我が國の「近代化」を成功させたか計り知れないことを想起すべきである。專門の人しか知らない語彙が一人歩きする、これは非常に危險なことであり、その意味でもう一度「明治」に還るべきなのである。

我が國文化發展の歴史を鑑みるに、往古唐土の文化を學ぶに、彼は易姓革命、我は萬世一系なりと互ひの多樣性を認めつゝ吸收するを常としてきたが、明治の開國は當に普遍主義開花の時期であり、我が文化が必ずしも「普遍的」ではない現實を前に、國の獨立保全のため、已むを得ず西歐的普遍主義をそのまゝ丸呑みした。日清、日露の兩役を經て、この方針は成功するかに見えたが、次第に日本的多樣性との葛藤を生じ、特に紀元二千六百年を迎へた昭和十五年頃には、「日本への囘歸」(萩原朔太郎)や同十六年「近代の終焉」(保田與重郎)など、西歐思想を學び終へた上での日本文化見直しの動きがあつたものの、戰時中で特段の進展なく、且つ東亞新秩序を唱へた戰ひにも敗れ、以後全く顧みられることはなかつた。

この敗戰への反省は惜しむらく、ペルリ來航以來の百年を對象とすべきを、直近數年の軍國主義にのみ焦點を當て、普遍主義に對する根本的考察も無きまゝ、戰後憲法は「人類普遍の原理」と明言し、教育基本法は「普遍的にしてしかも個性ゆたかな文化の創造」を謳ふ。この時施行の「國語改革」も當然普遍主義を標榜し、將來のローマ字化を念頭に漢字制限、假名遣改訂など一聯の施策は戰後一貫して今日に至り、表記統制を次第に強化して來た。しかし冒頭述べたやうに、普遍主義を見直す「多樣性の尊重」が叫ばれ、教育基本法も平成十八年の改正により漸く普遍主義の呪縛を脱した今日、國語問題もその視點で見直さねばならない。即ち國語を再び日本特有の文化と公式に位置附け、これを子孫に正しく傳承することが必要である。

日本語が決して世界語ではないこと、明らかであるが、國家としてはかなりの線を行きながら、國際公用語に選ばれることが殆どない。それを挽囘せむと國語を「改革」して來たが徒勞に終つた。今にして思へば、やはり普遍主義に幻惑されて、言語の文化的特性を無視して「世界語的」體裁を求めて表音主義に走つたことが悔まれる。しかし、だからといつてこの方向に走つた先人を批難すべきではない。我々はその失敗から立直り、傳統を保持した國語で世界の心を潤す文學や、革新的な科學業績、そして人類の知的水準を高める哲學等を産出して行けば、世界中で日本語を學ぶ人が増える、そんな營みが求められてゐる。       (平成二十八年十月二十二日)

(巨\申閣代表  本會理事)

市 川   

昭和六年生れ

平成五年 有限會社申申閣設立。

正假名遣對應日本語IME「契冲」を開發。

國語問題協議會常任理事、文語の苑幹事、契冲研究會理事。

 

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