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イクシーの書庫・過去ログ(2004年3月〜4月)

<オススメ度>の解説
 ※あくまで○にの主観に基づいたものです。
☆☆☆☆☆:絶対のお勧め品。必読!!☆☆:お金と時間に余裕があれば
☆☆☆☆:読んで損はありません:読むのはお金と時間のムダです
☆☆☆:まあまあの水準作:問題外(怒)


コズミック 水 (ミステリ)
(清涼院 流水 / 講談社文庫 2000)

「コズミック」の下巻にして、「ジョーカー」と併せた四部作の最終巻。
「コズミック 流」に始まった「密室卿」による連続無差別密室殺人事件は、下巻に入っても止まることはありません。しかし、下巻においては個々の事件は描かれず、データとして提示されるだけ。推理に操作にと奔走するJDCと警察の姿が描かれます。
時を同じくして、イギリスでも19世紀末の“切り裂きジャック”事件の再来とも言える連続切り裂き殺人事件(犯人は「切り裂きジャッキー」と名乗っています)が起こっており、JDCのS級探偵(世界で数名しかいない超絶探偵)の九十九十九(つくも じゅうくと読みます)が派遣されます。彼が突き止めた、日英にまたがる事件の真相とは――。
とにかく、「ジョーカー」の項でも書きましたが、作者が目論んでいるのは従来のミステリを解体し、新たなミステリの地平を切り拓くことだと思います。作中でクーンツに言及されていますが、まさに「コズミック」はミステリとホラーを融合させたモダンホラーとして書かれています。しかも、モダンホラーはジャンル・ミックスであるという定義がありますが、おそらく作者の意図はジャンル破壊と呼ぶべきものでしょう。
ただ、あえて意地悪にツッコミを入れさせてもらえば、根幹をなす大トリックは20世紀前半の外国の某有名ミステリ作家がその代表作の中で用いたトリックの超拡大版に過ぎませんし、それをカムフラージュするためのミスディレクションも同じ某作家の有名な作品に用いられたトリックと同じですよね。(その作家と作品とは:以下伏字アガサ・クリスティの「オリエント急行の殺人」と「アクロイド殺害事件」です)
4作を通読して初めて浮かび上がる仕掛けというのも、期待が大きすぎたせいでしょうか、いまひとつ衝撃を受けるというところまでは行きませんでした。いやまあ、考えてみればすごいことなんですけど。

オススメ度:☆☆☆☆

4冊まとめてのオススメ度:☆☆☆☆

2004.3.1


パロの苦悶 (ヒロイック・ファンタジー)
(栗本 薫 / ハヤカワ文庫JA 2000)

グイン・サーガの第72巻。
前巻に続いて、パロで国王派とナリス派のにらみ合いが続きます。
大きな動きもなく、心理戦が繰り広げられる中、本巻の白眉は全体の4分の1弱を占めるナリスとヤツの会話でしょう(直接、対面するわけではありませんが)。
考えてみれば、栗本さんの作品でいちばん読み応えがあるのは、こういう超越的知性の持ち主が疑似科学的論議を繰り広げる場面ですね。「魔界水滸伝」の加賀四郎と北斗太一郎の会話とか、伊集院大介とシリウスの会話とか。
さて、ラストでついにヤツの手勢がクリスタル市民に牙を剥きます。
以下、次巻

オススメ度:☆☆☆

2004.3.2


虫送り (ホラー)
(和田 はつ子 / 角川ホラー文庫 2000)

昆虫が大繁殖して人を襲うバイオ・ホラーという紹介文にひかれ、楽しみに読み始めました。
舞台は北海道の片田舎。生物農薬として品種改良されたテントウムシが大発生すると同時に、札幌で木箱に入った女性の白骨死体が発見されます。折りしもアイヌの食文化を調査するために現地に赴いた文化人類学者の目の前で、数々の異変が・・・。
と、50ページあたりまで読み進んでいるうちに、なんか違和感を覚えたのですよ。この話、どこかで読んだことがあるぞ・・・?
で、更に読み進んで愕然としました。ストーリーも人物造型もシチュエーションも描写も、ジョン・ソールのバイオ・ホラー
「妖虫の棲む谷」とまったく同じじゃん!!
ただ怪異を起こす虫がハチでなくてアリに変わってるだけ。ラストはとってつけたようにアイヌの儀式で終わらせていますが。
断言はできないけれど、これって限りなくパクリに近いんじゃありませんか?
●●が●から●●して●●が●●されるシーンなんて、そっくりそのままですよ。アイディアが偶然かぶることはあっても、こんなに酷似のプロットやシーンが続出しては、申し開きできないでしょう。
「妖虫の棲む谷」の邦訳が出たのが1996年。この作品の出版が2000年。う〜む、時期的には合いますね。ソールってそれほどメジャーな作家ではないし、パクってもバレないと思ったのでしょうか。読者をなめてますね。
それにしても、出版の段階で誰かチェックしなかったのでしょうか。でもまあK川だからなあ。確信犯かも知れませんな。だったら最低。
これ以外にも、作者の常識を疑うような記述があります。
「魚もタンパク質ですね。ただし無脊椎動物ではある」という主人公のセリフ(66ページ)。
へえ〜×∞。魚って無脊椎動物だったんだ(毒)。アホか。
この人の作品、もう1冊だけ買ってしまっているのですが、今後、二度と買うことはないでしょう。

オススメ度:−

2004.3.3


ザ・センター (サスペンス)
(デイヴィッド・ショービン / 文春文庫 1999)

ショービンのデビュー作「アンボーン」をハヤカワ文庫の“モダンホラー・セレクション”で読んだのは・・・ええと、調べたら1989年でした。一応、平成には入ってからだったのね。でも昔です。ハイテク病院を舞台に、母胎内の胎児がコンピュータと接続されて・・・という、当時は最先端を行く題材のホラーでした。
で、この「ザ・センター」も完全コンピュータ制御の病院が舞台です。診断・施療・手術に至るまですべて並列処理のスパコンで処理され、ロボットが看護師代わりという全自動病院。院内感染もなければ医療過誤とも無縁という信頼性も最高の病院。
この病院に扁桃腺摘出手術のために入院した4歳の少女が、不審死します。年の離れた姉マックスは遺体との対面もできず、病院からの死亡診断書も入手できません。お役所仕事の壁に突き当たったマックスは、病院関係者とのコンタクトを試みるうちに、センター創設にも関わった外科医チャドと知り合います。
一方、ヒトゲノム解読を進める政府機関のコンピュータがハッキングを受け、情報が漏洩していることが判明、調査が始まります。
病院のコンピュータデータから、一度はマックスの疑念を解いたチャドですが、自分のヘルニアの手術のためにセンターに入院したところ、全自動の手術ロボットに殺されそうになり、命からがら脱出する羽目に・・・。
ネタは比較的簡単に割れますが、ストーリー運びが上手いので、退屈しません。ヒューマンなラストも吉。
同じメディカル・サスペンスを書いているマイクル・パーマーが本作を絶賛したそうですが、当然ですな。パーマーよりよほど達者だもん(笑)。

オススメ度:☆☆☆

2004.3.4


斜線都市(上・下) (SF)
(グレッグ・ベア / ハヤカワ文庫SF 2000)

近未来を舞台に、ナノテクと量子論理で変容した世界を描いたシリーズの第4作です。
シリーズの他の作品は「女王天使」(未読)、
「凍月」「火星転移」です。いずれもハヤカワ文庫SFですが、ストーリーはそれぞれ独立していますので単独でも楽しめます。
さて、本作は21世紀半ばの北米が舞台。それぞれ関係がなさそうな何人もの登場人物のエピソードが交互に描かれ、前半は淡々と進んでいきます。
いわくありげな中年男(実は凄腕のテロリスト)ギフィ、バーチャルセックス女優のアリス、サイコセラピストのマーティン、女性犯罪捜査官マリア、平凡な家庭人ジョナサン、そして人工知能のジル。
マーティンの診療所を訪れた謎の大富豪がアリスを個人的に呼び出した直後、謎の死を遂げ、マリアが捜査に乗り出したり、ネットを通じてジルにアクセスしてきた謎の人工知能ロディがアリスの前にシミュラクラを出現させたり、ストーリーが進むに従って各登場人物は微妙に絡み合って来ます。ジョナサンは怪しげな秘密結社に勧誘され、ギフィは破壊工作の準備を進め・・・。
そして、独立国グリーン・アイダホの一画に建設中の人工冬眠施設“オムパロス”を焦点として登場人物たちの軌跡が交わり、人知を超えた存在が姿を現すことになります。
登場人物ひとりひとりの背景や人生がこと細かに描かれ、大河小説のような深みを感じさせます。ラストで明かされる●●●●の正体も、新鮮にして秀逸。

オススメ度:☆☆☆

2004.3.8


神竜光臨4 ―闇の妖犬― (ファンタジー)
(ロバート・ジョーダン / ハヤカワ文庫FT 1999)

大河ファンタジー“時の車輪”の第3シリーズ4作目。
前巻に引き続き、4つに分かれたパーティがそれぞれ旅を続けながら厄介ごとに巻き込まれます(笑)。
アル=ソアは単独で逃げ続け、それを追うペリンやモイレイン一行は新メンバーを加えながら闇の妖犬(ケルト神話でいう“悪魔の猟犬群”そのものですな)に襲われ、三人娘は闇アジャを追いかけるうちにアイール人に出会い、シームリンへ向かったマットは考えなしに行動してピンチに陥り・・・何と言いますか、この物語に出てくる若者たちは学習能力が足りません(笑)。いっときは反省するのに、すぐ同じことやっちまう。
いやまあ、へまをしてイベントを引き起こさないと物語が進んでいかないという問題があるのかも知れませんが、いまひとつ感情移入しにくいんですよね。あ、もうひとつ、あまりに早く主人公たちが成長してしまうと長丁場のお話がもたないという事情もありそうです。とにかく、次巻で一応の区切りにはなるはずです。

オススメ度:☆☆☆

2004.3.9


反物質兵器の恐怖 (SF)
(ハンス・クナイフェル&H・G・エーヴェルス / ハヤカワ文庫SF 2004)

ペリー・ローダン・シリーズの第298巻。大台まであとわずかですね。
2ヶ月待つのは長かった(繰り返しになりますが、2月と6月はローダン・シリーズの新刊が出ません)。
さて、
前巻で太陽系とパラマグの意外な関係が明らかになったわけですが、銀河中枢にいるローダンが心配した通り、パラマグによる侵攻が開始されます。しかもかれらの兵器はタイトルにある通りの“反物質兵器”。作中で誰かが「反則だ・・・」とつぶやくほどの最終兵器です。ナデシコの相転移砲みたいなものですな。
でもちゃんと、納得できる形で対抗兵器が出てくるのはさすがです。歴史の彼方に埋もれた伏線が見事に生きていますね。
章立てを細かく分けて、語り手を代えて一人称で様々な視点から語っていくクナイフェルの技巧が光ります。太陽系帝国の執政官選挙もけりがついたようで、そろそろ本サイクルもまとめに入っていますね。うまく終ればよいのですが。

<収録作品と作者>「反物質兵器の恐怖」(ハンス・クナイフェル)、「ハイパー嵐のなかの小惑星」(H・G・エーヴェルス)

オススメ度:☆☆☆

2004.3.10


神竜光臨5 ―神剣カランドア― (ファンタジー)
(ロバート・ジョーダン / ハヤカワ文庫FT 2000)

“時の車輪”の第3シリーズ完結編です。
分かれてほっつき歩いていた(微妙に違います)四つのパーティが、それぞれ運命に導かれて、南の港湾都市ティアに集まって来ます。ティアには巨大な石造りの城砦があり、その一室には竜王の再来以外は触れることができないという神秘の剣、カランドアが安置されています。闇王の手下もカランドアを求めて暗躍していました。
登場人物それぞれに見せ場がありますが、平等に見せ場を作るために、かなり無理やり都合のいい偶然が続いたりします。でも燃える展開なので許す(笑)。
いちばんワンパターンで見せ場がなかったのは主役のはずのアル=ソアですが、解説によると
次シリーズでは活躍するとのこと。
まだまだ物語は始まったばかりのようです。

オススメ度:☆☆☆

2004.3.11


花図鑑1 (コミック)
(清原 なつの / ハヤカワ文庫JA 2004)

待望のハヤカワ文庫版なつのさんワールド最新刊。2分冊の1冊目です。
本作は、「ぶ〜け」連載時には“愛と性のシリーズ”と銘打たれていたそうです。
確かに扱っているネタはすごいです。この巻だけでも同性愛、妊娠検査、産婦人科検診、テレクラ、未亡人下宿、半陰陽、年の差恋愛など、扱い方を間違えればレディースコミックか三流エロに流れてしまいそうなものばかり。
でも、危ういネタをあくまでピュアに描ききる手腕はますます冴え、読み手の感性を根本から揺さぶる作品群に仕上がっています。もともと「ABCは知ってても・・・」とか「空の色 水の青」でも萌芽はあったのですが、いよいよこのシリーズで新たな清原さんワールドが花開いたという感じ。
オムニバス作品集ですが、ストーリーも学園ものあり、ファンタジーあり、ホラー風味あり、謀略サスペンスありと、ひとつとして同じような設定はなく、バラエティに富んでいます。どぎつい描写はかけらもないのに想像力に訴えておそろしくエロチックなのもあり(^^;

<収録作品>「聖笹百合学園の最期」、「ばら色の人生」、「雨のカトレア産婦人科」、「いばら姫の逆襲」、「水の器」、「菜の花電車」、「金木犀の星」、「桜守姫秘聞」、「かえで物語」、「世界爺―セコイア―」、「左手のためのワープロ花図鑑狂奏曲」

オススメ度:☆☆☆☆☆

2004.3.12


竜魔大戦1 ―忍びよる闇― (ファンタジー)
(ロバート・ジョーダン / ハヤカワ文庫FT 2000)

“時の車輪”第4シリーズの開始です(って、もう4年前ですが)。これまでは各5分冊でしたが、今回は8分冊です。先は長いぞ(笑)。
「神竜光臨」の直後のティアを舞台に物語は始まります。ティアの石造城砦に集結したメンバーは、それぞれ悩みを抱えつつ“歴史模様”にからみ取られて行きます。
アル=ソアは某国公女の夜這い(!)を受けた晩に怪異に襲われ、マットもペリンも不可解な攻撃を受けます。すわ、闇王の胎動か?
一方、捕えた黒アジャの尋問も進展がなく、焦る三人娘はモイレインに八つ当たり(ちょっと違いますか)するうちに、自分たちの運命を否応なく突きつけられます。
事態が動き出すのは
次巻以降でしょう。

オススメ度:☆☆☆

2004.3.12


花図鑑2 (コミック)
(清原 なつの / ハヤカワ文庫JA 2004)

「花図鑑」の第2分冊。
本巻の主なネタは略奪婚、AIDS、不妊治療、避妊具、出産、去勢、準レイプ、セックス拒否症などなど。
ワイドショーや昼メロにありがちな題材が、なつのさんの手にかかると、なぜこのような高次元に昇華されるのでしょうか。
それは、客観的に突き放した冷静な視点(理系の目線と言ってもいい)と、しかも観察した事実を否定することなく、暖かくすべてを理解し受け入れる(それが男と女ってものなんですよ)包容力を併せ持っているからなのでしょう。
重苦しくなりそうなテーマであっても、どこかとぼけていて読後感がさわやかなのは、類稀なセンスと才能のなせる技ですね。
「花は花自身のために咲く」(「風の娘―アネモネ―」より)
さりげないけれど、深く、心に残る言葉です。

<収録作品>「カサブランカダンディ」、「レディーズ・ベッドストロウ」、「雨のカトレア産婦人科U」、「梨花ちゃんの田園のユウウツ」、「梨花ちゃんの都会のユウウツ」、「じゃんぼらん」、「野アザミの食卓」、「風の娘―アネモネ―」、「チューリップの王様」、「ノリ・メ・タンゲレ」

オススメ度:☆☆☆☆☆

2004.3.13


セントールの選択 (ファンタジー)
(ピアズ・アンソニイ / ハヤカワ文庫FT 2000)

『魔法の国ザンス』のシリーズ第13作です。
前作
「マーフィの呪い」から3年。またもザンスに騒動が巻き起こります(起こらないと続刊が出ないじゃないか、というツッコミはおいといて(^^;)。
翼あるセントールの唯一の子供で、かつて「ザンスの運命を変える者」と予言されたチェが誘拐されます。誘拐したのは女ゴブリンのゴディバ(高級チョコみたいですな)ですが、この誘拐劇にはなにか深いいわくがありそうです。<ふたつの月がある世界>からザンスに迷い込んできたエルフの少女ジェニーと探しものが得意なネコのサミーも事件に巻き込まれ、チェとジェニーは更に悪辣なゴブリンどもの魔手に捕われるのでした。
チェ誘拐の知らせを受けて、探索に旅立ったのは「王子と二人の婚約者」で運命の三角関係に陥って6年になるドルフ王子と、婚約者のふたり、ナーダとエレクトラ。ナーダはナーガ族の王女で、エレクトラは眠り姫の身代わりになって1000年の眠りについていたところをドルフのキスで目覚めた少女(ドルフと結婚できない場合、呪いによってエレクトラは18歳で死んでしまいます)。3人の感情はエレクトラ→ドルフ→ナーダという状況ですが、ナーダとエレクトラは固い友情を結んでいます。しかし、ドルフがどちらの女性と結婚するかという決断のタイムリミット(つまりエレクトラの18歳の誕生日)も1週間後に迫っていました。
ふたつの主要プロットが絡まりあい、出てくるメンバーも多士済々で(「悪魔の挑発」に出てきた女悪魔メトリアが、いい味を出してます)、場面転換もめまぐるしく、ぐいぐいと引きこまれて最後まで読み通させられてしまいます。健全なお色気(笑)とユーモアもいつも以上で、面白さはシリーズ中いちばんかも。
今回は、失踪した魔法使いハンフリーについては何も触れられませんでしたが、新キャラのジェニーとサミーがこれからどのように活躍するのか(それともしないのか)ますます続きが楽しみなところです。

オススメ度:☆☆☆☆☆

2004.3.14


群集の悪魔 ―デュパン第四の事件― (ミステリ)
(笠井 潔 / 講談社文庫 2000)

パリを舞台にした重厚なミステリです。
と言っても、おなじみの矢吹駆が探偵役ではありません。
副題からおわかりのように、探偵役はエドガー・アラン・ポーが創造した名探偵、勲爵士C・オーギュスト・デュパンです。デュパンが登場するポーの作品は「モルグ街の殺人」「マリー・ロジェの秘密」「盗まれた手紙」の3短編ですが、それに続く4番目の事件というわけ。
時は1842年、二月革命の混乱のさなか、パリの有力紙の記者が射殺されます。軍隊の一斉射撃を受けて死んだと思われましたが、群集の中で背後から撃たれたことを目撃した青年がいました。その青年シャルルは事件に疑念を抱き、かつてパーティで会ったことがあるデュパンに相談します。ふたりが捜査を進めるうちに、それは単発の事件ではなく一連の連続殺人の一部であることが明らかになります。次々と不可解な状況で殺されていく関係者たち――。革命の動乱の中で、揺れ動くシャルルと哲学的考察を進めるデュパンがたどり着いた事件の真相とは・・・。
歴史上の実在人物をいきいきと活写し、新たな時代に生まれる“群集”の現代性に考察を加え、密室トリックもなかなかのものです。フランス近代史の知識があれば、もっと楽しめたでしょう。シャルルが実はあの人物だったとは、最後の最後まで気付きませんでした。

オススメ度:☆☆☆

2004.3.19


魔界都市・京都の謎 (オカルト)
(火坂 雅志 / PHP文庫 2000)

最近の「陰陽師」のブームなどもあって、京都が魔と神秘に満ちた場所であることはよく知られるようになっています。
この本もタイトル通り、京の都に息づく魔の息吹を描き出そうという意図の下に書かれたものだと思いますが、見事なまでに面白くありません。
著者の本業は時代作家で、奥付によれば時代小説の若きホープだそうですが、これがホープだったら日本の時代小説の未来は暗いな(毒)。
なんとか読者を煽って興味を引こうと努力して、見事に滑ってます(笑)。
特にひどいのは前半。桓武天皇の平安京造営や陰陽師・安倍清明にからめて、おどろおどろしく不気味なエピソードを列挙していますが、どれも「言い伝えによれば〜」「〜だという」とか「〜と言われている」というような伝聞記述ばかりで典拠する文献名すら示していません。誰が言ってるんだ、誰が!? 歴史の暗部に光をあてることを意図するならば、井沢元彦さんの姿勢を見習ってほしいものです(まあ、基本姿勢からして違うんでしょうけど)。
最大の脱力はこの部分(本文111ページ)。
「(安倍清明をはじめとする)鬼狩りをおこなう者たちのなかには、異界の血脈を持つ者が多い」
ここまでは、まあいいとしましょう。陰陽師たちが超能力を持っていたり、天狗や狐の血を引いているといった記述は、後世の歴史家の脚色が多いので、ここまで断定口調で言うのはいかがなものかとは思いますが。すごいのはこれに続く記述。
「あの妖怪退治のスペシャリスト、“ゲゲゲの鬼太郎”も妖怪の血を引いているではないか」
・・・あ、あのね、実在の人物の事績についての記述を補強するのに、フィクションの主人公を例に出してどうするんですか!?(汗)
これだけでも、著者の底の浅さを露呈してますね。
説得力のある文章を書くセンスがないのか、読者をバカにしてなめきってるのか、どちらかでしょう。

オススメ度:☆

2004.3.19


薬局通 (ノンフィクション)
(唐沢 俊一 / ハヤカワ文庫JA 1997)

いや〜面白い。
同じ薀蓄本でもこんなに違うものかと、つい同じ日に読んだ「魔界都市(以下略)」と比較してしまいましたよ(いや比較なんかしたら唐沢さんに失礼だ)。
唐沢兄弟(俊一さんが兄で漫画家のなをきさんが弟ですね)の実家が薬局だということは知っていましたが、そのような環境で育った唐沢さんが初めて書いた本がこれ。
「薬局」と「薬店」の違いは何かとか、薬局に出没する怪しげな人たちの実態とか、薬剤師の日常とか、コンドームの語源は人名だとか、日米の薬品事情の違いとか、睡眠薬で自殺するのは意外に難しいとか、一読、目からウロコがポロポロ落ちる新事実の数々。
該博な知識と体験に裏打ちされた人の書かれる文章は、コクと深みが違います。

オススメ度:☆☆☆☆

2004.3.20


順列都市(上・下) (SF)
(グレッグ・イーガン / ハヤカワ文庫SF 1999)

SFはよく「思考実験である」と言われます。Science FictionではなくSpeculative Fiction(“思弁小説”と訳すらしい)と呼ばれる所以。この「順列都市」はまさに典型と言えます。
時は21世紀半ば。コンピュータとネットワークの高度化により、人は死んだ後でも記憶や人格パターンをプログラムとしてコンピュータ内に残し、意識だけで生き続けることができるようになっています。かれらは≪コピー≫と呼ばれ、バーチャルな電脳空間で生活していますが、コンピュータの負荷の度合いによって速度が落ちたり止まったり。生前の資産によって電脳空間内での快適度が違うという、笑えない現実もあります。
さて、2045年、電脳空間内にコピーされたポールは、生身のオリジナル(まだ生きている)に過酷な実験を強要され、絶望的な気分に陥る中、ある知見を得ます。その5年後、“オートヴァース”と呼ばれる仮想宇宙での細胞進化シミュレーションを研究(仕事ではなく趣味として)していたマリアは、ポールからとある仕事を持ちかけられます。この時ポールは、≪コピー≫されて生き続ける資産家たちに、電気の途絶やコンピュータのクラッシュによって終焉を迎えることのない“真の不死”を提供する計画を持ちかけていました。
バーチャル・リアリティをリアルに(という言辞はちと妙な表現ですが)描いたSFとしてはJ・P・ホーガンの
「仮想空間計画」がありましたが、この「順列都市」のすごさはリアルさではなく、とてつもなく破天荒な発想にあります。ポールの発見した理論に基づいてマリアが制作した仮想宇宙では、いったい何が起こるのか・・・。ネタバレになるのでこれ以上は書けませんが、「よくもまあここまで!」というたまげる展開になることは間違いありません。
量子論など、最新の科学知識がないと、ついて行くのには少々(というより、かなり)疲れますが。

オススメ度:☆☆

2004.3.22


大いなる復活のとき(上・下) (SF)
(サラ・ゼッテル / ハヤカワ文庫SF 1999)

これは、作者ゼッテルのデビュー作だそうです。なかなかのもの。
はるかな遠未来、銀河系(“クォーター銀河”と呼ばれている)は人類を起源とするふたつの星間勢力が覇権を争っていました。銀河随一の遺伝子操作技術を誇るルドラント・ヴィタイ属とヒト科再統一同盟。どういう理由からか、ヴィタイ属は辺境の忘れ去られた植民惑星“無名秘力の施界”に目をつけ、領有権を主張しようと暗躍しています。
“施界”は特異な世界で、住人は険しい崖に囲まれた深い谷間に住み(そのため極度の広場恐怖症で、宇宙空間などに出ようものなら錯乱します)、厳格なカーストを維持し、特異な宗教を奉じ原始的な生活を営んでいました。
異端者として“施界”を捨てて宇宙に出たエリク・ボーンは、凄腕のハッカーとして活動していましたが、ヴィタイ属の依頼で(というより、ほとんど脅迫されて)とある女性との通訳を務めることになります。その女性アーラは、“施界”の最下層カースト“不触”の出身でした。
成り行きでアーラと共にヴィタイ属の支配から逃れたエリクは、かつての盟友ペリヴァーにアーラを託しますが、ヴィタイ属の魔手は否応なくふたりに迫って来ます。しかもヴィタイ属の内部にも対立があり、再統一同盟を含めて三つ巴の陰謀が渦巻く中へ巻き込まれていくエリクとアーラ。どうやら、謎を解く鍵は“施界”の住人の出自にあるようですが・・・。
宇宙の二大勢力の争いに巻き込まれる辺境の惑星と住人たち――という設定はC・J・チェリイの『色褪せた太陽』3部作を思い出させますし、雰囲気もどことなく似ています。
また、脇役として重要な役割を果たすエイリアン、知性ある巨大ムカデというイメージのシセル異族はとてもリアルで、ハル・クレメントが描いているようです(ほめすぎ?)。
前半は真相が隠されているため、多少フラストレーションが溜まりますが、それらが次々に明らかになる後半はテンポも良く、もっとこの宇宙にとどまって続きを体験したいという気分になります。

オススメ度:☆☆☆☆

2004.3.25


乱歩の選んだベスト・ホラー (怪奇:アンソロジー)
(森 英俊・野村 宏平:編 / ちくま文庫 2000)

ちょっと異色の怪奇小説アンソロジーです(あえて“ホラー”とは言わない)。
江戸川乱歩と言えば、戦前から戦後にかけての探偵小説界最大の巨匠ですが、その作風には怪奇幻想色の濃いものも多く、純粋の怪奇幻想小説もかなり書かれています。
この本には、その乱歩が昭和23〜24年にかけて雑誌連載した「怪談入門」という随筆を冒頭に掲載し、そこで言及されている海外の怪奇小説を選りすぐって紹介するという体裁を取っています。ですからタイトルが「乱歩の選んだ・・・」になるわけです。
さて、ホラーというジャンルが確立する前の海外の“怪奇小説”を網羅的に紹介したものといえば、創元推理文庫「怪奇小説傑作集」1〜3巻の末尾に掲載されている平井呈一さんの解説がもっとも詳細でよくまとまっていると思っていましたが、この乱歩の「怪談入門」もなかなかのもの。紹介されている作品の7割以上を既に読んでいたというのも、怪奇小説ファンとしては嬉しかったです。
さて、このアンソロジーに載っている12編(乱歩自身の作品「目羅博士」を含む)、19世紀〜20世紀前半の作品だけに、古めかしい感は否めませんが、素朴で原初的な恐怖を感じさせるものばかりです。
定番の「猿の手」(W・W・ジェイコブズ)、なんと横溝正史さんが訳しているユーモア編「専売特許大統領」(A・L・アルデン)、正統派幽霊譚「廃屋の幽霊」(M・オリファント)、熱帯怪物もの「樽工場の怪」(コナン・ドイル)、少しも古さを感じさせない「猫の復讐」(B・ストーカー)、何とも言えぬ不気味な余韻を残す「歩く疫病」(E・F・ベンスン)など、秀作揃い。
真夜中に、しんとした部屋の中で手元の読書灯の明かりだけを頼りに読んだりすると、雰囲気に浸れるかも(笑)。

<収録作品と作者>「怪談入門」(江戸川 乱歩)、「猿の手」(W・W・ジェイコブズ)、「猫の復讐」(ブラム・ストーカー)、「歩く疫病」(E・F・ベンスン)、「樽工場の怪」(アーサー・コナン・ドイル)、「ふさがれた窓」(アンブローズ・ビアス)、「廃屋の霊魂」(マーガレット・オリファント)、「ザント夫人と幽霊」(ウィルキー・コリンズ)、「魔法の鏡」(ジョージ・マクドナルド)、「災いを交換する店」(ロード・ダンセイニ)、「専売特許大統領」(W・L・アルデン)、「蜘蛛」(H・H・エーヴェルス)、「目羅博士」(江戸川 乱歩)

オススメ度:☆☆☆☆

2004.3.27


図説 日本妖怪大全 (怪奇幻想)
(水木 しげる / 講談社+α文庫 1997)

水木しげるさんが絵と文章で、日本全国に伝わる425体の妖怪を解説してくださっています。
水木さんの妖怪解説本というのはかなり出ていて、河出文庫版の「水木しげるの妖怪文庫」(全4巻)は20年前に揃えて買っていますし、豪華な装丁の「水木しげるの妖怪事典」(東京堂出版 さらに遡って1981年刊)も持っています。
で、実際に見比べてみると、この「図説 日本妖怪大全」はオリジナルな書下ろし(&描き下ろし)ではなく、過去の図版や文章をかなり流用し、書下ろしを加えているようです。口裂け女は初めて見たし(笑)。
でも、相変わらず文章に味があります。ことさらにセンセーショナルに書くのでもなく、淡々とあるがまま、感じたままの妖怪像を描き出していて、凡百のオカルト本とは一線を画しています。これだけの図版がコンパクトにまとめられているのですから、1100円というのも高くはありません。

オススメ度:☆☆☆

2004.3.30


ベクター (サスペンス)
(ロビン・クック / ハヤカワ文庫NV 2000)

ロビン・クックのメディカル・サスペンス、邦訳19作目です。
「コンテイジョン」「クロモソーム・シックス」で活躍した監察医ジャックや女医ローリー、警部補ルウ、スラムの顔役ウォーレンら、おなじみのメンバーが顔を揃えています。
マンハッタンの敷物商が胸と頭の痛みを訴えて急死します。検死の結果、肺炭疽が死因と断定されますが、これは生物テロを狙うネオナチの組織が菌の効果を実験するために仕掛けたものでした。
自宅の地下室で炭疽菌とボツリヌス菌を培養していたのは、ロシア移民のユーリ。彼は1979年にスヴェルドロフスクの生物工場から炭疽菌が漏れて68人の市民が死亡した事件(これは歴史的事実です)の当事者でした。
テロ計画など想像もできず、ただ疫学上の問題として謎を解こうとするジャックたちと、イデオロギー的対立を内包しながらテロ計画(実はかなり杜撰で行き当たりばったり)を進めるテロリストたちの姿が交互に描かれ、サスペンスが盛り上がります。
ただ、相手が職業的テロリストではなく素人のため、深刻な事態の割にはそこはかとないユーモアが漂います。マウンテンバイクで帰宅しようとするジャックが、銃撃しようとするテロリストたちに車で追跡されているのに気付かず、知らぬ間にひょいひょいと危機をかわしていく場面など、クルーゾー警部のようです(古いですか)。
本筋にあまりからまない部分で、これまで微妙な三角関係を保ってきたジャック、ルウ、ローリーの間に爆弾が投げ込まれるのも、うまくアクセントを与えています。
小道具をうまく使ったプロローグとエピローグも吉。

オススメ度:☆☆☆☆

2004.3.31


地上最大の魔道師 (ヒロイック・ファンタジー)
(栗本 薫 / ハヤカワ文庫JA 2000)

“グイン・サーガ”の第73巻です。
今回も引き続き、パロが舞台です。
前巻のラストで出現したヤツの配下の軍勢がパロ市民を恐怖のどん底に陥れる一方、ヤツに捕まって幽閉されていたヴァレリウスの下に、意外な(いや、展開を考えれば意外でも何でもないんですが)救いの手が差し伸べられます。
そして、これまで“世界の三大魔道師”として何度も言及されながら正体が明らかにされなかった最後のひとりが、今、その全貌を・・・まだ現しません(何なんだ)。
古典的な「敵の敵は味方」という論理の下、ついに驚くべき同盟関係が結ばれ、事態の進行は次巻に受け継がれていきます。

オススメ度:☆☆☆

2004.4.1


竜魔大戦2 ―石城は陥落せず!― (ファンタジー)
(ロバート・ジョーダン / ハヤカワ文庫FT 2000)

大河ファンタジー“時の車輪”の第4シリーズの第2巻。
前巻に引き続きティアの石城を舞台に、主人公の男3人はうじうじ悩み(笑)、女性たちは積極的に動き始めます。
ある夜、石城はミルドラルとトロロークといった闇の軍勢の大群に襲われ、乱戦の中で、かつて異世界でアル=ソアと共に行動したことのある美貌の女性セリーンが正体を現します。一方、黒アジャの手がかりを求めて“夢の世界”に入ったエグウェーンはある人物と出会い、自分の行くべき場所を見出します。
主人公たちが再び(いや、三度か四度か?)旅立ちへと向かう胎動の巻と言えるでしょう。

オススメ度:☆☆☆

2004.4.1


デモン・シード [完全版] (ホラー)
(ディーン・クーンツ / 創元SF文庫 2000)

コンピューターが感情を持ち、女性を屋敷に閉じ込めて「私の子供を産んでくれ」と迫る・・・。こんなショッキングな内容の映画「デモン・シード」が公開されたのは、もう四半世紀も前のこと。その原作を書いたのがクーンツでした。邦訳が集英社文庫から出たのは1988年でした。当時、読んで確かに面白かったけれど、ただそれだけというイメージ。後のクーンツの大躍進をほのめかす要素は少なかったように思います。
クーンツ本人も、初期の自分の作品に不満だったのでしょう、満を持して全面改稿して1997年に出版したのが、これ。
時代背景や小道具が現代的になり、コンピュータの一人称の独白という大胆な構成。
それにしても、このコンピュータの吐くセリフの数々が、現代に実在する凶悪犯罪者のセリフと重なってくるのがとても不気味です。
「私には、彼女を傷つけるつもりはなかった。彼女がそうさせたのだ」
何度も繰り返されるこの言葉。自分の価値観だけを盲信し、過剰な自意識に囚われて、おのれの罪悪をまったく認識できないコンピュータは、ストーカーそのものです。
その意味では、いかにも現代的なサイコ・サスペンスとして読むことができるでしょう。
でも、他のクーンツ作品と比べてカタルシスは少ないです。

オススメ度:☆☆☆

2004.4.2


レッド・ドラゴン(上・下) (サスペンス)
(トマス・ハリス / ハヤカワ文庫NV 2000)

なんで今頃――? という感じですが。
ブームが過ぎたようですので(笑)。
言わずと知れたハンニバル・レクター博士が初めて世に紹介された作品です。
本作ではレクター博士は脇役なのですが、確かに異様な存在感があります。
主人公グレアムは元FBIの捜査官ですが、かつてのサイコキラーとの対決で心と身体に傷を受け、フロリダの小島で引退生活を送っていました。しかし、元の同僚に口説かれ、アトランタとバーミングハムで連続して発生した家族全員惨殺事件の捜査に赴くことになります。グレアムが異色なのは、(作者は明言していませんが)微小なサイコメトリーの能力を有しているからでした。
遺留品から犯人像に迫っていくグレアムですが、次第に行き詰まり、遂にはかつて自分が逮捕した猟奇殺人鬼レクター博士(現在は精神病院に収監中)にアドバイスを求めます。
一方、連続殺人犯はタブロイド新聞に載った記事からグレアムの存在を知り、かねてより尊敬(?)していたレクター博士とコンタクトしてグレアムの個人情報を入手し、彼をつけねらい始めます。
1981年に書かれているものにしては、犯人のプロファイリングもよくなされており、脇役も存在感があります。有能な下衆野郎(いちばん始末に負えませんな)のタブロイド記者とか、犯人と心を通わせる全盲の女性とか。
また、犯人が生贄を発見する手段というのがいかにも現実にありそうで、想像すると背筋が寒くなります。
さて、これから「羊たちの沈黙」と「ハンニバル」を買って来よう(やっとですか)。

オススメ度:☆☆☆

2004.4.5


緑の底の底 (冒険)
(船戸 与一 / 徳間文庫 2000)

作者お得意の南米奥地を舞台にした冒険もの「緑の底の底」と、トリッキーな味わいの異色作「メビウスの時の刻」の2作が収録されています。
「緑の底の底」は、ベネズエラとコロンビアの国境のオリノコ川流域のジャングルが舞台。首都カラカスで大学生をしている日系青年マサオ・コサカは、叔父の文化人類学者エイジの探検隊に加わり、ジャングルの奥に生息しているという“白いインディオ”の謎を探る旅に出ます。しかし、叔父が連れてきたのはブロンドの美女と荒くれ男が3人、とても学術探検隊とは思えません。
地元インディオの案内でジャングルの奥深くに入り込んだ一行の真の目的は――。そしてかれらを待っていた運命は・・・。
骨太なプロットとストーリーで、意外性はない代わりに、「今にこうなるぞ、それで、あいつが出てくるぞ・・・(どきどき)・・・ほら出た!」という、読者の予想通りに展開するという快感が味わえます。
もうひとつの「メビウスの時の刻」は、5人の人物の一人称で語られる短いエピソードが交互に繰り返され、物語が進んでいきます。語り手は、ステーキハウスで働く元過激派の日系青年、暗黒街とも繋がりのある初老の実業家、ボクサー上がりのチンピラ黒人少年、人を探しに日本から訪れた女優、暗黒街の長老の5人。
最初はまったく独立していた5人の関係が、物語が進むにつれて徐々にさりげなく明かされていきます。しかし、そこには鮮やかな叙述トリックが隠されていて、ラストに至って「あ、そうだったのか!?」と手を打つ羽目になります。

<収録作品>「緑の底の底」、「メビウスの時の刻」

オススメ度:☆☆☆

2004.4.7


生ける屍の死 (ミステリ)
(山口 雅也 / 創元推理文庫 2000)

山口雅也さんのデビュー長編です。
舞台はニューイングランドの片田舎にある葬儀社。なぜか近年、死者が甦ってくるという怪現象が世界中で報告されており、ここトゥームズビルでも死人が生き返るのが当たり前となっています。
そんな世界背景の中、大家族からなるスマイリー葬儀社では、当主の遺言状をめぐって不穏な雰囲気が漂っていました。さらに街では連続女性殺人事件が。この家の血は引くものの、ずっと日本で育ったパンク青年グリンが久々に帰郷してみると、お茶会で毒を盛られていきなり死亡し、数時間後に甦ります。
こうして生ける死者となったグリンは、その事実を隠したまま(パンクの化粧やけばけばしい衣装で死斑をごまかすというアイディアはなかなかのもの)、引き続いて発生した連続殺人事件を捜査していきます。
日本と異なるアメリカの葬儀習慣がこと細かに描かれ、またスラップスティックな事件が連続する展開は、カーの笑劇風作品を思い出させますし、メル・ブルックスのブラック・コメディも連想させます。死者の心理が真相解明への重要な鍵となるなど、荒唐無稽ともいえる設定の中できっちりとリアリティを感じさせる本格ミステリに仕上げている手腕は見事です。

オススメ度:☆☆☆☆

2004.4.10


旧ミュータントの帰還 (SF)
(エルンスト・ヴルチェク&ウィリアム・フォルツ / ハヤカワ文庫SF 2004)

ペリー・ローダン・シリーズの299巻。おお、来月には300巻の大台到達ですね!
現在の“旧ミュータント・サイクル”もいよいよ大詰め。銀河中枢部のパラマグの故郷星系に向かったコマンド部隊は、大胆なアイディアを実行に移します。それは、旧ミュータント8人を恒久的に救済するものでした。
後半のエピソードを書いているフォルツは、他のシリーズ作家にはない長所というか悪い癖というか、それがありまして、今回はそれが如実に現れています。つまり、いわく因縁があるゲストキャラをこと細かに描写してストーリーを膨らませるのですが、深みが出る分、肝心のメインストーリーがおざなりになってしまうのです(^^;。今回も、もっと紛糾するに違いないと思った事態があっさり解決してしまいました。
さて、次巻から新ストーリーに突入です。

<収録作品と作者>「最後のかくれ場」(エルンスト・ヴルチェク)、「旧ミュータントの帰還」(ウィリアム・フォルツ)

オススメ度:☆☆☆

2004.4.11


新艦長着任!(上・下) (SF)
(デイヴィッド・ウェーバー / ハヤカワ文庫SF 1999)

ずっと楽しみにしていた『紅の勇者オナー・ハリントン』シリーズ、ようやく読む順番が回って来ました。
そして、実際に読んでみると、期待通りというか、期待以上の出来で♪
主人公オナー・ハリントンは、マンティコア王国航宙軍の若き女性士官。ついに念願の巡洋艦長に就任します。ですが、乗艦<フィアレス>(「恐れを知らぬ」という意味ですね)は旧式の軽巡洋艦で、しかも軍内部の派閥争いのとばっちりを受けて、実戦では役立ちそうもない珍妙な新兵器を搭載されてしまう始末。その心もとない兵装で初演習に臨んだハリントンは、第一戦こそ奇策を用いて戦果をあげますが、そのことで睨まれて集中攻撃をくらい、以降は散々の成績に終ります。
その結果、<フィアレス>は辺境のバシリスク星系の守備任務を言い渡されます。バシリスクは戦略的要衝であるにもかかわらず、言わば“吹き溜まり”の星系で、そこに派遣されるのは無能な士官か上層部に睨まれて左遷された者に限られます。しかも、先に駐在していた重巡洋艦<ウォーロック>の艦長ヤングは、すべての任務をハリントンに押し付けて一方的に帰還してしまいます。それは、士官学校時代の恨みを晴らすためでした(貴族出身の下衆野郎ヤングはハリントンを手込めにしようとして、逆襲されズタボロにされたという過去があります。ハリントンが高重力惑星出身で格闘技の名手であることを知らなかったためでした)。当然、<フィアレス>の士気は最低の状態でしたが、ハリントンは強固な意志と見事な部下操縦術を駆使して困難な任務を遂行していきます。
折りしも、隣に位置するヘイヴン共和国がバシリスク星系を奪取する陰謀を張り巡らせており、バシリスクの原住民を中心に不穏な空気が流れ始めていました。それを察知したハリントンが手を打つよりも早く、事態は急展開し、犠牲者が出ます。そして――。
根っからの女性職業軍人であるハリントンのイメージは凛々しく、まさにマチルダさん(@初代ガンダム)のよう。女王が君臨するマンティコア王国といい、航宙軍はロイヤル・ネイビーそのものです。新任士官候補生とベテラン鬼軍曹のコンビや、はねっかえりのハリントンを影で応援するベテラン提督、独立した実力と矜持を併せ持つ宙兵隊(「ヤマト」の空間騎兵隊を思い出しました)、偉そうなことを言っているくせにいざとなると役に立たない高級士官など、ミリタリーSFの定番も満載で、満足度は高いです。
特に後半、すべての図式がはっきりした後、絶対的な劣勢の中、決然たる意思と勇気で血路を開いていくハリントン以下<フィアレス>乗員たちの活躍からは一時たりとも目が離せません。戦いの中で傷つき死んで行く兵士たちの、胸が悪くなるような場面もしっかりと正面から描かれ、作品に幅と重みを与えています。
読んで損はありません。つーか読め(笑)。

オススメ度:☆☆☆☆☆

2004.4.14


大いなる旅立ち(上・下) (SF)
(デイヴィッド・ファインタック / ハヤカワ文庫SF 1998)

ミリタリー宇宙SFものが続きます。邦訳が出たのは『オナー・ハリントン』よりも早かった『銀河の荒鷲シーフォート』シリーズ、遅ればせながら登場です。
国連宇宙軍戦艦<ハイバーニア>に乗り組んだニコラス・ユーイング・シーフォートは弱冠17歳の士官候補生。候補生としては先任ですが、年上の同輩の嫌がらせに悩み、航天(宇宙ですから航海とは言わない)訓練ではミスをしでかして怒鳴られ――とまあ、ごく普通の軍隊生活を送っていました。戦時でもなく、<ハイバーニア>は遠くの植民惑星へ物資と乗客を送り届ける任務に就いていたのです。
ところが、最初の寄港地で搭載艇の事故により艦長以下の高級士官が死亡、さらに後を引き継いだ先任士官も病気で急死するという非常事態となり、軍規の優先順位に基づいて先任士官候補生のシーフォートが艦長を務めなければならなくなります。
もちろん本人も自信などなく、乗客乗員も不安感を露わにします。
そんな中、地球へ引き返そうという乗員の意見を押し切って航天の継続に踏み切ったシーフォートですが、禁制のドラッグを持ち込んだ水兵のトラブル、管制コンピュータの原因不明の不調、植民衛星での反乱勃発など、次々と苦難が襲い掛かります。
四苦八苦しながらなんとか事態を打開していくうちに、ようやく乗員もシーフォートを信頼し、乗客の支持も得られてきますが、さらに新たな問題が・・・。
ということで、シリーズ1作目の本作は、今後も活躍する(であろう)多彩なキャラクターを紹介し、シーフォートが大きく成長する姿を描く、タイトル通り“大いなるプロローグ”となっています。
ただ、女性の扱いが少ない(笑)ということで、同じミリタリーSFとしては『オナー・ハリントン』の方に軍配を上げたいと思います(←個人的好み丸出し)。
いえ、文句なく面白いですよ(^^;

オススメ度:☆☆☆☆

2004.4.17


竜魔大戦3 ―それぞれの旅立ち― (ファンタジー)
(ロバート・ジョーダン / ハヤカワ文庫FT 2000)

『時の車輪』のシリーズ第4部の第3巻です。
前巻、いろいろと事態が胎動を始め、そろそろ登場人物たちの旅立ちの時が迫っているなと思っていましたが、なんとこの巻ではタイトル通り、主要人物全員が石城都市ティアを出て行くことになってしまいます。
ナイニーヴとエレインは、黒アジャの手がかりを求めて、遙か西の港町タンチコに向けて船出します。護衛役(?)としてあの人とあの人が同行。
ペリンは、故郷トゥー・リバーズが危機に見舞われているという情報を聞き、彼にまとわりつく女性ファイールや異種族オジールのロイアルと共に、<秘密の通路>を抜けて故郷に急行することに。
そして、エグウェーンは“夢見の技”を磨くためにアイール人の聖なる都ルイディーンへ向かおうとしますが、おのれが“竜王の再来”であることを自覚したアル=ソアとマットもルイディーンへ行くことになります。モイレインとラン、アイール人戦士たちも行動を共にします。
旅立つだけで1冊が終ってしまいましたが、本シリーズの展開はいよいよこれからですね。

オススメ度:☆☆☆

2004.4.18


螺旋 (ミステリ)
(山田 正紀 / 幻冬舎文庫 2000)

螺旋と書いて、スパイラルと読みます。
山田正紀さんのミステリを読むのは、
「妖鳥(ハルピュイア)」以来、2冊目です。
設定はいかにも山田さんらしくなく、本格社会派ミステリ風味です。
舞台は千葉県。金権千葉(笑)らしく、房総半島を縦断する導水路建設にからんで、自然保護を叫ぶ反対派と推進派が対立する中、環境調査をしていた学芸員が殺され、さらに建設工事に絡んで贈賄疑惑がささやかれていた辣腕不動産ブローカーが殺害されます。ところが、その死体は地下水路の中で消失。事件を追うのは社会正義を標榜する敏腕記者とその部下の新人記者――。
ところが、このあたりから、UFOが目撃されたり、火のない所で茨が燃え上がる奇跡を見たという牛背(“もーせ”と読ませる)と名乗る放浪の行者が謎めいたセリフを吐いたり、殺人現場に旧約聖書のメッセージが残されていたりと、山田さん得意の伝奇的要素が入り込んできて、物語は伝奇SFの様相を呈してきます。
もちろん、自然現象に基づく大トリックあり、存在し得ない電車を存在させてしまうチェスタトン的トリックあり、意外な犯人(?)ありと、パズル・ミステリとして読んでも面白いです。しかし、やはり山田ミステリで堪能すべきは、リアリティ(これは単に現実的ということではなく、物語としてのリアリティです)を微妙に外したところに漂う幻想味でしょう。「妖鳥」ではそれが不自然に感じて違和感を覚えましたが、本作ではリアルな人物・舞台設定と伝奇的要素がうまく交じり合って、独特の風味をかもし出しています。

オススメ度:☆☆☆☆

2004.4.20


図の劇場 (ノンフィクション)
(荒俣 宏 / 朝日文庫 2000)

朝日文庫って、初めて買いました。ふうん、朝日新聞社が文庫を出してるのね。
さて、荒俣さんです。荒俣さんが所蔵するローカルでレアな図版の数々は、過去にいくつもの書物で拝見していますが、今回の「図の劇場」は、その中でも絵画などの芸術とは少し違う『流行図像』(エフェメラ)が紹介されています。
18〜19世紀を中心とした博物記や探検記、解剖図や世俗的な肖像画など、美術館では見られないけれども精緻で魂を揺さぶられる画像の数々がオールカラーで!
しかし、背表紙の紹介文や帯で『ゴミ図像』と表現している編集者の意識とセンスは何とかならないものでしょうか。荒俣さんは本文中では愛をこめてB級図像とは言っておられますが、ゴミなどという表現は一切使っていませんよ。著者の顔に泥を塗っているようなものです。
でもまあ、やっぱり朝日だからなあ・・・。この無神経さは仕方ないか(笑)。

オススメ度:☆☆☆

2004.4.21


試練のルノリア (ヒロイック・ファンタジー)
(栗本 薫 / ハヤカワ文庫JA 2000)

『グイン・サーガ』の第74巻です。
「嵐のルノリア」以来、4巻続けてパロを舞台に、竜王とナリスのにらみ合い、腹の探り合いが続きます。
前巻で救出されたヴァレリウスは、その時の約束を果たすために大導師アグリッパを探索する旅に出ます。その途上、ルードの森で遭遇した相手は・・・おなじみのあの人(笑)。そろそろ出るんじゃないかと思っていたら、やっぱり出て来ました。
そして、パロでは徐々に追い詰められ、焦燥の色を濃くしていくナリス一党。
さて、事態はどう推移していくのでしょう。わくわく。

オススメ度:☆☆☆

2004.4.22


妖魔ヶ刻 (ホラー:アンソロジー)
(井上 雅彦:編 / 徳間文庫 2000)

井上雅彦さんが編者を務めるホラー・アンソロジーといえば『異形コレクション』ですが、本作はそれとは似て非なる『異形ミュージアム』。
便乗企画?とか思ったのですが、前書きを読むと、そうではありませんでした。
『コレクション』は全て書き下ろしに夜よるテーマ別アンソロジーなのに対して、この『ミュージアム』は同じテーマ別ホラー・アンソロジーでも、かつて発表された作品からピックアップして編んだもの。ですから、時代も作家もバラエティに富んでいます。
今回「妖魔ヶ刻」のテーマは“時間怪談”。『異形コレクション』の
「時間怪談」と好一対ですが、多少ボリュームに欠ける気が。
寂れた田舎の宿で過去と現在が錯綜するという似たようなプロットを異なる形で処理した「ねじれた記憶」(高橋克彦)と「老人の予言」(笹沢左保)、逆に未来が現在に干渉してきて白日夢を垣間見せる「骨董屋」(皆川博子)と「時の思い」(関戸康之)、いわゆる“学校の怪談”をひとひねりした「制服」(安土萌)、沖縄を舞台にした幻想譚「サトウキビの森」(池上永一)など佳品揃い。
ただ、『異形コレクション』と双璧をなすアンソロジーにしたいという編者の意気込みの割には、このシリーズ、2巻で止まってしまっているんですけど(汗)。やっぱり出版社が出版社だからでしょうか・・・。

<収録作品と作者>「制服」(安土 萌)、「ねじれた記憶」(高橋 克彦)、「フェイマス・マスター」(井上 雅彦)、「迷宮の森」(高橋 葉介)、「骨董屋」(皆川 博子)、「骨」(小松 左京)、「時の思い」(関戸 康之)、「サトウキビの森」(池上 永一)、「時の落ち葉」(田中 文雄)、「二十三時四十四分」(江坂 遊)、「長い夢」(伊藤 潤二)、「天蓋」(中井 英夫)、「昨日の夏」(菊地 秀行)、「老人の予言」(笹沢 左保)

オススメ度:☆☆☆

2004.4.24


ミクロ・パーク (SF)
(ジェイムズ・P・ホーガン / 創元SF文庫 2000)

ホーガンお得意のハードSFなんですけど、ハードさはほどほどで(というのも変な表現ですが)、サスペンスとユーモアが渾然一体となった娯楽作品に仕上がっています。あえて比較するなら、マイクル・クライトンの「ジュラシック・パーク」2部作と似たようなイメージ。ホーガン作品には珍しく、ティーンエイジャーが活躍しますし(もしかしたら初めてかも・・・まあ「断絶への航海」は別の意味なので例外として)、小難しい技術論もありません。
昆虫ほどの大きさのマイクロマシン(ナノマシンとは異なります)と人間の脳神経とを直結させるバーチャル・リアリティ技術を開発した科学者エリック。その息子ケヴィンと友人の日系少年タキは、エリックの技術を流用した素晴らしい娯楽のアイディアを思いつき、庭で実地に応用していました。それは、マイクロマシンとなって(脳と直結していますから、肉体は別の場所にあっても完全にマシンと同化している)、昆虫と戦ったり模型飛行機に乗って空を飛んだりするもの。次世代のテーマパークとして商売になると踏んだタキの叔父オオヒラが事業化を計画し、女性弁護士のミシェルを伴ってエリックの会社を訪れるところから物語は始まります。
ところが、ライバル企業(エリックの昔の勤務先)の社長ペインと通じたエリックの妻ヴァネッサ(ケヴィンの継母)は、悪辣な陰謀を企んでいました。ひょんなことからその事実を(おぼろげにですが)知ってしまったケヴィンは、タキやミシェル、父の部下のダグと共に、マイクロマシンを駆使して真相をつきとめるべく行動を開始します。
誰が善玉で誰が悪玉かは、かなり早い時点で明らかになってしまいますので、後半は悪人どもの陰謀をいかにケヴィンらが暴き出し、計画を阻止するかが興味の焦点となります。偶然と必然が絡まり合い、ちと出来過ぎという感じもしますが、面白いので問題なし(笑)。
それにしても、ラストで、いくら説得しても来てくれない警官隊を大挙して現場へ連れて来た手段には、思わずにやりとさせられてしまいました。

オススメ度:☆☆☆☆

2004.4.28


暗黒神ダゴン (ホラー)
(フレッド・チャペル / 創元推理文庫 2000)

いわゆる“クトゥルー神話”の系譜に連なる物語。
主人公の牧師リーランドは、亡父が遺した屋敷に妻と共に移り住んできました。父の死は謎に包まれており、リーランドは遺伝性の精神疾患が関与していることを疑い、自分も同じ運命に見舞われるのではないかと不安に思っています。狂気を裏付けるかのように、文机の引き出しには意味不明の(“ヨグ・ソトト”とか“クトゥルー”とか)言葉が記された手記が遺され、血痕のついた鎖手錠付きのさらし台のようなものまでありました。
広大な屋敷の農園に散歩に出た夫妻は、以前からそこに住んでいるという農夫の一家と出会い、リーランドはそこの一人娘ミナの異様な風貌(マニアならば描写を見ただけで「あ、イン●●ウス顔だ」と気付くでしょう)になぜか惹かれるものを感じてしまいます。
不安なうちに日を過ごすうち、錯乱したリーランドは恐るべき行動に出てしまい、ついにはミナの手に落ちて、不条理で悲惨な運命に見舞われることになります。そして――。
結局、怪異の正体がおぼろげなままで判明せず、読者の想像に委ねられているところなど、いかにもラヴクラフト風味。同じクトゥルー長編でもSFホラー風だったロバート・ブロックの「アーカム計画」とは大きく異なり、心理スリラーで展開して最後は幻想小説で終るという異色の作品に仕上がっています。
でも好きじゃないなあ、こういうの(笑)。

オススメ度:☆☆

2004.4.29


綺霊 (ホラー)
(井上 雅彦 / ハルキ・ホラー文庫 2000)

『異形コレクション』の編者として知られる井上雅彦さんの書き下ろしショートショート集。
井上さんの短編は、角川ホラー文庫版「異形博覧会」シリーズで堪能していましたので、楽しみに読み始めました。
ありゃりゃ・・・。どうも、前半はいつもの切れ味がありません。
ショートショートですから、アイディアと叙述トリックが命のはずなのですが、その辺がいまいち。
でも、後半に至って冴えが戻ってきました。
どうやら、本書においては、スプラッターな怪物ホラー系の話よりも、ジャック・フイニィ風の幻想味あふれる作品の方が優勢のようです。
特に「蝶番」は必読。

<収録作品>「四時間四十四分」、「水夢譚」、「蛇苺」、「禁じられた場所」、「嘯」、「さなぎ」、「中二階の顔」、「人ちがい」、「しゃぼん玉工場」、「駅」、「海盤車」、「リップティーズ」、「履惚れ」、「蘭鋳」、「蠅遊び」、「ボール箱」、「喰い屋」、「向日葵」、「ほら、蟻がいる」、「補色作用」、「暗室」、「酒樽」、「地下水道」、「蝶番」、「鼬の血」、「ロードランナー」、「アイスボックス」、「裏窓」、「廃院にて」、「パラソル」

オススメ度:☆☆☆

2004.4.30


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