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イクシーの書庫・過去ログ(2004年5月〜6月)

<オススメ度>の解説
 ※あくまで○にの主観に基づいたものです。
☆☆☆☆☆:絶対のお勧め品。必読!!☆☆:お金と時間に余裕があれば
☆☆☆☆:読んで損はありません:読むのはお金と時間のムダです
☆☆☆:まあまあの水準作:問題外(怒)


風の十二方位 (SF)
(アーシュラ・K・ル・グィン / ハヤカワ文庫SF 1999)

ル・グィンのSF第一短編集。邦訳が最初に出たのは1980年でした。読むの遅すぎ!
でも、ル・グィンのSFって、気にはなるけど肌が合わないのが多くて、ちょっと敬遠気味だったことは否めないのですよ。純文学の香りのするものや哲学小説のような難解なものもありまして・・・。
で、この短編集。思弁小説からファンタジーまでバラエティに富んでいて、その分、好き嫌いも激しく分かれました。ヒューゴー賞を取ったという「オメラスから歩み去る人々」って、よくわからなかったし。
レトロなSFネタ(と言っても書かれたのが1964年ですから当然か)をファンタジーと結びつけての直球勝負が嬉しい「セムリの首飾り」、視点の変化というテーマをこれほど鮮やかに書いたものはないだろうと思われる「相対性」、黒魔術とタイムスリップが融合した「四月は巴里」、純粋ファンタジーとして楽しめる「解放の呪文」や「名前の掟」、暗黒時代に弾圧される科学者の運命を描く「マスターズ」と「地底の星」などがお気に入りです。

<収録作品>「セムリの首飾り」、「四月は巴里」、「マスターズ」、「暗闇の箱」、「解放の呪文」、「名前の掟」、「冬の王」、「グッド・トリップ」、「九つのいのち」、「もの」、「記憶への旅」、「帝国よりも大きくゆるやかに」、「地底の星」、「視野」、「相対性」、「オメラスから歩み去る人々」、「革命前夜」

オススメ度:☆☆☆

2004.5.2


レックス・ムンディ (伝奇)
(荒俣 宏 / 集英社文庫 2000)

97年に柏書房から出た「レンヌ・ル・シャトーの謎」という歴史ノンフィクションがありました。フランスの片田舎に隠された財宝伝説から始まり、中世テンプル騎士団やキリスト教異端のカタリ派、そして最大の謎、イエス・キリストの血統の謎に迫るというもので、内容の真偽はともかく、興奮にわくわくしながら読み進めたものです。
そして、このレンヌ・ル・シャトー伝説を元に、博覧強記の荒俣さんが満を持して書き下ろした伝奇小説が本書「レックス・ムンディ」(“世界の王”という意味です)。
巨石文明に共通するレイラインや、地軸の逆転現象、カルト教団の暗躍、全地球を席巻する疫病の恐怖までをからませて、まさにモダンホラーと言える中身の濃い内容に仕上がっています。
主人公の青山譲がブラック・マーケットにも通じた盗掘屋で、シャトーに隠された財宝を奪い合う相手がエリート大学教授という設定は、インディ・ジョーンズを意識してますね(笑)。またSF的な真相は
「パラサイト・イヴ」を思わせますし。
「レンヌ・ル・シャトーの謎」と併せて読むと、面白さは数倍になるかと思います。

オススメ度:☆☆☆☆

2004.5.5


ラヴクラフトの遺産 (ホラー:アンソロジー)
(R・E・ワインバーグ&M・H・グリーンバーグ:編 / 創元推理文庫 2000)

タイトルを見た瞬間、「クトゥルー神話アンソロジーだな」と思って買ったのですが・・・違ってました。でもまあ解説の朝松健さんも、同じ勘違いをしたそうですから、仕方がないかも(笑)。
確かに、よく考えてみればラヴクラフトが創造したのは「クトゥルー神話」のみならず、怪奇小説のひとつの方向性(いわゆる“コズミック・ホラー”ですな)なのですよね。その衣鉢を継ぐ怪奇小説作家たちがラヴクラフトに捧げたオマージュが集められているわけです。もちろん“クトゥルー”ネタの小説も半分以上ですから、満足度は抜群。
モダンホラーに相通じるSFホラー「大いなる“C”」(B・ラムレイ)、幻想的でエロチックなくすぐりもある「間男」(R・ガートン)、シェークスピアとクトゥルーを結合させた異色の「シェークスピア奇譚」(G・マスタートン)、過不足なく楽しめるヴードゥー・ホラー「血の島」(H・B・ケイヴ)、ちょっとせつない暗黒の残酷メルヘン「食屍姫メリフィリア」(B・マクノートン)、正統派クトゥルー譚「黄泉の妖神」(G・ウルフ)、アメリカの伝統的フォークロア、ジャージー・デビルを枕に未知との遭遇を重厚に描く「荒地」(F・P・ウィルスン)など、粒揃いです。

<収録作品と作者>「序――H・P・ラヴクラフトへの公開書簡」(ロバート・ブロック)、「間男」(レイ・ガートン)、「吾が心臓の秘密」(モート・キャッスル)、「シェークスピア奇譚」(グレアム・マスタートン)、「大いなる“C”」(ブライアン・ラムレイ)、「忌まわしきもの」(ゲイリー・ブランナー)、「血の島」(ヒュー・B・ケイヴ)、「霊魂の番人」(ジョゼフ・A・シトロ)、「ヘルムート・ヘッケルの日記と書簡」(チェット・ウィリアムスン)、「食屍姫メリフィリア」(ブライアン・マクノートン)、「黄泉の死神」(ジーン・ウルフ)、「ラヴクラフト邸探訪記」(ゲイアン・ウィルスン)、「邪教の魔力」(エド・ゴーマン)、「荒地」(F・ポール・ウィルスン)

オススメ度:☆☆☆☆

2004.5.5


制覇せよ、光輝の海を!(上・下) (SF)
(キャサリン・アサロ / ハヤカワ文庫SF 2000)

波乱万丈爽快無双欣喜雀躍のスペースオペラ、“スコーリア戦史”の第3巻。
第2巻はちょっと舞台が時間的空間的に飛んでいましたが、今回は第1巻の直接の続編(とは言っても十分に独立した物語として楽しめます)です。
第1巻「飛翔せよ、閃光の虚空へ!」のラストで宇宙的規模の駆け落ち(違)を実行したスコーリア王圏の王女ソズとユーブ帝圏の世継ジェイブリオル。自らの死の偽装に成功したふたりは、知る人もほとんどいない辺境の星系に隠れ住み、子作りに励んでいます。一方、王位継承権者を失った双方の勢力圏では様々な権謀術数が張り巡らされ、不穏な雰囲気を徐々に増しながら15年の月日が流れます。
そして、遂に決定的な事件が起こり(ネタバレのため詳細は伏せます)、スコーリアへ帰還したソズは奪われたものを取り戻すために、ユーブ帝圏への全面戦争に身を投じます。
前半のゆったりした流れの中で様々な伏線が織り込まれ、後半、全篇の約6割を占める“光輝戦争”のパートにいたって奔流のように突っ走る物語は、途中で本を置くことができなくなってしまいます。
ラストではまたも驚愕の展開となり、今後に続きそうです(笑)。

オススメ度:☆☆☆☆☆

2004.5.8


太陽系帝国の守護者 (SF)
(クルト・マール / ハヤカワ文庫SF 2004)

ペリー・ローダン・シリーズの第300巻(わお!)。
ついに来ましたね〜、と言いつつ、200巻を迎えた時と比べると今ひとつ盛り上がりに欠けるような。でもまあ来月には「ローダン・ハンドブック2」も出るそうですから。
ともあれ、
285巻から続いて来た“旧ミュータント・サイクル”はこの巻の前半で終了します。8人はとりあえず安住の地を得て、ローダンも政敵を抑えて太陽系帝国の第一執政官に再任されます(これがタイトルの意味ですな)。
そして、後半では新たなサイクルが始まります。従来、こういう区切りの巻はプロット作家(メインのあらすじを作るのが役目)のシェールが書いていましたが、体調を崩していたとのことでベテランのマールが書いていますね。次のプロット作家を担うフォルツが書くのかと思っていましたが、先輩に譲ったのでしょうか。
後半では、“旧ミュータント”の事件が終息して15年後(時代の飛び方は少ないですね)、新エネルギー源の実験に立ち会っていたローダンら《マルコ・ポーロ》の乗員たちが、実験の影響で平行宇宙に送り込まれてしまいます。さて、どうやって元の宇宙に戻るのか、そして陰に隠れたある存在の正体は?(って、ハンドブック読んでるから知ってますが(^^;)
とにかく新展開にわくわくです。

<収録作品>「太陽系帝国の守護者」、「不可視の領域」

オススメ度:☆☆☆

2004.5.9


竜魔大戦4 ―聖都ルイディーン― (ファンタジー)
(ロバート・ジョーダン / ハヤカワ文庫FT 2000)

大河ファンタジー『時の車輪』の第4部第4巻。
前巻で副題(「それぞれの旅立ち」)の通り、旅立った3組のパーティのうち、今回は2組のその後が描かれます。
前半では、アイール人の土地へ向かったアル=ソアらが聖なる都ルイディーンへたどり着きます。アイール人の賢者に出会い、アル=ソアとマットは聖都へ入り込み、アル=ソアは過去のアイール人の歴史を先史時代(どうやら●●が発達していたらしい)を垣間見ます。
後半は、故郷のトゥー・リバーズを救いに<秘密の通路>を抜けたペリン一行の物語。ようやく故郷へ帰り着いたペリンを待っていたものは――。
ということで、盛り上がって以下次巻

オススメ度:☆☆☆

2004.5.10


塔の物語 (怪奇:アンソロジー)
(井上 雅彦:編 / 角川ホラー文庫 2000)

自分の創作以外にホラーアンソロジストとして大活躍の井上雅彦さん。『異形コレクション』(廣済堂文庫→光文社文庫)、『異形ミュージアム』(徳間文庫)に続いて、第3のオリジナルアンソロジーを企画しました。
この『異形アンソロジー タロット・ボックス』はその名の通り、タロットカードの大アルカナの絵柄をテーマに、そのテーマに関する怪奇・幻想・ホラー小説を過去の諸作品から発掘してまとめようという、野心的な試みです。
で、第1巻は大アルカナの『塔』がテーマ。ヨーロッパ風の城砦や鐘楼から日本的なからくり建築、近代的な摩天楼からノスタルジックな巨大煙突まで、塔にまつわる内外の怪奇幻想譚が集められています。
一世を風靡したゲーム「クレイジー・クライマー」を彷彿とさせる「蠅」(都筑道夫)、和風幻想譚「星の塔」(高橋克彦)、かのダーレスのデビュー作「蝙蝠鐘楼」、戦前の“奇妙な味”の一編「煙突奇談」(地味井平造)など。文豪ゲーテの作品も入っていました(というか、これがゲーテの初読みって・・・(^^;)。
でも、このシリーズも『異形ミュージアム』とほぼ同様、3巻目が出たままそれっきり中断してしまっているんですよね。やはり出版社が・・・(汗)。

<収録作品と作者>「塔」(マーガリタ・ラスキー)、「星の塔」(高橋 克彦)、「市庁舎の幽霊」(水見 稜)、「城館」(皆川 博子)、「カリヤーンの塔」(中野 美代子)、「骸骨踊り」(ヨハン・ウォルフガング・フォン・ゲーテ)、「煙突奇談」(地味井 平造)、「蠅」(都筑 道夫)、「蝙蝠鐘樓」(オーガスト・ダーレス)、「ロンドン塔の判官」(高木 彬光)、「高層都市の崩壊」(小松 左京)、「摩天楼」(島尾 敏雄)、「塔」(堀 敏美)

オススメ度:☆☆☆

2004.5.11


囁く血 (ホラー:アンソロジー)
(ジェフ・ゲルブ&マイクル・ギャレット:編 / 祥伝社文庫 2000)

「震える血」「喘ぐ血」に続く、エロチックホラー・アンソロジーの第3弾です。
今回も、ノンストップで飛ばしています。
中には「数秘術」(B・リトル)のようなわけのわからん作品もありますが、それぞれの作者が本当に楽しんで書いているのがひしひしと伝わってきます(笑)。
日本昔話の鬼婆伝説を思わせる展開からこれぞアメリカンジョークというオチに持っていく「妖女の深情け」(G・ワトキンス ←この人はハイテクサスペンス「致死性ソフトウェア」の作者です)、究極の大人のオモチャ(?)を描く「おもちゃ」(G・マスタートン)、童話のシンデレラをベースにブラックなオチが秀逸の「おかまのシンデレラ」(ロン・ディー)、現実の某国元首が本当にやっていそうで怖い「疵物」(E・マッシー)、カーナッキかジョン・サイレンスかという主人公が怪奇現象に挑む「情欲空間の囚」(G・モリスン)など、エロでグロでダークな18禁物語の饗宴。
大人になってからお読みくださいね。

<収録作品と作者>「人魚の声が聞こえる」(ナンシー・ホールダー)、「数秘術」(ベントリー・リトル)、「心の在処」(デイヴィッド・J・ショウ)、「疵物」(エリザベス・マッシー)、「妖女の深情け」(グレアム・ワトキンス)、「闇のなか」(マシュー・コステロ)、「淫夢の男」(ドン・ダマッサ)、「おもちゃ」(グレアム・マスタートン)、「ビデオ収集家」(ジェフ・ゲルブ)、「異形のカーニバル」(クリス・レイチャー)、「いまから三つ数えたら」(マイクル・ギャレット)、「おかまのシンデレラ」(ロン・ディー)、「愛咬」(ジョン・シャーリイ)、「情欲空間の囚」(グラント・モリスン)

オススメ度:☆☆☆

2004.5.12


真夜中の檻 (怪奇・エッセイ)
(平井 呈一 / 創元推理文庫 2000)

平井呈一さんと言えば、怪奇・幻想小説の研究家・翻訳家として知られていますが、氏の数少ない創作「真夜中の檻」と「エイプリル・フール」の2編を中心に、怪奇小説論や作家論、エッセイなどをまとめた、まさに平井呈一さんの集大成と言える本です。
思えば、中学の時に創元推理文庫版の「怪奇小説傑作集」で、平井さんの解説と共に初めて怪奇小説に触れ、以来ずっと怪奇小説に親しんできた身です。特に「怪奇小説傑作集」の1〜3巻に分けて収められている解説は、ゴシック小説の成り立ちから英米の作家たちの紹介まで、丁寧かつコンパクトにまとめられていて、今も機会がある毎に読み返しているのですが、まだホラーというジャンルが確立される前の怪奇小説史としてこれに優るものはありません。「オトラント城奇譚」(ウォルポール)を初め、レ・ファニュ、マッケン、M・R・ジェイムズ、ブラックウッド、ラヴクラフト、ビアスなど主だった怪奇小説の遍歴はすべてそこから始まったのです。
さて、収録されている2編のうち「真夜中の檻」は、氏が愛して止まなかったアーサー・マッケンの土俗的で淫靡なエロティシズムを純和風テイストの中に見事に移植した作品です。そして一方の「エイプリル・フール」は対照的に都会を舞台にした一種のドッペルゲンガー譚で、甘酸っぱく切ない幕切れが余韻を残します。
併録された解説やエッセイも読み応えがあり、怪奇小説ファンとしては外せない1冊でしょう。
それにしても、現代のモダンホラーを読んだとしたら、平井さんはどのような感想を抱かれるのでしょうか。きっと「こんなものは読むに耐えん!」とおっしゃるのでしょうね(笑)。

<収録作品>「真夜中の檻」、「エイプリル・フール」、「『魔人ドラキュラ』あとがき」、「怪奇小説と私」、「お化けの三人男」、「ブラックウッドのことなど」、「J・S・レ・ファニュ」、「ウォルター・デ・ラ・メア」、「ビアスとラヴクラフト」、「アーサー・マッケン」、「デニス・ホイートリ」、「M・R・ジェイムズ、その他の怪談作家」、「海外怪談散歩」、「はじめに――『こわい話・気味のわるい話』第一輯」、「西欧の幽霊」、「西洋ひゅーどろ三夜噺」、「私の履歴書」

オススメ度:☆☆☆☆

2004.5.14


影が行く (SF:アンソロジー)
(中村 融:編 / 創元SF文庫 2000)

現代のモダンホラーというのは、純粋ホラーにSF、ロマンス、アクション、エロスなどの要素を付加したジャンル・ミックスであることは明らかです。しかし、かつては怪奇幻想小説とSFとの境界線が曖昧だった時期がありました。
20世紀前半、パルプ雑誌が乱立していた時代、そして1950年代のB級SF映画黄金時代から、「アウター・リミッツ」などの怪奇SFテレビドラマ(「X−ファイル」のはしりですね)が人気を呼んでいた頃・・・。
それらの時代を代表する、SFと怪奇幻想の狭間に妖しく咲いた作品群を、中村融さんが編集・翻訳したオリジナル・アンソロジーが本書。
とにかく、ラインアップされた作者の充実に驚かされます。マシスン、クーンツ、ライバー、ゼラズニイ、オールディス、J・ヴァンス、ベスター、F・K・ディック、J・W・キャンベルJr.と、いずれもSF・ホラー界で一家をなした錚々たる顔ぶれです。
特筆すべきは「影が行く」(J・W・キャンベルJr.)と「唾の樹」(B・R・オールディス)の2作品が含まれていることでしょう。いずれも100ページを越すボリュームですが、この2作を読めるだけで値段分以上の価値があります。
「影が行く」は、あのSF映画「遊星よりの物体X」(ジョン・カーペンターによるリメイク版は「遊星からの物体X」)の原作です。南極の氷の下から発見された数千年前の宇宙船と異星人の死体。ですが、死んでいたと思われた異星人は凍結が解けると共によみがえり、基地を恐怖に陥れます。変身能力がある怪物は犬や隊員にも化けられることが判明し、隊員たちは隣にいる同僚が怪物が化けた姿ではないかと疑心暗鬼に陥っていきます。今、読んでみると、カーペンターは原作にとても忠実に映画を作っていたのだと再認識できます。実は映画の方を先に見ていたので、映画から感じる恐怖とサスペンスをそのまま再体験できました。
もう一方の「唾の樹」は存在を知らず、初めて読んだのですが、19世紀のイギリスの片田舎を舞台に、宇宙から飛来した謎の存在によって変貌していく農場の恐怖を描いた重厚な一品。作者オールディスには、高校時代に「地球の長い午後」を読んだ時以来、無条件降伏なのですが、ますますその意を強くしました。ラヴクラフトの「宇宙からの色」を思わせる雰囲気と怪現象、隣人が変貌していく不安、透明怪物の実体が明らかとなるショッキングでグロテスクな描写など、40年前の作品なのにモダンホラーの精髄と言ってもいいほどです。
他にも『ミステリー・ゾーン』の1エピソードでもある「消えた少女」(R・マシスン)、怪奇SFでおなじみの例の怪物を描いた典型「群体」(T・L・トーマス)、吸血鬼ネタをSFに組み入れた「吸血機伝説」(R・ゼラズニイ)、これもサイコ・サスペンスになるネタをいかにもSF的に料理した「ごきげん目盛り」(A・ベスター)、スピリチュアリズムとSFの融合「ボールターのカナリア」(K・ロバーツ)ほか、ハズレはありません。
SFファンもホラーファンも必携の一冊かと。

<収録作品と作者>「消えた少女」(リチャード・マシスン)、「悪夢団」(ディーン・R・クーンツ)、「群体」(シオドア・L・トーマス)、「歴戦の勇士」(フリッツ・ライバー)、「ボールダーのカナリア」(キース・ロバーツ)、「影が行く」(ジョン・W・キャンベル・ジュニア)、「探検隊帰る」(フィリップ・K・ディック)、「仮面」(デーモン・ナイト)、「吸血機伝説」(ロジャー・ゼラズニイ)、「ヨー・ヴォムビスの地下墓地」(クラーク・アシュトン・スミス)、「五つの月が昇るとき」(ジャック・ヴァンス)、「ごきげん目盛り」(アルフレッド・ベスター)、「唾の樹」(ブライアン・W・オールディス)

オススメ度:☆☆☆☆

2004.5.16


帰還 (ホラー:アンソロジー)
(井上 雅彦:編 / 光文社文庫 2000)

テーマ別書き下ろしホラー・アンソロジー『異形コレクション』の第16弾。
本巻より、出版社が廣済堂出版から光文社に変わっていますが、井上さんの序文によると、廣済堂の事業方針の変更で新刊の出版が行われなくなったため、版元を光文社に移すことになったのだそうです。
このようにトレードがスムーズに行われたというのは、ちょっといい話ですよね(笑)。T書店とK書店が関わっているふたつのアンソロジーの運命と比較すると、特にね・・・。
さて、本巻のテーマは『帰還』。つまり、空間・時間・次元の境を越えて、懐かしい場所へ戻って来るというものです。
宇宙からだったり、あの世からだったり、都会からだったり、旅先からだったり。バリエーションは無限です。
女性らしくリリカルな「わたしの家」(竹河 聖)と「失われた環」(久美沙織)、不意に過去がよみがえって日常を冒す「鏡地獄」(田中文雄)と「深い穴」(中井紀夫)、暗黒のメルヘン「或るロマンセ」(五代ゆう)、スプラッターだがどこか切ない「地の底からトンチンカン」(友成純一)、ホラーというよりはピュアなファンタジー「世界玉」(藤田雅矢)、ドッペルゲンガー譚にひとひねり加えた「帰去来」(北原尚彦)、ポオの「アーサー・ゴードン・ピム」を彷彿とさせ、なおかつそれを超えた「帰還」(菊地秀行)など。

<収録作品と作者>「リカ」(太田 忠司)、「地の底からトンテンカン」(友成 純一)、「You'd be so nice to come home to.」(小中 千昭)、「鏡地獄」(田中 文雄)、「月夜にお帰りあそばせ」(安土 萌)、「リターンマッチ」(山下 定)、「復帰」(石田 一)、「失われた環」(久美 沙織)、「骸列車」(倉阪 鬼一郎)、「赤い実たどって」(篠田 真由美)、「深い穴」(中井 紀夫)、「帰去来」(北原 尚彦)、「アンタレスに帰る」(早見 裕司)、「帰缶」(江坂 遊)、「わたしの家」(竹河 聖)、「ホーム」(奥田 哲也)、「或るロマンセ」(五代 ゆう)、「龍宮の匣」(石神 茉莉)、「夜明け、彼は妄想より来る」(牧野 修)、「母の行方」(飯野 文彦)、「星に願いを」(本間 祐)、「世界玉」(藤田 雅矢)、「空の淵より」(井上 雅彦)、「帰還」(菊地 秀行)

オススメ度:☆☆☆

2004.5.18


狂骨の夢 (ミステリ)
(京極 夏彦 / 講談社文庫 2000)

京極さんの第3作。
今回は、
前作前々作と比べてシンプルです。・・・と言うと、「1000ページ近いのにどこがシンプルだ!?」と文句が出るかも知れません。けど、相変わらず複雑怪奇な謎の割には、つくりが一本道なのですもの。
「魍魎の匣」事件から数ヵ月後。まずはひとりの女性の述懐から始まります。彼女は海辺に住んでいるのですが、幻影とも妄想ともつかない怪異に悩まされ、遂には自分のものとは思えない記憶が心によみがえるようになります。朱美という名のその女性の最初の夫は兵役を忌避して逃亡直後に首なし死体となって殺され、愛人の民江が犯人とみなされるも捕まらず未解決のまま。ところが、戦後8年にして、死んだはずの前夫が朱美の前に現れ、彼女は前夫を殺して首を切るという行為を3回も繰り返すという幻影を体験します。
朱美という女性は、「魍魎の匣」のラストでちょっとだけ顔を見せた老舗旅館の若隠居・伊佐間と逗子の浜辺で知り合い「わたしは人を殺した」と告白します。一方、フロイトの心理分析をかじりながらも疑問を抱いている精神神経学者・降旗と、彼が身を寄せている教会の神父・白丘の前にも朱美は現れ、何度も前夫を殺すという幻影について告解をします。そして朱美の現在の夫で怪奇作家の宇田川は、過去のふたつの事件を解決した(?)関口を訪れ、幻影に悩む妻のことを相談します。宇田川は、戦時中に利根川で溺れていた朱美を助けたのが縁で内縁の妻としていたのでした。
同じ頃、刑事の木場は逗子で起きた集団自殺事件の捜査に行き詰まり、前回の事件で無能振りをさらけだした神奈川県警の石田警部は、同じ逗子の海岸で発生した『金色髑髏』事件と男の生首が漂着した事件に取り組んでいます。
そして、降旗と白丘を子供の頃から悩ませる悪夢――髑髏の山の前で交合する男女の集団と、髑髏を抱える白装束集団・・・。
そして、新たな殺人事件が発生し、500ページを越えたところで初めて京極堂が登場します。
そこから先は一気呵成。8年前の殺人事件はおろか、1500年前から続く妄執が暴き出され、すべての事件(事件でないものも含めて)が一本の糸で結ばれる離れ業。
後半は時間の余裕のある時に一気に読むことをお勧めします。
読んでいるうちに気付いたのですが、京極さんの作品って、マイケル・スレイドに似ています。いや異論はあるでしょうけど、直感的に。

オススメ度:☆☆☆☆☆

2004.5.21


フリーダムズ・チャレンジ ―挑戦― (SF)
(アン・マキャフリイ / ハヤカワ文庫SF 2000)

宇宙冒険SF“キャテン・シリーズ”の第3作にして完結編です。
1作目で地球を侵略した悪辣なキャテン人の手で、後に“ボタニー”と命名される未開惑星に放擲された地球人たち。ヒロインのクリスや元海兵隊のチャック、キャテン人なのに陰謀で放擲されたザイナルらは惑星ボタニーを開拓し、サバイバルを生き抜きます。
2作目では、キャテン人も凶悪なエオス人の手先になっていただけで、真の敵はエオス人だと判明し、同時にボタニーの真の所有者とも言える“ファーマーズ”と呼ばれる異星人とのコンタクトも実現されます。キャテン人の宇宙船奪取にも成功し、ついに反転攻勢に出るのが、この第3作です。
ザイナルは自分と志を同じくするキャテン人のレジスタンスと連絡を取り、着々と反攻準備を進めますが、肝心のエオス人を打倒する手段が見つかりません。折りしも、地球ではエオス人によって精神を破壊される人々が続出し、ボタニーの住人は宇宙船を駆って救出を実施、人口が増えたボタニーにも様々な問題が・・・。
確かにストーリーは面白く、ぐいぐいと引き込まれていくのですが、なんとなく盛り上がりに欠けるというか、他のマキャフリイ作品に比べるとドラマチックでないのですね。書きたいことが多すぎて、拡散してしまったというきらいもあるかも知れません。また、解説で「今回はヒロインが普通っぽいから」と書かれていましたが、確かにそれが理由なのかも(笑)。

オススメ度:☆☆☆☆

2004.5.23


大導師アグリッパ (ヒロイック・ファンタジー)
(栗本 薫 / ハヤカワ文庫JA 2000)

『グイン・サーガ』の第75巻です。
シリーズの序盤から名前だけは何度も言及されてきて、これまで姿を現さなかった最後の(かどうかはわかりませんが)大物、三大魔道師と並び称される中でも最も強大で謎めいた存在であり≪大導師≫の尊称を持つアグリッパが、遂に実体を顕わにします。
これまでに紹介された三大魔道師のうち、グラチウスがアレでロカンドラスがアレでしたから、どんな人物(?)が登場するのかと楽しみにしていましたが、キタイに・・・いや期待にたがわぬ大人物(笑)でした。本巻の前半で語られる、3人の魔道師の人知を超えた会話は、これまでほのめかされたきたことを再確認し、物語を整理する上で大きな意味を持っていますし、何よりも知的興奮でわくわくさせられるものでした。
そして後半では、舞台はパロに戻り、いよいよ事態は一触即発に。意外な人物が、意外にも冷酷かつ狡猾な策を弄し、びっくり。しばらく見ないうちに、あのヴァラキアの少年も(いいか悪いかは別にして)成長したものです。

オススメ度:☆☆☆☆

2004.5.24


けだもの (ホラー)
(ジョン・スキップ&クレイグ・スペクター / 文春文庫 2000)

ゾンビ・ホラーのアンソロジー「死霊たちの宴」の編者であるスキップ&スペクターが合作した長編ホラー。いわゆる“スプラッタ・パンク”(暴力やドラッグや性を生々しく描くホラーのムーヴメント)の典型です。
主人公シドは、30代半ばの日雇い労働者。夜の山道で車を運転中に鹿をはね、迷い込んだ森の中で巨大な狼を目撃します。
帰宅したシドを待っていたのは、浮気が原因で別居中だった妻との離婚が成立したとの知らせ。落ち込んだシドは行きつけの安酒場で飲んだくれていましたが、ふらりと現れたフェロモン全開の若い女性ノーラと一夜を共にすることになります。ところが、ノーラは魔性の女とも言える残酷で奔放、野性的な女性で、シドは彼女に惹かれつつも恐怖を覚えます。ノーラは別れた男ヴィクに追われていたのですが、ヴィクは普通の人間ではなく、ノーラもそうでした。人間の内部に潜在する獣性を解き放つことで、ノーラもヴィクも人ならぬ●●となっていたのです(裏表紙の紹介文で無神経にもネタばらしがされていますが、一応、伏字)。
悪辣で残虐で暴力に陶酔するヴィクの登場で、田舎町は惨劇に見舞われ、かろうじて一命をとりとめたシドは心身ともにボロボロになって1年半が経過しました。
ようやく立ち直ったシドは、新たな出会いに癒しを見出しますが、再びノーラとヴィクの影が・・・。
胸が悪くなるような殺戮シーンが次々と展開しますが、ただの扇情的なスプラッターでは終らず、人間の精神の奥底に潜む“獣”と理性とのせめぎあい、それを超える愛と癒しの物語にもなっています。でも残虐度は間違いなくR指定以上なので、お気をつけください。
しかし、この身も蓋もないタイトルは、なんとかならなかったのでしょうか。まあ原題も“Animals”ですけど(笑)。

オススメ度:☆☆

2004.5.26


妖精とその仲間たち (ファンタジー)
(井村 君江 / ちくま文庫 2000)

ケルトの妖精研究では日本の第一人者、井村君江さんが、妖精たちについて例を挙げてわかりやすく解説した本。
1章ごとに図版が付され(白黒ですが)、平易な文で丁寧に書かれていますので、初めて妖精に興味を持ったという方向けの入門書としては最適かも。でもキャサリン・ブリッグズの著書やイェイツのケルト妖精物語を持っていれば、必要ありません。

オススメ度:☆☆☆

2004.5.27


終わりなき平和 (SF)
(ジョー・ホールドマン / 創元SF文庫 1999)

同じ作者の同じようなタイトルの作品「終りなき戦い」を読んだのは1986年。もう20年近く前です。ヒューゴー賞を受賞した「終りなき戦い」は、バトルスーツに乗った半機械戦士たちが謎の異星人と熾烈な戦いを繰り広げる宇宙戦争SFで、消耗品扱いされる兵士の悲哀や戦争の不条理さを正面から描き、ベトナム戦争を投影したものだと言われています(作者ホールドマンもベトナムの従軍経験あり)。
ところが、本作はその続編ではありません。底流となる思想は共通したものがありますが。
舞台となる21世紀半ばの地球は、ある種の暗黒時代でした。ナノテクの発展によって、原料を与えてプログラミングさえすれば何でも製造してくれるマシン『ナノ鍛造機』の出現によって、先進国には完全福祉社会が実現した一方、『ナノ鍛造機』を持てない国家との文化的落差が大きく広がっています。このような、かつての南北問題が拡大した結果、世界は二分され、白人・キリスト教・資本主義・先進国 V.S.黒人中心・旧第三世界・民族主義・途上国 という両者による対立が激化し、限定核兵器まで投入した紛争が世界のあちこちで発生しているという状態。さらにキリスト教原理主義の過激な一派は、世界の終末を自らの手で現出させるべく胎動を始めています。
その戦いの主役となるのが、“ソルジャーボーイ”と呼ばれる機械兵器です。ロボットともサイボーグともバトルスーツとも異なり、背後の安全な基地に隔離された男女と脳神経的に融合されて、かれらの手足となって動く機械兵士と呼べばいいでしょうか。戦闘単位は10人(男女5人ずつ)ですが、戦闘参加中、10人の精神は完全に融合され、登場人物の一人が言うには「20本ずつの手足と5つの男性器、5つの女性器を持つ1体の生き物になったようなもの」となります。精神融合されるためにプライバシーはなく、過去のトラウマや秘密の性癖まで隊員間にはすべて筒抜けとなるのです。機械士と呼ばれるかれら兵士はエリートですが、精神的ストレスが激しく、神経に異常を起こしたり死亡したりというケースも多いのです。
主人公ジュリアンは黒人の機械士ですが、軍務を離れれば物理学の講師であり、同僚の15歳年上の白人女性研究者とは愛人関係にあります。パナマの基地で中米の敵対勢力と戦闘を繰り返しながらも、ジュリアンは戦争とそれに従事する自分に疑問を抱いています。
一方、愛人のアメリアが関係している“ジュピター計画”というプロジェクトは、木星を実験場としてビッグバンを再現しようという壮大なものでした。また、機械士で用いられている“神経ジャック”には驚くべき副次効果があることがわかってきます。
前半の戦争SFから、中盤に至って人類の危機、さらにそれを乗り越えるための奇抜な計画に至りますが、全体的には地味な印象です。解説でも書かれている「純文学的」という表現がぴったり。これを読むと、宗教的狂信こそがもっとも怖ろしい破滅への入口だということが、よくわかります(作者が言いたかったテーマとは少し外れていると思いますが、今の世相を考えると・・・ね)。

オススメ度:☆☆☆

2004.5.30


エンダーズ・シャドウ(上・下) (SF)
(オースン・スコット・カード / ハヤカワ文庫SF 2000)

ヒューゴー・ネビュラ両賞を受賞した「エンダーのゲーム」の姉妹編。とはいえ、ほぼ四半世紀をおいて書かれたものです。
22世紀、地球は昆虫型の異星生物バガーの侵略を受け、危ういところで攻撃を退けます。しかし、次の侵略が行われるのは時間の問題という認識の下、IF(国際艦隊)が結成され、将来の艦隊指揮官となるべき有能な人材を鍛えるべくバトル・スクールが設立されています。衛星軌道上に作られたバトル・スクールには、世界中からスカウトされた5歳〜10歳(上限はちと記憶があやふやですが)の男女の子供たちが集められ、日夜、苛酷な訓練と教育の洗礼を受けています。その中で頭角を現したエンダー・ウィッギン少年は、同輩・先輩のいやがらせや教官が仕掛ける理不尽とも言える試練を次々に乗り越え、遂には最終的に人類に決定的な勝利をもたらすことになるのです。
上記の物語をエンダーを主人公に描いたのが「エンダーのゲーム」ですが、この「エンダーズ・シャドウ」は、エンダーの後輩で部下のひとり、スクールで最もちびの少年ビーンの目を通して同じ出来事が描かれるものです。
ビーンは、2歳の頃からロッテルダムのスラムでストリート・チルドレンとして暮らしていました。実は出生の秘密を抱える(もちろん本人は知らない)ビーンは、その名前も本名ではなく、子供たちの中で“豆粒”のように小さいという理由で呼ばれていた通称です。しかしビーンはおそろしく早熟で頭が切れ、彼の知恵で子供たちはよりよい生活を送れるようになりますが、ある殺人事件を契機にビーンはバトル・スクールに送られ、他の優秀な子供たちに一緒に訓練に明け暮れることになりますが、持ち前の抜け目のなさと機転で道を切り開き、遂にはエンダーも気付かなかった事実を知ることになります。
この話を読みながら、はるか昔に読んだ「エンダーのゲーム」の内容を徐々に思い出していったのですが、実はビーンの存在はまったく覚えていませんでした。敵役のボンソーや、エンダーの同僚のぺトラやカーンは、本人が登場するとすぐに思い出したのですが。
でも、ある意味“いい子”だったエンダーよりも、ビーンのような斜に構えたひねくれ者の方が好感が持てるというのは、やはり自分が天邪鬼なせい?(笑)
ラストのとってつけたような感動的な結末(いえ、ちゃんと伏線は入念に張られていましたから、唐突感はないはずなのですが、なんとなくカードらしくないと思いまして)にははからずも泣かされてしまいました。
できれば「エンダーのゲーム」を読後にお読みになるのがよろしいかと。

オススメ度:☆☆☆☆

2004.6.1


魔の聖域 (ヒロイック・ファンタジー)
(栗本 薫 / ハヤカワ文庫JA 2000)

グイン・サーガの第76巻です。
前巻に引き続き、メインの舞台はパロ。しかもヤツの結界に閉じ込められた聖王宮の内部が初めて描かれます。
なんとか安全な場所へ落ち延びようと知略の限りを尽くすナリスの部隊を上空から妖しく見つめる●●という、この上ない怪異が支配する夜、王宮に幽閉されていたリンダ(ヤツに憑依されたレムスの姉でナリスの妻)を訪れたレムス・・・というか、ヤツ。
リンダが見たパロ聖王宮は、異形のものどもが跳梁跋扈する、まさに魔宮と化していました。そして、王妃アルミナを襲っていたおぞましくも怖ろしい運命。自分が創造したキャラに、よくもこんな仕打ちができるものです(ほめてるんですよ)。
そして、ついに最後の主要キャラ(ですよね、たぶん)が、その姿を現してきます。
更に、衝撃のラストが――!!
あまりにもあからさまな引きなので、つい眉に唾をつけつつ、次巻を待ちます。

オススメ度:☆☆☆

2004.6.3


バラヤー内乱 (SF)
(ロイス・マクマスター・ビジョルド / 創元SF文庫 2000)

お気に入りのSFシリーズ、“マイルズ・ヴォルコシガン・シリーズ”に連なる作品ですが、主人公はマイルズの母親コーデリアです。マイルズが身体にハンデを負って生まれてくる羽目になった顛末が、当時の惑星バラヤーを襲った戦乱と共に描かれています。
時代的には
「名誉のかけら」の直後。「名誉のかけら」では、ベータ植民惑星の大佐だったコーデリアと、惑星バラヤーの提督だったアラール・ヴォルコシガン(マイルズの父)が敵対勢力同士として出会いながら、恋に落ち、紆余曲折の末に結ばれるまでが描かれていました。
故郷のベータ植民惑星を捨て(「名誉のかけら」での事件のため、コーデリアは故郷ではお尋ね者になっています)、アラールと共に惑星バラヤーに下り立ったコーデリアですが、初めての子供を妊娠した喜びも束の間、バラヤー皇帝の崩御に伴い、夫アラールが5歳の新皇帝グレゴールの摂政に任命されたことで、否応なく政争渦巻くバラヤー社会に身をさらすことになります。
科学技術が進み男女平等社会だったベータ植民惑星に対し、バラヤーは封建的で男尊女卑の社会でした。矛盾と反発を感じながらもなんとかバラヤーに溶け込もうと努力するコーデリアの奮闘が、前半のみどころです。アラールの秘書と自分の護衛兵士の仲を取り持ったり、アラールの古風で頑固な父ピョートルと昼メロさながらの嫁・舅戦争を繰り広げたり。
しかし、夫婦の寝室が毒ガス爆弾で狙われた事件(その解毒剤のせいで、胎児だったマイルズの骨格の発育が阻害される結果となります)を皮切りに、権力を狙う国守のクーデターが発生、幼い皇帝グレゴールの身を託されたコーデリアは、戦いの指揮を執る夫や、人工子宮に移されたマイルズと引き離され、おなじみボサリ軍曹と共に深い山中に隠れます。
ここから先は一気呵成。前半からじっくりと組み上げられた、血湧き肉踊る陰謀劇と冒険劇の幕が開きます。欣喜雀躍一撃必殺、因果応報阿鼻叫喚(決して戦争をきれいごとで終らせない描写はさすがです)を通り過ぎた後は、胸のすくハッピーエンド。
どうして、面白い物語ほど早く読み終わってしまうのでしょうね。むうう。

オススメ度:☆☆☆☆☆

2004.6.4


レギュレイターズ(上・下) (ホラー)
(リチャード・バックマン / 新潮文庫 2000)

20年前に、5本のホラー作品を遺し、癌で逝去した謎の作家リチャード・バックマン。この作品は、彼の遺品の中から新たに発見された幻の原稿だそうです。再びバックマンの作品を読めるとは、なんと幸せなことでしょうか。
・・・というのは、ぜ〜んぶウソです。フィクションです(笑)。ホラーファンならば周知の事実ですが、バックマンはスティーヴン・キングの別名です。いったんは葬ってしまったペンネームを再び使用することになったのは、キング名義でこの作品と同時発表された
「デスペレーション」に関連しているようです。「デスペレーション」は未読ですが(たぶん今月中には読みます)、「レギュレイターズ」と「デスペレーション」はそれぞれ独立した作品ながら、登場人物が微妙に共通していたり、相互に呼応し合っているようなのです。ともあれ相互関係については「デスペレーション」を読んでから語ることにして・・・。
暑い夏の日の午後。オハイオ州の片田舎の町の、そのまた一本の通り(ポプラストリート)を挟んだ10軒ほどの家の住人が主人公です。
夕方が近づき、新聞配達の少年が夕刊を配り、バーベキューの準備をしながら一杯きこしめす主人、洗車中の黒人男性、コンビニで買い物をする姉弟にフリスビーで遊ぶ双子の少年とガールフレンド――といった平和な日常風景が、突然の闖入者に破られます。
どぎつい原色のワゴンで乗り付けた悪漢がショットガンを乱射し、新聞少年と犬がまず射殺されます。あまりの出来事に住人たちが茫然とする中、新たな複数のワゴン車が出現、しかもそれに乗っていたのは西部劇に登場するガンマンやSFアニメの主人公のコスプレ(?)をしていました。
大混乱の中、生き残った住人たちは隣り合った2軒の家に逃れ、なんとか事態の説明をつけようとしますが、重なる襲撃に犠牲者は増え、さらに見慣れた町が見も知らぬ西部の町へと変貌を遂げるにつれ、自らの正気にも疑問を呈さざるを得なくなります。
どうやら、事態の鍵を握っているのは、精神に障害のある少年セスらしいのですが・・・。
ということで、これ以上はネタバレになりますのでやめておきます。
リアルタイムな事件の進行と併行して、過去の日記や手紙、新聞記事などが挿入され、ことの真相がだんだんと明らかになっていきますが、この手法はキングのデビュー作「キャリー」に相通じるところがあります。読んでいる間中、いや〜な気分になることは請け合い(ほめてるんですよ)。

オススメ度:☆☆☆

2004.6.7


過ぎ去りし日々の光(上・下) (SF)
(アーサー・C・クラーク&スティーヴン・バクスター / ハヤカワ文庫SF 2000)

イギリスSF界の重鎮(とは言ってもスリランカ在住ですが)クラークと、同じイギリス人で最先端のハードSFを得意とするバクスターが初めて合作した長編です(短編は以前に合作歴があるらしい)。
21世紀前半、海王星軌道からまっすぐに地球に向かって来る小惑星が発見されました。ワームウッド(にがよもぎ)と名付けられたその惑星は、500年後に地球と衝突することが明らかになります。その時の科学技術では破局を避けるすべはなく、世相は乱れ、刹那的な快楽に耽溺する者、狂信的な宗教に身を投じる者などが増え、まさに末法の世を思わせますが、それでも大部分の人は悲劇はまだ当分先のことだと考え、ある種の諦観を抱きながら日々の営みを続けています。
世界的な情報通信会社を一代で築いたワンマン社長ハイラム・パターソンは、真空を圧縮することで発生するワームホール(宇宙SFでワープに用いられる“時空の穴”ですな)を安定させ、時間経過のない通信手段を得ることに成功します。ハイラムの長男の科学者ダヴィッド(ある事情からそれまで親子の縁を切られていた)は研究を続け、いかなる空間をもカメラのように覗けるワームホール――通称“ワームカム”の開発に成功、これによって、世界からプライバシーは一掃されてしまいます。スクープを求めてハイラム一族に近づき、ハイラムの次男ボビーと恋に落ちたジャーナリスト、ケートは“ワームカム”によってスパイ行為を摘発され、裁判にかけられます。
従来の社会規範やタブーが崩壊する一方、ボビーの暗示により、ダヴィッドは“ワームカム”が空間のみならず時間も超えて作用することを発見します。それによって、歴史上の様々な伝説が真実の光に照らされる一方、人々は現在のプライバシーのみならず、過去の行状まですべて白日の下に曝されるという事態となり、すべての悪事は露見することとなります(読みながら、今の国会議員にぜひ使ってみたいと思ってみたり(^^;)。
そして、プライバシーから解放された若い世代は、新たな文化を育み、ついには――。
過去を自由に覗き見るという、まさにドラえもん的なガジェットが、人類文化にもたらす変革のビジョンは、クラークの「幼年期の終り」を思わせます。ハードSFというよりも、思弁小説(スペキュレイティヴ・フィクション)という表現が正しいでしょう。道具立ての割には、お話として地味ですけどね。

オススメ度:☆☆☆

2004.6.9


ハイペリオン(上・下) (SF)
(ダン・シモンズ / ハヤカワ文庫SF 2000)

ハードカバーの発売当時にものすごく話題になって、文庫に落ちるのをずっと待っていて、読む順番が来るのを指折り数えて待っていた作品です。
う〜む・・・。
期待通りといえば期待通り。予想外といえば予想外。
事前情報ゼロで読んだので、こんなプロットだったとは思いもしませんでした。
舞台は遠未来(28世紀)で、人類は宇宙の各所に散って植民星を作り、“ウェブ”と呼ばれる超光速即時転送システムで結んで広大な文化圏“連邦”を築いています。しかし、はるか昔に太陽系を脱出して独自の進化を遂げた“宇宙の蛮族”アルスターの襲撃や、人類から分離して独自の文明世界を拓いている<コア>と呼ばれるAI(人工知能)が謎の影を落とし、平和な宇宙とは言えません。
そんな中、“ウェブ”すら繋がっていない辺境の惑星ハイペリオンが全宇宙の注目を集めることとなります。ハイペリオンには“時間の墓標”と呼ばれる謎の異文明遺跡があり、遺跡の周囲にはシュライクという全身刃物のような凶悪な怪物が徘徊しています。シュライクを神と崇めるシュライク教団が管理する“時間の墓標”には、教団が特に認めた者が巡礼として訪れることができますが、遺跡から生還した者はいません。
未来から送り込まれた兵器ではないかとも言われている“時間の墓標”が開く気配があるとの報に、連邦は色めきたちますが、折も折、アルスターの強大な艦隊がハイペリオンに接近、“時間の墓標”の謎を解くために、特にシュライク教団から認められた7人の巡礼者が送り込まれます。
7人の顔ぶれは多彩で、元のハイペリオン領事、カトリックの神父、殺戮者の異名を取る元軍人、かつて銀河規模の大ベストセラーを著した詩人、生後間もない赤ん坊を連れた科学者、ハードボイルドな女私立探偵、そして彼らをハイペリオンに運んで来た宇宙船の船長で“森霊修道会”の修道士。しかもその中のひとりはアルスターのスパイだという情報もあります。
いくつもの交通機関を乗り継いで(巨大なエイに引かれる川舟や、「緑の星のオデッセイ」を思わせる大草原を進む船、9000メートル級の山を越える長大なロープウェーなど)目的地に進む道々、かれらは順番に自分とハイペリオンとの関係を語っていきます。
その6編(7人なのに6編というのには理由があるようです)の物語は、それぞれに独自の物語としても読むことができ、しかもそれだけで大長篇が書けるだけの材料が惜しげもなくつぎ込まれています。ファースト・コンタクト・テーマあり、バーチャル戦争あり、ジャック・ヴァンスの“魔王子”シリーズを髣髴とさせる遍歴譚あり、時間テーマあり、ハードボイルドなサイバーパンクあり・・・。その中から、ハイペリオンの特異性と、それを取り囲む宇宙の歴史・文化・背景が自然に浮かび上がってくるという仕掛け。
おそらく、作者シモンズの頭の中では、本文中で1行しか触れられないような惑星についても詳細な設定ができていることでしょう。
でも、900ページに及ぶ旅を終えても、物語は始まったばかり。疑問はふくれ上がり、謎は謎を呼び、続編(正確には続編ではなく、ふたつで表裏一体をなすという構成らしい)
「ハイペリオンの没落」へと続くわけです。
近日登場。

オススメ度:☆☆☆☆☆

2004.6.14


デスペレーション(上・下) (ホラー)
(スティーヴン・キング / 新潮文庫 2000)

先日ご紹介したリチャード・バックマン名義の「レギュレイターズ」と対を成す作品です。
“アメリカで最も寂しいハイウェイ”と異名をとる州間高速50号線沿いにある、ネヴァダ州の小さな鉱山町デスペレーション(「絶望」という意味です)。50号線をドライブしていた旅行者たちが、次々とデスペレーションの警官に拉致され、町へ連れて行かれます。町の住人は、この狂った警官によって皆殺しにされており、留置場に監禁された犠牲者たちは、ある者はいたぶられ、ある者はあっさり殺されてしまいます。
どういうわけか殺されなかった面々――かつてのベストセラー作家マリンヴィル、警官に妹を殺された少年デヴィッドと両親、夫を射殺されたメアリ、町の獣医トムは、なんとか脱出しようと努力しますが、狂った警官コリーは、動物たち(コヨーテ、ハゲワシ、ガラガラ蛇、毒蜘蛛、サソリ)を自由に操れるらしく、突破口が見出せません。
一方、マリンヴィルのマネージャー、スティーヴと、たまたまヒッチハイクでスティーヴの車に乗ったパンク少女シンシアは、かろうじて繋がったマリンヴィルの携帯電話から異変を察知し、デスペレーションへ向かいます。
実は、警官コリーは単なるサイコ・キラーではなく、打ち捨てられた昔の鉱山から出てきた“邪悪なるもの”に憑依されており、それに対抗できるのは神の声を聞くことができるデヴィッド少年だけだったのです。
登場人物の名前のほとんどが「レギュレイターズ」と重なっており(年齢や境遇は微妙に違っているので、物理的に同一人物ではありませんが、おそらく作者キングの意図としては霊的に重なっていると表現したいのでしょう)、怪異の謎解きのキーも共通しています。特にロック青年スティーヴとパンク少女シンシアは、年恰好・境遇ともに両作品でふたりだけ同一性を保っており、このふたりはキングが描くところのアメリカ市民の正気と良心を体現したキャラクターだと言えるのではないかという気がします。
上下巻合わせて1100ページにも及ぶ大作ですが、ぐいぐい引き込まれて読み進まずにはいられなくなってしまいます。途中でとんでもなくいやな気分になり、早く解放されたいと、先へ進まずにはいられないというキング独特の雰囲気作りも抜群(ほめてるんですよ)。

オススメ度:☆☆☆☆

2004.6.18


ピッチブラック (SF)
(フランク・ローリア / 竹書房文庫 2000)

2000年12月に日本公開されたSFアクション映画「ピッチブラック」(見てはいません)のノヴェライゼーションです。そういえば、竹書房の文庫って初めて読みました。
遭難して未知の惑星に不時着した旅客宇宙船。3つの太陽が空を支配し、夜が訪れない惑星で、生き残ったメンバーはなんとか生き延びようとします。宇宙船の副操縦士フライ、凶悪な連続殺人犯のリディックと彼を護送中の賞金稼ぎジョンズ、密航少女ジャッキー、鼻持ちならない金持ちのパリス、サバイバル術に長けたジークとシャザのカップル、聖地を目指していたイスラム教徒イマムと仲間たち。
しかし、ようやく発見したかつての植民者の住居跡で、ジークが不可解な死を遂げます。廃墟の暗闇の中に、未知の凶悪な異生物が潜んでいたのです。
怯え、いがみ合い、疑心暗鬼に陥りながらも、皆は発見した小型宇宙艇を稼動させようと、協力してエネルギーパックの運搬にかかりますが、ひとり、またひとりと犠牲者は増えていきます。しかも、22年に1回の日食が迫っていました。地上が暗闇におおわれれば、殺人生物が跳梁することは明らかです。
典型的なノヴェライゼーションで、ストーリーを追っているだけですが、テンポがよく、なかなか楽しめます。「あ、こいつ、死ぬな・・・。死ぬぞ、死ぬぞ・・・。ほら、死んだ」と“お約束”通りの展開ですし。

オススメ度:☆☆☆

2004.6.18


古書収集十番勝負 (ミステリ)
(紀田 順一郎 / 創元推理文庫 2000)

古書業界にも造詣の深い紀田順一郎さんの古書ミステリ(?)。
神田神保町の一等地に店を構える古書店、村雲書店の店主がガンで余命1年と宣告されます。店主の悩みの種は店の跡継ぎ。長女の婿か次女の婿か、どちらも一長一短で決められず、かといって共同経営させようものなら内部抗争で共倒れとなるのは目に見えています。
窮余の一策として店主が選んだのは“古書収集十番勝負”。リストアップした10冊の稀覯本を、半年のうちに数多く、しかも適正価格で仕入れた方に店を継がせると言い出したから、さあ大変。目の色を変えたふたりの婿は、神保町界隈の古書業界を巻き込み、血眼になって古書漁りに邁進します。騒ぎを聞きつけた古書コレクターの大学教授とその助手、教授の宿命のライバルとも言うべき塾経営者も勝負に参戦、亡くなった蔵書家の邸宅やデパートの古書祭で、悪知恵の限りを尽くした争奪戦が展開されます。そして、洗足亭主人を名乗る怪人物から、入手困難になっている数冊を含めた入札話が持ち込まれ、物語はクライマックスへ――。
古書業界や古書に群がる常軌を逸した人々(自分も仲間ではないとは申しません(^^;)の生態は、唐沢俊一&なをきさんの「脳天気教養図鑑」にマンガで活写されていましたが、ここでは文章で生き生きと描かれています。ミステリではありますが、殺人もなければ暴力もない、犯罪が出てくるとすれば万引きと詐欺くらいですから、のどかなものです。もっとも、登場人物たちは、たかが古書(されど古書)に目を血走らせているのですから笑えません(←わが身を省みて言っている)。
この内容を笑い飛ばすか感情移入しまくってしまうかで、その人の本性(本に対する“性”)が見えてくるかも知れませんね。

オススメ度:☆☆☆☆

2004.6.19


陰陽師 付喪神ノ巻 (伝奇)
(夢枕 獏 / 文春文庫 2000)

陰陽師・安倍晴明を主人公とする連作短編集の第3弾です。
今回も、晴明と相棒の源博雅が、京の都の怪異の謎を解いていくお話が7篇、収められています。
ところで、3巻目まで読んできて、この物語集は単なる時代ホラーではないと気付きました。平安貴族の日常生活を活写した風俗小説なのではないかと思えてきたのです。ある意味では「サザエさん」に近いのではないかと。つまり、現代が舞台であれば、ここに描かれているような事件が起こったとしたら、それは超自然の出来事になります。しかし、かの時代には、それは自然なのです。恨みをもって死んだ者が鬼となってたたり、暗闇で物の怪が蠢く・・・。あやかしも怪異も、誰もが身近に感じ取れた時代。
そして、もうひとつは「水戸黄門」のようにパターン化された展開。まず怪異が起こり、博雅が晴明のところに事件を持ち込み(逆の場合もある)、晴明が腰を上げます。その際には、黄門様の印籠のように「ゆこう」「ゆこう」というふたりの掛け合いがあり、後半の解決へと続きます。題材がバラエティに富んでいるだけに、このパターン化は読者に安心感を与えてくれます。
恋に狂った女性の凄絶さがかえって切ない「鉄輪」や「這う鬼」、ジェイコブズの「猿の手」を思わせる「迷神」、怪異な生き物が跳梁する「血吸い女房」、歌人の妄執を“歌合”に託して描く「ものや思ふと……」など。

<収録作品>「瓜仙人」、「鉄輪」、「這う鬼」、「迷神」、「ものや思ふと……」、「打臥の巫女」、「血吸い女房」

オススメ度:☆☆☆

2004.6.20


祈りの海 (SF)
(グレッグ・イーガン / ハヤカワ文庫SF 2000)

最先端の科学知識とぶっ飛んだ理論を駆使してハードSFを書くグレッグ・イーガンの短編集。日本で独自に編まれたものです。
長篇
「宇宙消失」「順列都市」でも、次々と繰り出される奔放な科学理論に振り回されて、正直、読むのに疲れましたが、ここに収められた11編もそれに負けず劣らず。
収録された作品の発表時期が90年〜98年と、かなり幅がありますので、作風に変化はあります。どれも背景には想像を超えた科学的アイディアがあるのですが、初期の一発屋的なアイディア・ストーリーが、後期にはプロットも練られるようになって作品に厚みが出ています。
目覚めるたびに他人の意識の中で覚醒する男を描く「貸金庫」、脳機能と意識と記憶のすべてがチップに移されたら、それは本人と言えるのかを考察する「ぼくになるために」、時間が逆行する未来から届く日記に規定された人生の意味を問う「百光年ダイアリー」、人類の祖先をめぐる騒動の皮肉な結末「ミトコンドリア・イヴ」、とある植民惑星の海がもたらす宗教的恍惚の正体を暴く「祈りの海」(余談ですが、この星の性生活の描写にぶっ飛びました(^^;)など。

<収録作品>「貸金庫」、「キューティ」、「ぼくになることを」、「繭」、「百光年のダイアリー」、「誘拐」、「放浪者の軌道」、「ミトコンドリア・イヴ」、「無限の暗殺者」、「イェユーカ」、「祈りの海」

オススメ度:☆☆☆

2004.6.22


スパンキイ (ファンタジー)
(クリストファー・ファウラー / 創元推理文庫 2000)

クリストファー・ファウラーの作品を読むのは「ルーフワールド」(ハヤカワ文庫FT 現在は入手困難)以来です(この2冊しか邦訳されていないんですけど)。
「ルーフワールド」は、いっぷう変わった作品で、ロンドン中心街の建物の屋根の上に独特の文化を持つ、下界と隔絶された社会が存在していて、それを知った青年と女流作家が冒険に巻き込まれていくというものでした。伝奇的要素と暴力とアクションが混在していて、独特の世界観が新鮮でした。
さて、十数年ぶりに読むファウラー作品「スパンキイ」。
こちらは、意外にも古典的なネタを題材にしたダーク・ファンタジーです。
うだつのあがらない青年マーティンは、ある夜、酒場で非のうちどころのない容姿をした(つまり自分とは対照的な)青年と出会います。青年はスパンキイと名乗り、「自分は人間ではなく、ダイモーンだ。きみさえ良ければ、きみの人生を180度いい方向に変えてやろう」と提案してきます。
半信半疑のマーティンですが、悩んだあげくスパンキイの提案を受け入れます。そうしたらあら不思議。マーティンは勤務先の家具屋でライバルとの出世競争に勝ち、一流レストランでファッションモデルと食事をしてそのまま彼女とベッドイン、街でごろつきにからまれれば電光石火の早業でノックアウト――と、やることなすこと大当たり。いろいろと問題を抱えていた家族もいい方向へ向かい、人生は順風満帆のようでした。
ところが、スパンキイはダイモーン。つまり、精霊か妖魔のような存在です。古今東西、鬼や悪魔や精霊に願いをかなえてもらった人は、とんでもないしっぺ返しを食うことになるのは明らかで、マーティンもスパンキイにおぞましくも怖ろしい対価の支払いを迫られることになります。
前半では、あまりの環境の激変に不安になりながらもスパンキイの甘言に乗せられて、人生の成功へまっしぐらのマーティンが、中盤に至ってスパンキイの正体を知って愕然とし、そこからは人知を超えた能力を駆使するスパンキイに翻弄されながらもなんとか運命を変えようと悪戦苦闘することになります。
プロットは単純でストーリーも一本道ですが、脇役陣が充実していてテンポもよく、途中で飽きさせません。ただし、かなり残酷でスプラッターなシーンもありますのでご注意。

オススメ度:☆☆☆

2004.6.24


BRAIN VALLEY(上・下) (SF)
(瀬名 秀明 / 角川文庫 2000)

「パラサイト・イヴ」で衝撃的にデビューした瀬名秀明さんの第2作。「パラサイト・イヴ」と同じく人間の身体に潜む神秘がテーマとなっていますが、「パラサイト・イヴ」がディーン・クーンツ的なモダンホラー風味だったのに対し、今回はホーガンのハードSF風味とロビン・クックのメディカルサスペンスを合体させたような雰囲気です。
プロローグは意外にも、これ以上はないという通俗的なもので、なんとテレビ局のUFO特番のスタジオから始まります。“やらせ”を承知で「UFOを呼び寄せる謎の女性」をテーマにした番組は、しかし生放送の開始直後、現地ロケのヘリコプターが異変に見舞われます。
そして、物語は1ヶ月をフラッシュバック。主人公の科学者・孝岡は、ヘッドハンティングされた辺地の研究所<ブレインテック>へ赴任します。最新の脳科学を総合的に研究する<ブレインテック>が設立されたことで、船笠村というその村は“BRAIN VALLEY”と呼ばれるようになっていました。そして船笠村には、“お光様”という神性を召喚するという、特殊な血統の女系の血筋が脈々と息づいており、<ブレインテック>は鏡子というその女性を研究しています。
研究所では、電脳空間の内部で自律的に増殖する人工生命体(AL)や、孝岡の研究テーマである神経伝達物質など、脳に関する様々な研究が併行して行われていました。しかし、そんなある日、孝岡は深夜にエイリアンを目撃し、生体実験をされるというリアルな体験をします。それは、アメリカを中心に多くの人が体験しているというエイリアン・アブダクションそのものでした。これは幻覚なのか事実なのか・・・。謎を解く鍵は、人間の脳の中にありました。
そして物語が進むにつれ、<ブレインテック>を舞台にした壮大な計画とビジョンが全貌を現してきます。
特に前半は、最先端の脳科学に関するレクチャーで専門用語が連発され、ついて行くのが大変です(予備知識がないと、挫折してしまうかも)。それが中盤にはUFOとアブダクションに関する膨大な資料に言及され(H・ストリーバーの「コミュニオン」を読んでいると、とっつきやすいかも)、最終的には神学論議にまでいたります。
“ホーガンとクックの合体”と書きましたが、クライマックスはマキャモンかも知れません。できすぎとも思えるラストはつい落涙させられてしまいます。

オススメ度:☆☆☆

2004.6.27


監禁淫楽 (怪奇:アンソロジー)
(七北 数人:編 / ちくま文庫 2000)

・・・あ、タイトルで引かないでください(引くでしょ)。
ちくま文庫から全3巻で出ているアンソロジー“猟奇文学館”の第1巻です。
タイトルの通り、平たく言えば“ひとの自由を奪って閉じこめるという行為”をテーマとした短編集です。もちろん、自由を奪うという意味では物理的なことにとどまらず精神的にそのような状況に追い込むということも含まれます。
個々の作品の内容についてはコメントを避けますが、ほとんどはあまり読んで気分のいいものではありませんでした(^^; 

<収録作品と作者>「朱の檻」(皆川 博子)、「選ばれた女」(連城 三紀彦)、「囚われて」(小池 真理子)、「ズロース挽歌」(宇能 鴻一郎)、「おれの人形」(式 貴士)、「柔らかい手」(篠田 節子)、「女形の橋」(赤江 瀑)、「天鵞絨の夢」(谷崎 潤一郎)

オススメ度:☆

2004.6.28


人肉嗜食 (怪奇:アンソロジー)
(七北 数人:編 / ちくま文庫 2001)

一昨日に引き続き、“猟奇文学館”の第3巻です。
買った順番の都合により、2巻の
「人獣怪婚」は後日。
今回の“食人”テーマの方が、“監禁”よりはとっつきやすいです。それは結局、“監禁”の場合は、現代社会において自分が当事者に(あえて言えば、被害者・加害者の双方に)なる可能性が否定できないわけですが、さすがに“人食い”となると、よほどのことがない限り当事者にはなり得ず、それだけ虚構として楽しめるからでしょう。
昔、双葉文庫の「怪奇探偵小説集」で読んだ「悪魔の舌」(村山 槐多)や、“世界怪奇実話”の1篇「肉屋に化けた人鬼」(牧 逸馬)が収録されていたのが嬉しかったです。他にも香港を舞台にしたオーソドックス篇「香肉」(生島 治郎)や遠未来のバイオレンス「薫煙肉のなかの鉄」(山田 正紀)など、読み応えがありますが、さすがに食事中に読むのは避けた方がよろしいかと(←体験に基づく助言)。

<収録作品と作者>「悪魔の舌」(村山 槐多)、「狐憑」(中島 敦)、「香肉」(生島 治郎)、「秘密」(小松 左京)、「夜叉神堂の男」(杉本 苑子)、「子をとろ子とろ」(高橋 克彦)、「ことろの鬼」(夢枕 獏)、「肉屋に化けた人鬼」(牧 逸馬)、「血と肉の愛憎」(筒井 康隆)、「薫煙肉のなかの鉄」(山田 正紀)、「姫君を喰う話」(宇能 鴻一郎)

オススメ度:☆☆

2004.6.30


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