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狂気と凶器<1> | |||
人修羅:真山響(ヒビキ) 女神:サラスヴァティ / 軍神:ヴァルキリー / 幻魔:カラステング / 鬼神:オオクニヌシ / 堕天使:オセ / 地母神:クシナダヒメ / 妖獣:モスマン / 天使:パワー / 龍王:ケツアルカトル 魔人:ダンテ ++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++ イヤな予感はしたんだよ…。 それで、ここ最近俺の「イヤな予感」てのは大概外れた事なくて、とか、言い訳みたいに呟いた俺の傍らで、豹頭が短い笑いを噛み殺している。 「カマラなる思念体の進言もあり申した」 「……………あー、そういえばそうかなー」 笑うのに忙しいオセに代わって、滅多に口を開かないカラステングがぼそりと、なんの感情もなさげに呟く。その時既に、周囲から注がれる冷たい視線に晒されて泣きたい気持ちだった…泣ける訳なんかないんだけど…俺は、もうやけくそで、どうでもいいように答えた。 「さっき上で会ったジャックフロストも、「そういう」事を申しておりましたわね、主?」 上の階へ戻る、または、下の階へ降りる梯子に背中を預けていた俺は、あくまでにこやかなサラスヴァティのセリフに、小さく肩を竦めて見せる。 俺に集中する、突き刺さるような視線が痛い。マジで痛いです。もし視線を具現化させる魔法とかあったら、俺は何度死んだ事か。 「えー。 いくら魂がその本質であって、魂が消滅しなければ滅んだ肉体を取り戻す秘法の行使によりいわゆる復活が可能であってもさ」 俺は、少しでも頭良く見えるように必死になって難しい言い回しを選んだ。でも、普通に会話するカラスとヌシよりアホっぽいのは、なぜなんだろう…。 「やっぱ「死ぬ」つうのは、気分のいいモンじゃないよな」 俺が、だけど。 アマラ深界第三カルパ。相変らず趣味の悪い床とか壁とか、先の見通せない複雑な構造の部屋に悩まされつつ、なんとかかんとかここまで降りて来た俺は、更に階下へと続く梯子を隠した小部屋へと踏み込み、瞬間、それ、の幻影を見た。 それの幻影。燃え盛る炎のような、深紅の光。ぼうと揺れ、揺らぎ、瞬いて、冷えた空気に混じる狂気を掻き立て俺に知らしめようとする、慣れた…幻。 もう、何度も感じた。何度も、何度も、どこででも。これは異質な気配。この狂った「トウキョウ」で最も享楽的な殺し合いを望む、あの「魔人」たちの放つ気にアテられて、魔人たちの持つメノラーと、俺の与えられたメノラーが呼び合う不吉な現象。 更に。 今回はもう一つ不吉な証言が重なってる。 第三カルパに魔人の気配があると教えてくれたのは、カマラという人間嫌いの思念体。彼女? はその時、「でも、なんだかいつもの魔人と少し違う」と言った。 それから、ついさっき上の階で擦れ違った、やたらびくついていたジャックフロスト。俺たちが近付いた事で持ち上がった丸いドアの音に驚き、「ごめんだホ〜」といきなり半泣きで謝りながら逃げ出そうとした雪だるまがあんまりかわいい…じゃなく、可哀想で、俺は思わず残り少ないチャクラドロップを一個フロストにあげながら、何があったんだ? って……………やめればいいのに、訊いてしまった。 答えは簡単だった。 だから、そのフロストは、本当に「怯えて」いただけだ。 バカでかい剣と二丁拳銃でこのアマラの悪魔をばたばた薙ぎ倒し階下へ進んだ、謎の「悪魔」に。 帰りたくなった。ウソでなく。 帰ろうとも言った。本気で。 誰も、俺のいう事なんか聞いてくれなかったけど…。 ついに堪え切れなくなったのか、俺の左後ろに控えていたオセが、喉の奥で、クックック、と物凄く悪役な忍び笑いを漏らした。それにつられて、なのか、普段ならほんのり微笑んでいるだけのオオクニヌシまでもが押し殺した笑い声を立て、結局、眉を寄せて当惑する俺以外みんなが、漏れる笑いに身を任せている有様だ。 怖いよ、俺の仲魔たち。頼むから、そんなに楽しそうにしないで下さい。 俺は、不気味に羽根を広げた人骨のような梯子に背中を預けて、途方に暮れた。 先に進めば、間違いなくあの…赤い魔人…と遭遇するだろう。二度目だな。二度と会いたくなかったのに、と本当のトコロとは別の理性的な部分で考えたけれど、実はあの、この世界に在って尚自我だけでどこかへ突き進もうとする、「生きた人間」みたいに乱暴で居丈高で俺の話なんか少しも聞いてくれてなさそうな傍若無人な魔人に、興味がない訳でもない。 ただし、あくまでも話が通じる相手ならだ、という前提は、しごくあっさりと斬り捨てられる。無理、多分。今回もどうせ一方的に苛められて、血に塗れ血に沈む仲魔を絶望と伴に見つめ、自分の無力さを確認させられるだけになるだろう。 でも、主人だなんだと持ち上げるくせに頼りない俺を護ろうとばかりして、いざとなったら好き勝手に振る舞う俺の仲魔たちは、今回に限り、つうか今回もまた? 無言の威圧で俺を先に進ませようとする。 てかさ。 クシナダヒメの微笑が怖い。サラスヴァティの優しい表情はもっと怖い。オセは悪役モード全開で、怖いとかそういうの既に突破した位置に居座っている。 だから俺は決めなければならない。覚悟しなくちゃなんない。 引き返せないから、この先で待つ魔人と、俺を囲んでにやにやしている仲魔を、出し抜く方法を。 俺は、狭い室内に点在する仲魔たちを殊更ゆっくりと見回し、ふう、とひとつ溜め息を吐いた。 「先に、進む」 言っているというよりも言わされたニュアンスの強い台詞を唇に載せる、俺。 「この先には、間違いなくあの赤い魔人、悪魔狩りが居る」 目いっぱい重々しく告げたそれにも、仲魔たちは異を唱えない。 「一旦、みんなの拘束を解くから、このままここで待機。俺が、先にひとりで行く」 すっかり支度されていた言葉を紡ぎ出した瞬間、室内の空気がぴしりと凍りついた。 仲魔たちは俺の命令に異を唱えない。でも、不満だらけの視線で俺を見つめている。みんなの言いたい事は、判る。判ってるから、俺は全員を睨み返して続けた。 「でも、間違えないで欲しいんだ。 俺は別に、ひとりであの魔人をどうこうしようとか、そもそも、どうにか出来るとか、思ってる訳じゃねー。それどころかさ、どうにも出来ねーって、悔しいけど、判ってるつもり。だから俺には絶対、みんなが必要になる」 なるべく軽い口調で言い足した俺は、さも怪訝そうに眉をひそめたサラスヴァティに視線を据えて、ひとつ小さく頷いた。 このトウキョウに放り出されて右も左も、自分の事も判らないまま狼狽えてた俺をずっと傍で見ててくれた、一番旧い「友達」。最初は、俺の肩に乗ってはしゃいでる小さな妖精だった、ピクシー。それがいつの間にか強くなってハイピクシーになり、先へ進むうち、歴然とした「力」の差を感じて自ら「変化」を望み、サラスヴァティという女神になってまで俺の傍に居続けてくれる、友達。 気の強い、優しいだけじゃない女神。 息苦しい「アマラ深界」の空気を肺に溜め込んだ俺は、炯々と光る彼女の両眼に映る自分を睨んだまま、もう一度、重々しく頷いた。 「俺は、俺が何をしたいのか、まだ探してる。どうして俺が「悪魔」なのか、戸惑ってる。人間だった頃の友達はみんな…コトワリとかいう…正直、さ、そういう、自分に都合のいい世界を作ろうとして」 俺はそこで、一旦言葉を切った。 難しい事は抜きにしよう、この際だから。俺は悪魔になりたいんじゃない。でも、人間に戻れないのなら、悪魔のままだろう。 どっちなのか。 どうなるのか。 なぜ俺が悪魔にならなくちゃならないのか。 それが確かめたいから、俺はこの先へ進む。 「いいように使って来た「悪魔の俺」を、切り捨てようとしてる」 淡々と呟いてから、俺はちょっと笑った。 「それ、さ、どうでもいいんだよな、こうなっちゃったら。もう振り回されんのとかにも疲れたし。なんつうか、寂しいとか、悲しいとか、そういう感覚も麻痺したし。 だからさ、だから。 悪魔になって、あの赤い魔人に会って、俺はひとつだけ学習したからさ」 黙して語らぬ仲魔たちに向かって、もしかしたら自分に言い聞かせるように、俺は呟く。 「頼る事と頼られる事を覚えたから、俺は悪魔だけど、みんなも悪魔だけど、俺は」
無条件で仲魔を信じたいんだよ。
だから俺の言いたい事、判ってくれるよな? と一方的な無理難題を仲魔に押し付け、俺は、どこかしら重苦しい空気を掻き分けて、ひとり、階下へと身を躍らせた。
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