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狂気と凶器<8>

   

 その場所は、今まで悪魔狩りに俺が追い掛け回されていたのと似たような、それでいて全体に通路の幅も高さも増したような箇所だった。

 左右が遠い、天井が高い。それがどう利点になるのか、それとも数で圧そうって俺たちの不利になるのか、俺には判らない。

 ただ、今の目的はたったひとつ、目の前の悪魔狩りを倒す事。

「今のうちにせいぜい言ってろよ!」

 俺とヤツの距離、約三メートル。嘘、気分的に三メートル。実寸不明。俺は握り締めた右の拳を腰溜めにして、低い体勢を保ち悪魔狩りの懐に飛び込もうと…いう素振りを見せた。

 瞬間で、すっと腰を落としたヤツの右手が肩から生えた剣の柄に掛ろうとする。その、刹那、多分近距離攻撃を見せれば剣で応戦するだろうって俺の読み通りの展開に、これもまた予定通り、天井近くの暗がりに潜んでいたケツアルカトルが冷気を纏った長い胴体を槍のように尖らせ、突き刺さるかのごとく一直線に赤色の背を急襲する。

 そのカトル出現と同時に大きく踏み出し、悪魔狩りの胴体に物理魔法を叩き込もうとする、俺。握った右の拳に収束した魔力が淡い翡を散らした白い光になって顕現し、火花をうねらせながら解放の瞬間を待っている。

 カトルを避ければ俺の魔法、俺の魔法を避ければカトルの牙が悪魔狩りを捉える…はずだった。

 のに。

 ヤツの左手が閃いたと思った瞬間、既に間合いに入っていた俺の手首を、垂直に突き上がって来たバカ固くてバカ重い衝撃が強打。悲鳴を上げる暇もなく手首の関節があらぬ方向に捻れるのを見て蒼褪め、次には空いた胴体に蹴りを叩き込まれて背後の扉まで吹っ飛ばされる。

 激しく咳き込みながら霞む両眼を見開いて確かめれば、俺の手首をへし折ったのは、あの、黒い方の拳銃だった。悪魔狩りは、カトルの気配を背中で感じた瞬間、抜刀する右はそのままに左で抜いた拳銃を垂直に真下へ落とし、それを膝で蹴り上げて、間合いに入った俺の手首を跳ね除けやがってた。

 ありえねぇ!

 しかも、蹴り上げられた拳銃は綺麗に回転しながらあいつの右方向へ斜めに弧を描き、抜刀する形で宙に据えたままの右手、俺の胴に水平な蹴りを叩き込む反動で身体が左に半周し終えるより前に、しっかりと握り込まれていた。

 つうか、返す返すもありえねぇっ!

 どうなってんだよ、こいつは!

 急激に緊張と恐怖が最高点を突破し、胃液が喉元までせり上がる。それを遠慮無く吐き出し、捻れた手首の関節を無理矢理叩き戻して床を掴んだ俺の耳を、間断なく続く轟音が聾した。

「どうせなら全員でいっぺんに掛って来るくらいしろよ、少年。せっかく大甘のハンデくれてやってんだ、もう少し燃えさせて貰わねぇとな」

 俺に向けられる、からかいと溜め息の入り混じった囁き、赤い背中。黒光りするバカみてーにでけー拳銃の空洞から立ち上る、薄い硝煙。

 全てを煙に巻くように。

 全ての惨劇を霞ませるように。

 ゆらと揺れ揺らぎゆらゆらと立ち去って消える。

 鉛弾に撃ち抜かれ、その衝撃で壁に叩きつけられ無残に千切れた羽と肉片を残すだけの、ケツアルカトルの命みたいに。

 空中で踊った拳銃を掴み取り、振り返りざま、目前まで迫っていたカトルの胴体に一体何発撃ち込んだのか。威嚇ではなく明らかな殺意を持って襲い掛かっただろうあの長い牙は、悪魔狩りの髪一本奪う事も出来ずに、折れた。

「主っ!」

 正面から叩きつけて来た野太い怒声に、俺は正気を取り戻す。そういう約束。仲魔と決めた。何があっても俺たちはこの赤色を踏み越えて進む。そのために、もし誰かが倒れたとしても、魔人が倒れる瞬間までは、回復や再生よりも攻撃を優先させる。

 よく考えれば、なんて消極的な約束なんだと苦笑が漏れた。俺ら情けねくね? だってさ…。

「仲魔減らされんの前提って、なんだよ、それっ!」

 ぎり、と唇を噛み締めた俺は、汚れた口元を手の甲で拭いながら立ち上がり、次々現れて来る仲魔の構成を考え脳内で魔法構築を開始。すっかり組み上がった構築式を待機させ、魔人の隙を窺う。

 その間に、暗がりを振り切って風のように突進して来たオセが、肉厚の双剣を身体の前で交差させたまま魔人の懐に滑り込む。間合い大外で右を水平に一閃。避ける動作で半歩下がった赤色を尚も追随し、手首で返したもう一方の刃を、左から右へ極小の動きで素早く降り抜く。

 時間差で襲い掛かる重い一撃、や、ニ撃か。をバックステップで避けた赤色が魔法の有効範囲に入ったのを確かめて、待機させていた氷結系の上級呪文を開放する、俺。大気中の水分が一瞬で凝固し収束して、巨大な氷柱が形成される。

 せめてあいつの足を停められればなんて俺の甘い希望は、床に叩きつけられた氷柱と同じくらいあっさりと砕かれた。

 氷の塊が顕現し赤色の頭上に落ちるまで、果たしてどれくらいの時間があったのか。瞬き一回にも満たないその瞬間、まるで見えない手にでも攫われたかのように唐突に赤色の残影が水平に流れ、また瞬間、剣を振り抜く勢いで悪魔狩りにやや左肩を突き出す格好だったオセの腕が、血飛沫を上げて縦に爆ぜ割れる。

 置き土産のつもりなのか、それとも、そういうスタイルなのか。俺の魔法を避けてバックをサイドステップに切り替えるのと同時に、あいつは背の剣を抜いて振り下ろしていた。

 回避も攻撃も紙一重。仕掛ければ避けられて斬られ、撃たれ、俺たちは…際限なく恐怖する。

 それでも、俺たちは、勝つって決めたんだよっ!

 鮮血を噴き上げながら、更には剣圧に負けてがくりとその場に片膝を突いたオセがヤツの間合いから抜ける時間を稼ぐべく、俺は発動の早い雷撃系の下級単体呪文を放った。避けられるのは百も承知だから、逆に攻撃を叩き込まれないよう大きく後退する。

 俺が飛び離れるのと同時に、オセも左の剣をその場に投げ捨て背後へ転がった。

 魔人は、ずっと楽しそうににやにや笑っている。何がそんなに楽しいんだよ! と思わず睨んだが、そういえば、楽しませてくれよって言われてたっけな、なんて、どうでもいい事を思い出した。

 俺の爪先が床を掴むのと同時に、乗獣(じょうじゅう)の嘶きと伴にヴァルキリーが出現、細身の剣を鋭く突き出して、赤色魔人を壁際まで追い詰める。

 絶妙のタイミングで繰り出されるヴァルキリーの刺突をあいつは、物凄く楽しそうにくすくす笑いながら、まるで踊るような体捌きで躱し続けた。薄暗く湿った空気を掻き混ぜる、銀色と赤と。その薄い唇を割って漏れ出す愉悦は、今に狂気を孕むだろう。

 凶器を翳し悪魔と踊る狂気の狩人。

「………」

 俺は、感じる。

 闘う事が生き残る事で、生き残らなければ何も成し得ず無様に滅ぶだけだという狂った世界の、素、を。

 そして俺は感じる。

 笑い出したい衝動。

 首の後ろが疼く感覚。

 血を求めているのではなく。

 そんなんじゃなく。

         

 闘う事でようやく生きていると感じる、哀しいくらいの刹那を抱えた。

      

「Let’s ROCK!」

       

 キョウキ ノ アカイロ。

      

 壁まであと数歩というところに追い詰められた悪魔狩りの口の端から、鋭い牙が覗く。あれは笑う。無邪気に。そしてそれこそが、本物の、開戦の合図だった。

 ヴァルキリーの乗獣が踏鞴を踏み一声甲高く嘶くのと同時、全く気配を殺して暗がりから滑り込んで来たオオクニヌシが、腰溜めにした両手剣を裂帛の気合と伴に突き出し、ヴァルキリーは乗獣の上から一刀を水平に薙いだ。

 高さの違うふたつの剣の一撃で赤いコートが同時に切り裂かれるかと目を凝らした俺はそこで、またもや、ありえない光景に脱力しそうになった。

 悪魔狩りが、垂直に跳んだ。それはまぁ、いい。ある程度は跳べるだろ、俺だってさ。

 しかし、悪魔狩りはやっぱり普通じゃなかった…。

 跳んで、直後、その足元に赤い魔方陣が超高速で描き出され、あいつは、それを足場にして更に上、高い天井に手が着くくらいにジャンプしやがった!

 っていうかこいつ何者なんだよ、マジで!

 しかも、ジャンプしながら壁に靴裏を叩きつけて身を捻った時には、既に両手に握られている、白と黒の拳銃。頭から床に叩きつけられる勢いで落下しつつ吼えた二丁の銃口炎(マズルファイヤ)が、俺の視界を眩ませる。

 射出反動で落下の速度が落ちたのか、悪魔狩りは銃声が止むとその長身を翻し、軽い靴音だけを辺りに反響させて床に舞い降りた。

 途端、ずうんと低い振動。呆然とする俺の目の前で、馬に似た乗獣と…ヴァルキリーが、悲鳴も上げずに床に倒れる。

「っ!」

 ただその場に佇み、広がる血溜まりに冷たい視線だけを向けた悪魔狩りに、満身創痍ながらも果敢に突撃する、血塗れのオオクニヌシ。髪は乱れ、身体の至る所から鮮血を噴き上げた鬼神の突き出す剣先が魔人の胴を刺し貫くかと思われた、瞬間、閃くように持ち上がった銃口が轟と火を噴き、ヌシの、右腕が肩の付け根から吹っ飛んだ。

「どうしちまったんだ? 少年。遠慮なんてすんじゃねぇよ。死ぬ気で掛かって来い? Not! 死ぬまで闘えと俺は言ってんだぜ? 死ぬまで、死んでも闘え。闘えるうちは死んじゃいねぇ。闘えるうちは先に進む望みがあるって、そういう事だろ? なぁ、少年」

 血に濡れたヴァルキリーの横顔から、肩を抑えながらも睨め上げて来るオオクニヌシに視線を流した悪魔狩りが、その酷薄な唇に柔らかい笑みを載せる。

「気が狂うほど、愉しませろよ」

 なぁ、少年。そう囁かれて、俺は、恐怖に戦き歓喜に打ち震えた。

        

         

 BLAME!

  

   
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