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狂気と凶器<12> | |||
空中に銀の弧を描いた切っ先が大きく背後に引き戻されるのを見ていた。 抵抗する気力はあったけど、もう体がいう事を利かない。 だから俺はせめて最後まであいつの顔を見ていようと思った。 床に斃れ伏した仲魔と、あの死色を目に焼き付けて逝こうと。 軽く床を蹴った爪先が滑るように接近して来る。ああ、なんかこういう最期の瞬間って、妙に世の中がゆっくり感じられんだなぁ、なんて、どうでもいい事を考えた。 肩の入った水平な突きが大気を引き裂いて滑り出し、がっ! と嫌に固い音を響かせて俺の身体に吸い込まれるのを見ていた。 すげー、痛くねぇし。悪魔の身体ってマジすげーよな。 と。 冷静に思って、本気でそう思って、から、俺は、ゆっくり一度だけ瞬きし…。 「つうか何っ! ここまで来てあんた乱視かよ、もしかしてっ!」 我ながら呆れるくらい普通に、悪魔狩りに突っ込んでいた。 超高速で正面に向き直った俺の目前に、赤いコートの悪魔狩り。ドアに預けた肘と胴体の、ほんの数センチって隙間を綺麗に貫いた刃そっくりの銀髪が、喉の奥で噛み殺した笑いと同じリズムで揺れている。 「バカだな、少年。乱視だったら間違って刺してるだろ」 「あー、そっか…」 言われてみれば、そうですね。 じゃぁこれはなんの冗談だっつうんだよ。俺は理解に苦しみ…というか、そもそもこの銃刀法違反の外国人で赤色の魔人を正しく理解出来てた試しなんかねーけど、ぎゅっと眉を寄せて悪魔狩りを睨んでやろうとした。 ところが、予想に反して異様に近付いていた悪魔狩りの顔を見上げるのに、俺は限界まで顎を上げるハメになる。つうか、なんでこいつ、こんなに傍に寄って来てんだよ。もう俺に魔法ないからって、バカにしてんのか? 左脇に剣を突き立てられ、右側、頭の横に手を置かれた状態で身動き取れないながら、気概を見せてヤツを睨み上げた。それを鼻で笑いながら見下ろして来る赤色の銀髪が天井に映え、目にかかる前髪に霞んだ蒼色がますます近付いて、俺は眦を吊り上げたまま困惑する。 えと、これって、なんか微妙な体勢じゃね? とか、内心慌てふためく俺を嘲笑うかのように、悪魔狩りがこれ見よがしにゆっくりと肘を折った。軽く握った拳が丁度頭の上辺りまで滑って、すぐ耳元で革の軋む音がして、もう半歩ヤツが近付き、結果、俺はますますドアに追い詰められる。 まるで。と俺は、降下して来る銀髪をぼんやり見上げながら思った。 まるで、映画か何かのラブシーンみたいだ。悪魔狩りの右手がドアに突き刺さった剣の柄を握ってるんじゃなければ、だけど。 逃げ道を塞がれた俺は、ただ萎縮してその場に凍りつくしかなかった。頭の横に置かれた腕も、密着するくらいに近付いた身体も触れてはいなかったけど、なんとなく、抱き締められてキスされるんじゃないだろうかと…。 耳元まで下がった悪魔狩りの唇から、諦めに似た溜め息が漏れ首筋を這い降りる。それにびくりと肩を震わせて、思わずそこから逃げ出そうとしたものの、俺は、続いた台詞に金縛りになった。 「それでも、先に、進みたいのか」 問いかけじゃなかった。 独り言…みたいだった。 「生きて、最後まで、堕ちたいのか」 「………」 「決めたんだな」 生きて。 「…俺が、そう、決めた、んだ」 生きて。 「もう、迷わないのか」 人として。 「迷うよ」 俺は、はっきりと答えた。 「多分俺はまた迷う。絶対にさ、また何か言い訳して、誰かのせいにしたがると思う。 でも、今は、先に…」 答えながら、俺はもう迷っていた。 どうして俺は、こんなにも先へ進むと言い張るのか。 どうして? 「進んだら、何が、判る?」 問いかけたのは、俺の方だった。 再度革の軋む音を伴って、悪魔狩りの腕が伸ばされる。密着しそうで触れもしなかった身体が離れ、続いて、左脇に突き刺さっていた剣が引き抜かれた。 「判るのはお前だろ、俺じゃねぇよ」 不意にやる気なく吐き捨てた悪魔狩りが、件の剣を背に戻して一歩俺から離れると、温度なんか感じないはずの素肌を冷たい空気が撫で過ぎたような気になって、俺はなぜか、ふると肩を震わせ、自分の腕をさすっていた。 自分でも不可解な俺の行動の全部を、悪魔狩りは暫く黙って見ていた。何か言うでもないのに何か言いたそうな空気が煩くなって、俺は顔を上げヤツを睨んだ。 「…なんだよ」 「なんでもねぇ」 っていうかあきらかに嘘臭ぇんだけど? その即答が。 とかなんとか言ってやるべきか無視すべきか悩む俺の目前で、悪魔狩りが軽く腕を伸ばした。反射的に身構えて後退さろうとし、でもドアにうなじの角をぶつけて呻いた俺を、ヤツが小さく笑う。 「なんだよ!」 俺は軽く咳き込んでから顔を上げ、噛み付くように叫んだ。 「行けよ、少年」 「…」 唐突に、伸ばした腕の先端あたりにぼうと赤い光が灯り、見た事のない魔法陣が中空に描き出された。 「もう止めねぇ。好きにしろ」 きょとんとした俺に悪魔狩りが言うなり、魔方陣から古ぼけた燭台が吐き出されて、がしゃりと床に落ちて転がる。 「俺には俺の目的がある。もう、お前の癇癪に付き合ってやる時間は終わりだ」 たったそれだけだった。 一体どういう風の吹き回しなのかとか、もしかしてこれって偽物じゃね?! とか考える俺と燭台をその場に残し、悪魔狩り、ダンテは颯爽と赤いコートを翻して踵を返した。 「って、ま…!」 待てよと言いかけて、俺は息を飲む。待てよって、呼び止めて、俺はどうするつもりなんだよ! その逡巡の間もダンテは振り返る事なく、あの、イケブクロで別れた時と同じように肩まで手を上げて「ばいばい」とでも言うように、気軽に別れを告げるようにそれを軽く左右に振り、そのまま。 赤いコートの背中が、通路の暗闇に飲まれて、消える。 俺は、取り残されて、ずるずるとその場に座り込んだ。 しんとした静寂が耳に痛かった。床に転がった燭台は鈍く無機質な光を放って沈黙し、あちらこちらに斃れ伏している仲魔も、当然、起き上がって来ない。 だから俺は、独りだった。 否応もなく拒否する事も出来ず、独りだった。 なぜなのか、これが俺の選択した結果なのかと、酷く胸が苦しくなり、手足が冷たくなる気がした。
俺は、独りだった。 孤独だった。 なぜなのか。 酷く。
寒かった。 2005/04/21(2005/04/25) sampo-tei ++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++ serial1. イケブクロの時は極力ゲーム中の台詞を使ったりしたはずが、最早第3カルパに至っては、イベントの進行さえ無視しまくり(汗
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