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狂気と凶器<3> | |||
どうして「そう」思うのか、少しだけ考えた。 なんかこうなったら今更なんで、自分に対する言い訳とかも必要ないし。 つまり。あー。俺は寂しいだけなんじゃねーの? 仲魔に囲まれて、能天気に、乱立? するコトワリに喧嘩売ってさ。それなのに俺は「俺だけ」なんだって思って、みんな俺から離れてくんだって拗ねて、癇癪起こしたり自暴自棄になったりとか、情緒不安定つうの? そういう状態に陥って、だから…。 「…だから、なんなんだ? 少年」 呆れた嘆息混じりの声に、「うん」と頷いた俺は、だから、ともう一度言い直した。 「甘えたり拗ねたりすんのはとりあえず辞めにして、俺が何をしたいのか考えたワケ」 返った答えは、またも短い溜め息。 「そんで俺は決めた」 「とりあえず、その決定は間違った方に向いてると思わねぇか?」 「思わねーよ。だって、それが間違ってるかどうかも、俺が決めるんだからさ」 「……。」 なんとなく手持ち無沙汰な俺はそう言いながら、逆さまの視界、その端っこで揺れる赤い布…てか革だけど…を摘み上げて目の高さに翳し、すぐにぱっと離した。 ふわり、ではなく、重たい感じにばさっと垂直落下した裾が、大股の歩に煽られてひらりと翻る。俺の身体に伝わる規則正しい振動はその瞬間も淀む事なく、ちょっと、憎らしい気になった。 「俺は、俺に対して間違ってねーし、迷ってもいねー。 ほんの少し前まではさ、俺ってどっかこー、戸惑いがちに周りの様子伺ったりして、微妙に流されてたんだと思うんだよな。 でも、今までは今まででいいんだ、もう。 決別…した事も、拒否された事も、…間に合わなかった事も、今更その時には戻れねーんだから…」 「そう言うワリには、「もういい」って顔じゃねぇな、少年」 「顔なんか見えてねーくせに、適当な事言うなよ」 見えてなくても判る。っていかにも偉そうな答えに、でも、俺はそれ以上返さず、また勝手に話し始めた。 「やり直せねー事、後悔したんだと思う、俺は。だから、次は後悔しねーし、もう、流されんのも辞めにする。 だから」 繰り返し、繰り返し。俺は「だから」と言い訳みたいに繰り返す。 「俺は決めたんだよ。 コトワリもじじーもかんけーねー。コレだけは、俺が決めて選んだ進路なの」 コレ、だけは。 「……、それがつまり」 カツッ! と固いブーツの踵が床を打ち、一定のリズムを刻んでいた振動も停まる。 「俺との約束をなかった事にして、ここに引き返して来る事だったのか?」 苛立ちに先立ったんだろう呆れた声で悪魔狩りが言い放ち、瞬間、俺はまるで荷物みたいに小脇に抱えられていた状態から、ぽいと床に転がされた。 咄嗟に身体を捻り、顎を引いて頭を抱え背中から固い床に着地、つうか落下。一体どんな勢いで放り出されたのか、剥き出しの背中で意外に滑らかな床を滑り、閉じた円形のドアに後頭部でぶつかってから、やっと停まる。 「ってー…」 「これ以上痛い思いが嫌ならとっととお家へ帰りやがれ、このくそガキ」 覚えのある金属音に被った、今度こそ苛立った風の台詞。俺はそれを聞きながら、内心竦み上がりそうになっているのをヤツに気取られないように、わざとゆっくり、強か打った肩を擦りつつ上半身だけを起こした。 「悪魔に、帰る家なんかねー」 言って、向けられている銃口とその向こうに見える悪魔狩りの冷たい表情を睨み、俺は床に置いた手をぎゅっと握り締めた。 「俺は、決めた。 あんたが「帰れ」って言うから、先に進む。 どこまでだって、だ」 うわ、すげーガキくせー、俺。こんな緊張した場面で悪いけど、ちょっと笑いそう。 「反抗期か?」 「少年悪魔の特性、永久反抗期」 「なら、そいつはおにーさんが強制終了してやるよ」 にっ、と持ち上がった唇の端から、まるっきり牙にしか見えない犬歯が覗く。あ、俺にもあるよ、それ、とかわざと指差して言ってやったら、悪魔狩りは、益々、益々不愉快そうに眉を吊り上げた。 「あと、いい年して自分でおにーさんとか言い出しちゃったら、もう中年なんだって、知ってた?」 よし、偉いぞ、俺! よく言った。この、生死を分ける状況で、よくもまぁそんな怖いもの知らずな台詞が出たモンだ! ね? とダメ押しみたいに小首を傾げた俺は、直後、頭を下げて右に倒れ、そのまま肩で床を転がって悪魔狩りの脇をすり抜けた。予想通り、逃げる俺の爪先をあの無茶苦茶痛い弾丸が掠め、細長い廊下に間断なく銃撃音が轟く。 「う、撃ち過ぎだろっ、それ!」 「じゃぁ停まれ。逃げるな。そうすれば、あと一発で止めてやるぞ」 手足で床を掴んで転がるように、ジグザグに、背後から放たれる弾丸を避けて通路を突っ走った。 つまり俺は、かっこよくも情けない捨て台詞を残したくせに、堂々とこの階層に戻って来てしまったワケです。はい。 戻って来て、それでどうしたかったのか、正直俺にも判らない。ただ、上で仲魔たちが威嚇してるからじゃなく、なぜか戻ろうと自然に思っただけなんだ。戻って、別にこの銃刀法違反の外国人というか悪魔つうか魔人と話し合いたかったのか、喧嘩したいのかも判らないけど、本当に、嘘じゃなく。 こいつの言いなりになってここから逃げたら、もう、俺は一人で何も決められなくなるんだと、そう思った。 「つうかその一発、俺が食らうんだろうが! 結局」 「その通りだ、少年。安心しろ。痛くしないですぐさま昇天させてやる」 その言い方が酷くナンで…、俺は、うわぁ、とさもイヤそうに唸った。 こ、今度捕まったらきっとゴーカンされるに違いない。とか貞操の危機を感じる。サイアク。せめてもの救いは、相手がムカつくのを通り越して見惚れるほどの二枚目って事くらいか? つうか、相手が男で赤くて銀色の魔人だって時点で既にアウトだろ。よってこの議案は即時否決。死ぬ気で逃げろよ、俺。 「初めてなの、優しくしてね☆ って言われた事ねーのかよっ、あんたは!」 「…ベタだな少年…。まぁ、ないとは言わねぇが、お前、初めてじゃねぇだろ?」 語尾に含まれた笑みにカチンと来て睨み返してやろうとした俺の脚、太股の内側を弾丸が掠め、皮膚がじりりと熱を持つ。大丈夫、まだ掠っただけだ。俺は口を衝いて出そうになった悲鳴を無理矢理飲み下し、歯を食いしばって目前に見えるドアへと転がり込んだ。 つうか、あぶねー…俺。 思わず、男どころか女性経験もねー! とか言い返しそうになんなかったか? 今。 「…撃たれる話だっつの、俺。あほか」 じくじくと血の滲み出す脚を引き摺って、魔人が指定した「安全地帯」、下の階層へと続くドアのキーになっているスイッチ部屋に入り、赤々と輝いているそれの灯りを落とす。これで、この階層のスイッチは全部操作した。あとは下の階に移動して、三つスイッチを切れば…。 切れば、この、一方的に仕掛けられたゲームは終わる。 結果的に魔人ダンテとの約束を反故にして舞い戻った俺に突き付けられたのは、どう考えても不利な条件のゲーム。階層の構造を熟知してる悪魔狩りと、何があるのかすら判らない俺の、命懸け…いえ、懸けてんのは俺だけだろうけど…チェイス。この階層に二つ、もう一つ下の階層に三つあるスイッチを解除して最後の砦を踏み越えれば、このゲームは俺の勝ちだ。 厄介なのは最後の砦だろ? と気安く訊いた俺に、魔人はもちろんと答えた。だから、追いかけっこは純然たるゲーム。俺を疲れさせ、先へ進むのを諦めさせるための、迷宮か。 だったら行ってやろーじゃねーか、最後の砦まで。あんたが進むなっていうなら、這ってでも進んでやる! とりあえず俺は、背の高い台座の下に座り込んで、ポケットに常備している治癒アイテムをひとつ取り出し、冷たくて味のないそれをぽいと口に放り込んだ。 コンコン。 と、ひたすら無視していた俺の左横から、透明な壁を指で軽く叩く音。 なんだようっせーな! 空気満点でそっちに顔を向け、勢い未発達な犬歯を剥き出してやれば、銃をホルスターに収めた悪魔狩りが、なぜか、またも? 腹を抱えて大爆笑し始める。 俺を指差して死ぬほど笑ってる二枚目に激しい殺意を抱いた。マジムカつく。つうか、なんて防音効果抜群なんだ、この薄い壁。ホントに目と鼻の先で笑いながら何か言ってるあいつの声が、ちっとも聞こえねー。 声。いつもは感情的なのに、時折それが全部抜け落ちて抑揚なくなり、ナイフみたいに尖った氷を思わせる、低い声。それなのに、さっき聞いた笑い声は驚くほど愉快そうで、俺は、内心当惑する。 こいつは、なんなんだろう…。 つうか、いつまでもひとりで大爆笑してんじゃねーーーっ! 俺は思わず小部屋のドアに飛びつき、持ち上がったそれから顔だけを外に出した。 「笑うな、腐れ魔人! てめーなんか○○と○○○して○○なって死ね!」 「WOW。言うなぁ、チェリーボーイ。お前さんにゃそんな経験出来そうもねぇがな、まだ」 「…」 「なんで判ったって顔してるぞ、少年」 「…俺は俺を安売りしねーんだよ…」 「それはレディの言い分じゃないのか?」 俺の身体が安全地帯に入っているからなのか、ヤツはドアの脇に背中を預けて立ってるだけで、攻撃して来なかった。 「うるせー」 だから俺も、ドアから顔を出したまま舌を出してやる。 と、急に…。 ゆっくり音もなく持ち上がった、あいつの腕。その先端の、革手袋に包まれた手が俺の顎を掴み、驚愕する間もなく限界まで顔を上げさせられた。 「あああああああああああああ?」 「ちょっと黙ってろ」 「!」 で、引き寄せられてあたふたする俺の目を、あいつがもう一方の手で塞ぐ。 う、わああああああああああああああああああああああああああああああああっ! パニック寸前。ていうか、ほぼパニック状態。助けて、イヨマンテ早くっ! とか思った途端に視界が開け。 「いっ!!!」 今度は、口の中に指を突っ込まれた。 抵抗しなくちゃと思う。パニックというよりも、身が凍る。 これがどういう状況なのか、把握出来ない。とりあえず、俺は顎を掴まれて仰向かされ、爪先立ちで赤いコートの胸に縋りついたまま硬直し、魔人…ダンテは、酷く真剣な表情で俺の顔を…見ている。 作り物みたいに整った顔。白銀色の眉を微かに寄せ、淡く周囲の光を乱反射する睫を伏せるようにして、銀髪の隙間から覗く蒼い眼で俺を見つめ薄い唇を真一文字に結んだダンテは、イヤになるくらいの二枚目だった。 正直に言うなら、…こんなデカいゴツいいい年齢(とし)した成人男性に向けるのは不適当だと思いはするけど…、二枚目というか、「綺麗」だと思う。女性に対して使われるのとはまったく違うニュアンスの「綺麗」さが、間近で見るダンテにはあった。 「…?」 一瞬惚けていた俺は、迫る冷たい色合いの表情と、歯並びを確かめるようにゆっくり動く革手袋の感触に、ふと正気を取り戻した。 歯並び? 俺、そんなに歯並び悪くねーと思うんだけど…。 右から左。口の端に当たって、今度は左から右に戻る指の感触に、俺は眉を寄せた。何してんだ? こいつ。 なんとなく興味を引かれて舌先で自分の歯並びを確かめようとそれを動かせば、ふと、ごく近い位置にあるダンテの蒼が、困ったように逸れる。 「手袋を舐める趣味があったとは、知らなかったな」 そんなのねーよ、ばか! と、声に出せない憂さを晴らすように、俺は口に入ったままのダンテの指に、思い切り歯を立ててやった。 瞬間、逸れた蒼が鋭く戻る。あ、怒った。とびくつく俺の口から指を引っこ抜いたダンテは、なぜか、無言で俺に背を向けつかつかと部屋を…ふたつの小部屋がある大部屋を、不機嫌オーラ全開で出て行ってしまった。 「…なんなんだよ、あの我侭な大人は…」 取り残されて、俺は仕方なくぽりぽりと頭を掻いた。 なんだかなぁ、まったく。変に構って来ると思えば、急に行っちまうしさー。ぜってーあいつ、友達いねーって。 それがどんな意味を持つ行動だったのか考えるでもなく俺は、ぶつぶつと愚痴りながら、もう少し休もうと小部屋に引き返した。
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