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狂気と凶器<7>

   

 「上見ても下見ても、右でも左でもさ、見える場所にあるのは「死」ばっかじゃね? ここって。だったら俺が確かめるのは、後ろじゃなくて前がいいと思うんだよな」

 暗がりに霞む背後をいっとき眺め遣り、それから正面に顔を向け直した俺は、自分でも驚くくらい平坦にそう言って、ね? と小首を傾げた。

「もう一度だけ訊くがな、少年。お前は、どうしても俺を倒して先に…、もっと「深く」に、進みたいんだな?」

「あんたが行くなつうからさ」

 本当は、当然なんだけど、他に理由はある。でも俺はその「本当の理由」をこの悪魔狩りに教えてやる義務なんかねーから、いかにもガキっぽい、どうでもよさげな建前を繰り返し口にした。

「俺が行きたいのにあんたが邪魔するってんだから、結果的に、こうなるだけだろ?」

「どうなってもか?」

「だからさ、あんたおかしいって。こういう時は、「どうあっても」つうのが日本語のココロでしょ」

 っていうか、流暢な日本語操ってんだからいちいち突っ込むトコじゃないし、そういう場合でもないんだろうけど、俺はわざと悪魔狩りの神経を逆撫でするように言って溜め息を吐き、正面に立つ赤色のコートから目を逸らした。

「Japanese soulとは今まで縁がなくてな。少年には随分といい勉強させて貰ったよ、この短期間で」

 返った苦笑混じりの軽口に、仕掛けたはずの俺が不愉快さに眉を寄せる。ああ言えばこう言うというか、一で十が返るというか、ムカつくヤツ。

「だが、ここまで来たらお勉強の時間も遊びの時間も終わりだぜ、少年」

 その赤色は、次の階層に続く円形の扉を背にして両腕を身体の脇に垂らし、ただ立っていた。

 先に進みたいと、癇癪を起こしたガキよろしく繰り返す俺の前に立ち塞がる、最後の砦。踏み越えて行くというなら闘ってやるよと、俺に…決めさせる銀色で赤色の悪魔狩り。

「俺は今まで、判ってるようなつもりになってさ、自分で選んで来たんだって自分に言い聞かせてさ、実は、何も自分じゃ決められなくて、ただ流されてたんだと思うんだよな。ってのは……………………やっぱ独り言だけど」

 呟くように言って笑ってやれば、悪魔狩りはふんと鼻を鳴らして俺を、あの透明で何の感情も浮かばない冷たい水色で見つめる。

「俺、あんたは嫌いだけど、あんたのその…目の色は好きかも」

「……………………………」

「貰ってっていい?」

「ハッ!」

 ぴ、と悪魔狩りの顔を指差して問うた、瞬間、赤色が、吐き出すように笑った。ニィと口の端から牙を剥き出し、さも意地悪そうに眉を吊り上げて。

「悪ぃがな、少年。悪魔なんぞにくれてやるモンは、俺にゃひとつもねぇぜ」

「言ってろ、腐れ魔人。くたばりゃ文句も言えねーだろ」

「そうだな。それでも俺には、もう、悪魔にくれてやるモンなぞありゃしねぇ。お前に大事な目玉を強奪されちゃたまったモンじゃねぇからな、せいぜい殺されねぇようにするさ」

 いや、もう、全然本気の感じられない口調で言い放ち肩を竦めた悪魔狩りが、ふと口元の笑いを収める。

「…でも、もし、俺がお前にやられるような事になったら」

 ん? まさか、遺品代わりにくれるとでも?

「死ぬ前に自分で潰す」

「……………………………」

「今更目玉の一対くらい無くすモンが増えても、なんでもねぇさ」

 きっぱりと告げられたその言葉は、俺でないどこかへ向けられているような気がした。

 赤色魔人が、意外な台詞に計らずも硬直した俺の正面に近付いて来る。それにはっとして一瞬逃げ出しそうになったものの、俺は緊張に引き攣る顔をヤツに向けただけで、その場を動かなかった。

 ブーツの分厚い底が規則正しく床を叩き、俺のスニーカーの爪先に爪先が当たる直前でぴたりと止まる。俺は顎を上げて悪魔狩りの顔を見上げ、悪魔狩りは少しだけ俯いて俺の顔を見下ろしていた。

 長い銀色の睫毛が、頬に灰色の影を薄く落としている。彫りの深い顔立ち。金属みたいな銀髪。血色のコート。黒革のブーツと手袋。人間じゃない癖に人間みたいで、でも、悪魔よりも凶悪に、強い。

 だから、悪魔狩り。

 俺は悪魔で、こいつは、俺を狩るもの。

「キスするときは目は閉じるモンだ」

「誰がするかこのイロぼけ腐れ魔人」

 あほなのか?! こいつっ!

「Hm…。メイド? の土産に少年のファーストキス問題を解決しといてやろうと思ったんだが」

 っていうか本気だろ、それは本気だろっ! クソ真面目な顔で顎に手とか当てんなっ!

「うっ…、うるせー! ほっとけよ! てめーぜってーその目ん玉抉り出してやるから覚悟しとけよっ!」

「…そんなに俺が欲しいなら本気でかかって来い、少年。愉しませてくれるんだろ?」

 すう、と薄い唇の両端が持ち上がり、それまでただ冷たく沈んでいたあの蒼に、轟と零下の炎が燃え上がる。湿った陰鬱な空気を一瞬で沸騰させるくらい、あまりの密度の高さに息苦しささえ感じるくらいに膨れ上がった悪魔狩りの気配と、素肌にちりちり纏い着く魔力に竦みながらも、俺は握り締めた両の拳を差し上げて左足を一歩引き、に、と笑ってやった。

「先言っとくけど、俺、あんたと違って独りじゃねーよ?」

「ああ、そんなのは百も承知だぜ」

「俺はさ、独りのあんたに数で仕掛けるの、卑怯だなんて思ってねーから」

「そう、お前は卑怯なんかじゃねぇ」

 言いながら悪魔狩り、ダンテ、が俺の肩先を躱して擦れ違うように通り過ぎ、俺は、その赤い背中を追って振り返った。

「これは卑怯な手なんかじゃなく、俺がお前に許した、ハンデだ」

 そうだろ? 少年。と悪魔狩りは、余裕綽々の笑顔を俺に向けて小首を傾げた。

  

   
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