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狂気と凶器<11>

   

 スローモーションで倒れるサラスを見ていた。

 胸から鮮血を噴き出させ背中から床に沈んだ女神の向こうには、死色の魔人。お前で最後だとでも言うように薄く笑んだ口元に覚えたのは、怒りと恐怖。差し上げられたふたつの銃口が俺に狙いを定め、俺は。

 サラスヴァティを見ていた。蒼褪めた彼女の、苦痛に歪んだ表情を。最早持ち上がらない瞼を。小刻みに痙攣する唇を。

 見ていた。

 覚えたのは、頼る事だけじゃなく、頼られる事。サラスが、ヌシが、オセが、…みんなが身の危険も顧みず無茶したのは、俺が、魔人に勝つと言ったから。

 俺が頼った分だけ、みんなも俺を頼ってくれた。

 ぼんやりとサラスを見つめ続ける視界の上端で、朱色の銃口炎(マズルファイヤ)が激しく明滅し、轟音が耳を聾する。そう思った次の瞬間には腕や脚の表面でばっと赤い飛沫が散り、焼け付くような熱さを感じた。

 それが、色んなものに掻き乱されて正体の定かでなくなった俺の気持ちを、痛みという酷く現実的な感覚で呼び覚ます。

「………」

 痛い、熱い、気持ちが悪い。断続的に肌を掠める弾丸の勢いに負けた俺は、ついに仰向けにひっくり返った。

 痛いと思う。

 熱いと思う。

 そう思う。

 本当に。

 そう思うから。

         

 俺はまだ、死んでいない。

         

 闘え。闘え。闘え。闘え。闘え。闘え。闘え闘え闘え闘え闘え。

 HURRY!

 HURRY! HURRY! HURRY! HURRY! HURRY! HURRY!

 狂気の呪文。狂喜の呪文。誰も彼も正気じゃねー。闘え。闘え。それがダメなら抗え。抗えよ。「死」を捻じ伏せて滅ぼせ、消し去れ、恐怖に恐怖し跪いて屈服させろ。それがダメなら。

「そんなモン、ダメになったら考えりゃいいつうんだろ、どうせっ!」

 俺は、仰向けのまま身体を目いっぱい縮めつつ脚を振り上げ、後転の要領で肩と背中を使って立ち上がり、両の拳を握り締めて、正面に立つ赤色を睨んだ。

「…気付くのが遅過ぎだぜ、少年」

 瞬時に跳ね上がった銃口から吐き出される弾丸の下をくぐるように、低い体勢で赤色魔人に肉迫。前進する勢いを殺さず反時計回りに回転しながら、右のボディ、左の裏拳、左のミドルキックを連続で叩き込むも、またも華麗なバックステップで悠々と回避された。

 流れた赤いコートの裾が落ち着く暇もないうちに、俺は更に踏み込んで悪魔狩りの懐に飛び込む。攻撃の手を緩めたらお終いって強迫観念だけに衝き動かされた俺の、力の抜けた握り拳はことごとくひらりと躱され、掠りさえしない。

 身体のあちこちに穿たれた銃創から飛び散る鮮血が、空中に螺旋を描く。

「あんたはっ…、じゃぁ、なんで、俺の前に、現れたっ!」

 何を言いたいのか、俺は、無意識のうちに叫んでいた。

「さっきだって、今だって、あんたには、俺なんか、簡単に殺せたはずだろっ!」

 そう、単に殺せたはずだ。

 本気で殺したいなら、出来たはずだ。

 仲魔じゃなくて最初から俺を殺せばよかった。

 それで、俺は。

「それなのにっ!」

 闇雲に振り回した腕が悪魔狩りの焦げた腕に当たり、消し炭みたいになっても辛うじてくっついていたコートの残骸が、ばらりと舞い上がる。

「俺の仲魔傷つけて、それなのに俺だけ残して、最後まで惨めに…。

 そんなに俺が嫌なのかよっ! そんなに俺が憎いのかっ!

 俺はっ!」

 もしこれが先生だったら、俺は憎まれてもいいだろう。

 もしこれが勇だったら、俺は憎まれてもいいだろう。

 もしこれが千晶だったら、俺は憎まれてもいいだろう。

 それだけの理由は、きっとある。

 でも。

「俺が悪魔だから、生きてちゃダメなのかよっ!」

 俺はそう叫んでから、残り少ない魔力をありったけ動員して作り出した炎を右手に纏い付かせた。

 燃え上がる炎が自身の腕を焦がすのも構わず、ただ悠然と佇んであの透明な瞳を俺に向けている赤色魔人の懐に突っ込み、掬い上げるような一撃をその胴体に叩き込む。

 ぞっとするあの冷たい目に見下されても、俺はもう怯えなかった。でも、どうせこれで終わるから、とか思ったワケじゃねー。

 俺は生き残り、仲魔を取り戻すつもりだった。

 それしか考えていなかった。

 そのための有効な立ち回りも何も、考えていなかった。

 ただ、俺は生き残り、仲魔を、取り戻したいと…。

 本当に、それしか、考えていなかった。

 燃え上がり、爆裂した炎が赤いコートの背を焦がす。脂肪の焼け爛れる臭いに、革の焦げる異臭が混じる。これがそこらの悪魔ならとうに身体の半分は溶けてるだろうけど、悪魔狩りは、ほんの少し眉を寄せただけだった。

「…そうは、思っちゃいねぇさ」

 溜め息のように漏れた呟きが脳に到達するより前に、いきなり跳ね上がった手に頭を鷲掴みにされて引き倒され、額で床に激突。閉じた瞼の奥で火花が散り、鼻の奥がつんとキナ臭くなる。

「……ああ、そうだな…。やっと判った。なぜ、俺が、お前の前に現れたのか」

 悪魔狩りは、まるで他人事みたいに呟いて、くすくすと笑い出した。

「いや、俺は最初から判ってたさ、お前と違ってな。ただ、納得するのに理由…言い訳か? それが必要だっただけで、俺は…最初から判ってた」

          

         

 DANTE-SIDE

         

        

 イケブクロで出会ったちっこくて頼りない少年悪魔。

 そのくせ、仲魔を傷つけられたといって熱くなり、喰って掛かって来やがる生意気な悪魔。

 どこかしら胸に引っかかる、戸惑うような金色の目が、俺の何かを狂わせた。

 恐怖。恐慌。当惑と、怯え。

 苛立つほどバランスの悪い、こころと身体。

 俺は多分。

 こいつの中に、大昔の自分を…見たんだ。

          

 俺が、悪魔、だから。

         

 そんなものは体のいい言い訳だった。

 俺には俺が判らなかった。俺の「意味」が、判らなかった。

 結局俺はその「意味」を知るために、ほとんど全てを失くした。

 失くし。

 無くし。

 見失い。

 だから、少年。

 俺はお前に。

          

 生きて欲しいと思った。

         

         

 一瞬遠くなりかけた意識の隅っこで何か勝手に喋っていた悪魔狩りのバカでかい手が俺の首を掴み、軽々と引き起こされて、仰向けに突き飛ばされる。っていうか、今更だけどホント酷ぇ扱いじゃね? 俺。

 盛大に尻餅を着いてひっくり返った俺は、すぐ背後に迫っていた下の階層に続くドアを頼りに、ふらふらと立ち上がった。脳震盪か何か起こってるのか、視界がぐるぐると回転している。

「…俺、が、悪魔? はは…、すげー出来の悪ぃ、冗談…。俺が、悪魔、かよ…。

 ちが…う、ちきしょー…。

 俺は…ずっと、ずっと、俺だっただろうが!」

 ああ。ホント、俺ってバカだなぁ。

 こつ、と首の後ろの角がドアにぶつかり、俺は。

 すらりと抜き放たれたあのでかい剣の切っ先と、無表情に見つめてくる悪魔狩りの蒼い目を見比べて、安堵の溜め息を吐き出した。

         

         

 俺は、卑怯だ。

 みんな、約束守れなくて、ホント…ごめん。

 本当に、ごめんなさい。

  

   
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