詩詞世界　碇豊長の漢詩　李清照　聲聲慢

李清照詞

　　聲聲慢
　　　　　　　　　　　　

尋尋覓覓，
冷冷淸淸，
凄凄慘慘戚戚。
乍暖還寒時候，
最難將息。
三杯兩盞淡酒，
怎敵他、曉來風急。
雁過也，
正傷心，
却是舊時相識。

滿地黄花堆積，
憔悴損，
如今有誰堪摘。
守着窗兒，
獨自怎生得黑。
梧桐更兼細雨，
到黄昏、點點滴滴。
這次第，
怎一個、愁字了得。

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　　　　　　聲聲慢

尋し尋して　覓め覓めて，
冷冷たり　淸淸たり，
凄凄たり　慘慘たり　戚戚たり。
暖にして　乍ち　還（ま）た　寒き　時候，
將息　最も難し。
三杯兩盞の　淡酒は，
怎（いかん）ぞ　他（それ）に敵はん、　曉來の　風　急なるに。
雁　過ぐる也，
正に　傷心，
却って是れ　舊時の相識たり。

滿地の黄花　堆積すれど，
憔悴して　損はれ，
如今　なんぞ　摘むに堪へん。
窗べによりそひ　君をまてど，
獨りにて　怎生（いかん）ぞ　宵までを　すごさん。
梧桐　更に　細雨を兼（くは）へ，
黄昏に到りて、　點點　滴滴。
這（かく）なる次第，
怎（いかん）ぞ一個の、「愁」字に了し得ん。

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私感訳注：

◎口語表現が多く、また、耳で聞いて心地よいリズムのある詞らしい詞として、これを挙げました。そのため、伝統的な漢文の読み方では無理が出てきますので、意訳しました。畳字を使っての表現でも有名ですが、畳字では、元曲　越調　天浄沙　即時（鶯鶯燕燕春春）喬吉も有名

。　

※李清照：宋代の著名な女流詞人。この詞を作ったときは未亡人になっていたと思われる。
※聲聲慢：詞牌の一。詞の形式名。詳しくは下記の「構成について」を参照。

※尋尋覓覓：尋ね尋ね、探し求め探し求めて。　*（白話）畳字が十四字も出てくる、その始めの語。畳字は、品詞によって意味が異なって来る。ここでは音楽的な技巧として、リズム感を出していると見て可。古来、この詞のこの一連の畳字は秀逸とされてきた。（後記参照

）　・尋覓：（白話）たずね、さがす。

※冷冷清清：物寂しく、ひっそりしている。　*形容詞の畳字も使われ方（述語となるか、状語（副詞のように使う）となるか等）に因っても変わってくるが、ここでもやはり強調で、音楽的な技としては、リズム感を出していると見ていいか。　・冷清：（白話）物寂しい。ひっそりしているさま。

※凄凄慘慘戚戚：痛ましく、悲痛で、悲しい。　・凄慘：（白話）痛ましい。悲痛である。　・戚戚：（白話）憂える。悲しむ。

※乍暖還寒時候：暖かくなったと思ったらまた寒くなる時候だ。　・乍A還B：（白話）（Aに）なったと思ったら、またすぐに（Bになる）。乍(形容詞)還(形容詞)。（…かく）なったと思ったら、まだ（…い）。季節の変わり目で、すぐ暖かくなったり寒くなったりすること。　・乍：（白話）「なったと思ったら、…たばかり」。短い時間を表す。　・還：（白話）「まだ」「なお」　・時候：「じこう」の意味の外に、現代語では「…とき」の意味が主流。

※最難將息：心を休めるのが最も難しい（時で）。　・最難：最も難しい。　・將息：（白話）休息する。休養する。

※三杯兩盞淡酒：二、三杯の粗末な酒で。　・盞：（小さくて平べったい）杯。しかし、ここは大きさや形は関係ない。平仄とリズムの関係で、盞（仄字）や杯（平字）を使い分ける。「三杯兩盞」で、「平平仄仄」となる。　・淡酒：（白話）気の利いた肴のない酒。

※怎敵他、曉來風急：どうして、明け方の風がきつくなってくるのに対応できようか。（わずかの酒ではますます滅入ってくる）。　・怎：（白話）どのように＝如何、何如。　・敵：かなう。あたる。敵する。　・他：（白話）それ。代詞（代名詞）。　・怎敵他：いかんぞ　それに　かなはんや。　・曉來：あけがたからずっと。「來」は継続していることを表す。「晩來」としている本もある。意味としては「晩來」が妥当。

※雁過也：カリが通り過ぎた。秋の季節が終わろうとしている。　*時の移ろいを謂う。　・也：これは「なり」でいい。南唐後主李煜の詞に「…春去也、天上人間」

と同じ。なお、白話では「…も」であり、書面語の「亦」に当たる。

※正傷心：本当に心が傷（いた）む。

※却是舊時相識：それにも拘わらず昔からの顔なじみ（の）。　・却是：（白話）かえって、どちらかといえば、にもかかわらず、ところが。　・舊時：むかしの。　・相識：知り合いだが、詩詞では人間でないものを時々こう譬えて謂う。南唐後主・李煜の『柳枝詞』「風情漸老見春羞，到處消魂感舊遊。多謝長條似相識，強垂煙穂拂人頭。」

「柳の枝が昔なじみ（相識）のように、わたしの頭を撫（払）でかける」という表現のように。

※滿地黄花堆積：満面の菊の花が堆（うずたか）く（茂っている）。　・滿地：あたり一面。　・黄花：菊の花。

※憔悴損：（それにひきかえ、わたしは）やつれ果てて、損なわれている。　*表面上は菊の情景描写であるが菊に擬えて、作者自身のやつれたありさまを描写している。

※如今有誰堪摘：今、だれかが（菊、また、わたしを）摘んでくれるのに堪えられようか。　*もはや、誰も見向きはしないだろう。　・如今：（白話）（過去と比べて）いま。現在。　・有誰：（白話）誰が…するか、（誰もしない）。反語。「如今　誰か（有って）摘むに堪へん」。もっともこの「誰」は「何」字と同じ働きで、「如今　なんぞ　摘むに堪えん。」と読んだ方が正確。　・堪摘：本によっては「

摘」としているのがある。「摘むに堪へん」。「

び摘まん」。

：うれしい。気持ちがよい。唐詩・宋詞によく見られる。菊をいうのであり、また同時に作者自身のこともいっているのだろう。（作者は女性）

※守着窗兒：窓辺にじっと寄り添ってい。　*（愛しい人の帰り来るのを）待ち続けている。窓辺に寄り添い、じっと眺めている。　・守：守り備える。受け身の表現になる。　・着：（白話）動態助詞で、動作または状態の継続を表す。日本語の「…ている」に当たる。もっとも、日本語の「…ている」に含まれている進行の意味は、普通「着」にはない。蛇足だが、それは現代語では「『在』＋動詞」で表す。　・（窗）兒：窓。児は接尾辞

で、かわいいものの等に付く。勿論、韻文ではリズムを整える働きもある。

※獨自怎生得黒：一人寂しく、どうして日が暮れるまでを過ごせようか。　・梧桐：アオギリやキリの樹だが、詩詞では漂泊、落魄の象徴的なアイテム。（楊）柳が別離を象徴するように。

　・獨自：現代日本語の独自とは感じが違う。ひとりぼっちで、ただひとりで。李煜詞の「獨自莫憑欄。無限江山。…」

等、孤独を表す語として「獨」はよく使われる。　・怎生：（古白話）どんな（にしたら）＝書面語の「如何」。　・…生：宋代の詞に使われる口語で、副詞、形容詞接尾字として用いられる。古語の「○然」「○如」や現代語の“○地”（“○的”）に似ている。和凝の『江城子』「竹裏風生月上門。理秦箏。對雲屏。輕撥朱絃、恐亂馬嘶聲。含恨含嬌獨自語，今夜月，太遲生。」

も、似た用法である。　・黑：（白話）夜になる。くらい。現代語では「くらい・くろい」どちらも「黒」で表す。

※梧桐更兼細雨：アオギリやキリに、更にその上、こぬか雨（が降りはじめた）。　・更兼：更にその上。　・細雨：しとしとと降る雨。こぬか雨。詞によく出てくる。心の情景を兼ねて表現するのによく使われる。　

※到黄昏、點點滴滴：黄昏になると、ポツポツ、パラパラと。　・黄昏：たそがれ。　・點點滴滴：ぽつぽつ　ぽたぽた（雨音）。擬声語。

※這次第：この光景は。　・這：（現代語・古白話）：これ、この。書面語の「此」と似た働きをする。　・次第：しだい。なりゆき。状況。光景。

※怎一個、愁字了得：どうして「愁」の一字だけで表現しおおせようか。　*作者の心情は「尋尋覓覓」「冷冷清清」「凄凄慘慘戚戚」「怎敵他」「風急」「雁過也」「傷心」「憔悴損」「有誰」「堪摘」「守着窗兒」「獨自」「得黒」「梧桐」「更兼」「細雨」「點點滴滴」「黄昏」と、実に陰鬱の極みであるが、こんな情景をどうして「愁」という一字だけに要約していえようか、ということ。　・愁字：「愁」という漢字。　・了得:（白話）了解し得る。たまるものか。（反語）

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（後記）「尋尋覓覓，冷冷淸淸，凄凄慘慘戚戚。」：古来、この詞のこの一連の畳字は秀逸とされてきたが、ここを現代語（北方語）で読むと
「シュンシュン　ミーミー，ロンロン　チンチン。チーチー　ツァンツァン　チーチー」
となる。もっとも彼女は、ここを
「ジァｍジァｍ　　メｋメｋ、ロン（ng）ロン（ng）　チェンチェン、ツェイツェイ　ツァｍツァｍ　　チェｋチェｋ」
のように詠っていたのかも知れない。わたしたち日本人がこのリズム感を味わおうと思えば
「じんじん　べきべき、れいれい　せいせい、せいせい　さんさん　せきせき」
となるか。　いずれの読みにしても、充分音楽的なリズムを味わうことができる。詞は更に平仄の変化（長短律・高低律）も加わって、華麗な表現となっている。

◎　構成について
双調。九十七字。仄韻と平韻の両体がある。この作品は仄韻。一韻到底。上