李煜　浪淘沙　詩詞世界　碇豊長の漢詩　

　　李煜詞

浪淘沙

　　　　　　　

簾外雨潺潺，
春意闌珊。
羅衾不耐五更寒。
夢裏不知身是客，
一餉貪歡。

獨自莫憑欄，
無限江山。
別時容易見時難。
流水落花春去也，
天上人間。

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浪淘沙
　　　　　　　　　　　　　

簾外に　雨は　潺潺として，
春意　闌珊たり。
羅衾は　耐へず　五更の寒きに。
夢裏　知らず　　身は　是れ　客なるを，
一餉　歡を貪る，

獨り自ら　欄に憑る　莫れ，
無限の　江山。
別るる時は　容易に　見ゆる時は難し。
流水　落花　　春　去る也，
天上　人間。

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私感注釈

※浪淘沙：詞牌の一。双調。平韻一韻到底。詳しくは下記「構成について」を参照。これも李煜が京に囚われていた時の作。

※簾外雨潺潺：すだれの外には、雨がしとしとと降り。　・簾外：すだれの外。　・潺潺：〔せんせん；chan2chan2○○〕雨の降る音。しとしとと…。浅い渓流の流れるさま。また、その音。白居易の『香鑪峰下新置草堂即事詠懷題於石上』に「香鑪峯北面，遺愛寺西偏。白石何鑿鑿，淸流亦潺潺。有松數十株，有竹千餘竿。松張翠傘蓋，竹倚青琅。其下無人居，惜哉多歳年。有時聚猿鳥，終日空風煙。時有沈冥子，姓白字樂天。平生無所好，見此心依然。如獲終老地，忽乎不知還。架巖結茅宇，壑開茶園。何以洗我耳，屋頭飛落泉。何以淨我眼，砌下生白蓮。左手攜一壺，右手挈五弦。傲然意自足，箕踞於其間。興酣仰天歌，歌中聊寄言。言我本野夫，誤爲世網牽。時來昔捧日，老去今歸山。倦鳥得茂樹，涸魚返淸源。舍此欲焉往，人間多險艱。」がある。　

※春意闌珊：春ののどかな雰囲気が、すたれ衰えていく。　・春意：春ののどかな思い、雰囲気。　・闌珊：すたれ衰えていくさま。

※羅衾不耐五更寒：うす絹のかけ布団では、夜明けの寒さは、うす絹の夜具では耐えられない。　・羅衾：うす絹のかけ布団。　・不耐：たえられない。夜明けの寒さは、うす絹の夜具では我慢できない。　・五更寒：午前四時ごろの明け方の寒さ。更は夜を五等分した中の五番目。蛇足になるが、初更は午後八時、二更は午後十時、三更は午前〇時、四更は午前二時前後。中唐・張謂の『同王徴君湘中有懷』に「八月洞庭秋，瀟湘水北流。還家萬里夢，爲客五更愁。不用開書帙，偏宜上酒樓。故人京洛滿，何日復同遊。」とある。

※夢裏不知身是客：夢では自分が囚われ人となっていることを忘れてしまう。　*後世、南宋・陳與義は『雨過』で「水堂長日淨鴎沙，便覺京塵隔鬢華。夢裏不知涼是水，卷簾微濕在荷花。」と使う。　・夢裏：夢では。夢の中では。　・客：客心、客死。の意味の客で、旅先で異郷にいる人。　・身是客：我が身が囚われ人となっていること。

※一餉貪歡：しばし、よろこびを　むさぼる。　・一餉：一度食事をすること。転じて、それくらい短い時間。詞語としては、少しの時間、暫し。　・貪歡：よろこびを　むさぼる。

※獨自莫憑欄：独りで（高殿の）手すりに寄り添って（遠くを眺めやり物思いに）耽るなかれ。・獨自：ひとり　みずから。独りだけで。　・莫：なかれ。…な。（詩では）禁止、否定の辞。　・憑欄：てすりに　よりかかる。「よりかかる」意は「憑」の外に「倚」があるが、「憑」は○、「倚」は●のところで使う。

※無限江山：限りない祖国の山河（よ）。　・無限：限りない。　・江山：祖国の山河。時に祖国の代詞的用法もある。蛇足になるが、「江湖」だと世間、の意味になり、渡世の意味にもなる。香港映画の「江湖××」は、「旅ガラス○○」といった任侠物のことである。

※別時容易見時難：別れるときは、容易だが、再び　まみえることは　難い。李煜のふるさとへの想いが凝縮されている。　・別時：別れる時。別れの時。南朝・梁・沈約の『別范安成』に「生平少年日，分手易前期。及爾同衰暮，非復別離時。勿言一樽酒，明日難重持。夢中不識路，何以慰相思。」とあり、晩唐・李商隱の『無題』に「相見時難別亦難，東風無力百花殘。春蠶到死絲方盡，蝋炬成灰涙始乾。曉鏡但愁雲鬢改，夜吟應覺月光寒。蓬山此去無多路，靑鳥殷勤爲探看。」とあり、中唐・白居易の『琵琶行』に「潯陽江頭夜送客，楓葉荻花秋瑟瑟。主人下馬客在船，舉酒欲飮無管絃。醉不成歡慘將別，別時茫茫江浸月。忽聞水上琵琶聲，主人忘歸客不發。尋聲闇問彈者誰，琵琶聲停欲語遲。移船相近邀相見，添酒迴燈重開宴。千呼萬喚始出來，猶抱琵琶半遮面。」とある。後世、北宋・蘇軾の『水調歌頭』丙辰中秋，歡飮達旦，大醉，作此篇，兼懷子由。で「明月幾時有？把酒問靑天。不知天上宮闕，今夕是何年。我欲乘風歸去，又恐瓊樓玉宇，高處不勝寒。起舞弄淸影，何似在人間！　　　轉朱閣，低綺戸，照無眠。不應有恨，何事長向別時圓？人有悲歡離合，月有陰晴圓缺，此事古難全。但願人長久，千里共嬋娟。」と使う。

※流水落花春去也：水が流れ去り、花が散っていった。そういう風に、全ては移ろい、春は完全に過ぎ去ってしまった。論語以降、流水は時の流れを象徴する。　蛇足だが、現代語では「落花流水」は全然異なった意味も持ち、そちらが主流となっている。（落花流水＝さんざんに打ちのめされる。）　・流水：流れる水。時の流れ・経過も表す。　・落花：散りゆく花。凋落も表す。　・春去也：春は過ぎ去ってしまった。

※天上人間：天上からも人間社会からも（春は、全てから（当然「わたし」からも）完全に過ぎ去ってしまった）。　・天上：天上世界。また、場合によっては宮廷生活の喩えでもある。　・人間：人間（じんかん）。この人の世。社会。人間（にんげん）の意味はない。

◎　構成について
双調。五十四字。平韻一韻到底。韻式は「AAAA　AAAA」。　前後の韻式は同じ。

　●●○○，（A平韻）
●○○。（A平韻）
○●●○○。（A平韻）
●○○●●。
●○○。（A仄韻）

●●○○，（A平韻）
●○○。（A平韻）
○●●○○。（A平韻）
●○○●●。
●○○。（A仄韻）

韻脚：「潺」「珊」「寒」「歡」「欄」「山」「難」「間」で、「第七部平声」。（－ａｎ韻で－ａｍ韻ではない）。
　　　この作品は極めて正確に作られている。　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　