柳永少年遊詩詞世界　碇豊長の詩詞：漢詩　liuyong

　　　　　
少年游　　　　　　　　　　　　　　　　　　柳永

少年遊

佳人巧笑値千金。
當日偶情深。
幾回飮散，
燈殘香暖，
好事盡鴛衾。

如今萬水千山阻，
魂杳杳、信沈沈。
孤棹煙波，
小樓風月，
兩處一般心。

******

少年遊
　　　　　　　　　　　　　　　　　

佳人の　巧（たへ）なる笑みは　　値（あたひ）　千金。
當（かの）日　　偶（たまた）ま　情　深かりき。
幾回か　　飮み散じて，
燈　殘（すた）れ　　香　暖し，
好しき事　　鴛衾に　盡す。

如今　　萬水千山　阻み，
魂　杳杳として、　信　沈沈たり。
孤棹の　煙波，
小樓の　風月，
兩處　一般の心。

*****************

◎　私感註釈

※少年遊：詞牌の一。詞の形式名。詳しくは下記の「構成について」を参照。
※佳人巧笑値千金：美人の愛嬌のある笑いは価値が非常に高い。　・佳人：美人。　・巧笑：愛嬌のある笑い。媚びるような笑み。　・値千金：価値が非常に高い。宋の蘇軾の七絶『春夜』「春宵一刻値千金，花有淸香月有陰。」

が代表的なものになる。李白の『寄遠』「相思千萬里，一書値千金。」も似た雰囲気がある。
※當日偶情深：（過去の）あの日、たまたま情が深くなって（、恋愛関係に陥ってしまった）。　・當日：（過去の）ある日。あの日。　・偶：たまたま。偶然に。　・情深：思いが深くなる。恋愛関係になる。
※幾回飮散：何回ほどだったろうか、飲食で歓をなした後で。中国では、「飲食」と「男女」関係は、本能に基づく二大慾望とする。　・幾回：何度。　・飮散：（酒を）飲むことが終わった後で。飲食で歓をなした後で。
※燈殘香暖：夜も更けて、ともし火の油も切れてきたため、明かりの火が、消えかかるほど、長い時間の歓楽があった。　・燈殘：ともし火が、消えかかって。（時間が経って、灯油が切れてきたため、）明かりの火が、消えかかって。時間の経過をいう。　・殘：すたれる。そこなう。だめになる。蛇足だが、詩詞では、あまり「のこる」の意では使わない。「のこる」の意は「剩（剰）」「餘（余）」などを、また少し異なるが「遺」等を使う。　・香暖：香りはうららかで。香りは幸せな感じで。
※好事盡鴛衾：すばらしいことをオシドリの縫いとりをしているしとねのあるベッドでの睦み事をし尽くした。　・好事：すばらしいこと・よろしいこと。　・盡：し尽くす。　鴛衾：オシドリの縫いとりをしているしとね。ベッドでの睦み事。「鴛（鴦）」は、夫婦仲を暗示する言葉。
※如今萬水千山阻：今、（二人の間は引き裂かれて、遠く離れてしまい）多くの川と多くの山が阻んでいる。　・如今：いま。　・萬水千山：多くの川と多くの山。多数の山河。　・阻：はばむ。邪魔をする。
※魂杳杳：魂魄（の宿っている肉体）は、遥かに離れており。二者が遠く離れていることをいう。　・魂：肉体に宿っている精気。ここでは肉体とともにある「魂」のことであって、死後や夢裏での肉体から遊離した「魂」のことをいっているのではない。　・杳杳：遥かなさま。
※信沈沈：手紙もずっと来ないで、遠いものとなってしまった。　・信：信書。手紙。　・沈沈：奥深く静かなさま。
※孤棹煙波：（愛する人から離れて）孤独な独りの舟旅は、ずっと遠くまで水面が霞んで、（これから先が充分に見えないで）いる。後出の「小樓風月」は、女性側の居所の感じが強い語句であり、それに対して見れば、「孤棹煙波」は男性側の状況、境遇になる。　・孤棹：一本だけになっている舟を動かすサオ。孤独な旅路を謂う。　・煙波：（遠くまで）霞む水面。先の見通しがたたないことも暗示している。
※小樓風月：小さな建物に（残された女性が過ごす）建物での風月、自然の移ろい。　・小樓：小さな建物。女性の居る建物をいう。　・風月：自然界の景色。風と月。
※兩處一般心：（肉体は双方遠く離れてはいるものの、男女）双方（の心）は、一様な思いである。ともに相手を忘れずに、思い慕っている。　・兩處：男女双方。　・一般：一様な。同様の。同じ。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　***********

◎　構成について：

　双調。五十一字。一韻到底韻。韻式は「ＡＡＡ　ＡＡ」。韻脚は「金深衾　沈心」で、詞韻第十三部平聲十二侵。少年遊は、異体が多いが、次の詞調は少年遊の正体。