代出自薊北門行
鮑照
寵起邊亭,
烽火入咸陽。
徴騎屯廣武,
分兵救朔方。
嚴秋筋竿勁,
虜陣精且彊。
天子按劍怒,
使者遙相望。
鴈行縁石徑,
魚貫度飛梁。
簫鼓流漢思,
旌甲被胡霜。
疾風衝塞起,
沙礫自飄揚。
馬毛縮如蝟,
角弓不可張。
時危見臣節,
世亂識忠良。
投躯報明主,
身死爲國殤。
|
*******************
。
薊の北門より出づる行に 代ふ
羽檄 邊亭に起こり,
烽火 咸陽に入る。
騎を徴して 廣武に屯(あつ)め,
兵を分ちて 朔方を救ふ。
嚴秋 筋竿 勁く,
虜陣 精にして且(かつ) 彊なり。
天子 劍を按じて怒り,
使者 遙かに相ひ望む。
鴈行して 石徑に縁り,
魚貫して 飛梁を度る。
簫鼓 漢思を流し,
旌甲 胡霜を被(かうむ)る。
疾風 塞を衝きて起り,
沙礫 自ら飄揚す。
馬毛 縮みて蝟(ゐ=はりねずみ)の如く,
角弓 張る可からず。
時 危くして 臣節を 見(あらは)し,
世 亂れて 忠良を 識る。
躯を投じて 明主に 報へ,
身 死して 國殤と爲る。
******************
|
『古詩源』 |
◎ 私感訳註:
※鮑照:六朝(南朝)宋の詩人。字は明遠。東海郡(現山東省)の出身。413年頃〜466年。寒門出身の為に官途には恵まれなかった。兵乱のために殺された。
※代出自薊北門行:薊(けい)の北門より出づる行に代ふ。 *『昭明文選』、『古詩源』にある。これは『昭明文選』のもの。鮑照は『代+(古楽府題)』という「古楽府に代えて」という詩を多く作っている(『昭明文選』)。『楚辭・九歌・國殤』は「操呉戈兮被犀甲,車錯轂兮短兵接。旌蔽日兮敵若雲,矢交墜兮士爭先。凌余陣兮余行,左驂殪兮右刃傷。霾兩輪兮四馬,援玉兮撃鳴鼓。天時墜兮威靈怒,嚴殺盡兮棄原野。出不入兮往不反,平原忽兮路超遠。帶長劍兮挾秦弓,首身離兮心不懲。誠既勇兮又以武,終剛強兮不可凌。身既死兮~以靈,魂魄毅兮爲鬼雄。」とある。 ・代:曹植の楽府『出自薊北門行』に擬し代える。 ・出自:…より出る。 ・薊:〔けい;Ji4●〕薊州。現・北京の東100キロメートル弱。薊県。万里の長城があり、勇武軍、洪水守捉、塩城守捉がある。現・薊県、平谷県の北。『中国歴史地図集』第五冊 隋・唐・五代十国時期(中国地図出版社)48−49ページ「唐 河北道南部」にある。(写真右:現在の薊県) ・行:軍旅。旅行。行旅。
※羽檄起邊亭:緊急のふれぶみが辺地の駅亭に起こって。 ・羽檄:〔うげき;yu3xi4●●〕緊急のふれぶみ。急を告げ軍隊を呼び寄せる書面。急速を示すために鳥の羽をさしてある。 ・邊亭:辺地の駅亭。
※烽火入咸陽:(敵・匈奴侵入の)のろし火が(都の)咸陽に(伝わり)入った。 ・烽火:〔ほうくゎ;feng1huo3○●〕のろし火。 ・咸陽:〔かんやう;Xian2yang2○○〕秦の都。渭城のこと。現・陝西省咸陽市。漢代には渭城と呼ばれる。渭水の北岸にあり、京兆府(長安、現・西安)の西北の対岸にあたる。秦の始皇帝がここ都を置き、壮大な宮殿である阿房宮を築いた。渭水を夾んで長安の対岸(北岸)の街になる。『中国歴史地図集』第四冊 東晋十六国・南北朝時期(中国地図出版社)17−18ページ「宋魏時期全図」では、雍州(咸陽郡、京兆郡、長安)はわずかに魏(鮮卑の北魏のこと)に入っている。54−55ページの「長安附近」でも同様。南朝(六朝)宋は建康(南京)に都しているので、ここでは秦に仮託している。
※徴騎屯廣武:騎馬軍団を動員して(陝西省中部の)広武に駐屯させ。 ・徴騎:めしだされた騎馬隊。動員された騎馬軍団。『昭明文選』(写真:上)では「徴師」で、めしだされた軍団。 ・屯:〔とん;tun2○〕とどまりまもる。たむろする。 ・廣武:〔くゎうぶ;Guang3wu3●●〕現・陝西省延安の東の地名。『中国歴史地図集』第四冊 東晋十六国・南北朝時期(中国地図出版社)54−55ページ「北朝魏」では、朔方郡が長安の北北西250キロメートル(現・陝西省延安の東50キロメートル附近)にある。後出朔方郡のすぐ南、50キロメートルの所になる。「廣武」は河南省、山西省、河南省などの遥か離れた場所に比定される場合もあるが、「咸陽、朔方郡、廣武」の地名は陝西省に集中している(上記『中国歴史地図集』第四冊 東晋十六国・南北朝時期(中国地図出版社)54−55ページ「北朝魏」)陝西省のが妥当ではないか。
※分兵救朔方:兵力を派して北部の朔方を救うこととした。 ・分兵:兵力を分ける。派兵する。 ・朔方:〔さくはう;shuo4fang1●○〕北方。北方の砦の外の未開族の地。『中国歴史地図集』第四冊 東晋十六国・南北朝時期(中国地図出版社)17−18ページ「宋魏時期全図」では、朔方郡が長安の北方300キロメートル(現・陝西省子長、清澗附近)にある。後世、杜甫は『ゥ將五首』其二で「韓公本意築三城,擬絶天驕拔漢旌。豈謂盡煩回馬,翻然遠救朔方兵。胡來不覺潼關隘,龍起猶聞晉水C。獨使至尊憂社稷,ゥ君何以答升平。」と使う。
※嚴秋筋竿勁:きびしい秋、(敵・匈奴の)弓の弦と矢がらは、強く。 ・嚴秋:はげしい秋。きびしい秋。 ・筋竿:〔きんかん;jin1○gan1●〕弓の弦と矢がら。竿:〔かん;gan1●〕矢がら、の意で、〔かん;gan1○〕は、さお。 ・勁:〔けい;jin(g)4●〕弓の張りにつよい。つよい。かたい。後出の「つよい」義の「彊=強」があるが、それに比べて「勁」は、弾力性のある物が固いさまをいう。
※虜陣精且彊:胡虜の軍陣は、優れていて強い。 ・虜陣:異民族の軍隊。胡虜の軍陣。 ・精:すぐれている。より抜きである。 ・且:かつ。…であり、同時に…である。 ・「精且彊」:優れていて強い。 ・彊:〔きゃう;qiang2○〕強い。強い弓。彊=強。
※天子按劍怒:天子は、剣の柄(つか)に手をかけて怒り。 ・天子:帝王。天に代わって国を統治するもの。ここでは南朝・宋の孝武帝ことをいうのか。 ・按劍:〔あんけん;an4jian4●●〕剣の柄(つか)に手をかける。唐・王翰は『古長城吟(飮馬長城窟行)』「長安少年無遠圖,一生惟羨執金吾。麒麟前殿拜天子,走馬西撃長城胡。胡沙獵獵吹人面,漢虜相逢不相見。遙聞撃鼓動地來,傳道單于夜猶戰。此時顧恩寧顧身,爲君一行摧萬人。壯士揮戈回白日,單于濺血染朱輪。歸來飲馬長城窟,長城道傍多白骨。問之耆老何代人,云事秦王築城卒。黄昏塞北無人煙,鬼哭啾啾聲沸天。無罪見誅功不賞,孤魂落魄此城邊。當昔秦王按劍起,諸侯膝行不敢視。富國強兵二十年,築怨興徭九千里。秦王築城何太愚,天實亡秦非北胡。一朝禍起蕭墻内,渭水咸陽不復キ。」と使う。按劍=按劒。
※使者遙相望:(天子の派遣した)使者が遥かにずっと見えている。 ・使者:味方の軍団同士の聯絡の使者なのか、敵の胡軍との交渉の使者なのか不明。 ・相望:見えている。 ・相:…ている。動作が対象に及ぶ様を表す。また、「相互に」の意。ここは、前者の意。前者の用例は、王維は『送別』で「山中相送罷,日暮掩柴扉。春草明年香C王孫歸不歸。」 や韋荘の『C平樂』に「春愁南陌。故國音書隔。細雨霏霏梨花白。燕拂畫簾金額。 盡日相望王孫,塵滿衣上涙痕。誰向橋邊吹笛,駐馬西望消魂。」と使う。
※鴈行縁石徑:(我が軍勢は)がんが列を作って飛んで行くかのような横隊の列を作って、石の多い山道づたいに(進み)。 ・鴈行:〔がんかう;yan4xing2●○〕がんが列を作って飛んで行く。がんの行列。鴈=雁。 ・縁:よる。 ・石徑:石の多い道。石の多い山道。杜牧の『山行』「遠上寒山石徑石徑斜,白雲生處有人家。停車坐愛楓林晩,霜葉紅於二月花。」 と使う。
※魚貫度飛梁:魚が縦に連なって泳ぐように縦に列を作って、高い橋を度って進んでいる。 ・魚貫:魚が前後して連なって泳ぐように連なって進む。 ・度:わたる。 ・飛梁:高い橋。
※簫鼓流漢思:笛と太鼓は漢への思いを募らせて。 ・簫鼓:〔せうこ;xiao1gu3○●〕ふえと太鼓。 ・漢思:漢への思い。漢のすず風。『古詩源』は「漢思」〔かんし;Han4si1●◎〕を「漢」〔かんし;Han4si1●○〕とする。漢のすず風の意。
※旌甲被胡霜:旗とよろいにはえびすの地の霜が降りて覆っている。 ・旌甲:〔せいかふ;jing1jia3○●〕旗とよろい。 ・被:(霜などが)降りて覆う。 ・胡霜:えびすの地の霜。
※疾風衝塞起:勢いよく吹く風が砦(とりで)を突いて起こり。 ・疾風:速い風。勢いよく吹く風。 ・衝塞起:砦(とりで)を突いて起こる。
※沙礫自飄揚:砂と小石が、おのずから風に舞い上がる。 ・自:おのずから。 ・沙礫:砂と小石。 ・飄揚:(風に)舞い上がる。現代でも『歌唱社會主義祖國』で「五星紅旗迎風飄揚,革命歌聲多麼響亮。歌唱我們社會主義祖國,到處都是燦爛陽光。我們偉大領袖毛澤東,領導我們奔向前方。」と使われる東晋・陶淵明の『歸去來兮辭』に「歸去來兮,田園將蕪胡不歸。既自以心爲形役,奚惆悵而獨悲。悟已往之不諫,知來者之可追。實迷途其未遠,覺今是而昨非。舟遙遙以輕,風飄飄而吹衣。問征夫以前路,恨晨光之熹微。」とある。
※馬毛縮如蝟:(寒気で)馬の毛は縮んで、ハリネズミのようになっており。 ・如:…のようである。…ごとし。 ・蝟:〔ゐ;wei4●〕ハリネズミ。「蝟縮」:ハリネズミがちぢこまるようにおそれちぢこまる。
※角弓不可張:(指が凍えて)つのでつくった弓を張ることがげきない。 ・角弓:〔かくきゅう;jiao3(jue2)gong1●○〕つのでつくったゆみ。 ・不可:…することがげきない。 ・張:はる。
※時危見臣節:時節が急を告げる時にこそ、臣下としてのみさおを示す者が現れ。 *後世、南宋末・文天祥の『正氣歌』に「天地有正氣,雜然賦流形。下則爲河嶽,上則爲日星。於人曰浩然,沛乎塞蒼冥。皇路當C夷,含和吐明庭。時窮節乃見,一一垂丹。在齊太史簡,在晉董狐筆。在秦張良椎,在漢蘇武節。爲嚴將軍頭,爲侍中血。爲張陽齒,爲顏常山舌。」と使われる。 ・時危:時節が急を告げるとき。 ・見:〔けん;xian4●〕現れる。なお、普通の「見る」の意では〔けん;jian4●〕。 ・臣節:臣下としてのみさお。臣道。
※世亂識忠良:世の中が乱れた時には、忠義の真心を知ることができる。 *これと似たフレーズは史書で屡々使われている。 ・世亂:世の中が乱れる。 ・識:知る。悟る。見分ける。 ・忠良:忠義で善良。真心があってすなお。
※投躯報明主:身を抛って、英明な君主にこたえようと思い。 ・投躯:身を抛つ。 ・報:こたえる。 ・明主:英明な君主。後世、宋・岳飛は『送紫岩張先生北伐』「號令風霆訊,天聲動北陬。長驅渡河洛,直搗向燕幽。馬閼氏血,旗梟可汗頭。歸來報明主,恢復舊~州。」と使う。
※身死爲國殤:身は死して護国の鬼(き)となった。 ・身死:肉体は死んでしまう。後世、白居易の『新豐折臂翁』に「新豐老翁八十八,頭鬢眉鬚皆似雪。玄孫扶向店前行,左臂憑肩右臂折。問翁臂折來幾年,兼問致折何因縁。翁云貫屬新豐縣,生逢聖代無征戰。慣聽梨園歌管聲,不識旗槍與弓箭。無何天寶大徴兵,戸有三丁點一丁。點得驅將何處去,五月萬里雲南行。聞道雲南有瀘水,椒花落時瘴煙起。大軍徒渉水如湯,未過十人二三死。村南村北哭聲哀,兒別爺孃夫別妻。皆云前後征蠻者,千萬人行無一廻。是時翁年二十四,兵部牒中有名字。夜深不敢使人知,偸將大石槌折臂。張弓簸旗倶不堪,從茲始免征雲南。骨碎筋傷非不苦,且圖揀退歸ク土。此臂折來六十年,一肢雖廢一身全。至今風雨陰寒夜,直到天明痛不眠。痛不眠,終不悔,且喜老身今獨在。不然當時瀘水頭,身死魂孤骨不收。應作雲南望ク鬼,萬人冢上哭。老人言,君聽取,君不聞開元宰相宋開府,不賞邊功防黷武。又不聞天寶宰相楊國忠,欲求恩幸立邊功。邊功未立生人怨,請問新豐折臂翁。」 と使う。 ・爲:…となる。 ・國殤:〔こくしゃう;guo2shang1●○〕殉国の士。国のために命を捧げた者を傷(悼)むこと。また、その対象。死国。『楚辭』の『九歌』の中に『國殤』「操呉戈兮被犀甲,車錯轂兮短兵接。旌蔽日兮敵若雲,矢交墜兮士爭先。凌余陣兮余行,左驂殪兮右刃傷。霾兩輪兮四馬,援玉兮撃鳴鼓。天時墜兮威靈怒,嚴殺盡兮棄原野。出不入兮往不反,平原忽兮路超遠。帶長劍兮挾秦弓,首身離兮心不懲。誠既勇兮又以武,終剛強兮不可凌。身既死兮神以靈,魂魄毅兮爲鬼雄。」がある。 ・殤:〔しゃう;shang1○〕わかじに。二十歳以前に死ぬこと。(外地にあって)わかじにすること。
◎ 構成について
韻式は「AAAAAAAAAA」。韻脚は「陽方彊望梁霜揚張良殤」で、平水韻でいえば下平七陽。次の平仄はこの作品のもの。
●●●○○,
○●●○○。(韻)
○○○●●,
○○●●○。(韻)
○○○●●,
○●○●○。(韻)
○●●●●,
●●○○◎。(韻)
●○○●●,
○●●○○。(韻)
○●○●◎,
○●●○○。(韻)
●○○◎●,
○●●○○。(韻)
●○●○●,
●○●●○。(韻)
○○●○●,
●●●○○。(韻)
○○●○●,
○●○●○。(韻)
2007.10.22
10.23
10.24
10.25
10.26
10.27
10.28
10.29
|
漢詩 唐詩 漢詩 宋詞
次の詩へ
前の詩へ
「先秦漢魏六朝・詩歌辞賦」メニューへ戻る
**********
玉臺新詠
陶淵明集
辛棄疾詞
陸游詩詞
李U詞
李清照詞
花間集
婉約詞集
豪放詞集・碧血の詩篇
歴代抒情詩集
秋瑾詩詞
天安門革命詩抄
扶桑櫻花讚
毛主席詩詞
読者の詩詞
碇豊長自作詩詞
豪放詞 民族呼称
詩詞概説
唐詩格律 之一
宋詞格律
詞牌・詞譜
詞韻
詩韻
参考文献(宋詞・詞譜)
参考文献(詩詞格律)
参考文献(唐詩・宋詞)
|
わたしの主張