杜甫贈花卿　詩詞世界　碇豊長の詩詞：漢詩　Du Fu

贈花卿
	唐・杜甫

錦城絲管日紛紛，
半入江風半入雲。
此曲祗應天上有，
人間能得幾回聞。

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花卿(くゎけい)に贈る

錦城(きんじゃう)の絲管( しくゎん)　　日に紛紛(ふんぷん)，
半(なか)ばは江風(かうふう)に入(い)りて　　半(なか)ばは雲に入(い)る。
此(こ)の曲　祗(た)だ應(まさ)に　　天上(てんじゃう)に有るべく，
人間(じんかん)　能(よ)く　　幾回(くゎい)か聞くを得(え)ん。

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◎　私感註釈

※杜甫：盛唐の詩人。７１２年（先天元年）～７７０年（大暦五年）。字は子美。居処によって、少陵と号する。工部員外郎という官職から、工部と呼ぶ。晩唐の杜牧に対して、老杜と呼ぶ。さらに後世、詩聖と称える。鞏県（現・河南省）の人。官に志すが容れられず、安禄山の乱やその後の諸乱に遭って、流浪の一生を送った。そのため、詩風は時期によって複雑な感情を込めた悲痛な社会描写のものになる。

※贈花卿：花（か）さまに贈る（詩）。　・花卿：花（か）さま。「花（くゎ；Hua1：ホア）」は姓で、花敬定（/花驚定）という猛将の尊称。成都の尹・崔光遠の部将で、梓州刺史の段子璋の叛乱を平定した功がある。作者は『戲作花卿歌』でも：（７６１年：肅宗）上元二年，梓州刺史段子璋反，襲東川節度使李奐於綿州，自稱梁王，改元。成都尹崔光遠率將花驚定攻拔之，斬子璋，奐得復位。「成都猛將有花卿，學語小兒知姓名。用如快鶻風火生，見賊唯多身始輕。綿州副使著柘黄，我卿掃除即日平。子璋髑髏血糢糊，手提擲還崔大夫。李侯重有此節度，人道我卿絶世無。既稱絶世無，天子何不喚取守京都。」と詠う。

※錦城糸管日紛紛：成都で流れる音楽は、日々続いて絶えることなく。　・錦城：錦官城のことで、成都（現・四川省の成都）の別名。その地の産物である錦を製造・管理する役所があったのでいう。＝錦官城、錦里城。唐・杜甫の『蜀相』に「丞相祠堂何處尋，錦官城外柏森森。映堦碧草自春色，隔葉黄鸝空好音。三顧頻煩天下計，兩朝開濟老臣心。出師未捷身先死，長使英雄涙滿襟。」とあり、同・杜甫の『春夜喜雨』に「好雨知時節，當春乃發生。隨風潛入夜，潤物細無聲。野徑雲倶黑，江船火獨明。曉看紅濕處，花重錦官城。」とある。ただし、杜甫の『戲作花卿歌』では「綿州」（上掲青字）という表現もある。この綿州とは成都（＝錦官城）の東北１００キロメートルの所の地名（現・綿陽市一帯）であって、成都（＝錦官城＝錦城）とは１００キロメートル離れた別のところ。『中国歴史地図集』第五冊　隋・唐・五代十国時期（中国地図出版社）６５－６６ページ「唐剣南道北部」に詳しい。　・糸管：弦楽器と管楽器。＝糸竹。音楽のこと。ここは「●●」となるべきところなので「糸管」「糸竹」「絃管」等を使うが、「管絃」「管弦」等は「●○」となるので、使えない。　・日：日々。　・紛紛：〔ふんぷん；fen1fen1○○〕しきりに。続々と。どしどしと。連続して絶えないさまをいう、また、入り交じって乱れるさま。（花や雪などが）散り乱れるさま。盛唐・杜甫の『貧交行』に「翻手作雲覆手雨，紛紛輕薄何須數。君不見管鮑貧時交，此道今人棄如土。」とあり、晩唐・杜牧は『淸明』に「淸明時節雨紛紛，路上行人欲斷魂。借問酒家何處有，牧童遙指杏花村。」とあり、明・高啓の『題桂花美人』に「桂花庭院月紛紛，按罷霓裳酒半醺。折得一枝攜滿袖，羅衣今夜不須熏。」とある。

※半入江風半入雲：（音楽の音色は）半ばは川風に流れていき、半ばは雲に入っていく。（≒天上世界に届きそうである）　・江風：川風。　・入雲：雲に入っていく。天に届く。杜甫の『秦州雜詩二十首』其三に「鼓角縁邊郡，川原欲夜時。秋聽殷地發，風散入雲悲。抱葉寒蝉靜，歸來獨鳥遲。萬方聲一概，吾道竟何之。」とある。後世、毛沢東は『水調歌頭』重上井岡山で「久有凌雲志，重上井岡山。千里來尋故地，舊貌變新顏。到處鶯歌燕舞，更有潺潺流水，高路入雲端。過了黄洋界，險處不須看。　　　風雷動，旌旗奮，是人寰。三十八年過去，彈指一揮間。可上九天攬月，可下五洋捉鼈，談笑凱歌還。世上無難事，只要肯登攀。」と使う。

※此曲只応天上有：この音楽は、ただ天上世界（≒宮中）にだけあって（しかる）べきもので。　・此曲：この音楽。この（「天樂」とも謂える）調べ。　・只応（＝祗應）：ただ…だけに…すべきである。ただまさに…べし。後世、中唐・白居易は『一字至七字詩』で「詩。綺美，瓌奇。明月夜，落花時。能助歡笑，亦傷別離。調清金石怨，吟苦鬼神悲。天下只應我愛，世間唯有君知。自從都尉別蘇句，便到司空送白辭。」と使い、南宋・辛棄疾は『鷓鴣天』「送人」で「唱徹陽關涙未乾，功名餘事且加餐。浮天水送無窮樹，帶雨雲埋一半山。　　　今古恨，幾千般，只應離合是悲歡？江頭未是風波惡，別有人間行路難。」と使う。　・只：（＝祗）ただ…だけ。ただ…のみ。　・應：〔おう；ying1○〕（副詞）まさに…べし。また、（動詞）あたる。うける。ここは、前者の意。なお、「應」に〔おう；ying4●〕（動詞）こたえる、の意もあるが、仄声。この語の平仄は、「○」のところ。　・天上：天の世界。天の上。空。天上界。後出・「人間」の対義。ただし、この詩を栄華を誇った花敬定（/花驚定）に対する諷刺があるとすれば、「天上」とは「宮中」の意で、「此曲」とは「天樂」（＝宮中の妙なる音楽）のことを指している。中唐・白居易の『長恨歌』に「但敎心似金鈿堅，天上人間會相見」とあり、南唐後主・李煜の『浪淘沙』には「別時容易見時難。流水落花春去也，天上人間。」とある。

※人間能得幾回聞：この人の世では、どれほど聞くことができようか。（殆どあるまい）。 *魏・曹操の『短歌行』に「對酒當歌，人生幾何。譬如朝露，去日苦多。慨當以慷，憂思難忘。何以解憂，唯有杜康。」とあり、盛唐・崔惠童の『宴城東莊』に「一月人生笑幾回，相逢相値且銜杯。眼看春色如流水，今日殘花昨日開。」とあり、韋莊の『菩薩蠻』其四に「勸君今夜須沈醉，樽前莫話明朝事。珍重主人心，酒深情亦深。　　　須愁春漏短，莫訴金杯滿。遇酒且呵呵，人生能幾何？」に同じ。　・人間：〔じんかん；ren2jian1○○〕人の世。世の中。人生。ここでは、「天上」に対しての「人間」（人の世）の意で使われている。盛唐・李白の『山中問答』に「問余何意棲碧山，笑而不答心自閑。桃花流水杳然去，別有天地非人間。」とあり、盛唐・儲光羲の『寄孫山人』に「新林二月孤舟還，水滿淸江花滿山。借問故園隱君子，時時來往住人間。」とあり、南唐後主・李煜の『浪淘沙』では「簾外雨潺潺，春意闌珊。羅衾不耐五更寒。夢裏不知身是客，一餉貪歡。　　　獨自莫憑欄，無限江山。別時容易見時難。流水落花春去也，天上人間。」と使う。　・能：（助動詞）…できる。能力や条件が備わり、何かをすることができることを表す。　・得：得る。獲得する。　・幾回：何回。どれほど。上掲・青字部分参照。　・聞：耳にする。

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◎　構成について

韻式は、「AAA」。韻脚は「紛雲聞」で、平水韻上平十二文。この作品の平仄は、次の通り。

●○○●●○○，（韻）
●●○○●●○。（韻）
●●●○○●●，
○○○●●○○。（韻）