huanying xinshang Ding Fengzhang de zhuye




                     
別歌
          

                         
         前漢 李陵

徑萬里兮度沙漠,
爲君將兮奮匈奴。
路窮絶兮矢刃摧,
士衆滅兮名已隤。
老母已死,
雖欲報恩將安歸。


    **********************
        別歌
   
萬里を 徑
(わた)りて  沙漠を 度り,
君が將と 爲
(な)りて  匈奴に 奮ふ。
路 窮
(きはま)り 絶えて  矢刃(しじん) 摧け,
士衆 滅びて  名 已に 隤
(お)つ。
老母  已
(すで)に 死せり,
恩に 報
(むく)いんと欲(ほっ)すと 雖(いへど)も  將(は)た 安(いづ)くにか 歸(き)せん。


             ******************

◎ 私感訳註:


※別歌:『古詩源』卷二「漢詩」の中にある。『漢書・李廣蘇建傳』中の「蘇建・子武」では、やや異なって「徑萬里兮度沙
,爲君將兮奮匈奴。路窮絶兮矢刃摧,士衆滅兮名已。老母已死,雖欲報恩將安歸!」となっている。同『武帝紀』古註では「徑萬里兮沙幕」となっている。ともに本ページ『古詩源』と同義。 節奏は近体詩と異なる騒体。基本的には、「□・□□兮 □□」となっている。(□□□兮 □□□。)

※李陵:前漢の名将。字は少卿。騎都尉として、匈奴の征討をし、五千で以て八万の単于軍とよく奮戦した。簡潔に「以少撃衆,歩兵五千人渉單于庭」と表されている。孤軍の歩兵のため、武運が尽き、匈奴に降りた。単于は、李陵を壮として、単于の女(むすめ)を妻として与え、右校王に取り立てた。(『漢書・…・李陵列傳』) 彼はその地で二十余年を過ごし、そこで歿した。蘇武とともにこの時代を彩る人物。李陵、蘇武は、ともに漢の武帝の対匈奴積極攻略策で犠牲となったと謂える人物。二人は、漢の地、胡の地双方を通じての知己で、古来、両者を比して論じられる。一方の蘇武は、匈奴に使いしたが拘留されて十九年匈奴の地にさまよった。しかしながら節を持して、屈服しなかった。その節義は後世にまで永く讃えられ、豪放詞にしばしば取り上げられている。また、文天祥『正気歌』でも「天地有正氣,雜然賦流形。下則爲河嶽,上則爲日星。…於人曰浩然,沛乎塞蒼冥。…時窮節乃見,一一垂丹。…在秦張良椎,在漢蘇武節。」と歌われている。それに反して、李陵は『漢書・…・李陵列傳』での武帝の怒りの通りで、「投降派」「裏切り者」となった。なぜ玉と砕けなかったのか、なのである。しかし『文選』第四十一巻に遺された李少卿(李陵)の『答蘇武書』は、胸に迫るものがある。『漢書・李陵列傳〜蘇武列傳』でも、その間の事情と心の動きが描写されている。前出『漢書・…・蘇武列傳』では、武帝が亡くなった後、昭帝が立ち、匈奴との宥和外交が展開され、蘇武が匈奴の地に生きていることが判り、中国に凱旋することとなった。李陵は、蘇武の帰国を祝い、置酒して餞別の宴を張った。そこで李陵は、苦悩の胸の内を打ち明けて、起って、舞いながらこの歌を歌った。李陵の頬には涙が流れた…。原文では:「數月,昭帝即位。數年,匈奴和親。等,匈奴詭言死。後使復至匈奴常惠請其守者與倶,得夜見使,具自陳道。教使者謂單于,言天子射上林中,得雁,足有係帛書,言等在某澤中。使者大喜,如語以讓單于。單于視左右而驚,謝使曰:『等實在。』於是陵置酒賀曰:『今足下還歸,揚名於匈奴,功顯於漢室,雖古竹帛所載,丹青所畫,何以過子卿雖駑怯,令且貰罪,全其老母,使得奮大辱之積志,庶幾乎曹柯之盟,此宿昔之所不忘也。收族家,爲世大戮,尚復何顧乎?已矣!令子卿知吾心耳。異域之人,壹別長絶!』起舞,歌曰:『
徑萬里兮度沙幕,……,雖欲報恩將安歸!』泣下數行,因與決。」と二人の別離の場面と、この詩の由来を伝えている。また、『漢書・…・李陵列傳」では、「立政隨謂陵曰:『亦有意乎?』陵曰:『丈夫不能再辱。』」と端的にその心を述べている。余談になるが、中島敦の『李陵』は、この『漢書・李廣蘇建傳』の詳しい訳と謂える優れたものである。李陵の心の動きが活写されている。

※徑萬里兮度沙漠:遙か彼方へ出かけて、砂漠を渡って。万里の遠征行をいう。 ・徑:〔けい;jing4●〕わたる。行き過ぎる。通り過ぎる。 ・萬里:遙かな道程。 ・兮:詩歌のリズムを整える働きをする辞。「□□□兮 □□□。」と、□□□で兮字になり、また□□□に続いて一句をなすという騒体。(『詩経』や)『楚辞』等の上代詩に多く見られる。 ・度:わたる。渡る。 ・沙漠:砂漠。ここではゴビ砂漠になるか。

※爲君將兮奮匈奴:漢の王室の武将となって、匈奴の地に奮戦する。 ・爲:…となる。 ・君將:漢の王室の武将。武帝の武将。 ・奮:奮戦する。ふるう。 ・匈奴:匈奴の地(に)。

※路窮絶兮矢刃摧:路:みちは、行き詰まり、矢玉が尽き果て、武器も壊れた。 ・路:みち。 ・窮絶:行き詰まる。李陵の軍勢は孤軍であったことをいう。 ・矢刃:矢とやいば。兵器、武器。」 ・摧:くだける。ここでは、李陵の軍勢が矢玉が尽き果て、匈奴の軍に打ち破られたことをもいう。実際にも「矢刃摧」は、『漢書・李廣蘇建傳』に「一日五十萬矢皆盡」や「復得矢數十矢,足以脱矣。」に対応している。

※士衆滅兮名已隤:部下の将士たちの名誉は、とっくに崩れおちてしまった。 ・士衆:部下の将士たち。歩兵の部隊である。「陵與韓延年倶上馬,壯士從者十餘人。」とある。 ・滅:死滅する。 ・名:名誉。名声。 ・已:すでに。とっくに。 ・隤:〔たい;tui2○〕くずれる。おちる。くだる。くずす。

※老母已死:母は死んだ。 ・老母:母。 ・死:死んだ。母や妻といった家族は、武帝のために殺された。

※雖欲報恩將安歸:(親の)恩に報いようとは思うが、一体 どこにもどればいいのか。 ・雖:…ではあるが。…といえども。 ・欲:…よう。…たい。ほっす。 ・報恩:恩に報いる。ここは母親に対する孝養。ただ、『漢書・李廣蘇建傳』で、李陵は「無面目報陛下。」とも言ってはいるが、ここは皇恩ではなかろう。 ・將:それとも。はたまた。はた。ふたつのことを並べる接続詞。〔A將B〕「A(するの)か、それとも、B(するの)か」。もっとも、ここは伝統的に「はた」と訓んでいるものの、「まさに…(んと)す」の意で使われているのではないか。日本語の語調では「はた」はとても調子がよいので、名訳とは思うが…。ここは、伝統と習慣に従う。 ・安:いづくに。反語。 ・歸:本来のところにもどる。




◎ 構成について

韻式は「AAAA」。韻脚は 「上平十灰(摧」。上平五微(歸)。「奴」は上平七虞で遠いが…。次の平仄はこの作品のもの。「兮」はになる。

●●●兮●○●,
●○◎兮●○○。(韻)
●○●兮○●○,
●●●兮○●○。(韻)
●●●●,
○●●○◎○○。(韻)


2004.3.21
     3.22
     3.23
     3.24
2005.8.29

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