七律　和郭沫若同志

　　　　　　　　　　　　一九六一年十一月十日


　一從大地起風雷，
　便有精生白骨堆。
　僧是愚氓猶可訓，
　妖爲鬼蜮必成災。
　金猴奮起千鈞棒，
　玉宇澄�C萬里埃。
　今日歡呼孫大聖，
　只縁妖霧又重來。


******

郭沫若同志に和す

　　　　　　　　　　　　　　おこ　　　　　　より
　 大地に風雷　起りて一従，
すなは　　もののけ　　　　　　　　かさなれる
　便ち精の　白骨の堆より生ずる有り。
　　　　　　　これ　　　ぐばう　　　　　　　　　なほ　 　をし　 　　　　べ
　僧は是　愚氓にして　猶も訓ふ可きも，
あやしきもの　きゐき　　な　　　　　　　　　　　　わざはひ
　妖は鬼蜮と爲りて　必ずや災を成さん。

　金猴　奮ひ起こす　千鈞の棒，

　玉宇　萬里の埃を澄�Cす。

　今日　孫大聖を　歓呼するは，
　ただ　　　　　　　　　　　　また　　　　　　　　きた　　　　　　　　よ
　只　妖霧の　又重ねて來るに 縁る。

　　　　　　　　　　　　　**********

私感注釈

※七律　和郭沫若同志：郭沫若同志の詩に唱和する。 　・一九六一年十一月十日：毛沢東の提倡した大躍進政策が失敗し、三年続きの自然災害とソ連との対立も重なった結果、数千万人の餓死者を出した。毛沢東は自己批判を行って国家主席を辞任し、経済は調整局面に入った。毛沢東としては、自分の政策が否定され、鬱屈した心境で過ごしていた時期。この詩はその時期のもの（発表は１９６３年１２月）で、反対者に対する寓意が多い。なお、結果として毛沢東に反対する立場を取って国家の運営を任された劉少奇や�ｹ小平らは、その後の文化大革命で「実権派」として打倒された。この作品は、文化大革命を発動した時の毛沢東の心境がよく分かる詩。　・和：〔わ；he

〕（詩歌に）唱和する。…に和す。他人が作った詩作に対して、詩を作って応えること。また、和韻は、同一の韻部（韻目）の中の韻字を使った詩作をいう（＝依韻）。特に、全く同一の文字を同一配列（＝次序）で使うことを特に次韻といい、同一の韻字を自由な配列で用いることを用韻といい、同一の韻部の中の文字を使うことを依韻、狭義の和韻という。　・郭沫若：現代の文学者、歴史学者、政治家。１８９２年〜１９７８年。四川省の楽山の人。名は開貞。号して沫若。日本に留学中、文筆活動を開始。国民党に参加し、北伐軍の総政治部主任となるが、南昌蜂起に参加、直後に中国共産党に加入。蒋介石に追われ、日本へ亡命。１９３７年に日中戦争が勃発するや日本人の妻らを残して帰国、国民政府に参加して、抗日救国に活躍。中華人民共和国成立後、政務院副総理・中国科学院院長に就任。文学・史学の指導に努める。（なお、１９５７年の反右派闘争以降は、毛沢東に迎合するようになり、１９６６年〜の文化大革命発動後には、「私が以前に書いた全てのものは、全て焼き捨てるべきで、少しの価値も無い」との自己批判を行い、一層毛沢東に迎合する度合いが高まっていった。）　・同志：…さん。あらたまった気分での呼称。革命の理想のために協力する仲間を指す。ここは、前者の意。なお、正式な場合には、共産党外の人士に対しては、「-先生」が使われる。

※一従大地起風雷：大地から、強烈な衝撃力の暴風とかみなりが起こって。　・一従：…から。…より。≒一自。「一従」は

胡塵入漢關，十年伊洛路漫漫。��墩溪畔龍鐘客，獨立東風看牡丹。」とあり、後世、日本・大槻清崇は『佛郎王詞』で「半生威武遍西洋，青史長留赫赫名。

功名歸太帝，無人艷説歴山王。」と使う。　・風雷：風とかみなり。暴風とかみなり。勢いのさかんなものの喩え。勢いの強い猛烈な衝撃力を謂う。毛沢東の『水調歌頭・重上井岡山』（一九六五年五月）に「久有凌雲志，重上井岡山。千里來尋故地，舊貌變新顏。到處鶯歌燕舞，更有潺潺流水，高路入雲端。過了黄洋界，險處不須看。　　　

動，旌旗奮，是人寰。三十八年過去，彈指一揮間。可上九天攬月，可下五洋捉鼈，談笑凱歌還。世上無難事，只要肯登攀。」とあり、清末・龔自珍の『己亥雜詩』に「九州生氣恃

，萬馬齊喑究可哀。我勸天公重抖擻，不拘一格降人材。」とある。

※便有精生白骨堆：妖しいものが白骨のうずたかく積もったところから生じていた。（革命に反対する勢力が頭を擡（もた）げてきた。）　・便：すなわち。ので、…。　・精：もののけ。妖しいもの。ここでは孫悟空と闘った白骨の精を指し、毛沢東にとって政治的に問題のある勢力の台頭を指す。　・白骨堆：白骨の精。『西遊記』に基づいた京劇に「三打白骨精」がある。

※僧是愚氓猶可訓：僧侶（の三蔵は）愚かな者ではあるが、なおまだおしえて（救うことが）できるが。（僧侶は、思想教育を施して、まだ、考えを改めさせることが出来る人物であるが。）　・僧：僧侶。ここでは玄奘三蔵を謂う。孫悟空が彼の供をして天竺へいく『西遊記』の準主人公。　・是：…は…である。これ。主語と述語の間にあって述語の前に附き、述語を明示する働きがある。〔A是B：AはBである〕。　・愚氓：愚かな人。氓は「ひと」。　・猶：それでも、なお。　・可：することができる。　・訓：おしえる。おしえさとす。

※妖為鬼蜮必成災：妖異は、（人に害を加える）妖怪変化となって、きっと災いをなすに違いない。　・妖：ばけもの。妖怪。　・為：〔ゐ；wei2○〕…と　なる。「…となる」や「たり」の場合は平声（陽平wei2）で、 「ために」という介詞の意は仄（去声wei4）。　・鬼蜮：〔きゐきgui3yu4●●〕鬼（妖怪）と蜮（いさごむし）。妖怪と水中からひそかに人に害を加える妖怪・いさごむし。転じて、ひそかに人に危害を加えるもの。幽霊。化け物。　・必：きっと…ことだろう。かならず…ことだろう。　・成災：わざわいとなる。災難となる。　・災：わざわい。災難。

※金猴奮起千鈞棒：孫悟空は、金箍棒（きんこぼう）を力を入れて持ち上げて奮い立って。孫悟空が千鈞の棒を振りあげて。　・金猴：孫悟空を指す。文化大革命の時には、紅衛兵をこれに擬（なぞ）えて呼んだ。　・奮起：力を入れて持ち上げる。奮い立つ。　・千鈞棒：金箍棒。一万三千五百斤の鉄棒で、孫悟空の持っている武器。

※玉宇澄清万里埃：天下の遥かに遠い距離に亘ってある塵を清め治めた。　・玉宇：天空。宇宙。本来は、りっぱな御殿。神仙が住む宮殿。美しい宮殿。ここは、前者の意。　・澄清：澄まし清める。乱世を清め治める。　・埃：塵。ほこり。

※今日歓呼孫大聖：今、孫悟空を喜びのあまり声をあげて（迎えるのは）。　・孫大聖：孫悟空のこと。斉天大聖孫悟空。

※只縁妖霧又重来：ただ妖しい霧が、またしても重ねて来ようとしているからだ。修正主義が、またしても重ねて来ようとしているからだ。　・縁：…による。…に基づく。…のために。また、わけ。理由。ここは、前者の意。　・妖霧：妖しい霧。毛沢東にとっては、政治的に妖しい雰囲気。文化大革命前後には修正主義と呼ばれた妖霧。　・又：またしても。　・重来：かさねてきたる。「重」は、「かさなる」の意味のときは平声（陽平chong2）で、「おもい」意の時は仄（去声zhong4）。






◎　構成について：

七言律詩　平起式。韻式は「AAAAA」で、脚韻は、「雷」「堆」「災」「埃」「來」で、平水韻上平十灰。

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