楊万里送徳輪行者　詩詞世界　碇豊長の詩詞：漢詩 Yang Wanli

送德輪行者
	南宋・楊萬里

瀝血抄經奈若何，
十年依舊一頭陀。
袈裟未著愁多事，
著了袈裟事更多。

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德輪行者を送る

血を瀝(したた)らせて　經(きゃう)を抄(せう)す　　若(なんぢ)を奈何(いかん)せん，
十年(じふねん)　舊(きう)に依(よ)る　　一頭陀(づだ)。
袈裟(けさ)　未(いま)だ著(つ)けざれども　　多事(たじ)に愁(うれ)ひたれば，
袈裟(けさ)を著(つ)け了(た)れば　　事(こと) 更(さら)に多からん。

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◎　私感註釈

※楊万里：南宋の学者、詩人。字は廷秀。号して誠齋。吉水（現・江西省吉水県）の人。１１２７年（靖康二年／建炎元年）～１２０６年（開禧二年）。生涯、抗金に勤めた。南宋の「中興四大詩人」の一。

※送徳輪行者：徳輪行者を送別して。 *僧侶と僧侶の階層社会に対しての諷刺詩。　・送：見送る。送別する。　・徳輪：行者の名。　・行者：〔ぎゃうじゃ；xing2zhe3○●〕仏道を修行する人。蛇足になるが、『西遊記』の孫悟空も「孫行者」と呼ばれる。

※瀝血抄経奈若何：血を滴（したた）らせてまでして真面目に写経をしているおまえを、どのようにしたものか。　・瀝血：〔れきけつ；li4xue4●●〕血が滴（したた）る。血を滴（したた）らせて字を書く。真心を示す意。　・抄経：写経する。経文を書き写す。仏法の修行のために行われる。　・抄：〔せう；chao1○〕（書き）写す。写しとる。　・奈若何：おまえをどのようにしようか。　・奈何：どうしよう。いかん。＝奈何。　・奈若何：あなたをどのようにしよう。*「奈何」の間に人称代詞の「若」（なんぢ）が入って、「奈若何」となる。上代漢語語法の疑問文の用法。秦末漢初・項羽の『垓下歌』に「力拔山兮氣蓋世，時不利兮騅不逝。騅不逝兮可奈何，虞兮虞兮柰若何。」とある。　・若：おまえ。なんぢ。＝汝。

※十年依旧一頭陀：（この）十年の間、昔と変わることのない一人の（平凡な）行脚僧にすぎない。　・依旧：昔ながらに。昔と変わることなく。晩唐・韋莊の『金陵圖』に「江雨霏霏江草齊，六朝如夢鳥空啼。無情最是臺城柳，依舊烟籠十里堤。」とあり、馮延巳の『鵲踏枝』に「誰道閑情抛擲久，毎到春來，愁悵還依舊。日日花前常病酒，不辭鏡裡朱顏痩。　　　河畔青蕪堤上柳，爲問新愁，何事年年有？獨立小樓風滿袖，平林新月人歸後。」とあり、孫光憲の『後庭花』其二に「石城依舊空江國，故宮春色。七尺靑絲芳草碧，絶世難得。」とあり、両宋・陳與義の『和張矩臣水墨梅五絶』其三に「粲粲江南萬玉妃，別來幾度見春歸。相逢京洛渾依舊，唯恨緇塵染素衣。」とある。　・頭陀：〔づだ；tou2tuo2○○〕行脚僧。雲水。仏語。梵語のdhutangaの音訳で、悩みや慾望を洗い去る意。衣食住に対する慾望をはらいのける修行の意。

※袈裟未著愁多事：（半人前の僧侶で）袈裟（けさ）がまだ身に着け（られ）ていなくても、忙しい！忙しい！！と、愁（うれ）えているのに。　・袈裟：〔けさ；jia1sha1○○〕僧が出家者の標識として着る法衣（ほうえ）。仏語。梵語のkassayaの音訳。　・未著：まだ身に着けていない。　・著：〔ちゃく；zhuo2●〕体に着（つ）ける。着（き）る。蛇足になるが、〔ちょ；zhu4●〕は、あらわす意。ここは、前者の意。　・愁：うれえる。　・多事：仕事や用事などが多く、忙しいこと。

※著了袈裟事更多：（この上、位が上がり、一人前の僧侶として）袈裟を着けたら、仕事や用事は一層多くなる（のだぞ）。　・著了：着（つ）けたら。 *「つける」という仮定の動作の実現を表す。　・-了：…したら。また、…した。ここは、前者の意。【〔動詞〕＋〔了〕】と、「了」を動詞等の後に置いて、動作（や状態）の実現・完成・完了を表し、仮定（や予期）される動作に用いる。「…たら」。動態助詞。　・事：こと。ものごと。できごと。前出・「多事」に同じ。　・更多：一層多くなる意。

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◎　構成について

韻式は、「ＡＡＡ」。韻脚は「何陀多」で、平水韻下平五歌。この作品の平仄は、次の通り。

●●○○●●○，（韻）
●○○●●○○。（韻）
○○●●○○●，
●●○○●●○。（韻）